第四章25話: 妖光 - demons Eye -

 ◇◇◇



 アールヴは目の前の獲物に向けて、心底愉快そうに微笑みかける。


 その表情は、義勇軍の船でフィアー達に向けられたものとまったく同質のもの。

 それはつまり、「あの時から自分達を獲物として認識していた」という事実に他ならない。

 そのことに気付いたフィアーは……背筋の凍る思いと共に、立ち尽くす裏切り者の姿を睨み付けた。


「―――ごめんなさいね、騎士の皆さん?」


 自身に敵意を向ける三人と、苦しみ悶える騎士達を見渡したアールヴは、そう謝罪の言葉を告げる。

 だが……そこに謝罪の意など介在していない。その証拠に彼女の口角は仄かにつり上がり、笑い混じりの声色だ。


「アールヴさんも、操られてたの……最初から?」


 フィアーは当然の疑問をぶつけた。

 なにせ、彼女が騎士団に敵対する理由が他に見出だせなかったからだ。

 司祭である彼女を始め、フリュム工教会の面々は皆マギアメイルの補修などに真摯に、ひたむきに取り組んでいた。そこに嘘がないことは、先の魔物との戦いで十全に動いたマギアメイル達が証明している。


 だが。


「別に私は、操られたりとかってことはないのだけど……」


 フィアーが信じようとしたその考えは、ばっさりと否定される。


 彼女は操られてなどいない。

 そんな、嘘をつく意味もない宣言は、間違いなく真実としてフィアー達にも認識できる。


 ―――つまり、正気でこのようなことをしているというのか?


 フィアーとしては、例えそれが真実だとしても信じがたかった。

 なにせ、先刻に聞いたトールからの言葉があったからだ。


(―――僕以外の反乱軍兵は、皆魔樹の洗脳を受けています)


