第3話 存在の耐えられないムサさ
エンシェントドラゴンもつぶらな瞳しているから、意思疎通ができなくても、番人としての呪縛さえなければ、いいヤツなんじゃないだろうか。燻製肉にしちゃったけど。まして意思の疎通ができる、貴族種のヴァンパイアを手に掛けるのは、精神的にくるものがある。好きで冒険者になったとはいえ、難儀な稼業を選んだものだ。
登っても登っても、登ってないのではないかと錯覚するような螺旋階段を上がると、しけっぽく不快なにおいが漂ってきた。このエリアは、アレが出るのか。オレは考えないように意識して、このエリアの出口を探した。
雑魚はLv差がありすぎるから寄ってこない。PTを組んでこのエリアまで潜った頃は、雑魚との連戦で死にかけたものだ。あの頃より筋肉も二回りくらい大きくなったが、それ以上に出来ることは増えたのだろう。そもそも当時は神官のスキルや呪文を獲得中だったか。
角を曲がると、グロテスクに膨れ上がった筋肉をまとった、古代種のトロルたちが真剣に相撲をとっていた。オレも背はあるほうだが、やつらとオレとでは、大人と子どもほども違う。貴族種の少女の胸に突き立てた木の杭の感触が、手から消えない。やはり同じ言葉を話す生き物を殺めるのは、辛い。その点、古代種のトロルは彼らの言葉はあるものの、お互いに理解できないから、殴り合いしやすくて助かる。
「極大火炎」
相撲をとっていた古代種トロルも、それを見物していたやつらも、炎と爆風の直撃を受ける。だがダメージは通らない。
「耐性持ちかよ、めんどくせえな」
オレは愛刀を構え、衝撃波を飛ばした。さっくり切れる。古代種トロルが真っ二つだ。でも倒れない。ニヤニヤ笑いながら、両断された体をくっつける。ゆっくりと傷口が再生されていく。もともと、飛び抜けて生命力の強い種族だが、呪文に耐性があり、斬っても死なないというのは、規格外だ。
相撲をとるのを邪魔された古代種トロルが、やれやれといった様子で、懐から巻物を取り出した。マジックアイテムかと身構えたが、違った。彼らは文字を持たない種族なのに、なぜ巻物を?
ピッと巻物を広げて、こちらに見せようとする。
『素手の打撃以外では、死なない呪いをかけときました。剣で斬られても、鈍器のような物で殴られても、死なないって魅力的じゃないですか? 呪いのご用命は、流しの暗黒神官まで』
宣伝だった。この迷宮は、悪の大魔術師が召喚した魔物が配置されているだけでなく、自分の意思でお仕事してるやつも混ざってるのか。ややこしいことしやがって。古代種トロルなんて筋肉バカどもを、素手で倒せというのか。迷宮から出たいしやるけど、やるけれど、あいつら汗と脂で「ぬるっ」てするんだよな。今も、テカテカしてるもんなあ。
古代種トロルたちは、オレを取り囲んだ。5匹いる。圧迫感がすごい。とりあえず、さっき両断して再生したトロルの腕を掴んで、力任せに周囲の古代種トロルたちへぶちかました。吹き飛ぶ。空間ができて、すこしほっとする。
オレの膂力を見たやつらは、相撲を取りたそうな顔をしてこっちを見ている。いやだよ、「ぬるっ」てするじゃねえか。素手でということだが、投技も素手扱いなのか、手近な古代種トロルを掴んで地面に叩きつけてみる。べしょっと、何かが潰れる音がした。
「はい、正解♡」
動かなくなった古代種トロルを観察していると、例の声が頭に響いた。流しの暗黒神官なのか、それともここで死にかけてる古代種トロルの声なのか、どちらにしろ不気味だ。
「みんな、帰って良いわよー」
オレの頭の中に響く声は、やつらにも届くらしく、古代種トロルたちは「筋肉で語り合いたかった」的な、名残惜しそうな顔をしながら、死にかけの仲間を引きずって去っていった。やれやれ、これで次のエリアへ進める。
――また、あの感覚に襲われた。地面に叩きつけた古代種トロルが絶命したタイミングと被っているかもしれない。ステータスは「Lv89 戦士」となっている。これは単なるドレインじゃない。敵を倒すと強制的にLvを下げられる呪いなのか?
「脳まで筋肉じゃなかったのね。正解よ」
「正解、正解、うるせーな。人の頭の中に話しかけてくるんじゃねえ」
「あら、女の子の口を借りて直接話しかけても、相手にしてくれなかったじゃない」
「さっきのは、あんたなのか」
「そうね。貴族種のヴァンパイアの女の子を、支配下に置きました」
「その割には、血吸わせろって言ってたよな」
「肉体に引きずられる面ってあるのよね」
勘弁してくれ。ソロでここに潜れるのは、オレが全呪文や大半のスキルを身に着けたLv99の戦士だからだ。Lvが下がれば力も落ちるし使える呪文やスキルも減っていく。「帰還」の呪文が使えない以上、歩くしかない。歩くということは、戦闘は避けられない。しかも、Lvが下がりすぎれば雑魚とのLv差も無くなる。あと88匹殺せばLv1になる。Lv1になる前に、殺されて終わりだ。
「置かれた立場をやっと理解したのね。幻聴とか言わないで、尋ねてくれていれば、Lv下がらずに済んだのにねえ」
「これは、あんたの呪いなのか」
「うーん、私は傍観者かな。詳しくは自分で確認なさい」
「外に出る助けにはならなそうだな。黙っててくれないか」
「あら。習慣から一度離れて、考えてごらんなさい。外に出る必要があるの? 本当に?」
オレは、このエリアの出口に腰を掛け、頭を抱えた。
声のみのこの女は、何を言ってるんだ?
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