第四章19話:約束 - unfulfilled Wish -

 ◇◇◇



「アティネ」の会議室から、自室へと戻る道すがら。


「……リア」


 フィアーはふと、沈んだ声色で義姉の名を呼んだ。


「ん、なにー?」


 呼び掛けられたリアはいつもの調子で歩きながらも、顔だけを彼へと向ける。

 それを確認すると……、


「さっきは、ごめん」


 フィアーは咄嗟に、彼女へと謝罪した。

 ……そしてその理由は、リアにも直ぐに解る。


 それはエルザと彼が会話したとき。

 あの時フィアーは、自身がもう乗ることはない筈の『異訪者ストレンジャー』の処遇を、知る必要もないのに聴いた。

 ―――その心中で……「自分も戦えるのに、残らなければならないのか」「とてつもない力を持つマギアメイルを、倉庫で眠らせなければならないのか」という、自分自身でも抑えられない疑問が埋め尽くしていたからだ。


 当然、フィアーはそれを表に出すことはしなかった。

 ……「同行するだけで、戦うことはしない」。

 それは彼がリアとも、赤鳳の人々とも約束した、大切なことだったからだ。


 ……だが。

 先の蟻型魔物の討伐でも、フィアーは歯がゆい思いをした。

 どうしてあの戦場を眺めていることしかできないのか、自分が出ればもっと早くに決着できたのではないか。

 そうしたなら、負傷者が出るようなことも、マギアメイルが一部破損するようなことも。


 ……そんな傲慢な想いを、抱かずにはいられなかったのである。


 そしてその考えをもっとも忌避し、許せないのはフィアー自身。だからこそ、この不意な謝罪があった。


 ……だが。


「別に、気にしてないよー。自分が乗ったマギアメイルだもん、気になって当然だって!」


 リアは……溌剌と笑い飛ばし、簡単に彼を許す。


 先刻の会議にいた時も、蟻型の魔物と騎士達が対峙していたときも。

 彼の傍らでその姿を見守り、心中を察して心を痛めていたのは、彼女だ。


「……」


 フィアーはそれに、何も言えなくなってしまう。

 何を言っても、彼女への言い訳になってしまう気がしたからだ。

 危ないことに、自ら首を突っ込みにいく。それは彼女から叱られても仕方がないことで……むしろ、それを望んでいた面もあった。


 だから、それを許されてしまうと……もう、何も口にはできなかった。


 ……気まずい、沈黙が広がる。

 リアは部屋に着くまで特に何も言うこともなく、無言で歩みを進める。

 そんな彼女に、フィアーは自分からなにかを切り出すことも出来ず、とぼとぼと着いていくことしかできなかった。


 そして、自室の前へ着いた二人。

 端末に手を起き、魔力を認証して扉を開き中に入って……しばらく。


「ね、フィアー」


 リアが、不意に開く。

 丁度、部屋のドアが閉まって施錠された直後だ。

 その瞬間に彼女は、神妙な面持ちで切り出す。


「―――もしも、もしもさ」


 そう前置いて……リアはベッドに腰掛け、告げる。


 フィアーもまた、それを立ち尽くして聞く。

 他の音は、全て遮断される。リアのその鈴を転がしたような声にのみ、全神経が注がれる。


 そして、ついに。



「凄くどうしようもないことになって、フィアーが戦いたい、戦わなくちゃならない!って時がきたら……」




「―――わたしを無視してでも、自分のやりたいようにしてね」


「―――え」



 予想外の言葉が、フィアーに告げられた。


 それは……リアが、ずっと考え続けてきたことだった。

 今までリアは、どうにか愛する義弟を戦いなら切り離せないかと、必死で考え続けてきた。

 戦いに興味を示したならそれを咎め、周りが戦いに駆り立てようというならば……それを牽制した。


 ……けれど。


 あの、城壁で起きた大災害。

 それ以降、どんどんと自罰的になっていくフィアーに……心境の変化があった。

 どんどんと、無理をして我慢して、自分を責めていくフィアーの姿を……リアは、それこそ辛酸を舐めながら見ているしかなかったのだ。


 自分が持つ力を、どこまでもネガティブに捉える彼を、どうにか助けてあげたい。

 そんな想いが……リアの中で芽生えていったのは、当然のことであった。


「……たぶん、私は止めちゃうから。冷静になれなくて、無理矢理止めようとしちゃうだろうから……」


 自分自身を責め続ける彼の姿を、これ以上見たくはない。

 その力をポジティブに捉え、使うべき局面で活かせるというなら、きっとその方がいい。


 そう、義姉リアは結論付けた。

 勿論、彼が戦うことはいやだ。きっとその局面になったら、心配して止めてしまうに違いない。


「フィアーがその力を、正しいことに使うって決めたなら、その時は構わず、戦って」


 けれど、彼が決断したなら。

 自分の心のままに、戦って欲しい。そう……心から思ったのだった。


 ―――そんな、彼女の宣言を受けて。


「……もしも」


 フィアーもまた、重い口を開く。

 正直なところ、リアがここまで自分のことを考え続けてくれているなんて、思いもしなかった。

 義理の、家族。

 だがそこには、確かな絆がある。


 そのことを……フィアーは、改めて理解して、そのことに感謝を込めて。


「そんなことがあったとしても……ボクは、リアの気持ちを尊重するよ」


「……絶対、絶対だ」


 自分を責める為の口実ではなく、リアを心配させない、悲しませない……その為だけに。「戦わない」という選択を、改めて決断したのであった。


「……ありがと、フィアー」


 それに対し、リアは少し複雑な思いを抱きながらも……彼に感謝する。

 思うままに行動して欲しいという思惑とは、少し外れてしまったが……けれど、フィアーの心境の変化は感じられたからだ。


 それだけで、今は充分。

 そう考え、二人は部屋に戻り、眠りにつく。

 明日は、少し忙しくなりそうだ……などと、そう考えながら。



 ◇◇◇



 二人は部屋に戻っていき、暫くして艦内の廊下の照明が低出力モードへ切り替わる。


 夜闇のなか、「アティネ」を始めとした船団はその進路を、道中にあるというアールヴ・リョースの故郷へと向けた。

 鉱山を中心に築かれた、比較的大きな村。

 その名を鉱村「ボーラ」。マギアメイルの主な材料である魔導金属や魔宝石が多く採掘される、フリュムの軍事における要の一つである。




 そこで待ち受けている者たちは……今か今かと、ワルキア騎士団の到着を待ち続けていた。


 ―――多数の物資に、多くの催しを、用意しながら。


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