第四章9話:秘密 - Information Control -

 ◇◇◇



 ―――帝都から平原を抜け、山合いの集落を越えた先にある、海岸線の巨大な深い森林地帯。


 そこにはまるで墓標のごとく聳える、三つの灰色の建物があった。

 異質なその材質のなかに眠るのは、この世界の人智の及ばぬ、古代文明の造った起源不明物の数々。


 ―――名を「トゥルース遺跡」という。

 この世界で爆発的に普及した「マギアメイル」という兵器の雛型が収められていた地にして、反乱軍―――元フリュム首都防衛大隊「エルディル」が占有する、軍事拠点である。


 三つ建ち並ぶ遺跡のうち、開かれているのはたった一ヶ所……マギアメイル全ての原型となった『原初』が収められていた箇所のみ。

 しかしそこには、その『原初』を修理する為と思しき設備が取り揃えられていた。


 そこで彼等反乱軍は、戦力を整え続けていたのであった。

 要塞化された設備は魔龍戦役以前から拡張を続けられ、今や遺跡自体を覆うように構築されている。

 未だ、三つのうちの二つの遺跡は開かれることはなかったが……軍事力さえ確保できればいい彼等にとっては、それで十分であった。


 その要塞に設けられた、居住区画の一室。

 そこで、反乱軍のリーダーである「エーギル」は一人机に向かって指示を飛ばしていた。


「マギアメイルの修繕状況は?」


「はい、現状では未だ2割ほどしか完了しておりません。完璧に戦力が建て直せるまでには、おそらく二、三週間はかかるかと……」


 部下の一人はそう言うと、手元の端末をエーギルに見せる。そこには負傷者の回復状況と、マギアメイルの修理の進行度が記載されている。


 そして……もうひとつ。


「それと、第二拠点で進められている『剣闘士』の改修は順調に推移しております。「博士」の協力もあって、ワルキアの技術もかなり盗用できており……その性能は、先の赤い女型にも比肩しうると」


 そこに映し出されたのは、遺跡でない彼等の別拠点。そこに安置され、改修を進められているエーギル専用マギアメイル『剣闘士』が改造されている姿てあった。

 そこには増加装甲―――らしき物が複数取り付けられている。それはまるで『剣闘士』が別の機体に組み付かれているかのような、奇怪な外観である。

 しかし、その外観は仮組であろう箇所が多く、まだ完成とは言いがたい。このことも、反乱軍は二度目の襲撃に二の足を踏む原因であった。


「分かった、双方とも出来る限り急ぐようにだけ伝えろ」


 エーギルがそう命ずると、別の兵士が敬礼をしたうえで、小さく手を挙げる。


「それともう一つなのですが……盗難した技術のなかに、些か不可解なものが含まれておりまして……」


 その言葉は非常に歯切れが悪いもので、それがかえってエーギルの興味を引く。


「不可解?」


「こちらです」


 彼は改めて首を傾げながらも、その端末に収められた情報を彼に見せる。


 ……そこに映し出されたのは、マギアメイルの背部に搭載するものと思しきユニットだった。

 そう、それはワルキアの製鎧職人「エンジ・ヴォルフガング」謹製の新型動力機関。


「―――「魔動機関」、と呼ばれる炉だそうで……直接魔力で操るのでなく、これを介して操縦術式を起動させているとの報告が。機体の内部にも鉄で組み合わせた棒が仕込まれているらしく、それらを動かしているとのことで……」


 その「魔動機関マギアエンジン」と「骨組機構フレーミング・システム」を、彼等は怪訝な顔で見つめる。


「……何故ワルキアはそのような非効率的なことを」


「さぁ……」


 一行は一様に怪訝な顔を浮かべながら、それを量産化、新型機にまで搭載することの意味を図りかねていた。

 内部が空洞のマギアメイル。その操縦術式を守る意図があるのか。確かに内部にも装甲があったほうが防御力は増すかも分からないが、それよりも対魔力装甲の質を上げたほうが遥かに有用、かつコストも安価に済むだろうに。


 ―――結局のところ、彼等にはその有用性を理解することは難しかった。

 なにせ彼等は知らなかったのである。かの魔龍戦役で、「『強欲』の魔龍」と呼ばれた暴虐の化身が引き起こした魔力消滅現象を。


 魔力は常に身の回りに、当たり前のように存在する。それが、それこそがこの世界の人々の共通認識であったのだから。


「まぁ、いい。そんなものの検証は奴等を潰してから改めてすればいいことだ。お前たちは引き続き、各部署の進捗管理と報告を徹底しろ」


 だから彼等は、その検証を軽んじて後に回す。

 この慢心こそが自身らを現状へと追い込んだことになど、気付くよしもなく。


「はいっ!必ずや戦力を整えて、俺らを愚弄したワルキア騎士団に復讐を!」


 エーギルの指示を受け、改めてその場の兵士は敬礼をする。

 その顔は一様に高揚しきった、笑顔だ。

 復讐を遂げられる。戦いに出られる。自身の怒りを発散できる。


「奴等を完膚なきまで叩きのめして、帝都を我らの手に!」


「フリュム帝国万歳!」

「フリュム帝国万歳!」


 誰もが、ワルキアへの怒りに身を焦がして冷静さを喪っていた。

 彼等だけでなく、整備を行っている者も、治療をしている者も、食事を供給している者ですら。


 ……だが、そのなかでただ一人。




「……あぁ」



 その感情的衝動のままに動く反乱軍の、その頭目であるはずのエーギルだけが―――酷く冷静で、興味すら無さげな様子で溜め息をついていたのだった。




 ◇◇◇



 時を同じくして、そこは他の艦と並んで航行を始めた、強襲用魔航艦「アティネー」の艦内。

 ……その艦橋には、艦長や最高指揮官であり第一部隊の隊長であるエルザ。そしてその配下の面々や、リア、フィアー、グレアも集まっていた。


 彼等の視線の先にいるのは、先の戦闘の直前に反乱軍側から脱走、情報をリークしてきたトールだ。

 彼……否、彼女は既に仮面を外し、この艦にいるほぼ全ての人物へと自身の面相と、その秘密を開示していた。


 一時間ほどにも渡る問答。その末に、一同は既にこの戦乱の真相と原因に、深く迫っていたのである。


 彼女の第一声はこうだった。


『―――わたしは、エーギル隊長を助けたいのです!』


 これまで自身のことを一切口にすることのなかった少女、トール。

 その性別、外見すらも開示することのなかった彼女が、ついにその全てを開けっ広げに説明したのだ。


 それは自身の言葉を信じ、先んじて戦線に出てくれた赤鳳騎士団第一部隊とフィアー達に対して信頼を感じたからこそ。

 彼らの清廉さが信用に足ると判断できたからこその、決断であった。


「―――事情は、分かったわ」


 エルザはそれを聞き届けると、腕を組み全体へと決を取る。


「貴女の正体については、この「アティネー」の中だけの秘匿情報とする。皆もそれでいい?」


 ―――それに対し、一同は皆頷く。


 彼女の目的と正体は、当然驚愕するには十分すぎるものではあったが……それ以上に、協力するに値する正当性と、戦略的な有用性があったのだ。



「助かります……ありがとうございます、皆さん!」


 トールは目に泪をうっすらと浮かべつつ、一同に向け頭を下げる。


「そしたら、これからもぼっちゃんって呼ばねえとなぁ……外でなんかの拍子に嬢ちゃんなんて呼んじまったら大変だ」


「あ、それならば「トール」って呼んでもらえれば!」


 旧屋台のおじさんにしてアティネーの食堂のおじさん―――「バラク」は、トールとそのように談笑する。


「なかなか色々な事情が絡み合ってきたな……」


「ま、まぁ、これでトールさんの目的ははっきりしたわけですし……」


 対して赤鳳騎士団のキュイ、エクラは浮かない表情。

 しかしそうなるのも無理ないことだ。それだけ、トールが開示した自身の正体とその目的は、騎士団にとっては大層な面倒事だったのだから。


 本人はともかく、その目的がなにより難解だ。

 なにせ彼女が助けたいと口にするエーギルは、帝都を戦火に巻き込んだ首魁その人なのだから。


「とにかく、皆このことは漏らさないように。ブラン団長にもフリュムからきた義勇軍にも、もちろん反乱軍にも!知られたら台無しになっちゃうからね!」


 エルザはざわつく面々に対し、手をパン、と叩いて号令を飛ばす。

 万が一にも、艦外に知られてはならない情報だ。

 これが周知のものとなってしまっては、いざという時の効力が極めて弱いものとなってしまう。


 謂わば、トールの存在は此度の戦争において、一つの「切り札」にすらなり得た。

 だから、エルザは咄嗟に決断する。この真相は艦内だけの秘匿情報にする、と。


 ……とはいえ、ブランにも伝えないというのは中々に至難の技である。


「あ、でもテミスにはどうします?」


「うーん……姫様にはいくらなんでも隠しだてしたくないけれど……」


 リアが呟いた疑問に、エルザは深く、深く考え込む。

 ―――そう、黒武騎士団の団長であるブランにすらこの情報が伝えられないということは、彼の指揮する姫の御座艦「ペルセフォネー」に情報が伝えられないということ。

 すなわち、艦隊の最高指揮官にして騎士団が忠を誓った王族の一人、「アルテミア・アルクス・ワルキリア」に、真実を秘匿したままに従軍するということである。


「怒りはしないと思うけどね」


 フィアーがそう軽く言うが、エルザたちは苦虫を噛み潰した顔をせざるを得なかった。


「そりゃ君達はそうかもだけど、私らは国と王家に仕える騎士なわけだから……」


 なにせ友人と臣下では、いくらなんでも事の重大さの認識が違いすぎるのだ。

 むしろエルザだからこそ、この常識外れの情報統制を真面目に検討してるともいえる。その他の平々凡々とした騎士であれば、そもそも考えることすらできないほどの背信行為だからだ。


 エルザはトールのその様子から、彼女が真実を告げていると信じ、そしてこれが国と姫自身の為の行為だと信じた。だからこそその提案を反故にすることはしなかったのである。


「でも、ブランさんがテミスから離れるとも思えないしなぁ」


「……まぁタイミングを上手く見計らって伝えるしかないわね、もしもの時は申し訳ないけどフィアーくん達に説得して貰う感じで!」


 ……結局のところ一連の議論は、彼女の口にした雑な解決案で幕を閉じる。

 もちろん二人の了承は得ていない。まぁ大丈夫だろうという希望的観測と、実現可能だと信じる自分達自身への信頼に身を任せた、エルザらしい臨機応変、かつ完璧な策であった。



「リア、急に重大な仕事きたけど」


「ま、まぁ……仕方ない、かな?」


 そこまで全力で他力本願されては、二人も特に口を挟むこともできなかった。

 残念ながらこの義姉弟は、致命的なまでに押しに弱かったのだ。


「ありがとう、ございます皆さん……!僕、とても頑張りますので!」


 男の一人称がいまいち抜けないトールの感謝のお辞儀もそこそこに一行の密談は幕を閉じる。


 トールはフードを被り、その正体を隠しながら生活を続けることに。

 そして騎士団やその他の面子は、それぞれ自分達の持ち場なり、自室なりに戻っていく。


 今この瞬間に彼等が抱えた秘密。

 それはやがて、戦局を左右するものになるのだが―――それは、しばらく先の話である。



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