共謀(グル)なんです~廃業剣士の転職先~
@shinoto
第1話 剣聖の窮地
俺は今、まさに絶体絶命の危機に瀕していた。
<状況その壱>
目下、底知れずの断崖絶壁。
<状況その弐>
真後ろには何者かの気配。
<状況その参>
何らかの圧力を受けると真っ逆さまな立ち位置。
<状況その四>
抵抗を試みるとしても己が得物は丁度手から放れ、一足先に闇の底へと落下中。
補足をしておくと4番目に関しては自ら招いた事態なので省力する。
(もし生き永らえることができるのであれば、いずれ説明するとしよう)
問題は2番目、特筆すべきは『剣聖』とも謳われた俺がこうも容易く背後を取られたことである。
そんな称号とは関係ないかもしれないが、少なくとも戦時中の奇襲や待伏せを誰よりも察知してきたのだから。
ひょっとして幽霊か何かの類いなのかと多少現実逃避ぎみな考えも浮かぶ。
ここは霊峰とも呼ばれる秘境、不可思議な現象も否定はしきれないだろう。
しかも俺はこれまで数え切れない人数を斬り捨ててきた。
その恨みで俺を道連れにしようとしているのであれば尚更納得がいくかもしれない。
時はルースト歴二百五十二年、長きに渡る紛争が終戦へと至った。
それは『ヴァンデ』と呼ばれる大陸にて、とある鉱脈を巡って多くの勢力を巻き込んだ。
鉱夫の家で育った身分として否応なく何れかの勢力につくことになり、物心ついた頃からこの左腕に何らかの武器を握っていた。
自勢力が劣勢となり落ち延びる時代もあったが、己が『剣聖』と呼ばれ始めたくだりから巻き返していくこととなった。
そして生まれてこの方、初めて平和な日々が訪れようとしているのだが、この状況を鑑みると、まだまだ物騒なご時勢なのかもしれない。
「さしずめ、ここは行き場を失くした剣士の墓場ってところかしら?」
突然図星を指すような台詞が発せられたが、それよりも驚いたことに女の声である。
「お宅が俺の最期ってわけかい?」
俺は今更足掻くつもりもなく、相手の方に振り返ることもなく呟いた。
「さあ、それはどうかしら?」
彼女は我が命運を手中に収めたという余裕からか、敢えておどけたように思われたが、辛辣かつ意外な言葉で続けられた。
「そんな願望があるなら止めはしないわ。ただ自分の始末ぐらい自分でつければどう?」
少なくとも彼女には殺意がないようなので、先程述べた4番目の状況について語るとしよう。
俺は剣士を廃業するしかなかった。
大まかな理由としては先程述べたように、紛争が終わってしまったからだ。
人を斬ることを誰よりも生業としてきた者が最早時代から必要とされないのである。
元剣聖を語ればいい女が選り取り見取りである、と所謂ヒモ的な皮算用でいたのも、なかなか他の生き方を見付けられず自嘲気味だったからであろう。
とにかく剣の未練を断つため、俺はこの霊峰に赴くことにした。
かつての剣聖、つまり俺が修行に励んだ地でもある。
自分自身を納得させるには、ここで我が分身を葬るのが一番だと考えた。
揺り籠からとはいかなくても馴染みのある処で、そこを終焉とすることに決めたのである。
山の頂上付近にある岩場の裂け目、まるで雲を突く様な巨人が己がの剣を地面に突き刺したような痕。
つまりここへ落としてしまえばもう誰も手にすることは出来ない、自分自信でさえも。
『さらば我が左腕……』
俺が彼女の存在に気付いたのは、それが深い闇へと吸い込まれる瞬間であった。
「でも、なかなか絵になる場面ね。あと何年もすれば伝説になるかもしれないわ」
その最初の語り部となるだろう女性は、どうやら生身の人だと思われる。
幽霊が未来を語るなど聞いたこともない、大抵は過去に拘っている筈だから。
ここで俺は振り返った、ゆっくりと、こちらにも敵意がないことを示すように。
彼女は全身真っ黒な外套を纏っていた。