 反乱軍の兵士も、その首魁のエーギルでさえも魔物の支配を受け、その影響でワルキアへの逆恨みによる怒りを増大させ、襲い来た。

 誰もが自分の意思ではないと、そういう話であった筈なのだ。


 だとしたら、そんな彼等のなかで……彼女だけが、本心から敵対を望んだことになる。

 魔物の影響を受けるまでもなく、ワルキア騎士団を壊滅させるために。


 ……とても、正気とは思えない話だ。


 しかし、そんなフィアーの考えを、彼女は易々と上回る。



「ほら、フィアーくんには伝えたじゃないですか?」


「―――私、自分が作った「マギアバディ」の活躍がすっごく見たいの!だから―――」


 そこにあったのはただ、純粋な好奇心。

 自分の作り出した物が、どこまで通用するのか。その実験の為だけに、数多の命を弄ぶ規格外の倫理観。



「実験台に、なって?」



 それを持つ彼女は……なおも変わらず、ただ笑顔で一向に、死を宣告してきたのであった。




 ◇◇◇




 フィアー達が窮地に陥ったのと、ほぼ同時刻。

 船が停泊していた街近郊の平野でもまた、異変が起きていた。


「―――うわぁぁぁぁぁ!?」


 船団のなかで義勇軍の船は、左端……「アティネ」に隣接する形で停泊していた。

 当然「ペルセフォネー」とは離れた位置であったわけだが……それが、幸いした。


『義勇軍の船から、おかしな機体が!』


 騎士達の怒号が飛び交う。

 それと同時に複数のマギアメイルが緊急発進し、目前の「敵」への対処に、追われていた。


 ―――その敵は、「マギアバディ」。


 船舶のなかでアールヴが組み立てていた機体が、彼女らの蜂起と共に突如として起動。

 船内で暴走を開始し、ついには戦場へと湧き出たのだ。


 その数、5機。

 数のうえでは決して多くなく、マギアメイルでの対処も容易だと考えられたが……しかし、現実にはそうとはいかない。


『あ、当たらな……!』


 いくら魔弾を放とうと、そもそも命中しないのである。

 魔物の動きを模した無人のマギアバディは、対魔力装甲と機動力を兼ねる。

 それを相手に即時対応に向かった戦闘に不慣れな騎士達は、対マギアメイル戦闘と対魔物戦闘、その中間の対応を求められ苦戦を強いられた。


『そ、そんな……敵の増援だ、その鉄虫が更に複数と、「マギアメイル」が!』


 そんななかで、村から出撃したマギアメイルまでもが迫る絶体絶命の状況。

 どうにかそこに、遅れて出動した赤鳳第一部隊や黒武騎士団も間に合ったが、その窮地を覆すにはまだ戦力が足りなかった。


「くそ、新兵連中は前進しすぎず、小型の機体の対処をしろ!マギアメイルは―――」


 現場では『貴騎士ロードナイト』で出撃したキュイーヴルが陣頭指揮を取る。そしてその後方、アティネの甲板には狙撃姿勢で右腕部の狙撃ユニットを展開する『弩騎士改ナイトクォレルⅡ』の姿もある。


『俺らが撃ち抜く!アイナ、照準!』

『わかった、補正、照準』


 バナムの合図にあわせ、アイナがその照準に敵を捉える。

 まず狙う相手は、新兵での対応に不安のあるマギアバディだ。純粋なマギアメイル相手であれば、訓練で想定された仮想敵でもあるわけだから、騎士の敵ではない。


『充填、完了ッ!喰らいやがれェッ!』


 そうして、不規則に、高速で動き回る相手へと狙いを絞り―――、


『一式高圧魔力充填投射砲「オリオンⅡ」

 ……発射ファイア


 アイナは冷たい声色と共に、引き金を引く。

 そしてそれと同時に、超高圧縮された魔力の矢が右腕部の砲身から放たれた。


 その原理は、あの『異訪者ストレンジャー』より展開された汚染光の奔流にも近似する圧縮魔力弾頭。故に命中すれば、例え対魔力装甲を持つマギアメイルであろうとも致命傷は免れ得ない。

