第2話 悪魔?契約

「残念だけど、あの剣はもう使い物にならないわ」


 彼女がどういうつもりでそう言ったのか知れないが、今の俺には煽り文句であった。


「使い物にならないとは何だ!あんな業物は一生に一度あるかないかだぞ!」


 一生を語れる程長く生きてきたわけではないが、駄々の捏ね方にはそれだけ気合が入っていただろう。


「あら、そんな態度でいいのかしら?私は未だその左腕をどうにかするとは言ってないわよ?」


 確かに彼女はこの腕が不能ではないことを告げただけ。

 俺が勝手に自然治癒するものと思いこんでいただけ。

 その言い方からすると彼女の助力が必要不可欠、機嫌を損ねるわけにはいかないようだ。


「言い方を変えましょう、あの剣では無理なの」


 俺がその『無理』の意味を理解する間もなく、彼女は懐から何かを取り出した。


「これを左手で握ってみなさい」


 それは巷で『刀』と呼ばれる得物で、彼女は柄の部分を俺の方に向けた。


 一瞬俺は、からかわれているのかと思った。

 左腕が不能だというのに、それで物が取れというのである。

 しかしながら、『あの剣では無理』という言葉からするとこの刀は何かが違うのだろう、俺はまだ包帯が取れない左腕を差し出してそれを握った。


「こ、これは一体……」


 するとどうしたことか、小刻みに揺さぶられるような感覚、それが触れた手からが頭部へと流れてくるようだった。

 それが止むと今まで反応がなかった腕に力が入り、直ぐにでも得物が振るえような武者震いにも感じられる。


「では、放してみて」


 俺は言われるがままに握っていた手を放した。

 それと同時に再び腕に力が入らなくなっている。


「あれ?治ったんじゃないのか?」


 俺は再度刀を取ろうとしたが、彼女はひらりと身をかわし俺から距離をおく。

 一瞬外套の中が見えたようで我が目を疑う。


 他に何も着ていないようにも思えたが、きっと気のせいなのだろう、きっと…。


 そんなことに気を取られて、俺はそれ以上刀に手を伸ばすことを考えなかった。

 もし外套の中身が俺の見間違いでないのなら、これは彼女の思惑通りだったのだろうか。


「これを渡すとは、まだ言ってないわよ」


 そう、もう一度刀を手にされれば、そのまま奪われる可能性もある。

 最も今の俺では力ずくでも敵う気がしないが、それよりも気になることがあった。

 勿論、彼女の外套の中身のことは伏せておく。


「どういった仕組みになっているんだ?」


 腕が治るという根本的な解決ではなく、限定的なものとは理解した。


 しかしそれ以上は俺、いや恐らく彼女を除く全ての存在にとってだろう、未知の領域だと予想できる。

 俺はつい言葉にしてしまっただけで、最初から理解できるとは思っていない。

 魔法だと一言で片付けられても文句を言うつもりもないのだから。


「それは難しいわね…どう説明すればいいのかしら」


 そんなやる気のない聞き手に、どうやら彼女は解るように説明を試みてくれるようだ。

 何だか少しだけ申し訳ない気分になった。


「そうね、あなたの場合腕は繋がっているけど運動する神経が切れてしまっているから動かない、これは解るかしら?」


 俺は黙って頷くが、つい先日までなら、納得出来なかっただろうことは内緒だ。


 実は医者に匙を投げられた際、散々食い下がって何度も同じ説明をされていたのである。

 勿論、腕であれ足であれ、戦時中の負傷で俺と同じ症状の者は大勢いるので理解はしていた。

 しかし理解することと、それを認めることは全くの別物。

 その狭間で散々足掻き苦しんでいた末が、今の俺である。


「では、神経は腕を動かす信号を送る手段であって、信号さえ届けば神経がなくとも機能する、というのはどう?」


 聞いたこともない話で難しくもあったが、概念は何となく解ったような気がする。

 これまでの経験上、単語を別のものに置き換えることは難しくなかった。


 戦時中のことだが、真昼間から嫌というほど焚き火をしたものだ。

 陸路が使えない伝令は、空へということで。


「要するに狼煙を上げるようなものか」


