第四章11話:蟻群 - spooky Monsters Ⅱ -
◇◇◇
艦から放たれた四機の紅きマギアメイル達が、敵の眼前に着地する。
……そこは、見渡す限りの地獄だった。
『へぇ、予想以上の数じゃねェか!』
『ひぃ、この紫の波……』
砂と土の荒野を、紫の波が流れる。
だがそれは決して海や川でも、ましてや花園などでもありはしない。
そのあちらこちらには黒光した線が映る。それはまるで……いや、まさしく。
―――無数の、脚。
「やっぱ虫……!きもちわるい……!」
―――そう、波の正体は無数に蠢く巨大な蟻……のような魔物の群れであった。
巨大、といってもマギアメイルに比べれば、半分以下の大きさ。単体であれば、容易に掃討が可能な木っ端でしかありはしなかった。
……だがそれが数十、数百ともなれば驚異であることは当然のこと。
こんなものが旧帝都にでも押し寄せた日には、それこそ地獄絵図である。魔龍戦役の二の舞ともいえるそんな事態に、その場にいた面々は一層に気を引き締める。
『小物ばかりだけど、決して油断しないように!良いね!』
『『了解!』』
一匹たりとも、一切の取り零しは許されない。
◇◇◇
前線で戦闘を開始する一行。
その布陣は、事前に取り決められていた通りのものである。グレアが敵の群れの中枢へと突貫し、それに続いてエルザが残存した魔物を燃焼術式によって殲滅。そこから生き延びた魔物を、更に各部隊が掃討する。
そしてその作戦は、滞りなく進んでいた。
『虫けら、ども!この程度かよォッ!』
手にした槌から断続的に衝撃波を放ちつつ、グレアの『
今回の作戦は、前衛であるグレアが呑まれれば一息に瓦解しかねない戦術ではあったが……そこは熟練。
手慣れた手つきで敵を屠り、敵の群れの中央―――巣があるであろう地点へとその歩みを確実に進めていた。
『ちょっとグレアくん、調子にのって先行しす、ぎっ!』
そしてエルザも、それに続くように斧槍を手に突撃。燃焼術式……すなわち焔を纏ったその斬撃は、魔物達にとって弱点ともいえるものだった。
切り飛ばされた魔物の首は燃え盛り、また別の魔物へと燃え移る。
そうなれば、もはやエルザの魔力を離れたただの火炎だ。維持に魔力を割く必要もなく、多くの魔物を消耗ないし焼死に追い込める。
結果、群れ外周部の騎士達の負担は大きく低減する。
中心部で多くの魔物が屠られ、逆上した魔物の多くはその相手……グレアとエルザの元へと向かっていくからだ。必然群れから外れ、艦船を目指す魔物は大きく減る。
キュイとエクラは近距離より二名の援護に努める余裕すらあり、黒武騎士団の面々は旗艦の防衛に専念する。
そして、義勇軍の面々は……騎士団流の息のあった連携に戸惑いつつも、魔物の群れに近い位置で引き続き掃討を行っていた。
『フリュムの人も、前に出すぎないように!』
『は、はい!了解です!』
エルザの声に、義勇軍の一人がおっかなびっくりな声をあげる。
彼らが乗る『
……だが、そのようなことは魔物には関係のない事情だ。
「っ、うわぁ!」
一騎のマギアメイルに、魔物が飛びかかる。
だが、驚きと共に咄嗟にかけた制速機構により敵の跳躍を辛うじて避けると、一太刀。
『こんのぉっ!』
魔物の肉体は一刀両断。コアも砕かれ、その身体は霧散していく。腰こそ退けているが、その太刀筋には一転の曇りもない。その戦いぶりだけを見れば、新人ばかりの駐屯騎士達よりも、余程頼りになるようにすら見える活躍であった。
「へぇ……義勇軍だっけ?あいつらも結構やるな」
『魔龍戦役時に帝都の防衛に回ってた人たちらしいからね……実戦経験はなくとも、練度ならってことかな』
グレアとエルザ、二人の方向性の違う天才からみても、その才は確か。
