第四章26話:急変 - Reinforcement -
◇◇◇
船団を襲ったマギアメイルと、マギアバディの群れ。そしてそれに応戦する騎士団との熾烈な戦闘は、一層その激しさを増す。
……騎士団側のマギアメイルが、マギアバディに取り憑かれる現象が発生した為だ。
乗っ取られた『
結果、騎士団側のマギアメイルのうち数機が反乱軍側に離反した形となり、騎士団優勢に傾きかけていた戦況は……半ば、押し返される形となっていた。
『くそ、これじゃあじり貧だ』
『ペルセフォネーは!ブラン団長と黒武騎士団、それに姫様は―――』
当然騎士側からも、弱音が漏れ始める。
最初は赤鳳組もそれを咎め、戦いに集中するよう促していたが……本音でいえば、同じ感想だ。
だが連絡を取ろうにも通信は妨害されている。
ならば前線を離れて直接確認に。当然そう考えもしたが……戦況がそれを許さない。
死を恐れず次々と突貫してくる無人機と、それにあわせて波状攻撃を仕掛ける反乱軍側のマギアメイル。同じ魔物からの洗脳下にある彼等の連携は、あまりに高度だ。
そうして、騎士団が退くも進むも敵わずにじり貧の戦いを強いられるなか。
―――事件は、起きた。
彼等の後方で、微動だにしない黒武騎士団所属のマギアメイルに囲まれる旗艦「ペルセフォネー」。
その船体の横で……突如、爆発が起こる。
『『!?』』
突然の出来事に、誰もが眼を、そして耳を疑った。
なにせそこは、黒武騎士団が防衛網を固める筈の区画であるし、なによりその近辺に敵は一機たりとも通していない。
完璧な防衛陣を敷いていたからこそ、連絡にいく人員すら都合できなかったのだから、それは間違いがない。
そんな混乱と注目のなか……旗艦ペルセフォネーに開いた大穴から、黒煙と共に一機のマギアメイルが飛び出す。
―――それは、その場にいる誰もが目撃したことすらないマギアメイルだった。
その外装は、漆黒の鋼によって固められた重装甲。その手には巨大な斧が握られ、規格外の速度で戦域を離脱しようとする。
『お、おい!誰か止めろ!』
そう誰もが叫ぶ。
しかし黒武騎士団のマギアメイルは、依然動かず。それに業を煮やした前線防衛にあたる騎士が、仕方なしに応戦する。
『おい止まれ!止まらなければ―――』
警告と共に、構える槍。しかし漆黒のマギアメイルは、それに構わず尚も前進してくる。
最早、言葉は無意味。
ならばと騎士はその槍から射撃を行い、目前のマギアメイルを攻撃する。
無数に放たれた魔力弾は、命中するもマギアメイルの対魔力装甲に弾かれる。ならばと槍を構え直し、突貫するが……、
『っ、避けら―――』
大きく、空振る。
漆黒のマギアメイルがその
しかしそんな苦痛がないかの如く、黒きマギアメイルはそのまま、勢いを殺さずに宙で反転し……その斧を、振り下ろす。
―――結果、『
鉄が砕け、飛び散ると共に轟音が響き渡り、それは辺りへとその異常な性能をまざまざと見せつける。
重量と加速、それによって威力を増した大斧の破壊力。金属で造られた装甲板が、まるで雨細工のように易々と粉砕されていく様。
それは見ていた騎士たちに恐怖を刻み込むに、十分すぎるものだった。
―――当然それは、名うての操者である赤鳳騎士団第一部隊の面々も、同様だ。
「おい、なんだよあの黒いマギアメイルは!なんでペルセフォネーから―――」
バナムは遠方で繰り広げられたその異常な光景に、動揺を隠せず狼狽する。
『
『奴等が破壊し、出てきたのはペルセフォネー……まさか』
そこでキュイーヴルが、あることに気付く。
この局面で旗艦が狙われたということは、つまり。
『―――まさか、姫様!?』
そこに座す姫君。アルテミス・アルクス・ワルキリアが、誘拐されたということに。
そしてそれを裏付けるかのような通信が、唐突に入る。
『―――前線の皆さん、聞こえますか!』
その声は、ここにいる誰もが聞いたことのある人物のものだ。
