第3話 魔王の配下

 俺はまだ左腕の包帯が取れない内に行動を開始することになった。

 やはり気が逸っていたのだろう、彼女の指し示す遺跡へと向う。


 目的地に向かう途中の街道では、絶えず何台もの荷馬車とすれ違った。

 戦で壊滅してしまった生活や産業の基盤を復興させようと、皆躍起になっているのだろう。

 木材、石材を積んだ馬車とは逆の方向に俺は足を進めていた。

 そこはかとなく世間から浮世離れをしている感覚にも囚われたが、俺がこれから付き従う者が人間離れしているなら、何の疑問もない。


 俺が何日もかけてやっと辿り着いた約束の地は、街道からかなり外れた荒野。

 問題の地下遺跡の入り口は、まばらに点在している林の一つにある。

 丘陵となっているところを利用したようで、大きな石が埋め込まれるように組まれてあるのだ。


 彼女は俺を連れて中へと案内したが、そこは何とも広大な遺跡であった。

 広いといっても漠然とした空間ではなく、まさに迷路ともいえるほど中は入り組んでいる。

 それでも俺が見て回ったのは氷山の一角で、更に深い階層があるとのこと。


 大きな石が無造作に積まれている壁であったが、土がその隙間を上手い具合に固めている、強度としては申し分ない。

 通路の幅は精々大人二、三人くらいといったところか、団体での乱戦には向いていない為、巣窟とするには理想的なのだろう。


 子供心を掻き立てられる場所ではあるが、これから危険な創造物が配置されるとなると、そうも言ってられない。

 その数はどれくらいになるのか全く検討つかなかったが、この迷宮の規模から、彼女がいかに本気であるかが窺い知れた。



 しかしこの辺境の地に店を構えるには、やはり商売云々以前の問題で、多大な労力が必要だった。

 そこで俺はかつての剣聖の名を看板にして、各地の名士を尋ね歩きながら軍資金を募った。


 そんな場所に店などもってのほか、と断られることもしばしば。

 しかしながら、掘建て小屋ではあるが、どうにか店という空間を確保するまでに至った。

 そんなある日、我が魔王様が現地視察に現れた。


「もっとましな建物にできなかったの?」


 数日会わなかった一言目がこの上から目線である。


 彼女の見解はともかくとして、客観的に判断してもお粗末な店構えなのは否定出来ない。

 外壁は木材で固めていたが、中はまだ全く土間として広がっていた。

 店内は俺の生活空間でもあることから、何かとごちゃごちゃとしている。

 寝床となる別室もあるはずがなく、陳列された商品の上にハンモックが掛けっぱなしという有様。


「うるさいな、これでも俺の社会的信用を駆使したんだ。こんなところに店を出すなんて言ったおかげで、その信用すら失くしちまったってのに」


 今巷では、俺は気が触れたという遺憾な噂がたっている。

 温情で軍資金はくれてやるが、今後一切関わるなと言われたこともあるのだ。


「だって剣聖なんでしょ?」


 余程店の様子が気に入らなかったのだろう、やけに絡んでくる。

 配下の一人としては仕方がないことなのだろうが、相手にするのがいささか面倒になってきた。


「『元』だよ。それに戦が終わったのなら、どっちにしても同じさ。戦いでしか使えない剣士に世間の風は冷たくなる一方。というか、どこも復旧作業で余裕がないってのもあるけどな」


