第5話 「逃げられると思った?」

「ですから王よ、脅威は去りました。私たちはこのダンジョンと共生することができるのです。もう、血を流す必要はありません」

オレはが用意してくれた魔法の鏡を使って、王と話をしている。


『だが「Lvが下がる疫病」にかかる可能性があるのでは、我が家の家宝を誰も取り戻せぬではないか』

「お届けすることは出来ますが、他の冒険者にうつる可能性はあります」

『私の兵士たちも、ダンジョンで鍛えている者はいるから、感染は恐ろしい。君には申し訳ないが、戻ってこないで欲しい』

「では、私が生贄になることの引き換えに、この指輪は保留していただけますか。遠い将来、なんらかの対策が出来るようになったら、王の子孫にこの指輪をお返しいたします」

『指輪のことは理解した。君が褒美をいらぬというのも分かった。しかし、ダンジョンの全てのモンスターを使役できるダンジョン自体と、そのダンジョンを妻とした、君という存在は、私の国にとって大きすぎる脅威だとは思わないかね』


オレのやり取りを見守っている妻が、面倒くさそうな顔をして、頬杖をついている。「話ながいなー。構ってほしいなー」という顔だ、あれ。妻は、何をどう作ったのか知りたくないが、モンスターたちを素材に「人間と交配可能な程度の亜人種」を作り出した。その姿で、オレを誘惑してみたり、家事をしてみたり、すねたりふくれたりする。ダンジョン自体とか、動く石像の頃よりは、だいぶ理解しやすくなった。

もちろん、今も本体はダンジョンであり、目の前の肉体を持った妻は入れ物に過ぎないらしいのだが、オレはもう考えることをやめた。


回想が長くなってしまった。

オレが黙っているから、王が緊張した顔を見せる。


「王よ。ヤンデレというものは、つまり私の妻のことですが、『私は愛されている』と思ってさえいれば、トラブルを起こしたりはしません。妻の頭にあることは『自分が夫に愛されているか』だけですから、そこが揺らがなければ、何も心配はいらないのです」

『君の一存で、君の奥さんがその兵力を使える、ということではないのか』

「彼女は、私に構ってもらうことが全てですから、挙兵するとすれば、私の興味を引くためでしょう。私には動機がありませんし、妻もまた今は落ち着いているのです。この会談が長引いているので、そろそろイライラが始まっていますが」

『むう。指輪も君の奥さんも、君に任せるしか無いな。諸国との連合軍を作ったり、精鋭を刺客にしたり、ダンジョンそのものを破壊しようとしても、君ら夫婦に反撃されて終わってしまう。……勇者よ、人としての幸せを捨てさせてしまい、済まない』

「いえ、王よ、私は満ち足りています。私達の存在に懸念を抱かれましたら、いつでも、また魔法の鏡を通して声をかけて下さい」


王は頷き、魔法の鏡から消えていった。鏡は曇り、何も写さない状態になった。


妻が後ろから抱きついてくる。耳元に頬を寄せられる。

「あなたねえ、交渉の材料にするとはいえ、妻のことをヤンデレとかひどくない?」

「あ、はい。ごめんなさい」

「私は、ちょっと愛が重いだけの、普通の女の子だよね?」


頷くしかなかった。不老不死は人間の夢だが、こいつと永遠にここで暮らすことが条件で、しかも断る方法が無かった。詰んでいた。食虫植物に捕食された虫みたいじゃないかオレは。心から愛してるかどうか、事実確認されてしまうこの状況はしんどい。来世があるのなら、ダンジョンに潜ること自体よそう。

そんなオレの心を妻が読む。


「あなたに来世なんてあるわけないでしょ。あなたは、私が死なせない」

確認するように、子どもに言い聞かせるように、オレの耳元で囁いた。


fin.



------

ダンジョンから出てっちゃったあの人が主役で、この物語の後日譚を書いています。よろしければお試しください。

『フルカン賢者は休めない~ワシのスローライフってこれか?~』

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054883307757

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Lv99だけど、迷宮がなかなか外に出してくれないんだがどうしたらいい? ハコヤマナシ @hakoyamanashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