第11話 宣戦布告?
それは、配達までの時間潰しもそろそろ頃合だと二人して店の中へ戻った、その少し後のことである。
「御免」
とある男の声が扉を開く音と共に響く。
「失礼だが、店主はいらっしゃいますかな?」
一瞬例の男が現れたのかと思ったが、その物腰から違っていた。
ノーラは場違いな客に少々戸惑っていたが、無言で俺の方に案内する。
「何か用かい?」
それは迷宮の挑戦者とはとても思えない、小奇麗な格好をした小太りの男であった。
表で馬車が待機していることから、余程の身分の者であろう。
そんな輩が必要とする商品は、街道沿いでも手に入れることが出来る筈。
明らかに妙な訪問であるが、俺はその口ひげを蓄えた顔に見覚えがあった。
「ああ、お宅はあの時の」
「ええ、覚えていらっしゃいましたか。これは光栄ですな」
彼の名は『カーシ』、とある街の名士である。
俺がこの店を構える際に出資を募った一人。
「まさかこれ程の街に発展するとは思いませんでしたよ。いや、あの時は失礼した」
結局要請は断られたが、当時としては至極まっとうな異見であり、俺もそれについて特に追求することもない。
「ところで先日、我が愚息が粗相をしでかしたそうで……」
その言葉でやっと彼の来訪の謎が解けた。
彼には息子がいて、彼が俺の申し出を断った際、代わりに息子の剣術指南役を提案してきたのである。
勿論俺も断ったのだが、その息子があの奴さんということだ。
あんな輩を指導することを考えるとぞっとするが、それとも俺が師となればその素行は少しでも変わっていたのだろうか。
「店長、それじゃ私、届け物に行ってきます」
自分には関係ないと判断したのだろう、ノーラは用事を済ませようとその場を離れようとしている。
「ああ、そうだった。気を付けてな」
俺が送り出そうとしたその時、カーシが彼女に声を掛けた。
「ちょっと待って下さい、お嬢さん。少しだけよろしいですか?」
「はぁ、そんなに急ぎではないですけど」
そう言いながら彼女は俺の方を窺った。
「実はお嬢さんにも聞いて頂きたい話があるのですよ。私もここに長居するつもりはありませんので、今のうちにお話しておければと思いまして」
初対面のノーラにも話があるという点において、賛否はともかく興味がないと言えば嘘になる。
「まぁ、いいんじゃないか」
俺の一言でノーラは開けようとしていた扉から手を放した。
「お手数かけてすみませんね。実は私も商売に携わる者です。最近事業拡大を計画しておりまして、新たに店舗を増やそうと考えております。そこで相談なのですが、お嬢さんのような器量、いえ、それだけではなく気立ても良い女性を店の一員としてお迎えしたいと思っております。店主殿には申し訳ないですが、これは引き抜きと考えていただいても結構」
それは、何とも大胆な発言であった。
雇い主の目の前でその部下を勧誘するってのだから並の神経ではない。
確かに彼女はウチの看板娘を務めるだけの素質はある。
しかし初対面で、そしてわざわざこんな場所に来てまですることだろうか。
彼自身の身近で探せばそれぐらいの人材は確保できるのではないか。
そこで俺は閃いた。
ノーラを手元に置きたがるのはこの父親ではなくて、その息子の方ではないかと。
恐らく一目惚れでもしたのだろう。
彼女に格好良いところを見せようとして、ああも強気な態度をとったのだとすればその説明はつく。
後は引っ込みがつかなくなり、醜態をさらすまでに至ったと考えられる。
それでも諦めきれず、父親に相談を持ちかけたという可能性も否めない。
それならばノーラもなかなか隅におけない、罪な娘である。
「いかがでしょう?もちろん店主殿にもそれ相応のお礼はさせて頂きますが?」
彼女の決定権は俺にあるような彼の口調であった。
「ノーラ、自分の口から答えな」
しかし剣の稽古以外のことは、すべて彼女自身に決めさせている。
たとえ今すぐ出て行くと言っても、俺に引き止める義務も権利もない。
「折角のお誘いですが、私にそのつもりはありません」
即座に断る彼女だったが、念のため一応助言ぐらいはしてやる。
「いいのか? ここと違って給金も弾むと思うぜ?」
彼女は一瞬眉毛をピクリとさせる。
恐らくそれは俺に対する牽制だろうことはカーシが知る由もない。
「御免なさい」
その一方で彼女は深々と頭を下げた。
「いやいや、お気になさらず。唐突過ぎましたかね、無理にとはいいませんよ」
彼は気を悪くした様子もなく、ノーラに優しく微笑んでみせた。
先程の彼女の仕草で、脈ありだと判断してのことかもしれない。
「ですが、もし、気が変わることがありましたら『何時でも』歓迎しますよ。『気軽に』相談しにきて下さい」
彼は『何時でも』『気軽に』というところをいやに強調しているように思えた。
社交辞令なのだろうが、ここから彼の拠点まではかなりの距離がある。
彼のように便利な移動手段を持たない小娘にとって、気軽という言葉は皮肉にさえ聞こえる。
闇に断られたことを根に持っているのだろうか。
ノーラはそれに拘ることなく一礼だけして出ていってしまった。
「では、本題です、貴方が金千五百の値をつけた剣のことですが……」
彼はそう切り出したが、本当に払うつもりなのだろうか。
どちらにせよそんな代物、もうここにはない。
俺は正直に得物を流してしまったことを告げる。
「今ならまだ取り戻せると思うぜ。息子さんより顔を知られていないお宅が行った方が、ふっかけられずに済むだろう」
「それはそれは、ご丁寧に痛み入ります」
彼はそう言って早々に立ち去ろうとしていた。
それは彼にとっても余程思い入れのある剣なのだろうか。
「しかしあの時、貴方に出資しなくて正解でしたな」
これで事は済んだと思われたその時、何やら穏やかではない雰囲気となる。
それはまるで俺をせせら笑うような言葉であった。
「折角の金千五百をみすみす逃すようでは、商人としては失格ですからね。やはりお嬢さんはこちらでお預かりしたほうがいい、彼女自身の為にも」
捨て台詞というより勝利宣言のような台詞を残してカーシは去って行った。
息子の敵討ちのつもりだろうが、やはり親子、いちいち人をこき下ろさなければ気が済まないらしい。
ノーラのこともかなり本気であることが仄めかされていたが、果たしてどんな手を使ってくるのやら。
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