第5話 宣伝要員確保

「私はこの辺りの道祖神に仕える者です」


 彼女はワイルに向かってそう語り始めた。

 勿論デマカセで、しかもある意味それに敵対するだろう存在である。


 彼は、ここで彼女の禍々しくも神々しい雰囲気に気圧されていた。

 こんな人種に俺も手をだせる筈も無い、と考えていたかもしれない。


「最近になって、この近くにある地下神殿に鬼が現れるようになりました」


 勿論これはデマカセではない、仕組んでいるだけで。


「鬼ってそんな童話か何かに出てくるような……」


 彼は突拍子もない話に緊張が解けたのか、まるで冗談を流すかのようにおどけ始める。

 しかし瞬く間に、再度その動きを止めた。


 その表情は驚愕のまま固まっていたのである。

 というのも彼の目の前で、例の小鬼がこちらの様子を覗っている。

 ワイルが慌てて背の剣に手をかけようとすると、それは藪の中へと消えていった。


「お、おい、あれを見たかよ?」


 彼はかなり動揺していた。

 しかし、流石はかつて数々の修羅場を潜ってきた者である、直ぐに気を取り直す。


「ああ、見たさ」


「お前は驚かないのかよ?」


 俺にも演技が必要な流れであった。


「見たのは初めてじゃないさ」


 しかし、少なくともこれは嘘ではない。

 わざとらしく演技するほうが逆に不自然となったかもしれない。



「これでお解かり頂けたでしょうか?」


 彼女の問いに彼は頷くしかなかった。


「私は道祖神様の力を借りて鬼を神殿から出さないようにしていますが、力が足りないと先程のように地上へ出てきてしまいます」


 ここから彼女の嘘八百が更に炸裂。


「私は腕に覚えのある方々に、鬼を討伐して頂く様に問いかけるつもりですが、先ずはその拠点と補給所を用意しなければなりません。そこで私はこの方にその協力を要請したのです」


 ワイルはそこでごくりと唾を飲んだ。


「それじゃあ鬼と戦えば、こいつの道具屋から無償で補給が受けられるということかよ?」


 そういう質問をするということは、彼も鬼退治に参加するということだろうか。


「いえ、残念ながら私にそんな財力はありません。それにこの方の生活も、道具屋を利用する方々からの利益に頼るしかないのです」


 そう、だから彼が施した陣中見舞いの品々は、大変に有りがたいものであった。


「しかし必要経費も出ないんじゃ、誰も好き好んで危険を冒す奴はいないと思うがよ?」


 そうすぐに経済的な話になるところ、流石は問屋の息子といったところである。


「それはそうなのですが、神殿の最深部には秘宝が隠されています」


 その内容は俺も初めて聞くが、彼女はそれが作り話とは言い難い雰囲気を醸し出していた。


「それを狙ってのことであれば、逆に神罰が下るだろうによ」


 彼は特に信心深いわけではないが、一般論としてはその通りである。


「いいえ、見事討伐に成功すれば、報酬として持ち去っても神はお許しになるでしょう」


「ふーん、そんなもんかよ」



「そこで貴方にもお願いしたいことがあります」


 ワイルが納得しているのかいないのか知れないが、彼女は畳み掛けるように話を続けた。


「俺にも討伐に参加しろってことかよ?」


 そう予測する彼が何だか興味津々だった。

 活躍の場を失った剣士として無理のないことだろう。

 この俺でさえ左腕の怪我がなければ挑みたいくらいなのだから。

 たとえそれがとんだ茶番だと理解はしていても。


「それなら申し分ないのですが、宜しいのですか?」


「いや、それについては保留にしておくよ。先ず他の奴らの様子を見てからにするよ」


 彼はすぐさま考えを改めるが、そんな用心深さが彼の戦場を生き残るコツであった。

 ひょっとすれば彼の石橋を叩く性格が、ある意味思わしく作用していなかったのかもしれない、『剣聖』と呼ばれるかどうかという点において。



「それでお願いしたいというのは、本当のところは何なんだよ?」


 彼女の言い草から、真の目的は別にあることを踏んだ彼は、彼女に問い直した。


「これから貴方が行く先々で、この神殿の存在を知らしめて頂きたいのです」


 彼女は彼の移動手段にチラリと視線を送っていたようだった。


「わかった、それぐらいならお安い御用よ」


 彼も彼女の仕草を理解して、馬の背中を撫でながらそう答えるが、もう一言添えてみせる。


「その代わり、薬の仕入れはウチで頼むよ」


 再び同じ台詞を聞くことになったが、今回は道具屋の行末が現実味を帯びてきたからなのだろうか。



「思ったより上手くいきそうね」


 ワイルを乗せた馬が駆けて行く後ろ姿を見ながら、彼女はほくそ笑んでいるようであった。


「あんた、俺をずっと張ってたのか?」


 彼の登場に見合わせての彼女の出現、そして鬼の演出を計画通り行うには常時監視が不可欠に違いない。

 少なくとも俺はそう思う。


「まぁ、人聞きの悪い。たまたまよ、た・ま・た・ま」


 台詞の最後にハートマークがつきそうな悪女の囁きだった。

 俺はまだ納得していなかったが、すっかり毒気を抜かれた。


 それに俺がどう解釈しようが、彼女の行動が変わるとは思えないし、今更変わって欲しいとも思わない。

 ワイルとの再会での戯言同様、それくらい付き合いが長くなってきたということなのだろうか。


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