第四章21話:盗品 - stolen MagiaMail -


 ―――朝が、来た。


 荒野に朝陽の光が広がり、近隣の丘陵が露となり……そして航行を続ける船団をも明るく照らす。


 赤鳳騎士団所属である朱き艦「アティネ」。

 アルテミア第一皇女こと、テミスが座す艦隊旗艦「ペルセフォネー」。

 そして黒武騎士団所属のいくつかの船舶に……旧フリュム帝国の有志が乗り合う義勇船。


 彼らの行く道が明るく、幸福なものであるかのように錯覚させるそれは、誰に対しても分け隔てなく与えられる恩恵のように思える。


 だが、あるいは。



 ―――船団に潜むの計画の成就、その祝賀の光だったのかもしれない。



 ◇◇◇


 アティネ内部の個室、そのうちアーチェリー姉弟の使用している部屋では、一人の少女がベッドから身を起こしていた。


「うーん……よく寝た、おはよフィアー!」


 褐色に白金色の髪をゆらすリア。

 髪をほどいていたその姿は、普段以上にテミスに酷似した容姿をしている。

 そんな彼女の前に対するのは―――、


「……あ、リア、あはは、おはよう」


「凄い隈!???」


 ―――真っ黒な隈を浮かべ、曖昧な表情で微笑むフィアーの姿であった。


 ◇◇◇


「ねむ…い……」


 フィアーは朦朧とした意識でどうにか、と支度を終え、室外に出た。

 傍らにはぐっすり寝てまさに健康!という様相のリア。二人の姿はまさしく対照的だ。


「もー、なんでそんな寝不足なのさ」


「っ!?あ、いや」


 不意にきたリアからの突っ込みに、フィアーは露骨にあわてふためく。

 表情にはあまり現れないものの、その頬は紅く染まり汗が流れる。


 ―――しまった。

 彼が抱くのはただ、この一言だ。


 なにせ彼の寝不足の理由はふたつある。

 ひとつは自身の今後の心配。この先どうやって行動していくべきか、どうしたら自分が、そして周りが幸せになれるのか。


 だがそんなことで悩んでいたなどと知れたら、リアにまた余計な心配をさせてしまう。


 ―――それはダメ、絶対にダメだ。

 フィアーはそう改めて考え、そのことは告げられないと判断する。


 そして……もうひとつが、最大の理由にして最悪の理由。


(―――変にリアを意識してしまって寝れなかった等とは、とても!!!!)


 それはポーカーフェイスの裏に隠した、あんまりにも気持ち悪い行動であった。

 義理とはいえ、自分を弟と可愛がってくれる優しい姉。そんな彼女を、女性として意識してしまうなんて……我ながら、あんまりにもあんまり。


 そう自身を卑下し、フィアーはそれも口にできなかった。

 結果、出た言い訳は―――、



「―――なんか寝れないからずっと羊数えてたら止まらなくなって」


「おばか……」


 あんまりにもあんまりな、それはそれで頭のおかしな言い訳であった。


 ―――そんなこんなで、二人はアティネの甲板上へとやってきた。

 そこではマギアメイルでの物資の搬入出や、人の行き来が行われていて……その準備は大詰め。

 そしてその作業に従事する機体のなかには、食客扱いの砂賊こと、グレアの朱いマギアメイル『海賊偽装式フェルシュング』の姿もあった。


『荷物、ここ置いてくぜェ』


 グレアの機体からそう発されると共に、物資の入った箱が甲板におかれる。

 その視線の先には民間の職人たちがおり……なかには艦の調整作業に駆り出されたフリュムの聖職人、アールヴ・リョースの姿もあった。


「あー!ありがとう、グレアさん……ん?」


 お礼を言うアールヴ。

 だがすぐ、疑問を抱いたようにして眼鏡をクイッと弄る。

 その視線はこれまでみたことのないほど、厳しいものだ。そしてそれは目前に聳える左右非対称の朱いマギアメイル『海賊偽装式フェルシュング』の各部を突き刺す。


「……ところで、その機体、すごく見覚えが」


 瞬間。

 グレアの駆る『海賊偽装式フェルシュング』の肩がビクッと震える。

 彼は莫大な魔力をもち、操縦術式との接続深度もより高度なものとなっている。だから……動揺もまた、色濃く機体に反映されてしまうのだ。


「キノセイジャナイ?」


 そしてしばらく。

 アールヴはあらゆる角度から機体を睨み付け、ついに結論を導きだす。


「……ん、え、あー!???????」


「どうしたのアールヴさん!?」


 突然の叫びに、思わずリアも駆け寄る。

 だがそれに構わず、アールヴは驚愕の表情で指差し、言葉を発する。


「この子、『海兵マリーネ』じゃない!?数年前に帝国から強奪された!新型機の!」


 ……その機体は盗品であるという、宣言。

 それに、操縦席のなかで滝汗を流すグレアは宥めすかすように表に出て来る。


「他人の空似だって、気のせい気のせい……ほら、装甲だって似ても似つかないだろうし、そもそも左右非対称だぜ?な?」


 こんなに必死なグレアは、アーチェリー姉弟もみたことがない。その挙動不審さは……アールヴの指摘が正しいのだと、二人にははっきりと分かる。


「……グレアさん、まさか」

「いや、あのなァ……」


 フィアーが耳打ちするとグレアもまた周りに聞こえないよう、小声で話す。


「前に砂漠でワルキアとフリュムの戦闘があってな、共倒れしたところで物資をヘパイストスでパクったことが……」


「その機体でよくフリュムにきたねグレアさん?」


 要するに、漁夫の利。

 確かにそのまま放置される物資であるならば、砂賊がそれを回収するのは当然のことではある。

 しかし、盗まれた形になる当事国にその機体で来るのはあまりに無用心ではあるまいか。

 事情を知っている人間が見たら、確実に疑惑を抱くだろうに……とフィアーは思わず口にしてしまうが、グレアは「あー」と天を仰ぐばかり。


 どうやら、素で忘れていたらしい。彼からすれば『海賊偽装式フェルシュング』……もとい『海賊ゼーロイバー』は、自身の半身ともいえる愛機であり、それ以外の何物でもなかったのだ。


「……ほんとに、別機体?各部がなんだかとっても似てて……」


 そんなやり取りのなか、アールヴは怪訝な顔で『海賊偽装式フェルシュング』を四方八方から観察している。

 ……流石にずっと観察されていたら、いつか確信を得てしまうかもしれない。


 それを危惧したグレアは咄嗟に、辺りの風景を見ながらアールヴに叫ぶ。


「気のせいだッつの……あ、あんたあそこの鉱山村の出身なんだろ!!?ほら見えてきたぜ!!!」


「え、あホントだ!」


 グレアが話を反らすために、指差した先。

 そこには……確かに、家屋が見えた。

 山々に囲まれた中に築かれた、山岳都市のような村。

 巨大な鉱山を擁し、旧フリュム帝国のマギアメイル生産の要ともなっていたという村、「ボーラ」。


 アールヴの故郷であるそこが、もう数時間で到着か、というところまで迫っていたのであった。



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