第三章19話:前哨 - Invasion -
「……それで、あの人ってキミらの友達?」
エルザは医務室の仕切りの隙間から、仮面の人物―――トールを一瞥しながら呟く。
「いや、この街にきたときに一度会ったきりの人に似てて……」
それに対してリアは素直に、事実を伝えた。
あの怪しげな仮面の効果か、その特徴は頭のなかに何故かぼやけたようにしか浮かばないが、あの外套は確かにみたことがあった。
砂漠と帝都の間の高原で出会った、フリュムに住んでいるという民間人トール。彼がつけていた物に、確かに似ていたのだ。
だがなにせ、一度出会って、マギアメイルに乗せて、そして別れただけの関係。
例え本人だったとして、彼(性別はわからないが)が何故この騎士団駐屯地にやってきたのかなんて、フィアー達にもまるで分からなかったのだ。
……そんな彼らの混乱のなか、布団がにわかに動く。
それに一同の視線が向いた、その瞬間。
「―――ここは!?」
布団を吹き飛ばさんとばかりの勢いで、仮面をつけた人物が、ガバッとその身を起こした。
「あ、起きた」
彼は周りの風景をキョロキョロと見渡しながら、状況を整理しようとしているようだった。
そして一頻り周りをみたのち、仕切りの外から除き混んでいた人々……のなかの、フィアー達に気付いた。
「……あれ、確か、私を助けてくれた……」
「あぁやっぱり、トールさんだった!」
リアはやっと、目の前の人物が昨日出会った人物だと知って声をあげる。
「トール、トール……?あ、あぁ!えぇトールですとも!」
「……」
「?」
だが、それに対する彼の反応はどこか、違和感のあるものだった。
……それに対し、フィアーは疑問を抱いた。
そもそもあの仮面は一体、なんなのだろうか。確かに見ているはずなのに、形状も、その柄もいまいち頭の中に靄がかかったようにしか記憶されない奇怪な面。
そこでフィアーは、もしかするとテミスが持っていたペンダントと同じで、
だが、一般人を自称している彼が、どうしてそんなものを―――、
「あ!!!!」
―――そこまで思案したところで、トールは急に大声を上げる。
「……それどころじゃないんだった、騎士団の方に、早く伝えなきゃならないことが……」
思い立ったように無理に起き上がろうとするトール。
だがそれを、エルザが静止して寝かせ直す。
「騎士団の人は私だけど……何があったの?」
制服の胸元に煌めく
それに対してトールは、急いでその言葉を告げようと、吃りつつも口を開き声を発する。
「あ、あの、えーと……信じがたいかもしれないんですが、実は―――」
生唾を飲み込むように、彼は一拍子置いてから、その言葉を告げる。
「―――今正に始まったはずのアルテミア姫の式典、そこに反乱軍が、侵攻を仕掛けてくるんです!」
◇◇◇
「……え?」
「本当なんです、奴等は戦力の半分近くを投入して、今も帝都近郊に潜伏してる!それこそ今正に、襲撃が始まっている可能性も―――」
誰もが、混乱していた。
そんな中にも、トールは矢継ぎ早にすべてを伝えようと、焦って言葉を続けようとして、
「待って、待って!」
エルザに静止される。
急な話に、頭の整理が追い付かなかったからだ。
そしてそれはエルザ以外の面々も、フィアー達だってそうだ。
―――帝国軍の残党……反乱軍と化した首都防衛大隊が、街を襲撃してくる?