グレアに至ってはその予想外の戦いぶりに触発され、目の前の敵への攻勢により一層の拍車をかける。
「なら……此処等で俺も本気を出しとかねェとお払い箱にされかねねぇなァ!」
瞬間。
彼の『
『あ、ちょっと陣形をー!』
エルザのその声も虚しく。
グレアはその手から、体内の魔力を全力で送り出し、機体内部の増幅機構によってその圧力を限界まで高めて一転集中させる。
その行き先は、もちろん手にする巨大な槌である。
「―――偽装槌、術式限定解放!」
<破砕術式:限定起動>
彼の叫びに呼応し、機体内部に表示枠が表示される。それと同時に……機体が手にした槌の外装が限定的にスライドし、その内部に存在する錨の片鱗を窺わせた。
そして、そこから破砕術式による圧縮魔力の力場が展開される。だが、それは錨のときのような刃状のものではない。
「外装に合わせて変化したこの一撃、受けてみやがれェッ!!!!」
槌の打撃部から放射状に広がる、円形の魔力。それをグレアは大きく振りかぶり、再び背部から魔力を噴出する。
上空に舞い上がっていた機体は、流星の如く。
地上、その眼下に蠢く蟲達のその頭上へと、光を伴って一意に降り注ぐ。
―――そして、着弾。
それと同時に、その爆発的な破壊を伴う衝撃波は瞬く間に周囲の魔物を呑み込み……粉微塵に擂り潰す。
大地は割れ、巣穴の入り口もそれに巻き込まれる。数多の同種によって立ち往生していた魔物もまた、その破壊の奔流に否応なく呑まれ、粉砕され無に帰した。
……これこそが、グレアの破砕術式。対マギアメイルよりも、対魔物に重点をおいた彼の先天的に習得していた術式の極致である。
だがこれをもってしても、先の『
『すごい、一撃で群れを……!』
騎士キュイーヴルはぼそりと溢す。
赤鳳という四騎士団において特務部隊に所属する彼から見ても、グレアの単一の戦闘能力は異常なものであった。
単騎でこれほどの魔物を殲滅するなど、およそ人間業ではない。あるいは、エルザならば周囲の被害さえ気にしなければ比肩するのだろうが。
そんなことを思いつつ、戦いの決着を確信し一息つくキュイーヴル。
『いや、多分……』
だが、傍らの『
その切り替えこそ、彼女が赤鳳の特務、第一部隊に所属していられる理由でもある。
そして……彼女の確信による結論は、隊長であるエルザと同じもの。
『―――やっぱり、正面にいたのはただの尖兵だ。彼等の巣は―――』
『あの、下!』
エルザが声をあげる。
その瞬間……グレアの『
―――そも、元々は穴はひとつしかなかったのだ。
だから魔物たちは一ヶ所を中心として地上に溢れ、その結果穴にて待機するものまで現れていた。……だが。
「うぉわ!?」
グレアはあまりのことに、思わず声をあげる。
―――足場の土。そこから……無数の魔物の頭が、地上に現れたからだ。
そう、彼の攻撃によって唯一の穴は潰され、魔物達は生き埋めになりかけた。だが……それと同時に、破砕術式による地ならしによって、地盤や土壌は大きく不安定化していたのだ。
内部外部問わずに外壁は崩れ、地上と地下の魔物の巣の間の土壁は薄く……ないし崩れている。
そこまで外壁が柔らかくなっているのなら。崩れた魔物がその生存本能によってもがいたとすれば、当然容易に崩れる。
結果……数多の穴が地上に産まれ、そこから際限なく魔物が涌き出る結果となってしまったのだ。。
「なんだこの量!?」
最初の比ではないその蟻の軍勢に、さしものグレアも困惑する。
だが……その原因は明らかだった。
『お前が藪をつついたから溢れてきたんだろうが!』
『ふぇぇ……いっぱいいすぎて気持ち悪い……』
