第四章24話:邪罠 - Sneaky trap -


 ―――フィアーは、目の前で巻き起こる惨事に……思わず、狼狽する。


 突然呻き、苦しみ、倒れ出した仲間達。

 そしてそれを見て、まるで別人のように、悦びに顔を歪ませる村人達。


「フ、フフ」


 

 そして……、



「―――いや、離して!」



 拐われようとしている、一人の少女。

 どの光景も、つい数秒前までは予期すら出来なかった出来事だ。

 フィアーが料理に危険性を覚えたのは、ただ単に直感でしかない。まさか……この空間自体が急に、これ程までの悪意に支配されるなどとは、夢にも。


 だがそう狼狽する間にも、事態は刻一刻と悪化していく。


「こら、暴れないでくださいトールさん……貴方はフリュム人なのでしょう?なら、我々とくるべきだ」

「いや、わたしは、わたしにはやらなきゃいけないことが……!」


 初めは優しく押さえつけるだけだった村人の拘束は、徐々にその力を増していく。

 そんな物理的攻撃に、小柄な少女がそう耐えられるはずもなく……苦しそうな呻き声と共に、トールから抜け出そうとする力は喪われていく。


「トールさん……!」

「村長、これは!」


 あまりのことに、強い口調で呼び掛けるフィアーとエルザ。

 今この場で動けるのは、二人だけだ。なにせ、あのグレアですら全身の麻痺に耐えきれず、地を舐めているのだから。


「ぐ、うご、け……!」


「こいつ……バカバカ食うもんだから仕込みがバレるかと思ったが、魔力への耐性がたけぇのか?お陰で助かったけどよ」


 村人達はそんなことをいいながら、倒れている騎士やグレアを見下す。

 そして、そんな連中の長である「ヴァン・リョース」は、まるで何事もないかのように、笑顔で答えた。


「……ご安心ください、なにもおかしなことはない。今起きてることは、ごく自然なこと」


「何を―――」


 村長はただ、そう告げるばかり。

 当然、エルザ達は意味も分からずに困惑し、問いを返す。

 だが、そこへの返答から村長の顔色は急速に変化する。


「ただ、当然のことなのです。我々フリュムの民は、貴女方を怨んでいる。帝都を侵略し、私達を……」


 ……それは、単に形相が変わった、ということだけではない。

 物理的に、顔の色が変色していき……まるで死人のような、生気の感じられない土気色へと変貌を遂げたのだ。


 そして、村長は告げる。

 それは彼自身からのものでは、決してない。何者かから植え付けられた、剥き出しの怒り……「憤怒」、そのものだ。




「―――を排斥した貴様らをなッ!」



 排斥。


 その言葉から、フィアー達が連想したのは一つだった。

 ―――帝都防衛大隊「エルディル」。今や武力による旧帝都の制圧を目論見、その名を「反乱軍」と堕とした連中の口ぶりに、それは酷似していた。


「まさか、これは……」


 それに、フィアーは気付く。

 そも、彼等村人がそのような主張をすることには違和感があるのだ。

 初めの彼等の態度がそうだったように、フリュムの村々はワルキアの介入によってその命を救われた身のはず。間違っても「排斥」など、されよう筈もない。


 詰まるところ、結論はひとつ。


「トールくんちゃんの言ってた、洗脳……!」



 大樹による、洗脳。

 トールから提供された情報にあったそれは、もはや疑うべくもなく、それは彼らの前に事実であると示された。


 ―――既に、この村は反乱軍によって制圧されていたのだ。

 そして彼等は、いつか騎士達がやってきた時のために、罠を仕掛けた。村人達に魔樹の力で暗示をかけ、油断した瞬間にその本性を表すように、と。



「離し、て―――!」

「い、だぁ!?」


 そのとき、抱き抱えられていたトールが、拘束する村人の腕に強く噛みつく。

 苦悶に歪むと共に、腕の力を弱めてしまった村人から、彼女はどうにか抜け出して、フィアーの近くへと走り込んだ。


 だがその様子に……心底軽蔑するような視線を向ける者がいる。


「……まさか、貴方」


 村長のものだ。

 彼はフィアー、そして……ワルキアの騎士であるエルザの背後に回ったトールに向けて、心からの侮蔑をぶつける。


「貴方は、ワルキア人に肩入れするのです?我々よりも、ワルキアの庇護を受けたいと、そう申すので?」


「ありえない、許されないことだ。彼等は我らの敬愛する親衛隊を、エルディルを、我等の誇りを!踏みにじった連中だというのに……!」


「―――なら、ここで死ぬといい」


 そして、狂気的に叫び倒した村長は、腕を高らかにあげ、なんらかの合図を行う。

 すると。