黒武騎士団団長、ブラン・クラレティア。
つい先刻まで連絡すら取れなかった、この船団の指揮官。
そしてその声と共に、先程の漆黒のマギアメイルが空けた穴から、一機のマギアメイル『
それに乗っているのが、ブランであることはその場の誰もが理解できた。
そして彼は叫ぶ。
『私はこれより、拐われた姫の奪還に向かいます!現場の指揮は、エルザ隊長に!』
『お、おい!ちょっとまてブラン団長、なにを勝手に!?』
指揮の、放棄。
そして姫君が誘拐され、それを奪還するために向かうと。
それだけを宣言して……司令官たるブランは、その戦線を離脱していった。
―――混迷の戦場へと、背を向けて。
◇◇◇
「フィアーくん、危な―――」
「―――!」
フィアーの眼の直前にまで、紫の光が迫る。
それは禍々しい力の結晶で、まともに喰らえばマギアメイルとて損傷は免れ得ない必死の一撃だ。となれば、魔力も持たぬ単なる人間であるフィアーには、到底耐えられるはずもない。
―――その、はずが。
「―――あ、え」
フィアーに直撃しようとしていた、光。
それは今―――四方八方に霧散し、悪戯に建造物を破壊していた。
彼の眼前、表皮に触れるその直前に……まるで、透明な結界に弾かれるように、拡散して。
それはまるで、かのフェルミ・カリブルヌスが操る『
だがそのような力、到底人の身で扱えるような代物ではない。辺境の大魔術師ならまだしも、彼は魔力を持たない一般人だ。
「なにが、起きて……」
エルザは信じられない光景に、一瞬あっけにとられる。だが、傍らからかけられた声に、即座に思考を切り替えその手を翳す。
「ッ、エルザさん、今!」
「っ、えぇ!」
「燃焼、術式!」
彼女の手から煌々と揺らめく炎が形成され、それは弾丸のように木々へと向けて飛翔する。
それと同時に展開されていた炎熱陣は瞬時に霧散するが……襲い来る筈の村人達も目前の光景を前に、動けないでいた。
そうこうしているうち、炎は木々へと最接近する。フィアーへと光線を放っていたが為に、回避する間もない紫色の木はそれを表皮で受け止め―――、
<―――――!??!???>
付近一帯に響き渡る、奇声。
それはまるで獣の絶叫だ。叫びと共にその枝、幹に至るまで火の手は広がり、徐々にその姿を炭へと変えていく。
そしてついに、それが根へと届かんとした時……それらは、信じられない程の速度で地中へと引っ込んでゆく。
「逃げた……!」
エルザがそう呟いているうちにも、火の手が上がっていない木々も徐々に地中へと撤退していく。
やがて緑に溢れていた筈の鉱山都市は、岩ばかりの元通りの町並みへと、その姿を取り戻していた。
「―――え、あ?」
目に見える範囲から全ての木が消えたそのとき、村人の一人がすっとんきょうな声をあげる。
「ここは……?さっきまで、家に……」
村人達は次々とその意識を取り戻し……そして、周辺の状況に怪訝な顔を浮かべる。
用意した覚えのない食事と、倒れ伏す大量の騎士達。そして焦げ付くような臭いと、街路沿いに不自然にあいた謎の穴。
彼らは一様にその始めて目にする光景に、困惑の色を隠せないようだった。
「やっぱり、魔樹が原因で……」
その様子に、トールは安心しフィアーに駆け寄ろうとする。もはや、危険はない。そう思った故の行動だったが……、
「!?」
突如。
彼女の目前、フィアーの背後にある建築物が崩れ、一騎の鉄蟻が土煙のなかより躍り出る。
「っ、マギアバディ……!まだいたの!」
エルザがそう叫ぶと共に、マギアバディから声が響く。拡声術式だ。
『ふふ、「枝」を見抜いたのはとっても凄い!でも……ここで騎士団の戦力を削れってのが命令なのね?』
その声は、ついさっきに聞いた女の声。
フリュムの最高司祭にしてこの状況を招いた裏切り者、アールヴ・リョースのものだ。
「アールヴさん、どうして……」
