第4話 朋遠方より

 何度も述べるが、やはりここは辺境の地であり、このままでは商売らしい商売は全く成り立たたないだろう。

 街道沿いとは違って、ちょっとした物資を求める人さえいないのである。


 そんな中一人の男が現れた。


 男は大量の荷物を背負った馬を引き連れている。

 ここを道具屋と認識しているのであれば、一体何の用で訪れたのか問い詰めたい気分となった。

 顔見知りであれば尚更である。


「よう剣聖、久しぶりだよな」


 遠目からでもその焦げ茶色の髪を持つ男には覚えがある。

 彼の名は『ワイル』、自分で言うのも何だが俺と肩をならべた剣士であった。


 体つきは俺よりもかなり屈強でいて、彼こそ『剣聖』と呼ばれる資質があると思っていた。

 しかし世の中は、ほんの些細なことで流れを変えてしまう。

 俺は単にその流れに、良くも悪くも乗ってしまっただけなのである。


 いつか彼と決着をつけなければならないと思っていたが、戦では同じ陣営であったのでそうもいかなかった。

 終戦後、もし俺の腕がまともに動いたのであれば、真っ先に挑戦状を叩きつけていたであろう。

 勿論彼に恨み辛みがあるわけではなく、一剣士として。


 そして彼も俺と同じ気持ちであると考えていたが、今となってはもう遠い昔に過ぎてしまった話のよう。



「ああ、終戦時以来だな。しかし、一体こんなくんだりまで何の用だ?」


 その訪問は決して嬉しくないわけではなかったが、彼に対してはこんな挨拶の仕方が身に染み付いていた。

 それはたとえ何年経っても変わりはしないだろう。


「それは随分なご挨拶だよな」


 そして彼もそんなことは百も承知である。

 これも聞きなれた一種の相づちでしかない。


「ほれ、開店祝いをもってきてやったのよ」


 彼は馬の積荷を親指で指差した。


「それはわざわざ済まないな、ありがたく受け取っておく」


 俺は素直に礼は言っておいたが、それにしては大荷物であった。


「俺の実家は薬問屋をやっていてよ」


 そんな俺の内心に気付いたのか、彼は説明を続ける。


「戦が終わった今、在庫が大量に余ってしまったんだよ。それをここで商品の足しにしてくれればと思ってよ」


 彼はそう言って馬から荷物を下ろした。

 馬は身が軽くなったことを喜んだのか、その場で足踏みをしてみせる。


「それは有りがたいが、こんなにもらっちまって大丈夫なのか?」


 それらは金品ではないとはいえ、祝いにしても過ぎる物量であった。


「それなら心配ない、戦特需ってやつでかなり稼がせてもらったらしいからよ」


 これは戦火によって財産を奪われる者達が多い中の例外である。

 世の中上手くできているのかそうでないのか分からないものだ。


「しかし儲けっぱなしというわけにもいかんからよ、こうやって還元してるんだよ」


 上手い商売人なら損をとることによって得を考える、そういうことだろう。


「宣伝も兼ねてか?」


 余った在庫を支援という形で整理するだけでない、いわば一石三鳥にもなる。


「ああ、仕入れの時はウチを宜しく頼む、と言いたいところなんだがよ……」


 ここで彼が言葉を濁すのも無理はなかった。

 この店の設置条件が仕入れするほど人通りがあるか疑問だからだ。


「お前、気が狂ったとか聞いたが、実際のところどうなんだよ?」


 言葉ではそう言うが、少なくとも彼はそんな噂を全く鵜呑みにしている様子ではなかった。


「それも随分なご挨拶だな」


 だから俺は彼の先程の言葉を冗談っぽく返した。



「ならば、教えてくれよ! なぜ剣を捨てたよ?」


 そこには先程まで歓談していた戦友ではなく、行き場を失ってしまった歴戦の剣士の悲壮ともいえる切実な姿があった。

 恐らく彼も俺に勝負を挑もうとしていたのだ。

 奇行とも噂される俺の行動は、それを未然に拒否するものだと受け取っているのかもしれない。

 ワイルは信頼に足る男だが、俺はまだ己の事情を伝えてなかった。


「済まん、俺はもう剣が握れないんだ」


 そう言って俺はやっと包帯のとれたばかりの、痛々しい傷のある左腕を差し出した。

 こうして重力に少しでも逆らおうとすると、振るえが止まない。


 -----これが俺の紛れもない現実である-----


「お前に言わなかったことは謝る。だが、どうしても言えなかったんだ」


 言わなければ、戦友のこんな顔を見ずに済んだのだ。

 所詮先延ばしに過ぎないのだが、何れは訪れるだろう機会を待つしかなかった。

 そして今がまさにその時。


「わかったよ、もう何も言わんよ」


 彼は俺の顔を見ないように肩を持つが、それはとても有りがたかった。

 同じ剣士として察してくれたのだと思う。

 


「それにしても、何故こんな場所にしたんだよ?」


 それぞれの想いが落ち着いたと思われた頃、彼はまたもや答えに戸惑う質問を投げかけた。

 勿論俺が魔王の手先であることは言えるはずもない。

 何れは迷宮の話はするつもりであったが、今はまだその時でもない。

 その進行具合は俺の知るところではないのだから。


「それは私がお答えしましょう」


 そこで突然魔王となる本人が現れた。

 その神出鬼没ぶりにはいつも驚かされる。

 ワイルは暫くポカンとしていたが、何かを納得したように口を開く。


「なんだと思ったらよ、そういうことかよ。お前も隅におけないよな」


 彼女はいつものように黒い外套とフードを身に纏っていた。

 というかそれ以外の姿を拝んだことはない。

 ワイルでなくともその声から女性であることが判別できる。

 そして彼は俺の胸元に肘をグリグリと押し付けてきた。


「そうならそうと早く言ってくれればよ……」


 彼はにやけながら話を続けようとする。


 しかし途中で自分が浮いていることに気が付いたようだ。

 彼の予想ではここで俺たちが顔を赤らめている筈であっただろうが、残念ながらそんなそんな甘い関係ではない。

 二人の平然とした態度を察して、逆に彼自身が赤面することとなってしまった。


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