「ふーん」


 こんな俺の熱弁を関心なさそうにしたところで、この話題は終了。


「ところでそっちはどうなんだ? もうあんたの部下はできたのか?」


 こちらの様子を見に来たということは、彼女には余裕があってのことだろう、一応訊いてみた。


「私の部下なら目の前にいるけど?」


 これは果たして素で言っているのだろうか。

 それとも今更俺との上下関係を確認しているのだろうか。


「そうじゃなくて、迷宮に配置する方だよ。かなりの数を用意しないと、あっさり突破されちまうだろ?」


 俺は何だか心配になってきたが、彼女はあっさりと返す。


「勿論問題ないわ」



「ならいいんだが、どんなやつなんだ?」


 彼女が順調だと主張するのなら何も言うことはないが、俺はふとその人外なる者の姿を拝見したいと思った。


「そこの木片、いいかしら?」


 彼女は漆喰桶が置いてある方を指差した、と思ったら直ぐさま次の行動へ移った。

 俺の返事を待たずにそこから筆を取り出して、板状の木材に何やら描き始める。

 看板にするつもりであったが、裏返して使えばいいかと黙って見ていることにした。


 それにしても魔王たる存在がモノを描くというのは、なんとも言えない奇妙な感じがした。

 ひょっとしたら描いたものがそのまま実体化するのかと、少し恥かしい想像をしてしまう。

 しかし彼女のその絵を見ているだけで自分がいかに間違っていたことを覚ってしまう。


「こんな感じよね」


 自身ありげに見せるその絵は、見事に……見事だった、というか言葉が出てこなかった。

 しかしこれだけは言っておかなくてはならない。


「これが人型ってのはわかる。だが、それだけだ」


 それは簡潔に誰もが描きそうな図形と言ってもよかった。

 頭部は丸い円で表して、手足胴体は殆ど線だけの存在である。


「どういうことかしら?」


「これが普通の人間とどう違うんだ? 俺はそれが知りたい」


「だから、頭に対しての手足と胴体の丈はこんなものよ」


 それは子供ぐらいの頭身であったが、この極端に簡略化された絵から、誰がそんなこと想像できるのだろうか。


「それは分かった。他に人との違いはあるのか?」


「そうね、角が三本あるわ」


 そう言いながら彼女は同じ絵に書き足していく。


「それから、口にも角が二本」


「それは違うだろ、それは牙だろ?」


「いいえ同じ、同じ素材を使っているのよ」


 俺は『素材』という言葉に反応した。彼女は本当にそれを創造しているのだ。

 しかしながらどうやら話がかみ合っていない、作業中は更に人の話が耳に入り難いのか。


「うるさいわね! そこまでいうなら本物を見せてあげるわよ!」


 そしていつのまにか俺が悪いことになっている。

 芸術家にこういった人種が多いと聞くが、俺はこれを芸術とは認めない、絶対に。


「今度からそうしてくれ…」


 俺が溜息混じりでそう呟くと、彼女の黒い外套の前部分が膨らむ。

 そしてそこから勢い良く飛び出してきた。

 彼女はそうやって俺を脅かそうとしていたのだろうが、俺は別のことで面食らっていた。

 それはその辺の茂みにでも潜んでいるのかと予想していたが、ある意味間違いではない。

 彼女の二本の木、見方によってはそれらの根元にある『茂み』がうっすらと…いや気のせいだろう、気のせい。

 彼女のしてやったりという口元であったが、そっちの方は伏せておかなくてはならない、絶対に。


 ともあれ、その人造生物は昔話に出てきそうな、緑の肌で赤い目をした鼻の大きい子鬼といった感じであった。

 彼女の存在自体があらかた俺の既成概念を崩していた為、そんなに驚くこともなかったが、普通の人が見れば悲鳴を上げていたかもしれない。

 恐らく命令されれば一目散に飛び掛ってくるのだろう。

 そんな危機を感じながらも、俺には一つ気付いたことがある。


「なぁ、角が一本足りないんじゃないか?」


 実物の角は二本しかなかった。


「細かいことはいいのよ。別に二本でもいいじゃない」


「いや、それならせめて左右対称にしてやってくれ! これじゃああまりにも不憫だ」


 その角は真ん中と右側しかなく、左側がすっぽりと抜けていたのである。

 そんな適当な扱いに憐れみを感じてしまうのは、いずれ俺も同じ扱いを受ける予見からなのだろうか。



 その後、板に描かれた彼女の凄惨な絵が残されるのであるが、俺はこれをそのまま看板として飾ることにした。

 作品としては全くもっていまいちであるが、少なくともこれにしておけば彼女から文句は言われないだろう。

 いや、言われても一応反論ができる物的証拠である。


 それでも何だかんだ言われるかもしれないが、つまるところ自分で描くのが面倒なのだ。



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