キュイーヴルは彼を糾弾しつつなんとか迎撃、エクラはそのあまりの量に仕事モードから平常時の性格に戻って怯えている。
彼らでさえそうなのだから、当然他の騎士や、義勇軍の面々も戦々恐々である。
最初の状態ですら中々の地獄であったのに、今彼等の眼前に広がるのはその比ではない光景だ。
紫と黒のツートンカラーの海は、その所々から赤い閃光を放ちつつ再び放射状に広がり始める。
もはや、単純な面制圧ではどうしようもない戦況だ。敵の総数も伺えないその惨事に、誰もが諦めかけてしまう。
……だが。
一人……一人の女騎士だけは、その様子を冷静に俯瞰していた。
『……よし』
エルザ・ヴォルフガング。
赤鳳騎士団有数の騎士であり、先代団長と双騎を組み数多の戦場を駆けたとされる戦乙女。
彼女だけは冷静に勝ち筋を見据え……そして、周囲の前線部隊を統率する。
『―――狼狽えない!キュイくんは左、エクラちゃんは右!義勇軍の人らは後方から射撃援護を!』
その頼りがいのある、迷いなき強い指示。それに一同は浮き足立っていた思考をどうにか取り纏め、冷静とまではいかないにせよ落ち着く。
『は、はい!』
あまりのことに誰もが『魔龍戦役』を彷彿とし震え上がっていたものだが……落ち着いてみればなんてことはない。
―――襲いくる魔物達は、またも渋滞を起こしていたのだ。
先程まで一ヶ所からのみ噴出していた魔物達は、巣穴の入り口部分で渋滞を起こしその物量を最大限に発揮できていなかった。
だが脱出口は増え、その排出量は数倍にまで肥大化。その結果……今度は地上にて魔物同士の身体がつかえ、今前進することもままならずに混雑を引き起こしていたのである。
中心部ではあまりのことに、魔物の共食いまで始まっている始末。そしてそれは騎士団側にとって、戦況を有利に運ばせる出来事ともいえた。
『遅滞攻撃に専念して!あと共食いを始めた敵は狙わないように、残してたほうがかえって楽!』
エルザは的確に、周囲にそう指示を飛ばす。
その言葉に、漸く現状を理解した者も、理解したうえで手をこまねいていた者も。一様にその銃口、その剣先を魔物へと差し向け、果敢に戦闘を仕掛ける。
そんななか、中心部に取り残されつつも大群相手に平然と応戦するグレアは、平気な顔でエルザに通信を飛ばす。
「俺は?穴に突撃するか?」
『そう!グレアくんは私と一緒に来て!ブラン団長、黒武は―――』
エルザは彼の意見を肯定すると、後衛―――旗艦本部「ペルセフォネー」へと連絡する。
ブランもまた、それを予期していたのか。通信には瞬時に応答が返る。
『わかっている、艦隊周辺で防衛行動に専念させつつ、人員を前線に回す。これ程の量に共食いとなれば、個別に意思や知性があるとも思えないし、あるいは本体が―――』
『えぇ、だから私達が!』
二人の認識は同様だ。
制御されていない、大群の小型魔物。この手の群体型の魔物は得てして、それらを維持する魔力の供給源―――『女王』とでも呼ぶべき司令塔がいるものだ。
敵が混乱している隙に、それを叩く。首魁を潰すことが出来れば、供給源を喪った魔物達はたちどころに消滅を始めるという寸法だ。
『さ、行くよ!』
「おうさ、こいつらの親にも一発見舞わねぇとなァ!」
―――『
二対の赤き鎧は、その双眸を輝かせつつ跳躍。
手にした巨大な槌と、魔鉱石をあしらった斧槍をそれぞれ構え、魔物の涌き出る穴の一つへとその加速でもって突入していく。
……その姿を―――フィアーは、アティネの艦橋にて拳を握り締めながら、ただ見守っていた。
自身の傍らにいるリアと、目前で戦う知り合い、友人たち。その二つを想いながら、ただ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます