第4話 ドレインじゃなかったのかよ
「またモンスター湧くわよ」と、無断でオレの脳内に話しかけてくるあの女の声に促されて、オレは、最下層へ戻ってきた。エンシェントドラゴンも道を通してくれた。
「この人間は食べちゃだめよ」って声が聞こえたから、何やら説得できるらしい。化物か。そして今、悪の大魔術師の部屋へ戻ってきた。
こうなった元凶である、指輪を収めた宝石箱がすぐそこにある。
「敵を倒すとLvが下がるんだよな」
「間違ってはいないけど、正解は『経験値の自乗分が失われる』が正解かな」
「自乗って……減りすぎだろそれ」
「そうね。そこのエンシェントドラゴンを数回倒しら、あなたLv60台くらいまで下がるんじゃないかな。もっとも、Lv80のPTでギリギリ倒せる相手だから、そこまで下がる前に食べられちゃうと思うけど」
マイナスの経験値が与えられるだけじゃなくて、自乗になるから、坂道を転げ落ちるみたいに、簡単にオレのLvが下がったのか。
「そう。あと、あなた呪いだと思ってるでしょう?」
「地上に戻って寺院で診てもらうつもりだ」
「それ呪いじゃなくて、疫病なのよね」
「はぁ?」
「あなたは呪われたのではなくて、『敵を倒すと経験値の自乗分だけ失われる』病気に感染したのね。感染したってことは、周囲にうつるかもしれないわよね」
「地上戻れねえ理由が増えたわけか」
「そうです。言っておくけど、私は治療するつもりないからね」
落ち着け。考えよう。
なぜか、「帰還」の呪文で地上へ戻れなかった。
歩いて帰ろうとして、Lvが下がった。
Lvが下がる原因は病気だった。呪いとは違うから寺院に行っても無駄だし、治療法の無い病気を持ち帰ることになる。
「そんな怖い顔しないで、何か飲み物でもいかが?」
「ああ、適当にやらせてもらう。それにしても、お前はオレに何をしたいんだ」
「鍛え抜いた強い男が好きだって言ったでしょ。おめでとう、あなたは私に見初められました」
「嬉しくねえ。誰だか分からねえし、実体も表さねえし、エンシェントドラゴンとかモンスターどもを使役できるやつにそんなこと言われてもなあ」
「あら、あなた、私のこと見てるじゃない」
「それは、お前が操った貴族種のヴァンパイアのことか」
「ううん、今、目の前にも、あなたの後ろにも」
もちろん誰もいない。一番近くにいる生き物は、部屋の外にいるエンシェントドラゴンだ。
「こうしたら分かるかしら」
オレの正面に位置する壁が、ゴボゴボと音を立ててせり出してくる。まるで、水面から人が浮かび上がるかのように、美しい女の像が現れる。像が、瞳を開く。どんよりと、淀んでいる。
「淀んでいるって失礼でしょ。ちゃんと見なさいよ」
像の口から実際に声が響くと、オレの周囲、壁も床も天井もドアも、瞳で埋め尽くされた。凄まじい数の視線にゾッとするが、これは生理的に無理なやつだ。オレは、経験値をもらわないように、愛刀の柄で足元の瞳をつつこうとした。
「危ないじゃないの」と、抗議され、無数の瞳たちは一斉に、目を閉じて周囲から消えた。
「えーと、今の手品で、お前は何を言いたかったんだ?」
「だーかーらー、あなたは『私の中』にいるのよ」
「お前はダンジョンそのものだっていうのか?」
「そうです」
「なんで性別があんだよ」
「知らないわよ。気がついたらこうだったんだもの」
「そもそもこの迷宮は、王に害をなす悪の大魔術師が、魔法で作ったものだろ。狂ったように深いし、やたら正方形にこだわった作りだし」
「未踏の領域を埋めるのに便利だったでしょ」
「マッピングしたら、猫の顔になってる階層とかあったぞ……」
「深く作りすぎて、ネタが尽きたんじゃない?」
オレも他の冒険者と同じように、王の呼びかけに応じてここへ来た。ダンジョンで鍛え、名声と莫大な金額になる王の褒美が目当てだ。そのダンジョン自体に、こうしてからまれたり、「ネタが尽きた」としょうもない舞台裏を明かされたりして、アイデンティティが揺らぎそうだ。オレはカンストするまで鍛えて、何がやりたかったんだ……?
「うふふ。悩ましげな表情もいいわあ」
「そういうのは、ダンジョンに言われても嬉しくねえだろ」
「あなた詰んでるのは分かるわよね?」
「地上へ帰れねえから、携帯食が無くなったら飢え死にコースだろうな」
「あら、飢え死になんてさせないし、もし死んじゃっても、私が何度でも生き返らせてあげるわ」
「アンデッド化じゃねえか」
「ううん、今の状態に戻すから、属性は人間なんじゃないの?」
「そもそも、お前の作り主はどこ行ったんだ」
「お父さん♡ って話しかけて、娘として夢を語って、素敵な王子様が来ないかなーとか話してたら、だんだん元気なくなって出てっちゃった」
『悪の大魔術師は留守にしています。営業時間15:00-20:00』
オレは、床に転がってる看板を拾い上げて溜息をついた。
「これ、『悪の大魔術師は引退しました』とかじゃねえと、待ってれば帰ってくるのかと誤解招くだろ」
「うーん。私が怖かったみたいだから、『留守です』って体裁にしたかったんじゃないの? 『帰還』の呪文は使えないから、お父さんもここから歩いて出て行ったし」
「俺たち冒険者は、悪の大魔術師を討伐することと、奪われた指輪を取り戻すことを課せられている。何もしなくても、ダンジョン自体が追い出してたとはなあ」
「そんながっかりしないでよ。あなたが装備してる伝説級の武具を、私、いそいそ用意したんだから」
「知りたくない舞台裏情報だよな」
「しかも、それを獲得できて、最下層まで来れるほどの男が欲しかったから、目的の指輪を触った時に武具が病気の引き金になるように作りました」
「呪いの鎧じゃねえか!!」
オレは、鎧を外し床に叩きつけた。
「刀も同じシリーズよ」
冒険者用に調整された、丈夫な生地のシャツとパンツ姿のオレは、無言で刀を放り投げると、道具袋からサンダルを取り出してはいた。
「いやな病気を仕込みやがって。言葉一つで武装解除させるとか、とんでもねえダンジョンだな。あと、お前主犯だから。傍観者の使い方間違ってるから!」
「とんでもねえアマとかって言ってよ。女の子扱いしてくれないと」
「自我が宿って、作り主がびびって逃げ出すような存在に、性別とかあるか」
「そういうこと言うなら、もっと追い込みかけるわよ。病気のことさえなければ、Lvが下がっても、知恵を使って地上まで戻れるとか考えてたでしょ。強いけど戦うほど弱くなる、この地上最強の男。皮肉よねえ。縛り上げて、ゴブリンに見張りでもさせようかしら」
「そういう趣味はないからなあ。縛られてなくても、地上に帰れない時点で、もうお前に囚われてるわけだから、実質かわらないだろ」
「私の虜って言った?」
「お前に囚われている・幽閉状態とかの方な」
「私の虜って言って」
オレにだって選ぶ権利はあるよなあ?
むっとした声で、壁からせり出した石像がオレを指差して告げた。
「そもそも、どうして地上へ帰る必要があるの?」
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