それが本当だとしたなら、一大事などというレベルではない。相手の物量は分からないが、間違いなく駐留している騎士団との総力戦になる。
「百歩譲って、それが本当だとするよ?でも、なんでそんなことを貴方は知っているの?」
エルザはなんとか話を呑み込み、質問をする。
……当然の質問だ、トールは聞いた話では極一般的なフリュムの領民のはず。
そんな彼が、どうやってこのような情報を手にしたのか。それが分からなければ、この話を信用するかどうかの判断をする段階にすら至れない。
「……」
暫しの沈黙。
そしてトールは、意を決したように毅然と告げる。
「今は、言えません」
このあまりにも曖昧な返答に、激昂したのは同室にいた新人騎士だった。エルザに対してのその無礼な態度に、堪忍袋の尾が切れたのだろう。
彼はトールの胸ぐらを掴もうと、部屋のなかをズンズンと進んでいき―――、
「……はぁ?何をいっているんだ、この浮浪者は!こんな奴の話、信じられるわけが―――」
「黙って新人、話がこじれる」
すんでのところで、その言葉と行動はエルザにばっさりと切り捨られた。
そういう彼女のその眼光は鋭く、今までに見たことがないほど厳しい表情。
これが彼女を、二等騎士たらしめる一面なのだろう、とフィアー達は改めて圧倒される。
その威圧感を前にしては、流石の新人騎士もすごすごと後退していくしかない。
「……今はなにも言えないけど、敵は襲ってくるから信じてほしい、貴方はそう言うわけ?」
「……はい、どうか……どうか、信じてほしい」
そのままの表情で告げられる、エルザの冷たい声。
それに対し、トールは僅かに気圧されたようにも見えたが、それでもと言葉を紡いだ。
情報のソースは口にできない、自身の身分も証明できない。だが、自分の言葉は信じてほしい。
そんな身勝手な理屈を、彼は通そうとする。
……だが、その態度からはそれを自覚した上でダメ元でも伝えようという、真摯な姿勢も垣間見えた。
そんな様子を、フィアーとリアが固唾を飲みつつ見守っていると―――エルザが、ついに重い腰を上げた。
「わかった。……聞こえたわね二人とも、赤鳳騎士団第一部隊は今から出撃準備。他の皆にもそう伝えて」
「りょーかい隊長!いくぞーアイナ」
「……はーい」
医務室の外で聞いていたのか、宿屋にいた二人組の騎士が、扉の横から現れるとその言葉と共にそそくさと外へ向かう。
そしてエルザもそれに続くように、騎士制服の長い裾をばさりと翻すと、部屋を出ようとした。
だが、その時。
「そんな、こんな得体のしれない男の言葉を信じるだなんて……それに、まずはブラン様に連絡を……」
新人騎士が声をかけ、それを静止する。
命令のないままに、マギアメイルの準備など行えない、どうにか再考を、と。
だが、彼女は止まらなかった。
そして悠然とした様子で振り返り、彼女は告げる。
「えぇ、貴方はそうしたらいい。でも私達は独自に動くし、戦う」
柔らかでありながら、威風を纏う鋭い視線と共に、そう宣言するエルザ。
それに対し、新人騎士が恐れおののいていると、今度は一点満面の笑みで彼女は語りかけた。
「……万が一怒られたら、そんときはそんとき!「備えあれば嬉しいな」っていうしね!」
「憂いなしじゃ……」
咄嗟にそんな突っ込みをしつつも、新人騎士は歩いていくエルザの背を目で追う。
だが彼はそれ以上、彼女を止めることはしなかった。むしろその視線は、まるで彼女への尊敬の念がより深まったような、そんな眼で。
「じゃ、そういうことで!」
そんな視線を浴びつつ、エルザ達赤鳳騎士団第一部隊は、出陣していったのであった。
◇◇◇
「……リア、キミは避難して」
彼女が去った後、フィアーは不意にリアへと告げた。一人で避難しろ、安全なところへ逃げろと。
だがそんなことを言われれば、リアが抱く疑問は1つだ。
「え、フィアーは?」
「戦う」
「な―――」
だがそれも、フィアーの言葉によってすぐに判明した。彼は、あくまでも戦うつもりだったのだ。
「さっきも言ったけど、ボクは皆を護る為に戦わなきゃ」
それは最早願いではなく、義務のような物言い。
自分に出来ることが戦うことだけな以上、それ以外に選択肢を持たないという、彼なりの思考によって導きだされた行動だ。
……それに対しリアは、頭ごなしに否定することはしなかった。別の理由を立てて、彼の考えを解きほぐすようにしたほうが、お互いに納得できると理解したからだ。
「でも赤鳳の人達がもう行ったんだし、それにここの騎士さんも居るでしょ、なんで……」
リアの言うとおり、赤鳳騎士団は既に出撃している。彼女らに任せておけば一先ずは、安全なのではないかというのがリアの言だった。
「トールさん」
その心配の言葉には一理があった。
だからフィアーは、判断材料を聞くために問いを投げる。
「はぐっ……え、あ、はい!」
トールは与えられた食事を、仮面越しに食べていた。
口許に運ばれたパンは、まるで仮面に呑み込まれるようにその形を喪っていく。
「どう食べてるのそれ……ってそうじゃなくて」
そんな奇怪な光景に面を食らいつつも、フィアーは気を取り直す。
「敵の、攻めてくるマギアメイルの総数は?」
フィアーが一番聞きたかったのはそれだ。
反乱軍と、ワルキアの騎士団の戦力差。
敵が少数であるのならばそれこそ、赤鳳騎士団組だけでどうにかなるだろうが、もし同数程度であるならばどうにか、力になりたい。
フィアーはそう思い、聞いたのだが。
「―――50機です」
「50!?」
「そんな馬鹿な、奴等がそれほどまでの戦力を保有してるなんて話、一度も!?」
返ってきたその数は、流石に予想外の量であった。しかもフィアーの横から聞こえた反応からすると、その数はワルキア騎士団としても想定の範囲を超えた数であるらしい。
「騎士さん、この駐屯地にあるマギアメイルは?」
その為フィアーは、騎士にも同じ質問をした。
普段ならば規則でそう簡単には答えられないところだが、この有事だ。
彼は素直に、現在フリュムにある騎士団の戦力を告げた。
「え、えっと……練習機を含めて27機です……ただ、赤鳳の方々の分は含まれていないので、それを入れれば恐らく30は超えるかと……ただ所在が格納城壁なので、出撃までには時間が……」
―――純粋に、戦力が足りなすぎる。
それがフィアーの抱いた、率直な感想だった。
仮に一流の騎士であるところのエルザが5機を同時に相手取れたとしても、なお手に余る。
そうなると彼の描いていた「予備機を借りて出撃する」なんて算段も崩壊してくる。
なにせ、乗り手に対してマギアメイルの方が不足してる始末なのだ。
そんな状況で、とてもじゃないが機体を貸してくれなどという妄言は口にできない。
「……間違いなく、街中までは押し込まれる」
しかも、そのほとんどが出動に時間がかかるという悪条件。
直近で動けるとすれば、王女の御座艦であるところの「ぺルセフォネー」の護衛機ぐらいだろうが、彼等にはまず事情を説明するところから始まる。
しかもエルザのようにフットワーク軽く動けるような役割でもなし、戦力として期待できるのは実際に敵が来襲してからになる。
そして遅れて出動するとなれば、そのぶん敵の戦線は押し上げられることになるのだ。
そうなれば、今まさに復興中のこの街中が、戦場になる。
「そんな、そしたら暮らしてる人達が!?」
「リア、お願いがあるんだけど」
驚きに目を見開くリアに、フィアーは目を合わせて話した。
すると、彼女はその用件が発されるよりも前に頷き―――、
「……『
「うん、余ってるマギアメイルがない以上ボクもどうしようもないから、地上で避難を呼び掛ける。リアはマギアメイルからお願い」
「うん……わかった、よし行こう!」
以心伝心。
二人は言葉もなく、お互いの意図を汲み取り、部屋を後にする。
そしてそれに続くように、新人騎士もいそいそと駆け出して他の騎士達への連絡に向かった。
後に残されたのは、ベッドの上で食事を終えた怪しげな仮面の人物のみ。
そして彼は、その仮面の奥の表情を悲痛に歪ませて、誰ともなく呟いた。
『どうか……どうか、彼等を止めてくれ……!』
◇◇◇
その日のフリュム市街は、いつにも増して盛況だった。
一部の工教会や商店が、その日限定のセールを行っていたのだ。特に工教会では、マギアメイルに取り付ける術式ユニットを『復興記念セール』と銘打ち、破格の価格で店外にて発売。
そこにはワルキアから来た日雇いの労働者や移住者、果ては騎士団の騎士までもが自身のマギアメイルの取り付けようと列をなして買い物を楽しむほど。
アルテミア姫が行うという式典にも行かない買い物客が、大勢そこにはいたのである。
つまり帝都中の人数比は、ここと式典会場のみにほぼ全て密集してるといっていい。
―――だが、そんな日常とは少し違う盛り上がりにも、終わりがくる。
大通りにやってきた橙色の一機の輸送用マギアメイル。
