第8話 迷宮の舞台裏

 それから数日後、例の奴さんが迷宮内で戦いに敗れ、ご自慢の剣が奪われてしまったという噂話が街中に広がる。

 俺の予想が的中したことで、ノーラは溜飲を下げることになった。

 そんな中、俺は急遽店を閉めて商品の仕入れへと向かう。


 仕入れとは勿論、その剣の回収作業だ。


 挑戦者が迷宮で敗戦しても多少の傷は負わせど生還はさせる、大抵の場合、それが魔王様の意向であった。

 死傷者を多く出して恐れられ過ぎることを考慮しているのこと。

 であるから例の奴さんが得物を失うだけで済んだのは、そんな目論見からであろう。


 やる気なさげな道具屋の収入は鬼たちの戦利品、つまり挑戦者達の落し物から担っている。

 俺は分け前の一部を頂戴しているのだが、これが我が商売独自のルートというわけだ。

 手に入れた武具等を通貨に替えて暮らしの足しにしているので、正直、純粋な道具屋としてはもう成り立っていないのが現状。


 迷宮に残された他の品々は迷宮内の適当な場所に集められ、運良くそこまでたどり着いた冒険者が獲得する流れとなっている。

 そうでもしないと、奥に隠されたとされる財宝の噂だけでは、目標が漠然とし過ぎることで断念する者達も少なからず現れるだろう。

 武技に疎くとも運があれば収入になる、そういう風潮を作り出して人を寄せているのだ。

 

 勿論この事情を知るのはボスと俺だけだけなのだが、そんな恐ろしいことを口外するつもりはない。

 ある意味この店、いやこの街の存続にも関わるからである。


 しかし楽天的な馬鹿が増えるという点においては、もう少し危険度を増しても良いのかと考えてしまう。

 そのことについても進言しておこうかと、用事のついでに俺は彼女の元へとお邪魔することにした。


 ボスのいわば『巫女』としての棲家は地下迷宮に覆い被さる丘陵地帯の向こう側にある。

 遺跡の一部であったのだろう、倒壊した石材の建物を修復して利用している。

 中には道祖神らしきものを祭っているだけで、生活感のまったくない空間。

 祭壇には作物が供えられていたが、近所の農家が納めているのだろうか。


 奥に続く扉にはいつも鍵が掛かっており、彼女が不在であるのは鬼達を封じ込める作業に勤しんでいる為だと言われている。

 しかし俺からすれば、体のよい理由で居留守を使っているようにしか思えない。 

 これまで俺が気まぐれに尋ねても、彼女が留守だったことは一度もないのだから。


 そして今回も何の問題もなく彼女は待ち構えていた。


「ふふふ、そうなの。分かったわ、考えておきましょう」


 こんな答えが返ってくるということは、大抵期待せずに待てということである。

 俺もそんなに本気でお伺いを立てているわけではないので、話を流されるままにしておく。


「それにしても、もし彼が剣を抜いていれば貴方はどうするつもりだったの?」


 確かにあの時ノーラが割って入ってこなければ……俺はどうなっていたのだろうか。


「やっぱり見ていたのか?」


 前々からずっと思っていたが、彼女には千里眼のようなものがある。

 別に今更驚くこともないのだが。


「ええ、いつも迷宮にいては気が滅入るからね」


 とは言っても彼女が直接挑戦者の相手をしているわけではない。

 単に裏で迷宮を仕切っている存在で、奥に隠されているとされる財宝同様、魔王とはまだ名ばかりというか、存在しているかどうかも知られていない。


 だから俺はこんな皮肉のような発言をする。


「迷宮の主たる、ボスとは思えない台詞だな」


 俺が笑いながらそう茶化すと、彼女は珍しく怪訝な顔をした。

 笑われたことに気を悪くしたのかもしれない。


「その呼び方、止めてくれないかしら?」


 どうやら『ボス』というのがお気に召さないらしい。

 しかし今まで何も言わなかったのは何故だろうか。


「魔王様と呼ぶよりは親しみがあるのだろう?」


 実際彼女はその呼ばれ方を拒んだので今のものとなっている。

 八つ当たりか気まぐれかと思ったが、一応理由があるようだ。


「最近入手した文献によると、とある伝説の兵士がそう呼ばれていたそうよ」


 彼女はたまに突拍子もないことを言ってのける。

 古代の物語かららしき引用が多いのだが、最近は『死の運命』なる定義に凝っているらしい。

 然るべき時に然るべき言動を取るとそれが待ち受けている、という眉唾もの。

 先程の兵士の話も、女性でありながら悲壮な最期を遂げたとされている、とのこと。

 

 女だてらにボスと呼ばれることが死を招くとはとても思えない、特に命の危険とは全く縁がなさそうなこの女性なら尚更。

 しかし俺は初めて彼女の常人らしい思考を垣間見たような気がする。

 神か悪魔かと思っていたが、験を担ぐようなこともするのだ。


「じゃぁ、何て名前なんだ?」


 気をとり直して俺は、これも今更であるが一応、彼女についてのごくごくあたりまえで基本的なことを聞いておくことにした。


「……やっぱり、そのままでいいわ」


「何だよ、それは?」


 自分で言っておいて彼女ははぐらかした。

 やはり容易く名を明かすわけにもいかない存在なのだろうか。

 そう考えるとそれ以上追求するのも躊躇われる。

 何よりも名前を知られることを拒む存在とくれば、悪魔ぐらいなのだから。



「それよりも…」


 彼女は急に話題を変えたが、名前のことから逃げたようには思えない。

 名前さえ知られなければ恐れるものはないのである、と内心で皮肉ってしまう。


「腕の調子はどう?」


 俺が上着の懐に収めている左腕についての話となった。


 これは既に俺の癖となっており、人によってはだらしなく思われるだろう。

 古傷が疼くからというもっともらしい理由をつけているが、実は短剣が隠されている。

 例の刀と同じ原理で波長を放っているのだが、単に護身用で持たされているわけではない。


 ものが握れないということは、それだけで様々な腕の筋力が低下する原因となる。

 それを放置していればいざ刀を手にした際、振るうことは出来ないとのこと。

 この短剣は握ることで、必要な筋肉が退化しないよう刺激を送る仕組みになっている。

 絶えず腕のどこかしらが微弱に痙攣しているのは、ちゃんと作用している証拠なのだろう。


「お陰様で問題ないさ」


 本当に彼女は約束の刀を譲るつもりがあるのだろうか、俺は過去に何度かそう思ってしまうことがあった。

 しかし彼女は、挑戦者を迷宮探索から断念させないように、餌を与えるのが上手い。

 それと同様に俺も短剣という餌を与えられているのだから、人を操る術、駆け引きにも長けている。

 つまり、少なくとも彼女は俺より商人としても有能なのだ。


 何をとっても彼女に敵わないことは、情けない考えだが、どうにもならない。

 そんな俺が何故彼女に選ばれることになったのだろうか。

 取り柄がないなら、『元』しかつかない剣聖より、もっと手軽に扱い易い人材がいるのではないか。


 深く考えないにしても、時々そんな疑問が頭をよぎるようになってしまっていた。


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