フィアーが立ち上がれないままに、思わず問う。一行のなかで彼女と関わる機会が一番多かったのは、間違いなくフィアーだった。だからこそ疑問だったのだ。
彼女のような好奇心旺盛で、お茶目で、快活な女性がどうしてこのようなことを起こしたのか、と。
『あら、なんでって……まぁ、理由はひとつよね?』
だがその問いに、アールヴはなんてことない、といった様子で返答する。
『―――ワルキア王国って大きな敵がいなくなってしまったら、兵器開発の発展が滞っちゃうじゃない?』
それは……戦争を望む「技術者」としての、彼女の心からの言葉。
『技術ってのはね、競う相手がいて、初めて革新的な発展に至るの。ただ内に籠るだけじゃ、真なる発想には至れない!相手の……そう、例えばエンジさんの技術が私に新しい発想を与えてくれたみたいにね!』
『フリュムが旧来の帝国として復活すれば二大国による戦争もまた復活するわ、そうすれば……武器の需要も増えて、活躍の場も!』
『そしてそこでこそ、マギアバディは輝く!私の作り出した兵器が広まり、世界中で用いられるようになる!それって、とっても素敵なことだと思うの!』
『それに私は、私の子達が敵を圧倒する姿がすきなの!だから……反乱軍の存在は、すっごく渡りに船。魔物の援護があったうえで、貴方達ワルキア騎士団を殲滅させるなんて……それほど広告に相応しい相手も他にいないわ!』
―――その言は、支離滅裂にして一貫していた。
彼女の眼中には、自身の作品しかない。その他の物は全てそれを輝かせるための舞台装置でしかなく、今までもそうして生きてきたのだ、彼女は。
今回はその相手がたまたまワルキア騎士団だっただけ。悪意のない、純粋故に危険な知的好奇心の塊。
―――それが「アールヴ・リョース」という人物の、本質だった。
「戦争自体が目的なんて……正気じゃない」
思わず、エルザが溢す。
それは話を聞いた誰もが共通して抱いた感想だった。だが……当の本人だけが、納得できずに首を傾げる。
『?、わたしはまともよ?あの樹……「憤怒」の魔樹の影響を受けた連中に比べたら、よっぽどね?』
そう告げるが、場の人々からの賛同は当然得られない。そんな状況に気分を害したのか……一騎のマギアバディは、彼らに背を向ける。
それと同時に他に5、6騎ほどのマギアバディが涌き出て……広場の一行を取り囲む。
『まぁ、ここで貴女らは終わりだし……せいぜい、頑張ってね?』
『―――私の子、マギアバディを相手に!』
そうして、マギアバディと共にアールヴは立ち去る。残されたのは唖然とする面々と、それらをつけ狙う鉄造りの蟻だけだ。
蟻型マギアバディは目の前にいる獲物を品定めしながら、ゆっくりと前進してくる。
「っ、「燃焼術式」!」
それらに向けて、エルザが炎を放つ。
しかしそれは相手の装甲の前に無残に弾かれ、尚も相手は前進を続ける。
「効かない、そりゃそうか!」
エルザはそう叫び、背後のフィアーとトールを鋭く睨み付け叫ぶ。
「……せめて、二人だけでも逃げなさい!」
いつも朗らかな笑顔を浮かべる彼女に始めて向けられた、鋭い視線。それに少し戦慄しつつも、フィアーは思わず反論をしてしまう。
「そんな、置いて逃げるなんて」
「でも、ここに居ても仕方がない!リアちゃんが悲しむだけ、早く!」
フィアーのその物言いにも、エルザは取りつく島なく否定する。
確かに、フィアーが此処にいても出来ることはない。相手が魔物ならば先程の異常な現象を武器にすることもできようが、今相対しているのは鉄で出来た巨大な蟲だ。
思わず、どうしようもない無力感に唇を噛む。だがそうしたところでそうそう解決策が思い付く筈もなく……フィアーはトールの手を取り、走り出そうとする。
……しかし。
「っ、ダメだ」
どの道も、マギアバディに封鎖されている。それらは包囲網を緩やかに狭め、押し留めようとしてくるのだ。
