第四章10話:出没 - spooky Monsters Ⅰ -


 ◇◇◇




 場所は移り、同刻の旗艦「ペルセフォネー」の艦橋。


 そこには艦の主たる皇女「アルテミア・アルクス・ワルキリア」と、作戦指揮官であるブランが揃って並び、周囲の様子を伺っていた。

 ……「アティネ」で行われている秘密の会合のことなど、彼らは知る由もない。トールのことは警戒しつつも、反乱軍の鎮圧のため粛々と業務を取り仕切るばかりである。


「ブラン、予想戦域への到着までは?」


「目的地のトゥルース遺跡近郊に到着するまで、あと3日の見込みです。到着時にも向こう側はまだ機体の整備等が整っていないタイミングでしょうから、容易に殲滅が行えるかと」


 テミスの質問に、ブランは手元の端末を操作しつつそう告げる。

 写し出されるは反乱軍の予想戦力と現在の艦隊の戦力。そこには単純比較して倍近くの差があった。


 加えて予測される彼等の戦力は人員も装備も乏しく、有事の際の建て直しに時間を要する。対してワルキア陣営は騎士団合流による戦力増員とエンジ主導のスムーズな改修、修理によって十分なほどの戦力を取り揃えられるのである。


 ブランが余裕の笑みをみせる通り、そこにはおよそ敗北する要素は窺えなかった。


「……油断は禁物ですよ、ブラン。万が一のことも考えて、特に警戒するよう帝都にも連絡を」


 だがテミスは、その余裕に迎合することなく注意を促す。

 追い詰められた人間の、執念の強さ。それをあの砂海で痛感した彼女には、彼等がそう易々と制圧できるとは楽観視できなかったのである。


 ……思い出すは、まだ眠り続けているかも分からない、大切な人物のことだ。

 グリーズ公国の傭兵にして、自分の旧知の存在であったシュベア・グラナート。

 テミスが砂賊の艦「ヘパイストス」を降りるまでついぞ目を覚ますことはなかったが……果たして無事だろうか。


 そんなことを、彼女は思わず反芻する。


「は、畏まりました、姫様」


 だが、対する彼はそんな彼女の内心を知りようもなく。ブランは先ほどと同じく沈着に注意を受けとった。

 だが……その様子に、感じられる変化はあった。


「……この一月ほどで、随分と変わられましたね」


「?」


 きょとんとするテミスを前に、ブランは語る。


「いえ、フィアーさん達と王都を出るまでは、正直まだまだお若いと思っていたのですが……戦いの前に、それほどまで落ち着き払われて」


「ちょ、ちょっとブラン、そのことは……!」


 テミスが慌てたのは、なにも自分のプライベートが明かされたからではない。


 周りに、自分達以外に大勢の騎士達がいたからである。

 自身の逃避行や、砂賊たちとの関わり合いは秘密裏のもののはず。こんな人の多い場所でそうおいそれと話せるようなものではなかったはずなのだ。


「大丈夫ですよ、この艦にいる騎士達は皆事情を知っていますから」


「……はぁ」


 当然のように告げるブランの言葉に、テミスは嘆息する。

 そのことだって全く共有されていない話だ。テミスは当然、周りには一切伝わっていない情報であると今の今まで思い込んでいたのだから。


「落ち着きもするでしょう、巨大な魔蠍に変な空間に閉じ込められて、砂賊とグリーズ公国の傭兵と同じ屋根の下で暮らせば」


「……それも、そうか」


 テミスの諦めたような吐き捨て方に、ブランは一定の納得をする。

 男子三日会わざれば……などという古語もあるが、年頃の少女が一月も離れればなおのことだ。