「なっ―――」


 突如……辺りの工場から、重い金属音が響く。


 それはまるで、巨人が大地を踏み締めたような異音と衝撃。そしてこの局面において、そのような音をあげる存在は、この世界に二つとない。


「マギアメイル……!しかも、反乱軍の!」



 フリュム製のマギアメイル、「剣兵ゾルダード」。

 ところどころがパッチワーク状な修復がされているそれは、明らかに帝都に襲い来た軍勢と同一のものだ。

 そしてそれらは一様に武器を構え……眼下のフィアー達を完全に無視し、ある方向へと進軍を開始する。


「まさか……」


 フィアーはすぐに、その矛先に気付いた。

 なにせその方角には、自分たちの歩いてきた道がある。即ち、その先には補給中の艦隊が展開しているのだ。


 ―――アティネや、ペルセフォネーが危ない。その結論に辿り着くのに、一秒ほど時間すらいらなかった。


 ならばこそ、すぐ助けに戻らねば。

 フィアーとエルザは瞬時にそう考えたが……それを実行することはできない。


 何故かといえば、目前の光景がその原因だ。


「ぐ、くそ、うご、け……!」


「姫、さま……おた、すけに……」


 全身が毒物による異常をきたし、身動きの取れない騎士や、義勇軍の面々。彼等は抵抗することも叶わず、軒並み地面に倒れ、苦しみと肝心な場面で体が動かないことへの怒りを訴える。


 そんな彼等を見捨てて……立ち去るわけにはいけない。だがフィアーではせいぜい二人を運ぶのが限界で、エルザに至っては鍛えているとはいえ華奢な女性だ。

 それに目の前の村人達がなにも妨害をしてこないなどあり得ない話でもあり、二人は八方塞がりの局面へと追い込まれていた。


「でもこれじゃ……」


 焦躁のあまり、フィアーがそう溢す。

 同じジレンマに悩んでいたエルザもまた、この状況を打開する手を思案するが……すぐには、思い付きもしない。


 そんなとき。


『―――ザ隊長、返―を―――』


 突如、ひどい雑音混じりの声が響く。

 その発生源は騎士団が携行する通信機だ。そしてエルザは、その声が自身の部下であるバナムのものであると直ぐに判別し、村人達を視線で牽制しながら手早く返答する。


「っ、バナムくん?雑音がひどくて、聞こえな……」


『―――敵が!艦隊の―方から、反―軍の―――!』


 ……要領を得ない、ところどころしか聞き取れない通信。

 しかしエルザは、その断片的な状態から結論を導きだす。



「!、挟み撃ち……」


 エルザが理解した内容。

 ―――それは、今村から向かった部隊とは別に、艦隊後方から襲撃してきた部隊がいるということだった。


 つまり、敵は既に知っていたのだ。

 ワルキア軍が村へと立ち寄り、補給を行うこと。そしてその最中に会食が行われ、一時的に本陣が手薄になることも。


 勿論、完全に戦力が失われているわけではない。

 騎士団も襲撃を想定していないはずもなく、赤鳳騎士団と黒武騎士団の保有する健在なマギアメイルは、他機体が修理されている最中も一定数防衛の為に割かれている。

 もしも単に村外からだけの襲撃であったのなら、例えエルザやグレアがいなくとも、容易に討伐を完遂するほどの経験と技量を持つ者は揃っていたのだ。


 だが……それが挟み撃ちともなれば、話は変わる。

 二面への警戒を余儀なくされた騎士達の戦力は二つに割かれ、必然的に一面ごとの防衛力は大いに減衰する。

 ……端から、これを狙った作戦だったのか。

 エルザの胸中は出し抜かれた歯がゆさに襲われる。だが、それ以上に。


「けど、村へ寄る提案は確か、アールヴさんから……まさか!」


 エルザの一番の関心は、「誰が自分たちを謀ったのか」ということに向けられた。

 トール、ではない。彼女は村についての話などおくびにも出さなかったし、なにより目の前で村人達に手荒く拘束されている。


 つまり、裏切り者は「この村への立ち寄りを進言した者」。

 自分からこの村へと来ることを働きかけ、あまつさえ「故郷」などと吹聴していた者に限られるのだ。



「―――アールヴ、リョース……!」





 怨嗟と共にそう絞り出したエルザの声。

 それと同時に、周囲の物陰から人影が現れる。




「あら、よびました?」



 心底愉快そうに。

 ヘラヘラと笑いながら……その金髪の修道女「アールヴ・リョース」は、姿を見せた。


「……は、ぁ!?」




 ……マギアメイルとは違う足音を鳴らす、鉄造りの巨大な蟲。

 ―――「マギアバディ」の大群と、共に。





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