 だがマギアバディはそれを回避しようと、射線から横に飛び退こうとし……



 <―――!?>


 ―――矢に、正確に射ち貫かれる。

 そして標的の対魔力装甲は即座に溶解し、赤熱し……内部に流れる魔力に誘爆する。

 内外から吹き荒れる爆発に、風圧と共に圧壊したマギアバディの装甲は辺りに散らばって、最早動くことはなかった。


 ……これが、騎士団側による初の、マギアバディ撃破の瞬間だった。


『よっしゃあっ大当たりィッ!!!!!』

『いぇーい』


 操縦席で、バナムとアイナはサムズアップを交わしあう。

 そしてその光景を見た駐屯騎士団の面々は、勝利の可能性に改めて奮起する。


『さすが、赤鳳第一部隊!』

『我々も続け、遅れを取るな!』


 彼等の『騎士ナイト』は防衛線を維持しつつ、その戦線を少しずつ立て直す。

 敵を船団から引き離すため、敵を押し返さなければいけない。艦船からの距離が取れれば、誤射の恐れもなく艦砲射撃も行える。

 対魔力装甲を易々と貫くほどの火砲を持つのは『弩騎士ナイトクォレルⅡ』だけだが、艦船の砲撃もマギアメイルのそれとは比べ物にならない火力を持つ。

 面制圧ができるだけでも、戦局は大きく変わるのだ。


 後は、単純に数で制圧できれば。

 ……だが、それは現状では叶わない。


『くそ、万全の状態ならこんなやつら……!』


 一部のマギアメイルはマギアバディの奇襲により起動前に損耗しており、出撃ができない状態だったのだ。

 しかも、この戦闘に参加していない部隊がいる。


「……黒武の騎士たちは、旗艦防衛に専念してるのか?なんで増援がこないんだ」


 そう、旗艦ペルセフォネーの防衛にあたるはずの、黒武騎士団。

 だが彼等は未だに「動かなかった」。

 展開しているマギアメイル達は直立不動、いくら通信を飛ばしても応答はなく、不気味なまでの沈黙を保っていたのだ。


『ブラン団長はなにをしてるんだ、彼等へも、我々へも指示がないなんて……』

『……お姫様からも、なにもない』


『くそ、通信が繋がらねぇ……妨害か?』


 次々と、前線の騎士達の間に不信感が募る。


『来てないんだから、自己判断でどうにかするしかないでしょ!いいからさっさと魔力貯めて!』


『おわぁ!?手ぇぶつけんな!』


 ……急に『弩騎士改ナイトクォレルⅡ』の機体をどついて、去っていったのはエクラの駆る最新鋭量産機『貴騎士ロードナイト』だ。

 その声色は平時のおどおどした態度とは似ても似つかぬものだったが、赤鳳の騎士にとってはそれも慣れ親しんだものだ。


 エクラの特性は

 それは彼女を元いた騎士大学校で孤立させ、赤鳳第一部隊に所属させることとなった原因だった。

 つまりバナムなどにとっては当然、いつものこと。……流石に、充填中の砲塔を殴り付けて発破をかけるのは、やりすぎではあるが。


『だーもう!だっから戦闘中のエクラ苦手なんだよ!言われんでもやっとるわ!』


 エクラは思わずそう怒り散らかすが、同時にその緊張も少しほどける。

 そんなやり取りを介して……一行は、突如として張りつめた戦場の空気から、少しだけ、解放されていく。


 焦りに焦っていた現場の司令塔、キュイーヴルもどうにか平静さを取り戻し、戦場を改めて俯瞰する。


「今は、どうにか押し止められているか……あの小型の機体、数こそ尋常ではないが対処できないほどの性能ではない」


 キュイーヴルがそう睨んだ通り、騎士団は始めの奇襲から随分とその体制を立て直した。

 黒武騎士団の旗艦防衛部隊と「ペルセフォネー」の完全沈黙という、未聞の事態にあったにも関わらず、残存する連絡のついた騎士達との連携によって、艦船から涌き出たマギアバディも数騎は撃墜されている。