顔はフードに隠れて見えなかったが、白い肌と赤い唇をそこから覗かせており、それだけで器量よしであると想像できる。
「いや、それよりも、出来れば優しい言葉でもかけてくれると有りがたいんだが……」
彼女から発せられた『伝説』という言葉は一応称賛の意味合いがあったのだろうが、俺としては癒しの台詞が欲しかった。
命の危険性を感じていたにもかかわらず、俺が変に余裕があるよう装えたのは、冷静な判断力があったからという訳ではない。
むしろ剣士として終わった者の諦めから、物事がどう転ぼうと無気力であったに過ぎないのである。
自ら命を絶つことと他人の手に掛かることの相違、若しくは剣を諦めることと命を諦めることの区別を認識出来ない精神状態であったのだから。
しかしながら、よく考えるとそんな慰めを求めること事態がありえなかったのかもしれない。
そんな軽口が出てきたということは、ある程度気が確かになってきたのだろう。
それが目の前の美人のなせる業だとすると、何とも現金な話である。
「優しい言葉かどうかは知れないけど…」
彼女はそう言いかけたところで何やら考えているようだったが、見方によっては焦らしているようにも思えた。
「あなたのその左腕、使えなくなったわけではないわよ」
それは予想を遥かに上回った台詞だった。
称賛とか慰めとかそういうレベルの話ではなく、俺は驚きのあまり言葉を失った。
戦時中から世話になっていた医者をはじめ、信頼のおける者達にしか伝えていなかったはず。
-----俺の左腕が再起不能であることを-----
俺は命のやり取りにおいて多くの負傷はしてきたが、剣士としては何の問題もなかった。
それにも関わらず終戦となった途端油断をしてしまい、拠点へ帰還する道程で左腕の腱を損傷した、そんななんとも間抜けな話である。
戦いの中で負傷するのであればそれも運命と受け入れるつもりではいたが、このような形で剣が握れなくなってしまうと何ともやるせなかった。
俺が必要以上に自暴自棄となっていたのは、このことからである。
話を戻して、人々の知る限りの名医にも匙を投げられた事実、俺はそれを覆す術があるとは思えない。
今更あると言われても眉唾ものとしか思えないくらい、何度も何度も、現実に打ちのめされてしまったことか。
-----しかし、しかしだ-----
もし彼女が他の誰も知るはずがない術を持つのなら、俺が知る不可能が可能となるかもしれない。
勿論これは仮定に過ぎないのだが、彼女にはそう思わせる実績もある。
そう、繰り返すようだが彼女は容易く俺の背後を取った。
いくら俺が失意していたとはいえ、それを言い訳に出来ないくらい見事に。
そんな未知な存在を再認識したことで、俺の中には葛藤が生まれていた。
左腕が治るかもしれないという希望が生に対する執着を呼び覚まし、それと同時に己が命が他人の手中にあるという当初の危機に今更恐怖を感じ始めたのである。
勿論相手ににそんなつもりはないかもしれない。
しかしながら、少なくとも、足を一歩踏み外すだけで奈落の底行きという状況では、それ以前の問題だ。
「それを先に言ってくれよ!」
しかし俺の口から飛び出した言葉はこの複雑な心情を表すものではなかった。
自分で言うのも何だが、どうやらかなり混乱している模様。
「むざむざ剣を無駄にすることもなかったのに…」
自分の命よりも手放した得物を惜しむ振舞は、一見、名立たる剣士の大物ぶりを醸し出すかもしれなかった。
「しみったれたことを…あなた、本当に剣聖と呼ばれていたの?」
しかしながら地面に突っ伏して本気で悔やむ姿勢のせいで、彼女の眼にはそう映らなかったらしい。
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