第四章20話:最愛 - my Older sister -


◇◇◇



 そこは「アティネ」内部にいくつもある個室の、その一室。

 仄かな灯りのみでその他は真っ暗なその部屋のなかに、ゆっくりと動く影があった。

 その特徴的な銀髪が揺れ、同時にため息が吐かれる。



「……寝れない」


 ―――そう、夜に布団から起き上がったのはフィアー・アーチェリーその人であった。


 ……先刻の、リアとのやり取り。

 それに明日がかなり大変そうな仕事になる、という事実。それが彼を変に覚醒させていた。


 昨日までのこと、そして明日からのこと。

 リアとの約束を踏まえて、今後の行動の指針を思案し続けていたフィアー。頭脳をフル回転させた彼の眠気が吹き飛ぶのは、当然のことといえる。


「……修学旅行前の学生か、ボクは」


 なにせ、そしらぬ異世界の言葉がつい出てしまうほど。それほどにこのときの彼は緊張していたし、知恵熱が出るかもというくらいに考え込んでいた。


「……あ」


そこまできて、フィアーは自分の声のボリュームに気付き、咄嗟にリアを見る


「ん……すぅ……」


「よかった……」


 だが……幸いにもその声を聞いても、リアは起きることはなかった。

 すやすやと穏やかな寝息を立て、可愛らしい寝顔を無防備に晒している。


 そのことに安心して息をつくも……それが、リアの疲労が貯まっていることの証明であるようにも思えて、フィアーは頭を抱える。


(随分と、心配させちゃったな……)


 彼女の寝顔を横に見ながら、フィアーは自身へと反省を促す。

 今日(おそらく日付を回っているから昨日だが)にリアから切り出された唐突な話。



(―――わたしを無視してでも、自分のやりたいようにしてね)



 ……あれはきっと、自分が変に考えすぎているから心配して話してくれたに違いない。


 フィアーはそう気付き、猛省のなかにあった。

 帝都で起こしたことを反省する一方で、それとは別にリアを守るため戦いたいという気持ちがある。

 その二つの狭間で……フィアーは、変に思い悩んでしまっていたのだ。

 しかもそれが露骨に態度に出ていたものだから、リアに余計な気遣いをさせてしまって。


「自分勝手すぎる……」


 なんて、自分勝手で傲慢なことか。


 ……ただただ、反省。

 フィアーは自分自身に、「二度とそんなことはするな」と言い聞かせる。危ない行動は最小限に留め、リアが不安を抱かないようにしなければ。


 その上で、彼女を守るのだ。『異訪者』を使わずとも、きっとその方法はある。


 これ以上、自分を大事に思ってくれているリアを。

 ……そして自分が大事に思っているリアを、心配させてはいけない。


 そんな決意を伴った結論に、フィアーは至り。


(……あれ)


 そこでふと。


 フィアーはリアの寝顔を、またもチラ見する。


 普段結んでいるのをほどくと、腰丈ほどもある白金色の髪に、小麦色の肌。

 よく見慣れた義姉の姿がそこにある。


(うーん、可愛い……)


「むにゃ……えへへ……」


 ―――年相応、いやそれ以上に愛らしい顔だ。いつも溌剌としていて、びしっとしているときとは違って気の抜けた顔。


 自分にしか、見ることのできない―――、




(!?、何を考えてるんだボクは!?)


 動かない表情と裏腹に、脳内のフィアーは転げ回らんとばかりに暴れている。


 ―――ダメだ、落ち着け。


(リアは、義姉あねで……)


 そう。

 リアはフィアーにとって、大切な家族だ。天涯孤独な身の自身を拾い、名を与え、家族としてくれた大切な存在。


 そう、大切だ。


 決して、それ以外の目では。


「……可愛いなしかし」


 ―――心内の葛藤は、漏れた独り言で台無しになる。


 ……ずっと長い間、自分を気遣い心配し、時には少し喧嘩したりもしながらずっと寄り添ってきた彼女。

 そんな彼女に対し……フィアーは心のどこかで、姉弟としてではない親愛を感じ始めていたのは、事実だった。


 現実世界の記憶を夢として垣間見て、本当の家族の存在を感じて。

 その度、フィアーのなかでリアの印象はアップデートされていった。


 家族という関係に身を置き、そこに甘えながらも……どこか別の印象を彼女に抱いていたのだ。


(いやいや、いやいや……)


 だからこそ、都度都度「お姉ちゃん」呼びチャレンジをして気持ちを切り替えようとしたのだ。


 ……だが結果、「慌てふためくリアが可愛くてかえって気持ちが強くなる」という大成功……もとい大失敗の結果に終わったわけだが。



(……参ったなぁ)


 記憶も断片的にではあるが戻ってきて、少しずつこの世界とは違う、別の、自分が元いた世界の感覚を掴んで。

 ……けれど、この水晶界に居たいという思いもまた、日に日に強くなっているのは事実だった。


 元の世界に血の繋がった大切な家族がいたとして。そして元の世界に戻る選択肢が提示されたとして。



 ―――果たして自分は、リアを残して帰ることができるのだろうか。


(……)


 考えは、纏まらない。

 眠気はどんどんとなくなり、目は冴えきっている。

 少なくとも……今自分にできることは。


(……かわいいな、本当に)


 傍らでただ眠りにつく、最愛の義姉の寝顔を眺めている。

 ……ただ、それだけであることは、確かだった。




(―――大概気持ち悪いな、ボク!?)


 無表情のなかで、思わずそんな感情的な独白をしながらも。


 フィアーがベッドの上で呆然と過ごしているだけで、残酷にも、夜は確実に更けていったのであった。

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