 前面から向かい来るマギアメイル部隊も、見れば旧式、しかも帝都での戦いの損傷に応急措置だけ施した不完全な状態だ。

 新兵でさえ高い性能を誇る『騎士ナイト』を駆り、高度な連携が可能なワルキア騎士団にとってはおよそ、敵ではない。

 つまりエルザ達外交部隊と、旗艦との連絡が取れないことを除けばおよそ、完璧な防衛陣である。


 ……最たる問題もまたその二点ではあったわけだが。


「しかし、彼等の策がこれだけとは―――」


 冷静になったキュイーヴルは、今でなく先を見据える。

 ただの罠と捨て身の正面作戦などが、敵の主目的である筈がない。自身らに被害が出ることを覚悟で進軍してきた以上、そこには損失を上回るだけの報酬がある。


 そう、キュイーヴルが思案を始める。

 ―――丁度、そのときであった。




『―――うわあああッ!??』


 瞬間、悲鳴が響く。

 それは後方……義勇軍の船舶から現れた、マギアバディと交戦していた騎士から発されたものだ。


『っ、誰だ、今のは!』

『新人が乗ってる「騎士ナイト」!でも、これは―――』


 見ると、倒れた『騎士ナイト』の上半身にマギアバディが取りつき、その腹部から何かを伸ばしていた。

 ……まるで、虫の産卵管のような不気味なそれは、その表面を紫色の表皮に覆われ、つるのように機体に纏わりついていく。


『あ、あぁ!操縦席に、根が……あ、がぁ……?』


 ―――それはまるで、木の根だ。

 操縦席へと伸ばされたそれは、瞬く間に内部の操縦士にまでまとわりつき、そして定着する。


『ぎ、が……ぁ……っ!?』


 響く、痛烈な呻き声。

 思わず他の騎士達も耳をふさぎたくなるようなそれは、数秒続いたのちに聞こえなくなる。


『わ』


 ―――そして不意に、響く声。

 それは先程まで苦しみに喘いでいた騎士のものだが……しかし、奇妙なまでに冷たい、吐き捨てるような声色だった。



『―――ワルキア……ワルキアを、許、すな』


『俺達を排斥して、我が物顔で祖国の土を汚す貴様らは―――』



 ―――『騎士ナイト』は機体背部に移動したマギアバディを補助脚として唐突に起き上がり、付近のマギアメイルへと襲いかかる。


 それはまるで、人形のように。


 根に操られた騎士は……一斉に、心を踏みにじられ、祖国を憎み、その槍を仲間へと差し向けた。


『し、ね!』


『うぉわぁ!?お前、味方に!』


 ―――戦局は、いよいよ混沌と化していく。




 ◇◇◇




 ―――戦局が変化し始めたのと、同刻。

 戦域の先、鉱村ボーラの広場では、依然として緊迫が続いていた。

 動けない騎士達へと、洗脳された村人が接近を始めたのだ。

 よたよたと、覚束ない足取りだが……彼等は確実に、危害を及ぼそうとその歩を進める。

 フィアー、そしてエルザはその前に立ち、どうにか彼らを押し止めようとしたのだが……、


「死ね、死ね、ワルキアの、悪魔の民め」

「くそ、放して……!」


 フィアーが、村人の一人に組み敷かれた。

 筋力もあまりなく、虚弱なフィアーには抵抗する力がない。どうにかそれを振り払おうとするも、依然としてその腕を抑えられ、身動きが取れなかった。



「アーチェリーさん!」

 トールが声をあげ、エルザもそれに気づく。

 だが彼女らの前にも村人たちは迫っていて……数の暴力の前には、助けにいくことも叶わない。


「フィアーくん!……っ、仕方ない」


 ……そこでエルザは、やむなくその手を翳す。

 そしてその全身の魔力を集中させ、一言。


「『燃焼術式フレイム』っ!」


 簡易詠唱を唱え、それと同時に彼女の瞳が真紅に発光。

 その指先から、桃色がかった紅き焔が沸き起こり、彼女の念じた方角へと指向性を持ち、放たれた。


「ひぃっ!?」


 それはフィアーと取っ組み合う村人の鼻先をかすめ、遅れて熱を伝える。

 村人は突然起きた現象に、思わずフィアーから手を離し、飛び退いた。


「ぐ、げほっ、はぁ……」

 解放されたフィアーは、呼吸を整えようとするが……なかなかうまくいかない。

 首を締め上げられていて、半ば酸欠状態。


「フィアーくん大丈夫!?」


「げほっ、なん、とか……」


 エルザの心配に気丈に答えるも、思わずむせるフィアー。

 だが……その苦痛のなかにあって、彼は一つの結論に至っていた。


「彼等、火が怖いみたいだ……術式が、あれば、アティネまで戻れるかも」


 火を見た、村人の恐怖の顔。

 勿論、目前に焔が走ったのだから戦慄するのは当然のこと。しかし……彼等は、洗脳された反乱軍と同じく、自身の死すら厭わない狂気に囚われているはず。


 だというのに、火を恐れた。それは取り繕うことのできない本能からの反応であり、その主体が魔物である以上、魔物自身がした反応といえる。


 つまり、火が弱点であるのは彼等の共通した弱点と考えられるのだ。

 つまり、今最大の効果を発揮するのはまさに今放たれている、エルザの焔を放つ術式。

 これがあれば敵中を突破することも、夢ではないかもしれない。フィアーはそう考えた。


「けど、この子達を連れていくには手が……!」


 だが、エルザは周りをみてそう呟く。

 ……確かにその通りだ。

 仮に突破できたとしても、それで逃げられるのは今動けるフィアー、トール、エルザだけ。

 それでは、ここに残された騎士やグレア達は助けられない。


(全員の安全を確保するには、一体どうしたら―――)