 それを聞いた彼女は、少し考える素振りをみせてからこう答えた。


「そうね、今はその認識で良しとしておくわ」


 彼女の説明はそれだけで終わった。

 案外おおざっぱな性格なのだろうか。


 俺としてはもっと色々訊きたかったが、多分今の知識ではこれ以上ついていけないことを仄めかしていたのかもしれない。

 それに出来るだけ早く刀を手に入れたい衝動にも駆られていたので、次の話に進んでもやぶさかではなかった。



 これはもう少し後になってからの話なのだが、俺は順を追って詳しい説明を受けることになる。


 腕に限らず体を動かすには脳から神経細胞を介して電気信号送るのだが、俺の腕の場合は神経細胞が遮断されている。

 その処置として電気信号を伝導する波長を使用するらしい。


 波長は持った刀から切断された神経に向けて放たれ、擬似的に電気信号が繋がる。

 脳波をはじめとする様々な生体信号、それらを刀側が物理的に触れた手から受け取り、波長は最適化されるとのこと。


 一通り説明を受けたが、もし他人に説明するとすれば『魔法』としか言いようがないくらい複雑である。

 それよりも気がかりなのは、この『魔法』を使えば他人を思うがままに操れることが予想できる。

 巷には人を狂わす呪われた剣なんて噂話もあったが、それも彼女のせいなのだろうか。

 ということは怖くて訊けなかったのであるが。



「で、そろそろ取引の話をしたいのだけど」


 話は刀を巡っての話に戻る。


 結局それを手にしている時にしか左腕が作用しないのだが、俺からすればそれだけでも奇跡である。

 それよりもその奇跡を実現させる彼女は、神もしくは悪魔の類い。


「俺は一体何をさせられるんだい?」


 どんな代償でも払うつもりでいたし、剣士として本懐が遂げられるなら、命さえ惜しくない。

 そんな決心で臨んだ。


「そうね、第一の条件として『道具屋』を開くこと」


 どんな難題が来るのかと思いきや、やけに現実的な要望に俺は少々戸惑ってしまう。

 条件が複数あるだろうことも気にならないくらいに。


「お安い御用さ、それで他の条件は何だい?」


 しかしながら、その後の条件が酷かった。


 第二の条件として店の場所は、とても商売が成り立つとは思えない辺境の地であった。

 これもただ店を構えるだけなら何とかなるだろう。

 俺は喉から出掛かっていた文句を飲み込んだが、その数秒後、それとは別の言葉は抑えられなかった。


「よーし、わかったー!(棒)」


 第三の条件を聞いて俺は切れた。


「さっきの刀貸してくれー!片っ端から金品奪ってくるからー!(棒)」


 それはこれまでの条件下で、ある程度成果をあげることだった。

 成果をあげる、つまり金を稼げというのなら、これが手っ取り早いし一番現実的だった。

 それに悪魔と契約するのだと考えれば、それくらいやってのけるつもりでいたのである。



「まぁ!それはいい提案ね」


 彼女は悪い笑みを浮かべながらそう言った。



 そんな場面を期待していたかもしれなかったが、実際、彼女は俺を宥めていた。

 少し弱気な彼女を垣間見たような気がしたが、やけくそ気味の俺だっただけに、相対的にそう思えただけなのだろう。

 

 その後、彼女は道具屋が必要である理由を語った。 

 その辺境の地で地下遺跡を発見したらしい。

 そこで人外なる存在を創り上げ、それを地下迷宮に住まわせ、人々に討伐させるという。


 つまり彼女は物語に出てくるような『魔王』を実演し、俺はその余興に踊らされる人々の必需品を提供する商売人、それを演じる役目を仰せつかったのである。


 何とも悪魔らしい計画に、俺はそれ以上何も言えなかった。

 腕を取り戻したい、その一心でこの計画に加担したのだが、それだけではない。

 面白そうだと思ってしまった俺は、既に人であることを止めようとしているのだろうか。


 こうして俺は、剣士廃業改め剣士休業道具屋となったのである。



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