第四章31話:途絶 - Disconnect -
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真っ暗闇の世界。
地に足はつかず、水の中のような奇妙な浮遊感に襲われる、なにもない空間。
そのなかで、フィアーは全身の痛みに耐えながらももがき続ける。
―――こんなところにいる場合じゃない。
(ボクは、リアを――)
早く、抜け出さなければ。
そして攫われたリアを、取り戻す。
何をしてでも。
――腕に、激痛が走る。
ふと見ると、その表皮は彼のよく知る姿から大きく変質していた。
黒く、怪しく煌めく鱗に覆われ、爪は鋭利に研ぎ澄まされている、奇怪な腕。
それはまるで、魔物のような姿で。
(……そんなこと)
だが、そんなことは関係がない。
興味もない、動くのならばなんだって構わないのだ。
自分がどんな姿に成り果てようと、リアは。
ボクの、唯一の家族だけは。
『絶対に、取り戻す』
ただそれだけの決意が、彼の中に渦巻いていた。
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「―――くそ、くそっ!」
無機質な空間。
四角をワイヤーフレームに包まれ、辺りを光が走る電子的な部屋。
そのなかで、ボロボロの外套を身に纏い、フードをかぶった一人の男が焦燥に駆られて思わず声を上げる。
フード姿の男の名は、ボルト。
黒いドレスに青い宝飾に見を包んだ少女、ヴィオレと共にこの水晶界に降り立った、現実世界での人類の一人だ。
彼等の目的は、フィアー……
魔物を生み出す根源である水晶を内包した、水晶界という世界の破壊。
そして、親愛なる自身らの仲間である一矢の生還。
それこそ、それだけが彼等の命題であり、願いだった。
フィアーが自身の記憶を求め、彼らの待つトゥルース遺跡に到着すればその設備を使い、彼を現世に突き返すことができる。
そうすればこの世界を構成する端末を破壊し、悪しき水晶を内包したこの世界と、現実世界との繋がりを絶つことができる。
計画の達成はもはや目前だ。
フィアーは自身だけが乗れる唯一無二の強力なマギアメイルを手にし、反乱軍には砂賊が合流した。
これほどの戦力ならば、自分達のいる遺跡の地上部分に居を構えた反乱軍共を倒すことすら造作もあるまい。
そしてその時こそ、本物の親友との再開が叶う。
束の間であっても、話すことが。
……だが。
「フィアーの信号が途絶、モニタリングもできない!いったいなんで……!」
達成間近だった彼等の目論見に、ここにきて破綻が生じる。
彼の身体越しに周辺状況をモニタリングし、彼が気を失った瞬間にその意識だけを仮想空間に転送していた彼らは、今回の昏倒にもそれを行おうとした。
だが……できなかったのだ。
それどころか、フィアーが二度目に『
意識を転送しようとしても、一切機能はしない。
それはまるで……この世界から、フィアー・アーチェリーという存在がいなくなったかのようだった。
「落ち着いて、ボルト。
「だがもし死んでいたら、俺らのこの数百年はいったいなんの為に!」
背後から声をかけるヴィオレの落ち着いた様子に、ボルトは思わず声を荒げる。
―――彼らがこの世界に入ってから、かれこれ300年弱。
現実世界では30年ほどだが、この水晶界ではおよそ10倍の速度で時間が進んでいる。
争いなどなにもなかった世界には、いまや『マギアメイル』などという未知の兵器が蔓延り、現実世界の歴史をなぞるかのように戦争が巻き起こった。
その間……彼らはいつか来るであろう
大陸を奔走し、この世界の創造者―――開発者たちが世界の中に作り置いた、遺跡最深部の空間を見つけ出した。
そこで手負いの自身らを完全にこの世界のNPCとして存在を固定化することで、寿命という概念から解き放たれたのだ。
何年でも、何十年でも……心無い大人たちに、誰より大切な親友が、新たな実験台として送られてくるその時のために。
計画は入念、もはや達成も間近だった。数百年の悲願はようやく叶おうとしていたのだ。
だというのに、念願成就のその直前にそれが水泡に帰そうとしている。
ボルトがこれほど動揺するのも当然のことだった。
「俺たちは今まで、なんのために……これじゃあ、いずれあの汚染水晶が現実に……それに一矢まで……」
「大丈夫」
だが、対するヴィオレは表面上、冷静だった。
……勿論、動揺も不安もあった。
だがそれを決して表に出さず、相棒を諌める程度の余裕は、まだ持ち合わせていた。
「大丈夫、なわけないだろ。これじゃ、現実の一矢が一生目覚めることもない、それどころかこの世界から現実に魔物が溢れ出して……」
そうぼやくボルトは、最早声を上げることすら億劫だとばかりに膝をつく。
世界も救えず、友を失うかもしれないという絶望は、両名にとっても共通のものだ。
だが、ヴィオレはまだ期待をしていた。
「でもフィアー・アーチェリーのなかには、一矢の記憶がある」
フィアー・アーチェリーが、彼等の知る英雄の生き写しならば。
絶対に期待を裏切ることなく、自分達の元にやってくると。
「彼なら……きっと、ここに辿り着いてくれる」
その言葉に、ボルトもよろめきながら立ち上がる。
憔悴しきった表情ではあったが……ヴィオレの言葉に、心を動かされたからだ。
フィアーのなかの、四ノ宮一矢を信じると。
「信じるしかないわ、ボルト。彼ならきっと、世界を救ってくれる」
そうしてヴィオレはただ、待つ。
かつて自分が愛した男が、現実で目を覚ます、その日だけを信じて。
……計画の実現したその時には。
―――フィアー・アーチェリーという彼の複製体が、この世界からも現実からも消滅すると知っていても、尚。
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