第9話 商人として
そしてまた次の日、街は再び新たな話題に包まれていた。
なぜなら『買い取り価格金貨千枚の剣也』と謳い文句をつけた商品がウチの店頭で披露されたからである。
ぼったくりも裸足で逃げ出すような値段が多くの野次馬を呼び、開店以来の大賑わいとなったともいえよう。
「お嬢ちゃん、確かに良さげな得物だが金貨千枚って、商売する気あるのかい?」
その内の一人が当店の看板娘に問いかけた。
「さぁ、それは店長から訊いて下さい」
彼女はあくまで知らぬを通すが、俺のこの不可解な行動の意味を理解したのだろう、上機嫌であった。
その笑顔につられて他の商品を購入するお客も後を絶たず、商人としては有りがたい連鎖を生むのであった。
勿論これ自体を目的とした訳ではないのだが。
「おい、それは俺の剣じゃないか!」
そんな中、噂を聞きつけたのかもう一人この値段の意味を知る人物が現れた。
というかその値段をつけた張本人である。
恐らくその辺で購入したのであろう予備の剣を携えて。
「それを今すぐ返せ!」
そしてあたかも俺が不法に奪取したという言い草であった。
「おいおい、俺は迷宮に落ちていた代物を拾っただけだぜ?」
周りの野次馬もある程度その剣のいきさつを察してか、彼の言葉に惑わされることはなかった。
「それをネコババしてんじゃ、同じことだろうが!」
「そりゃ、ただ道端に落ちているのならそうかもな。しかし俺はこれを命がけで拾ってきたんだ。その代償を求めても罰は当たるまい」
勿論命がけというのは嘘で、独自のルートを使ってのこと。
「だがそれを売り物にするとはどういう了見だ!」
どうあっても難癖を止めようとしない彼に対して、俺は大きな溜息をつき、一呼吸置いたところで続ける。
「迷宮で拾ったものは自分の物、それをどう扱うかは本人の自由、それは暗黙の了解だろう?勿論元持ち主が現れた今、返してやらんこともないが、お宅はタダで得物を返してもらう程度の剣士なのか?」
「じゃぁ、いくら払えばいいんだ、この剣士崩れが!」
俺の話は理解したようだが、その反抗的な態度には流石の俺も嫌気が差してきた。
「そこの標示、読めないのか?」
「金貨千枚は、いくら何でもぼり過ぎだろう!」
「この値段をつけたのはお宅であり、俺はそれを参考にしたまでさ」
これは彼が数日前言い張っていた値段、俺はその揚げ足を取ったに過ぎない。
ここで言葉を失った彼は、急に感情論を唱えることとなった。
「あんたは腐っても『元』剣聖だろう? よくも剣士の弱みに付け込むマネができるよな!」
しかも俺への批判の態度はそのままであった。
「ならば言わせて貰うが、この値段はお宅の剣士としてのプライドで水増しされたもの、そうだろう?お宅は己の自尊心を自ら値切ろうってのか?そんなのが次期剣聖になるって言うんだから世も末だな」
流石の俺も言われっ放しでは気に喰わないので、言いたいことを言わせてもらった。
「そこまで言うからには剣で語るしかあるまいな? 『元』剣聖さんよぉ」
彼は論破できる見込みはないと悟ったのか、剣を抜いた。
すると野次馬達は俺たち二人を中心として円を描くように離れていく。
「それは構わんが、忘れるなよ?」
俺はここで凄みを利かせる。
「お宅は命が惜しくて剣を手放した。俺は命をかけてそれを手にした。この二つにどれぐらいの違いがあるかをな」
勿論これははったりである。今の俺は恐らく奴程度の剣士にも劣るだろう。
しかしその程度の修羅場をいくつもくぐって来た者の言葉は、自分で言うのも何だが、重みは十分あった。
「金貨千枚でいいんだな……?」
自分が負けた相手に勝った男、普通に考えればそんな輩には勝てない、その結論にたどり着いた彼は満更馬鹿でもないらしい。
「何を言っている、金貨千五百だ、鐚一文負かるつもりはないぞ」
しかし俺は、それだけで黙るつもりはなく再び彼の言葉を引用した。
教えてやらなければならないことがあるのだ。
「あんたこそ何を言っているんだ、ちゃんと千枚って書いてあるだろう?」
彼は張り紙を強引に引っぺがし、それを俺に突きつける。
「その前をちゃんと読め。買取価格ってあるだろう?これはいわば俺が金貨千枚で買い取ったってことだ。お宅は俺にこうも言ったよな。『商人に鞍替えしたのは間違いではない』と。それはその通りさ。だから商人としてのルールを通させてもらうんだよ」
「だから何なんだよ?」
「商人が買い取った品をそのままの値段で売却すると思っているのか?この辺りの相場だと五割り増しってところだ。まだこの地に留まるつもりなら、今後のためにも覚えておいた方がいいんじゃないか?」
ここで彼は再び言葉に詰まった。
理屈、感情、脅迫、全てにおいて適わずに、これ以上の議論は更に彼自身を貶めることに気がついたのであろう。
「くっ、余計なお世話だ! それぐらい用意してやるから、他に流したりするんじゃないぞ」
ありきたりな捨て台詞を吐かなかったのは褒めてやってもよかったが、とにかく彼は売約を口頭で済ませると足早に去って行った。
最後の最後まで勝手を通すところは、ある意味賞賛に値するかもしれない。
悪役を演じきった者の退場と共に観客達も劇場を後にして、そこに残ったのは主人公らしくない主人公とお姫様だけである。
「いくら何でも、やり過ぎじゃないですか、店長?」
先日あれだけ怒っていた彼女であったので今回は違う表情が拝めると思っていた。
お姫様からのキスみたいな展開を期待していたわけではないが、それどころか、どうやらお気に召さなかったようだ。
俺も大金が欲しかったわけではないのだが、あればあったで彼女に賃金として還元することは出来る。
しかしそれを見越したノーラは、賃金を受け取ると俺が剣の指導をしなくなると考えたらしい。
つまり金より剣を選ぶという意思表示なのだが、これからの時代、財力は武力より必要となるだろう。
それでも剣の方を選ぶのは愚かであるが、時代に取り残さつつある俺には健気にさえ思えてしまう。
師冥利につきるといえば響きはいいが、俺もまだまだ甘い。
俺は金貨千五百の剣をいつも通り適正価格で流し、いつも通り師弟暮らしの足しとなったのである。
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