 そうでなくとも、激動の日々であったのだ。彼女自身のなかに以前までより一層、為政者としての自覚が芽生えた。そのことは、ブランも素直に喜ぶべきことだった。


「でも、良い経験だったと思うのです。私は王城のなかのことしか知らなかったけど、この一月だけで今までの人生よりも深く、色んな見識を深められた気がする」


「……それに、ずっと忘れようとしてた過去にも―――一応の、決着もつけられた」


 テミスは物憂げに、そう語る。

 彼女の瞑った瞼に映るのは、大切な幼馴染。年上の、兄のような存在。

 砂漠に残した彼……シュベアの安否が、何をしているときにも気がかりでならなかったのだ。


 そして病床の彼が見せてくれた勇姿に、決意に。決して恥じないような振る舞いを、と心がけている結果が今の自分だ。


 ……そう反芻する彼女の表情は、極めて美しく、勇ましいものだった。


 だが……仔細を知らないブランはその口ぶりに疑問を抱き、問いを投げようとして。


「……?それは、一体―――」



 ―――だが。


 その瞬間であった。


 艦内に警報の音が鳴り響き、艦橋前方の表示版の表示が紅く染まる。

 そしてそれと同時に、幾人かの騎士が慌ただしい声をあげ……うち一人が向き直って、報告する。


「―――団長、姫様!前方に敵性魔力反応!魔物の群れが、道を塞いでいます!」


「っ、状況をこちらに!」


 その声に、瞬時に意識を切り替えた二人の眼前の空間へと、簡易的な地図が立体投影される。


 艦隊周辺を平面に収めたその地図には、彼等の座標が青く示されている。

 そしてその前方、草原地帯には赤い帯状の表示がされていた。


 ……否、帯状ではない。


「!?、この数は……!」


 ブランはすぐに気付く。

 その表示は一本の帯などではない。

 ―――無数の光点が、幾重にも折り重なって帯のように写し出されているのだ。


 しかもその一団は、艦へと接近を始めている。

 今から全艦で緊急回頭したところで、直ぐに追い付かれるのがオチだろう。


「総数、百以上……全団員に出撃命令を!他の艦にも出撃要請を送りなさい!」


 選択肢は、一つしかない。テミスは即座にそれを理解すると、全体に向け指示をした。

 このような窮地にこそ、早急な判断が求められるのである。そのことをテミスは砂賊のもとで嫌というほど学んだものだ。


「承知致しました!」


 それを受け、騎士たちは一様に仕事に取りかかる。


 ―――斯くして、反乱軍との相対、すなわち対人戦を前にした一同は急遽、魔物狩りを開始する羽目になってしまったのであった。





 ◇◇◇




 姫君の命のもと、出撃要請を受けた騎士達は一斉に出撃の準備を始めた。

 各部の点検を終えた、自身専用のマギアメイル。それらに搭乗した者達は通信術式を展開させ、現在状況と作戦の共有を行うのである。


 そして、そのなかには義勇軍―――フリュムから募られた有志のマギアメイル乗り達や、傭兵であるグレアの姿もあった。




『魔物の群れか……魔龍戦役を思い出してしまうけど、一体毎は小物のようだな』


『なら、一番槍は俺だなァ、大勢の魔物相手は砂漠で慣れてるからよ!なにより戦いてェし!』


 一同は通信で、誰が出撃するか、母艦の防衛には誰があたるかを決めていた。


 ―――赤鳳騎士団の管轄にあたる「アティネ」の所属人員は、専用の通信術式をもって他の騎士たちとは切り離された回線で情報を伝えあう。

 そうしたのはトールのことを隠すためもあったが、部隊内で円滑に連携を行うための施策という面が強い。独立部隊としてある程度自由行動を許された、赤鳳第一部隊だからこその独自の指揮系統。