そのマギアメイル―――『
『皆さん!今すぐここから避難してください!今からここに、反乱軍のマギアメイルが攻めてきます!』
「おいおいなんだ、誰が攻めてくるだぁ!?」
不意に響いたその放送に、町民たちは怪訝な顔を向ける。
なにせ、急なことだ。騎士団でもない、見たこともないマギアメイルがそんなことを喧伝したとて、すぐに飲み込み納得するなど無理な話。
「反乱軍って……あの裏切り者が?」
「あれ、ワルキアのマギアメイル……?」
だがそのうちの一人が、機体側面に付けられた表示―――ワルキア王国製のマギアメイルであることを表すそれに気付くと、周りの状況は途端に一変する。
「そんな、ワルキアの人がいってることだろ……?」
「ほ、本当なんじゃ!逃げないと……!?」
一息置いて、一人、また一人とその重大性と信憑性に気付き、後ずさり、走り出す。
『皆さん、地下シェルターに逃げてください、ワルキアの騎士団もすぐにやってきます!』
「……こっちです!」
リアの放送と共に、フィアーも柄にもない大声で、辺りの人々へと避難を呼び掛ける。
買い物客は皆それに習い、最寄りのシェルターへと列をなして駆けていった。
だが、一気に人が来すぎて中への避難が追い付かずに溢れてきてしまう。
「ゆっくり、押さずに―――」
そしてフィアーがそう呼び掛けた丁度その瞬間。
「あれは……」
一人の町人が、明後日の方向を指差し間の抜けた声を上げた。
彼が指差す先は帝都正面、格納城壁がちょうど崩壊した方角。
そして何人かがそれに習いそちらを見つめると、地平線の彼方に何かが浮かび上がる。
―――それは、人間大の人影だ。
だがそれは、人のものでは決してない。
なにせこの距離だ、そこからあのサイズで見えるなど、普通はあり得ない。
だとすれば、その影の主は。
「―――本当に来たぞ、
反乱軍のマギアメイル、それに他ならない。
町民は視力を強化する術式でも使ったのか、その機種までも言い当てて周りへと声を上げた。
そしてその固有名詞に、フリュム人の誰もが戦慄し、シェルターでの押し合いが過熱していく。
「……思ったより早い、しかもまだ、騎士団は……」
そんな中、フィアーは辺りを見渡した。
まだ、騎士団のマギアメイルが現れる様子はない。勿論急ピッチで出撃を進めてくれてはいるのだろうが、このままではそれより先に帝都への攻撃が始まることも有り得る。
『ど、どうしようフィアー!『運送屋』には武器はないし……』
リアも『
―――一体、どうすべきか。
「……そうだ」
フィアーはそう思案すると、ふたつ、活路を思い付く。
そうだ、あそこに行けば。
だがそう考えた、その時。
「……あぁ、アーチェリーさん!」
見知った女性の声が、唐突に聞こえた。
それに反応し、そちらを向く。
するとそこに居たのは、つい今朝に会話を交わした人物だった。
「宿屋の奥さん?どうしてここに……」
「―――娘を見ませんでしたか、帰ってこないんです!朝買い出しに出掛けたっきり、ずっと……!」
ロセ・シュンベル。宿屋「そよ風亭」の女将であり、あの献身的な少女レイナの母だ。
そんな彼女は必死の形相で、娘が見つからないことを訴えてくる。
思えば朝に買い出しにいったという話を
「そしたらこの騒ぎで、私どうしたら……夫も探しにいってくれたのですけど、まだ見付からないみたいで……もし、まだ外郭の食料保管庫近くにいたら……!」
無理もないことに、ロセはひどく混乱しているようだった。
そこでフィアーは彼女の肩を掴み、目と目を合わせて極めて真摯に、告げる。
「―――わかった、ボク達が探します」
「もしあの子が避難してたら入れ違いになるかもしれないし、二人はシェルターへ」
「は、はい……!」
その宣言に、ロセはどうにか平静を取り戻すと、フィアーの指示通りシェルターへの避難列へと並んだ。
『フィアー、探すってまさか!』
『運送屋』から響く声。
「―――街の外郭に出る、リアはマギアメイルから街中を!」
それに対して用件だけ告げると、フィアーは一目散に駆け出す。
そう、レイナの捜索をするにも自分の足だけでは限界がある。しかもマギアメイルが襲い来ているのだから、余計にだ。
『え、ちょっと待って、フィアー!』
リアには目もくれずに、フィアーは駆け出した。
目指す先は一直線。
―――フリュム帝都の、中央広場だ。
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