第10話 剣聖たる所以

 それからまた数日が経つが、奴さんからは何の音沙汰もなかった。

 当然といえば当然で、まともな人間なら剣一振りにそんな大金つぎ込むことはないだろう。

 取り置きせずに流してしまったが、それは相手の一方的な要求であって約束したわけではない。

 文句があったとしても、ここまでくれば期限切れと言い張れる。

 それに多少の値はふっかけられるであろうが、運が良ければそれなりの対価で取り戻すことが出来るだろう。


 しかしながら今回の俺の振る舞いをヒントにしてか、困った輩が現れた。

 迷宮内で鬼を相手にせずに、同じ人間の金品や得物を狙うという事例が起こったのである。

 幸い犯人は未遂で逃亡したとのことであるが、このような事態が続けば思わぬ事件にも繋がり兼ねない。

 そういった懸念を報告するのも俺の役目であり、俺は再びボスの下へと足を運ぶのであった。



「わかったわ、それは困ったことになるわね」


 前回はほとんど個人的なことだったので、あまり相手にされていないようだったが、今回は違う。


「そういう不届きなことを考えられないくらいに、鬼達の配置を再編したほうがいいわね」


 彼女も直ぐに対処する返事をした。

 待伏せしやすい箇所にでも配置するのだろうか。



「やっぱり俺があの剣を晒し物にしたのがまずかったのか?」


 原因を作ってしまったのは、やはり自分なのではないかと弱気になってしまう。


「まあ、それは否定出来ないわね」


 相変わらず、そんな心情の俺には厳しい彼女であった。


「何れは起こりうる事だったかもしれないけど、この間の貴方のあの対応は傑作だったわね」


 珍しく慰めの言葉が来るのかと思いきや、一転して話が飛ぶところも彼女らしいといえば彼女らしかった。


「やっぱりご覧になっていらっしゃいましたか」


 そこで俺はワザとらしく卑屈になる。



「剣の道を目指した者が、あそこまで口が達者とは普通思えない。ある程度年齢を重ねていれば解らなくもないけど、貴方はまだそこまで人生が長くない筈」


 それは彼女からすれば俺はまだまだヒヨッコという風にも聞こえた。

 それならば、彼女は一体どれくらい生きているのだろう。

 今まで全くそんなことは考えなかったが、彼女の言葉が呼び水となり、そんな疑問が沸いてくる。



「でもあのように口舌で人を斬るのは、貴方の剣術に通じるものがあるわね」


 そして彼女は全く相容れそうにもない二つの関連性を述べる。


「どういうことだよ?」


「私は前々から貴方が何故『剣聖』と呼ばれるまでに至ったか疑問だったのだけど」


 それは確かに自分でも思うところがあるが、そうも否定的に言われると堪えるものである。


「さほど体格にも恵まれているわけではなく、左利きにならざるを得なかった事情もあるわ」


 彼女は一体どこまで俺のことを知っているのだろうか。

 そしてあの刀にはそこまで掘り下げる力があるのだろうか。

 俺は改めて彼女の力がはかり知れないことを痛感した。



「でも貴方はそれを十分に補う臨機応変な思考を持っているの」


「どうしてそんなことが解る?」


 俺はまるで解剖台にも乗せられている心境だった。

 それにあの刀は、そんな複雑な波長すら記憶してしまうものなのか。


「貴方は、ああも見事にあの若者を論破してみせたわ」


「そりゃ理屈から考えれば、俺の方に分があったんだから当然だろ?」


 彼女の答えが何の変哲も無さ過ぎるたので、からかわれている気分ともなった。


「理屈ではね。でも彼は自分の刀を取り返す一心で、ありとあらゆる口撃をしてきたわ。あそこまで無理を通そうとされると、普通なら対処できなくなることもあるの、特にまだ若い内はね。たとえ出来たとしても言葉に詰まることもあるはずだけど、あそこまで流暢にやり込めれば見事としか言いようがないわ」


 それが先程彼女が言っていた『傑作』だったのだろうが、何だか腑に落ちない。


「そんなの当たり前のことじゃないのか?」


「そう、その当たり前が大事。貴方は剣術においても、当たり前のことをここぞという場面で当たり前のように繰り出してくるのよ。その先読みとも思われる迷いの無い速い反応は、貴方にとっては当たり前でも相手にとっては脅威でしかない。いわば、貴方は常に自分の周りに色んな形をした武器を携えているの。それが言葉であれ、剣術であれ、ね。そして要所要所でその場面に合った得物を正確に選んでいるといったところよ」



 俺は『剣聖』と呼ばれながら、それはただ戦場で生き残ってきた以外にその理由はないと自分では思っていた。


「じゃあ、俺って結構凄い奴なんだ」


 彼女はそんな俺をも納得させるような答えを弾き出したのである。

 それを成せるのは、やはり彼女がその『剣聖』すら凌駕する腕を持ち合わせているからだろう。

 俺にとって彼女の存在が『畏怖』とは別の対象になりつつある。


「まぁ、今はもうガタがきてるけどね」


 そんな口の悪ささえ、俺は彼女に魅かれているのかもしれない。





「店長、これ、ちょっと見て下さい」


 更にあれから数日後のこと、ノーラがせっせと何やら作製しているようだった。

 テラスで木片に工作用の刃物を突きつけているのだ。

 客足が全く無い開店休業の状態で、手持ちぶたさだったのだろう。


 天気が良かったので、俺も日向ぼっことしゃれこみながら、左腕を懐の短剣に集中させていた。

 暇ならいっそ店を閉めて稽古付けするかとも考えたが、本日は配達の約束をしており、それまではこうして待機することにしていた。

 それに彼女が剣術以外の何かに興味を持つのも悪いことではないだろう。

 才能があれば尚、言うことないのだが。


「何だ、そりゃ?」


 彼女は作っていた物を俺に差し出した。

 それは何かを形どった作品であった。


「値札の横にでも飾っておこうかと作ったんです。文字だけじゃ味気ないと思って……」


 何を言われずとも、ちゃんと仕事のことを考えていた彼女を大いに認めようとは思った。

 しかし俺が今、彼女に求めているのはそんな答えではない。


「だから、何だと訊いている」


「見て解りませんか?」


 俺は何故、彼女がしてやったりな顔をしているのか解からない。


「お天道様か? なかなか良く出来てるな」


 とりあえず見たまま答えることにした。



「何言ってるんですか、これはあの薬草の花ですよ」


 そう言って彼女は商品を指差す。


「花?ねぇ……」


 果たしてその花はこんな形をしていただろうか。

 というより、そもそも俺の周りには抽象的な芸術家しかいないのか、と我が道具屋の看板を見上げた。


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