第6話 商売開始!

 彼女がワイルに迷宮の噂を流布するよう促した。

 それはつまり少なくとも彼女の準備が整ったということであるが、実際人が集まるまでにはかなり時間が掛かることとなる。


 そんな開店休業状態の時は、ちょくちょく彼女から色々な話を聞く機会を得た。

 例の刀が俺の左腕にどのように作用するかというのも、その内のひとつ。

 未知の概念を理解するには時間を要するのだが、幸にも不幸にもその余裕は十分にあったのだ。



 そんなある日、彼女の創造物、鬼についての話題になった。


「実際、鬼ってどれくらい強いんだ?」


 それは何となく訊いてみた程度のもので、答えを期待してのことではない。


「誰が挑戦しにきても攻略はほとんど不可能なくらいにね」


 しかし、彼女はサラリととんでもないことを口にした。


 確かにあっさり討伐されてしまうわけにはいかないが、前もって不可能と決まっているのであれば、誰も挑戦したがらないだろう。

 どれくらいの腕なのかも知る由がないので、俺はとある剣士を例えた。


「ワイルなら可能なのか?」


 彼女がその名を覚えているかどうかと思ったが、一応訊いてみた。


「さぁ、私は彼がどれぐらい強いかなんて知らないわ」


 それは至極まっとうなご意見だった。

 実際、彼女が彼と顔を合わせたのはあの一度きりなのだ。

 しかも彼の剣術を観たわけでもない。


「でもまぁ、貴方が認めている剣士だとしても難しいでしょうね」


「最初からそんなの出すのか?」


「勿論、迷宮の深度によって手加減はさせるわよ。それこそ誰も近寄らなくなるでしょう?」


 無茶苦茶言っているようであるが、彼女はちゃんと考えているようである。



「では、俺と勝負させてみないか?」


 俺がそんな言葉を発してしまったのは、鬼の剣術が彼女仕込であると悟った瞬間だった。

 彼女が強いというのなら、それは間違いないのだろう。

 休業中とはいえ剣士としては黙っていられなかった。


「結果を先に言うけど、それは無理」


 勿論対決するには刀を前借りすることが前提になっていたからであるが、問題はそこではないらしい。

 それに下手して俺が死ぬようなことがあれば、彼女の計画も中止となってしまうのだ。

 しかしながら理由は別にあると、彼女は続ける。


「ついこのあいだ説明した『脳波』について覚えているかしら」


 それは刀が俺の生体信号を取り込む情報の一つである、というくらいには。


「人はそれぞれ違った脳波を持っていて、彼らはそれで敵味方を判別するの。あなたの脳波はすでに記憶されているから攻撃対象外なのよ」


「脳波って接触しなきゃ伝わらないんだろう?鬼に脳波を送るには攻撃を受けてからってことだろ?」


 そうでなくては、俺の腕が刀に触れた時のみ正常に働くことが説明できない。



 ここで彼女は『波長』なるものの講釈を始めた。


 それは音や光のように触れずとも相手に伝えることが可能で、それを判別する機能が彼女の創造物達に備わっているという。

 また音や光とは違って遮蔽物も関係なく機能するそうだ。 

 その仕組みにより個々が互いを判別し、各自得た情報を瞬時に共有するとも。

 彼女は『ネットワーク』という言葉を使ったが、俺の思考が付いて行けなくなり、そこで『波長』の話は終わった。


「そんな面倒なことをしなくとも、見れば判断できるんじゃないのか?」


 難しい話だっただけに、少々やつあたり気味な俺の物言いだった。


「それを面倒というなら、あなたは彼ら一体一体に刷り込みをする必要があるわよ?どっちが面倒かしら?」


 それはつまり俺自身にかなりの手間隙、負担がかかるということだ。

 鬼の数だけ顔合わせしなくてはならないのか。

 その必然を突き付けられると『グウ』の音もでなかった。



 余談であるが俺の腕が刀限定なのは、接触している分だけ反応速度が増すということらしい。

 仮に手ぶらでも作用させるとなると、行動範囲に応じて設備が必要になるとのこと。

 要は剣術に特化するなら、刀を持ち運ぶ方が最も効率的なのである。




 彼女の思惑どおり地下迷宮には財宝が眠るという噂が広まると、それを聞きつけた挑戦者が募って集まり始めた。

 ついでに俺が剣を捨てたという情報もある程度知れ渡っていたようだ。

 恐らくワイルの奴が気を遣ってくれたのであろう、俺に挑戦してくる輩はほとんど現れなかった。


 商売が成り立っていくと目まぐるしく忙しい日々が続いた。

 というのも探索者達が集うのも、骨を休めるのも、物資を補給するのも、一軒の店しかなかったからである。

 彼女と全く会わない日々が続いたこともあるが、そんなことに耽っている暇もなかった。


 そうして何年か過ぎていく内に、そんな一山当てようとする人々を相手に商売をする『街』ともいえる集落が形成された。

 宿屋、飯屋等の専門店が増えていくにつれて、俺の道具屋としての負担も次第に減っていく。

 時には鬼の存在が懸念されることもあったが、迷宮から一切出てくることはなく、地上にいる限りは安全なのだ。


 人通りの全くなかった小道にも街道が整備され、荷馬車も行き交い、移住する人々も後を絶たなかった。

 最初は、近くに水源となる川がなかったことから一般生活には不向きと思われたが、地下水は豊富で井戸を掘れば十分に事足りたのである。

 そのことから空いた土地で農業に励む者達も現れ、ある程度の自給自足が出来るくらいにまで発展していった。


 街自体は大きくなったのであるが、同業者が増えたという意味で、我が『道具屋』の店構えはそんなに立派になることはないだろう。

 土間であった店内が板張りとなり、店先にも商品を並べるためのテラスができた程度。

 それでも俺を『店長』という肩書きで呼ぶ店員も増えることになった。

 弱冠一名の住み込みではあるのだが。


 そんな中、変らぬ物が一つだけあった。

 それは『ボス』が描いた看板である。

 因みに『ボス』とは勿論あの魔王を演じる女性のことで、いつのまにか俺は彼女をそう呼んでいた。


 勿論そんなに趣味の良い看板ではなかったが、何故か俺は捨てる気にはならなかった。


『何と言われようとこの看板だけは守っていきたい』


 なんて多少大げさかつ恥かしい言葉を連想したのは、俺も道具屋らしくなってきたからなのだろうか。


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