 フィアーは必死で思考を巡らす。

 味方を避難させるには、圧倒的に手が足りない。数十人の昏倒者に対してたった三人では、マギアメイルもない現状どうしようもない。


 ……ならば、元凶をどうにかするほうが早いのではないか。

 目前で狼狽する、洗脳された村人たちとアールヴをどうにか無力化し、この場所自体を安全地帯とする。

 それが最善、かつ唯一の活路ではないか。


 フィアーはそう思い、さらに思案を巡らす。

 単に燃焼術式で威圧するだけでは、押し止めるだけでなんの解決にもなりはしない。

 ならばそもそも、洗脳自体を解除すればよいのではないか。


 魔物、巨大な「魔樹」の根に支配された彼等を解き放つ。その方法が、どこかに。


「……村の人たちは、全員が魔物に操られてる」


「でも同時進行で、拠点の反乱軍たちも制御化に置いて……そんな人数を操るなんて、埋め込んだ根だけで簡単にできないんじゃないか」


「だとしたらなにか、木の根を制御してるものがあるんじゃ……それを止められれば」


「―――でも、一体なにが……」


 フィアーの思考は加速し、辺りへの意識が散漫になる。

 そんな様子を見て……エルザは、それを止めることなく、結論が出ることに賭ける。

 どのみち、仲間を見捨てて離れる決断はできない。ならばこそ、全力を以てこの場を死守する。


「とにかく、今はここから彼らを引き離すしかない……トールちゃん、フィアーくん、ちょっと待っててね」


 いずれ、今は連絡のつかない仲間たちもこちらへと応援を差し向けてくれるはず。

 だからこそ、今この場を護りきることこそが最善の選択。


「リアちゃんとの約束だもの、貴方たちを絶対無事に返してみせる―――!」


 エルザはその身の魔力を再び沸き立たせ、全身へと行き渡らせる。

 それと同時に彼女の足元には、巨大な術式陣が形成。まるで『戦乙女バルキリエ』に搭乗しているときのように、魔力が際限なく増大し……そして、おびただしい量の焔となって現出する。


燃焼術式フレイム最大展開エクセス―――「炎熱陣ボルテクス」……!」


 そう、彼女が唱えた瞬間。


 ―――村人のその眼前へと、焔の柱が出現する。



「ひ、火がァッ!!!?」


 そしてそれはエルザ達を中心に円形に広がり、倒れ伏す騎士たちと、遅い来る村人たちの間を分断する。


「炎の、結界……?」


「くそ、これでは……我々は、近付けぬ―――」


 村人たちは一様に、お手上げ状態とばかりに後ずさる。

 その行動こそ……フィアーの「火が洗脳解除に繋がる弱点」だという推測が事実だと、克明に示していたのは言うまでもない。

 エルザはそれを理解すると火の勢いを僅かに弱め、術式の維持時間をできる限り伸ばそうとする。


 これにより、両陣営の間には均衡が生まれ……お互いに、手出しができない状態となったのであった。


「……あーあ、これじゃ止めは時間かかりそう?」


 仲間が震え上がるなか、アールヴはやれやれと呆れたような態度を見せる。

 洗脳を受けていない彼女からすれば、火を必要以上に恐れて行動できない村人たちは頼りにならない存在でしかない。

 とはいえ、術式の維持に時間制限があることは、術式敷設のプロフェッショナルであるアールヴには透けて見えた。故に制圧は時間の問題と……彼女は一向に背を向け、手をひらひらと揺らしながら去っていく。


「じゃあ村長さん……じゃなくておじさんって設定だっけ、とにかく私はもう行きますんで。愛するマギアバディ……『機蟻アーマイゼ』ちゃんの活躍ぶりもみなきゃですし!」


 村人たちはそれに反応することはなかったが、アールヴは構わず撤退していく。

 それは焔の壁のなかから眺めているフィアー達からも目視できたが、手出しする術はない。



「あ、アールヴさんが……」


「今は彼女に構ってる暇はない、かな……!」


 トールが心配の声をあげるが、エルザはそれを無視して陣の形成と維持に集中する。


「根に取り憑かれてる人らは火に近付けないみたいだし、一先ずは安心だけど……」


「でも長くは保たない……今のうちに、何か手立てを……!」


 彼女が動けない今、行動ができるのはフィアーとトールのみだ。

 しかしトールには特に相手に対抗するような術式は扱えず、フィアーに至っては使える魔力すらない。

 そんな中で力になれることといったら、その頭脳を活かすことしかない。


「なにか、対抗策……あの人らを、どうにかするには―――」


 フィアーは考える。

 彼等を洗脳した者、方法、原因、解決法。

 断片的に判明している情報を並列に揃えて、パズルのように組み上げようと模索する。


(どうにか……そうだ、そもそもどうやって洗脳をしていたんだった?)