エルザもそれは承知していて……しかし、打開の術なく万事休していた。
このまま、死を待つ他ないのか。数多の騎士達と、傍らの少女を見渡し……それでもフィアーは、思考を止めることはしなかった。
なにか、なにかないか。
そう感覚を研ぎ澄まし……辺りへと神経を向けていた。
―――だが。
「―――あ」
そのとき。
彼の脳裏……否、その最深が、迫り来るナニカを検知する。
この反応には、覚えがあった。
それは数か月前、リアと始めて会った日に覚えた感覚。強大な魔力の持ち主が急速に突貫してくる、特有の感覚。
どうして自分がそんなものを知ることが出来るのかなんて、知る由はない。だが……。
「フィアーさん、ボク達はここで終わりなのですか……使命も果たせずに、こんな……!」
命の危機に、弱音を吐くトール。
しかしフィアーの胸中に、最早恐れはなかった。
「いや、大丈夫だよトールさん」
確信と共に、フィアーは呟く。
「―――ボク達は、助かったみたいだ」
いつかの全く、同じ言葉。
そう、彼等が助けに現れた、あの日に呟いた言葉を。
そして、瞬間。
『―――オォラァァァァァァッ!!!!!』
けたたましい雄叫びと共に、何かが宙へと飛び上がり、マギアバディめがけて急速降下する。
マギアメイルだ。その手には小型の斧。およそ、騎士団のものとは似ても似つかない外観。
それは機蟻の頭蓋を易々と砕き、その活動を瞬時に停止させる。
「な、なに、あのマギアメイル……!?」
エルザが思わず、動揺を隠せない様子で呆然とする。
地面に着陸したマギアメイルは、その衝撃で直ぐには立ち上がれない。だがそこを狙い、直ぐ様他のマギアバディが一斉に飛びかかる。
彼等は自動操縦だが、相手が硬直した瞬間に隙を狙う程度の知能はあった。それが機体に入力された術式によるものなのか、それとも内部に搭載された魔樹の根、その断片がそうさせるのか。
ともかくその本能に従って、機蟻は一斉に現れたマギアメイルを喰らわんと、一心不乱に突貫する。
狙うは胴体だ。操縦者を殺し、機体を奪い取る。それを狙った行動であったのだが。
『―――「アリアドネ」、展開』
響いた、妖艶な女性の声。
その瞬間、飛翔する針がそのマギアバディの接合部から内部へと貫通し、次々と魔力で編まれた光で空中に縫い止めていく。
まるで、編み物のよう。瞬く間に飛び交うその針は、獲物を求める獣の如く市街を飛翔し、近辺の機蟻を一斉に空中に固定する。
そして最後の一体が貫かれた瞬間、それらは次々と動力より魔力爆発を起こし四散。残されたのは、呆然とする三人に困惑するばかりの村人、苦悶と共に倒れる騎士達だけだ。
斯くして、フィアー達が直面していた絶体絶命の局面は、突然の増援により……一瞬で、覆された。
「相手が、纏めて……いったい、なにが」
その声に、建物の陰から一騎のマギアメイルがゆっくりと現れる。
流線型で紫色の装甲に、緑に発光する五つ目。
その姿にフィアーは覚えがあった。当然だ、共に肩を並べて戦った経験だってある。
『……あらぁ、大丈夫?銀髪の坊や』
「エメラダさん……!」
その機体は、『妖術女』。元グリーズ公国の傭兵であるエメラダ・ゲヴェーアが駆る、紫色の愛機だ。
そしてフィアーの歓びを隠しきれない声に呼応するように、膝をついていたもう一機のマギアメイルも立ち上がる。
その機体は一見、フィアーが見覚えない機体だったが……各部には、面影があった。
……『悪党』。とある砂賊団で使われていた、汎用性に富んだ量産型マギアメイル。
その改修機の操縦席で……乗り手である砂賊団実働部隊臨時隊長、「ジャイブ」は高らかに宣言する。
『砂賊団「ヘパイストス」、参上だ!』
この戦闘への、砂賊団の参戦。
即ち―――信頼のおける、強力な増援の到来を。
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