第四章32話:拘束 - Demon capture -
「ん……」
ふと目を開けると、そこにはここ数日で見慣れた天井が映る。
強襲艦アティネの、自室の天井だ。
リアとフィアー、二人に割り当てられた部屋の。
「―――!?、リアッ!」
瞬間、フィアーは飛び起きる。
朦朧としていた意識が、一気に覚醒した。
そして一番大事なこと……攫われたリアの消息を知るため、彼はベッドから飛び起きようとする。
―――だが。
「!?、いった……え?」
身体が、ある一定の位置から前へと進まなかった。
―――何故なら、四肢に鎖が付けられていたからだ。
医務室のように治療器具が周りに並ぶベッドには、似つかわしくないそれは、フィアーを確実にこの場に縛り付け、逃げ出せないようにしている。
「なんだよ、これ……!」
思わず、声が漏れる。
……そして、自分の声を自分で聞いて、抱いたのは強烈な違和感。
―――感情が、声色に乗っている?
今まで、フィアーが口にする言葉からはすべからく、感情的、情緒的なニュアンスは取り除かれていた。
顔色も、なにも。
それこそ本当に緊急であるとき……魔龍を討った時や、異訪者に登場したときくらいしか、感情が表現できていることを実感したことはない。
「……いや、そんなことは」
どうでもいい。
そう思い、フィアーは余計な心配を振り払う。
そんなことよりも今は、リアの消息と、この状況の打開が先決だ。
そうして手元の鎖をまじまじと見つめたとき。
「――え」
自分の腕。
その異変に、ようやく気付く。
それは異訪者で気を失う瞬間にみた幻覚と、まったく変わらないものだった。
――漆黒の鱗に覆われた、獣の腕。
よくみる魔物のそれが、フィアーの肘より先に取り付けられているように見えた。
だがすぐにわかる、そうではない。
これは魔物のものが取り付けられたのではなく、フィアーの身体が、魔物のそれへと変貌を遂げたのだと。
「……目が、覚めた?」
「―――!?」
そのとき、正面……入り口のドアから、声が響く。
そこにいたのは凛とした赤髪の女性、エルザ・ヴォルフガングだ。
だがその表情は、今までに見たことがないほどに、厳しいものだった。
「エルザさん、リアは」
フィアーはまずもって、最優先で聞かなければならないことを聞く。
自分が拘束されていることなど、後回しだ。
リアの行方がわからないと言われたのなら、そのときに拘束を外すよう言えばいい。
だが……エルザはそれに答えることなく。
「ごめんなさい、それより先に……貴方に質問をさせて?」
質問を遮って、質問を返してくる。
まるで、こちらの問いなど瑣末事だというように、後回しに。
「え」
「貴方は――本当に、フィアーくん?」
◇◇◇
「は……?」
突然に、訳のわからない質問をしてくるエルザに、フィアーは思わず面食らう。
――僕が、本当にフィアー・アーチェリーか?
そんなの、見れば分かるだろうと口をついて出そうになる。
だが……ふと。
「あ」
自分の手が、目に入る。
歪に黒く煌めく、奇怪な鱗。
そして人の者とは思えないほどに鋭利な爪。
エルザ達が警戒する理由がなんであるのか、フィアーはここにきてようやく理解する。
「ボクは、ボクだ。フィアー・アーチェリー……リアの、弟だ」
噛みしめるように、脳裏で反芻しながら、エルザの眼をまっすぐに見つめてそれだけ告げる。
……そうしなければ、いけない。
そんな直感がフィアーにはあった。
この世界の人々は、魔物を絶対的な邪悪と認識していると知っていたからだ。
少しでもなにかを間違えたら。
今まで徹頭徹尾、親切で優しい騎士であったエルザが一転……敵に回ってしまうかもしれない。
そんな警戒と、恐怖。
それだけが数秒、空間を支配する。
「……ふぅ」
エルザは息をつき、改めてフィアーに向き直る。
そして。
「――うん、間違いなくフィアーくんだね!いや、真っ先にリアちゃんの心配をした時点でわかってはいたけど!」
険しい顔を一転、朗らかに崩して笑顔を浮かべる。
……その表情は、心底安心したようなものだった。
それを受けて、フィアーもまた安心する。
よかった、一先ず直近の問題は解決された。
それならば後は、リアを追いかけるだけ、彼女を連れ去った場所を聞いてそこに向かうだけだ。
フィアー、そう思い、ベッドから身を起こした。
「よかった、わかってもらえて……それじゃ、リアの行方を教えて。あとこの拘束を……」
が。
「あ、ごめんなさい……それは無理、かな」
「え?」
きっぱりと、断られたのだった。
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