『どうだ、悪くはないだろ?』


 そんななかグレアは、いち早く戦いたいが為に自分が先鋒になることを提案する。その不純な動機故に……騎士達はあまり好意的には取らなかったが。


『いいんですか?隊長』


 とはいえ、実際有効な配置ではある。元々「ヘパイストス」でも特攻隊長のような立場にあった彼にとって、乱戦はお手の物だ。

 対して騎士団の面々は対人戦の方を得手とし、魔物の大量発生などには後手に回ることが多いという明確な弱点がある。

 赤鳳第一部隊は指折りの騎士達ではあったが、専門家では決してない。であれば、一息にグレアに場を荒らしてもらうというのは、あながち間違いではなかったのだ。


「うん、そうね……でもそれが最適かも。では先鋒はグレアくんで、第一部隊からは私、エクラ、キュイくんでいくよ!」


 エルザは初動人員を決定し、通達する。

 すると拡声器から、驚愕と落胆の混じった大声が響いた。


「え、俺らは!?」


 その声は『弩騎士改ナイト・クォレルⅡ』を駆る双騎バディの片割れ、バナム・ウォーレスの声だ。

 搭乗準備前、「俺とアイナの最強っぷりを見せつけてやるぜ!!!」などと勇んでいた反動で、落胆も激しかったのだろう。

 前線へと出撃できないという事実がおよそ信じられず悲しさすら混じった顔でエルザに懇願する。が。


「クォレルの主砲は確かに強力だけど、今魔力を消耗するわけにはいかないでしょ?本番は反乱軍との戦いなんだから、二人はお留守番!」


「「ちぇー」」


 にべもなく断られて、バナムはふて腐れたようにそう声をあげて、それにアイナも乗っかる。


「なんでそういうときばっか息合うの貴方達……とにかく甲板で待機、艦に敵が接近したときだけ迎撃!いいね?」


「りょうかいー」


「俺らも暴れたかったなぁ……」


 不満たらたらなバナムと、それを意に介しているのやら表情からまるでうかがえないアイナ。

 凸凹どころではないほどに性格の合わなそうな二人だが、双騎バディを結成してからたった数ヵ月で圧倒的なまでの連携を発揮している。

 そのことはエルザもよく評価しているし、実力も確かなのだ。だからこそ、今回の戦闘では温存するという決断をされたのだから。


 ……そこまできてエルザはもう一人。

 ちゃんと言葉で出撃させないことを、もう一人の人物へと確かに伝えなければ……と口を開く。


「それと、分かってると思うけど……フィアーくんはお留守番!理由はわかるわね?」


『うん……わかってる』


 艦橋の通信術式板モニターから、フィアーが素直に返事をする。

 その傍らには、はらはらとした顔のリア。とはいえ今回はフィアーは素直に、艦に残ることを承服していた。

 それには自分自身が引き起こした『異訪者ストレンジャー』による被害が大きかった。あれほどのことをやってしまった以上、自分の我が儘を押し通そうと思えるほどフィアーの我は強くはない。


 それにリアを守る……それが一番の願いである以上、彼女の傍らにいることこそ、一番の最適解であると理解していた。だからこそ、残る選択を取ったということもあるのだが。



 エルザは彼の返答を聞くと、安心したように機体の操作盤へと手を伸ばす。

 彼女の手から発される魔力を感知して、操作盤上の水晶が紅く煌めく。

 そしてそれと同時に操縦席内が内部照明に照らされ、彼女の眼前には魔力で出来た表示が複数展開される。

 そして、音声が読み上げと共に。



 <操縦術式:起動>



 機体―――『戦乙女バルキリエ』が起動する。


 それと同時に彼女の横に格納されていたマギアメイル達も一様にその機眼を発光させ、外部から起動が確認される。

 そして他の機体も同様に艦中央の発射口へと懸架され、準備が完了する。


『ふぅ……最近身体が鈍ってたんだ、景気よく暴れるとするかね』


戦乙女バルキリエ』の傍らに懸架された『海賊偽装式フェルシュング』のグレアが、操縦席で指を鳴らしながらそう息巻く。

 この一月ほど、フリュムにずっと留まっていた関係で精々数匹ほどとしか交戦できず、フラストレーションが溜まっていたのだ。

 その反動によって戦意は過剰に過ぎる。エルザはそれを察して、先に制止をかけた。


「グレアくん、一応傭兵とはいえうちの指揮下なんだから、ちゃんと言うこと聞いてね!」


「はいはい、気が向いたらなー」


 しかし、流される。


 ―――だよねぇー……


 エルザは内心そりゃそうだ、などと思いながら諦める。

 砂賊が騎士の言うことなんて聞く道理はあるまい。むしろ友好的に話してくれるぶんまだ良心的というまである。


 ……だが、それを容認できない者もいた。


『貴様!エルザ隊長になんという口の聞き方を―――』


 エルザの部下、キュイーヴルが無礼に対して激怒する。彼は元来砂賊など、反社会的な組織に対する嫌悪感の強い人物だったからだ。


『ど、どーどーキュイさん!どーどー!』


『ええぃ俺は馬か!』


 隣のエクラに諭されるも、その怒りは収まらず。

 そして当のグレアもそれを意に介すことないままに……戦闘艦「アティネ」の艦首、その中央部が分割、開口される。

 それと同時に機体が立ち並ぶ出撃口には外の光が射す。

 戦場の風が内部へと吹き込み、遂に戦闘が始まることを一同に再認識させる。



「……さ、全力でいく」


 そう呟くグレアの顔は、さっきまでの不真面目でありながらも快活としていたものではない。

 戦いを求める、獣の目。眼前の魔物達を品定めする、荒々しい捕食者の目だ。


 そして手にした槌を機体の肩へと背負い、マギアメイル―――『海賊偽装式フェルシュング』は出撃する。


「グレア、『海賊ゼーロイ』……じゃなくて『海賊偽装式フェルシュング』、出るぜェッ!」


 瞬間。

 機体背部、出撃口背部の噴射口から莫大な量の魔力が噴出する。

 そして機体背部に膜のような防護結界が展開され、それを背に受けたマギアメイルは、まるで弾丸のようにして射出される。


 その姿を確認すると、エルザ達第一小隊も武器を携え、前傾姿勢で射出に備える。


 そして一斉に魔力が放出され―――三つの赤い閃光が、遅れて艦から放たれたのであった。





「一等騎士、エルザ・ヴォルフガング!以下第一小隊……出撃!」



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