 それと共に、トールの言葉を思い出す。

 魔樹から切り離された根が体表に植え付けられることで、反乱軍の長であるエーギルの「怒り」が、その心に刻まれると。

 つまるところ、根はアンテナに過ぎず主体はあくまでもエーギル自身。

 しかし彼が本拠点を留守にし罠であるこの村にいるとは、どうにも考えがたい。

 もしそうであるなら、アールヴがわざわざ自分達の前に現れ、現場指揮官じみた振る舞いをする理由がないのだ。


「……大樹、それに、根」


 つまり、エーギルはこの場には不在。

 だがそのうえで、彼の怒りと、指示を「根」に伝播させる媒体があるはずなのだ。

 それも無数に、村を覆い尽くせるような規模の。


「ねぇエルザさん、あの蟻の群れとの戦いのとき、地下に根があったんだよね、大きいやつ」

「えぇ、確かにあった、けど……」


 フィアーは確認をしつつ、思考を進める。

 ……エルザの額には汗が見える。大規模な陣の形成も、これ以上長く保ちそうもない。


「あったとして、この広い街のなかじゃ……」

「けれど、街中の人たちが敵になってる以上、それは町に張り巡らされてなきゃおかしい―――」


「あ」


 ……そこで、フィアーは気付く。

 村に来たときからあった、違和感。「鉱山」という名に似合わない、緑溢れるこの光景。

 それこそが、答えなのではないか、と。


「……根を伸ばせる」

「―――なら、「枝」は、どうだろう」


「それどういう……」


 フィアーの突飛な言動に、エルザは疑問符を浮かべる。


「もしも、この村に今生えてるこの木々が―――」



「―――街路樹なんかじゃなく、もっととてつもなく巨大な樹の……「」だとしたら」




 フィアーがそう、推論を口にした瞬間。


「っ、なに!?」


 ―――道端に生えていた木々が、至るところで不意に、不自然にざわめきだす。

 だがそれは決して、風によるものではない。まるで自分の意思で、独りでに。

 街の至るところに植えられた木が―――否、看破された以上その表現は適切ではない。


 聖なる樹が堕ちた『魔樹』、そのが……自身を敵と暴いた目の前の脅威に、揺れ動いていた。

 それが意味するところは動揺か、はたまた嘲笑か。


 それと同時に木々の表面、薄皮が割れ―――内部から、紫色の水晶のような部位が露出する。

 魔物の、コア。その小型版のようなそれは、瞳のようにギョロギョロと蠢きながら、にわかに発光する。


 そして辺りを見渡したそのコアは、一斉に……


 狙いを定めるようなその挙動にエルザが声をあげる。


「っ、危ない!」


「えっ―――」



 だが、フィアーが逃げる間もなく。


 ―――それは閃光を、放った。


 フィアーに知識に倣うならば「光線ビーム」と呼ぶのが似つかわしい攻撃。

 それはまるで矢の真っ直ぐ、フィアー・アーチェリーの脳天を狙って無数に放たれる。

 それを感知したエルザもとっさに庇いに入ろうとするが、「炎熱陣」の展開で消耗しているせいで、反応が遅れてしまう。


 ―――まさしく、絶体絶命。

 そのままではフィアーの身体に風穴が空くのは必至。目前へと迫る数多の邪悪な閃光を前にして、思わず彼は死を覚悟する。




「っ!?」



「アーチェリーさん―――!?」


 ……全身に、光が当たる感覚。


 思わず、瞑った瞼。

 その裏に浮かぶのは、大切な義姉の姿。

 どうか、自分はここで倒れてしまうかもしれないけど……健勝であって欲しい。

 どうか、どうか……自分が、ここで死んだとしても。


 そんな切なる願いと共に、フィアー・アーチェリーは。




 ―――魔物の放った閃光の奔流に、晒されていくのであった。





 ◇◇◇



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