第三章20話:蛮勇 - Brutality Begin -


 息を切らせて全速力で駆けたフィアー。

 困憊の中にいた彼だったが、ついに、その目的地に到着する。


「やっぱり、まだ居た……!」


 ―――中央広場に居を構えていた、サーカス団のテント。


 そここそが、彼の目的地だった。

 そう、ここにはマギアメイルがあったのだ。簡易的な小型ではあったが、その運動性はあの曲芸師、シャーオの操縦が証明している。



「あ、おい!キミ!早く逃げろ!なんでも反乱軍が―――」

「すいません、ひとつお願いがあるんですけども」


「えぇ!?こんな状況で、いったいなにを……」


 相手の言葉を遮るように、フィアーは不躾にも依頼をする。



「あの曲芸用のマギアメイル、貸してほしいんです、あとあそこの長槍も」


「それって……」


「まさか君、戦うつもりか!?」


「戦う訳じゃないんだけど……でも、そうなる可能性もあるかもしれない」


「無茶だ、そいつはあくまで民間用だぞ!?しかも無適性者用で、普通のマギアメイルとは……」


 侃々諤々、話は取り纏まらない。

 とはいえサーカス団側からすれば当然の反応だ、突然見ず知らずの人間が、命知らずな行動の為にマギアメイルを貸せ、などと言ってきたのだから。


 そんな中、フィアーが半ば諦めかけ身を引こうとした、その時。


「……いや、貸してあげよう」


 荷物を纏めていた団員のうちの一人が、ゆっくりとこちらに向かってきた。

「おい、シャーオ!?」


 その男はシャーオ。昨日、中央広場でアーチェリー姉弟と言葉を交わした、サーカス団一の曲芸師だ。


「キミ、何故そのマギアメイルを必要とする?」


 彼は問うた。

 何故それが必要なのか。そしてそれで、お前は何を為すのかと。


「……助けたい人がいるんだ、たくさん」


 それは、素直に出た言葉だった。

 飾らない、青臭いかもしれないその言葉。だがそれが全てだ。

 今彼を突き動かしているのは、目の前の人の助けになりたいという欲求。ただ、それだけなのだ。


「ボクは約束した、必ず見つけ出して助けるって」


「今行けなきゃ、きっと後悔する。だから、この鎧を貸してほしい」


「……お願い、します!」


 頭を、深々と下げる。

 それに対してシャーオは、周りの団員たちへと目配せをすると、フィアーの髪の毛をぐしゃぐしゃと撫で―――


「……あぁわかった、乗っていけ!出来れば返してくれよ!」


 そう、宣言したのであった。





 ◇◇◇



 その頃、城壁外郭部付近。

 そこには、数十騎のマギアメイルが、隊列を組み刻一刻と、帝都へと迫っていた。

 その軍団のほとんどは、帝国で防衛用に量産されていたマギアメイル、『剣兵ゾルダード』で構成されている。そしての中には他国から調達した安物の機体や現地改修機などの機体が雑多に紛れ込み、如何にもレジスタンス組織、といった様相を呈している。


 対する正門に配置された騎士団のマギアメイルはというと、既にその顔を無惨に地面へと伏していた。

 応戦する筈の騎士団側のマギアメイルも、コロセウムの護衛の為手薄になっていたのである。ただでさえ新人ばかりで層の薄い防衛網は、長年この帝都を護り続けていた元防衛軍の前には紙切れ同然とばかりに破られた。


 格納城壁の機体も出撃に時間がかかり、すぐに応戦することも叶わない。結局のところ弛みきったワルキアの防衛部隊は、破壊された城壁の間を通過していく反乱軍に、豆鉄砲で攻撃することくらいしかできなかったのだった。


『隊長、もう間もなくで射程圏内です!』


 そんな状況下で、一機の反乱軍所属マギアメイルの操縦士が、部隊に共有化された通信術式に声を乗せる。

 そしてその声を聞いた瞬間、最前列でその魔力を放出していた旗機―――『剣闘士グラディエタ』より、全軍へと指令が告げられた。


『全機戦闘態勢。標的は演説の行われている旧コロセウムだ』


 反乱軍の兵士たちは、皆その顔つきを一層険しくし、操機への力を強める。


『これより我々は多くの血を流すことになる!だが、それはフリュムという国が元あった尊厳を取り戻す為の、必要最低限の犠牲だ』


『―――アルテミア皇女の殺害を以て、不法にフリュムを占拠するワルキア王国への誅伐と為す!』


 その宣言は、まさしく扇動だった。

 兵士達はその言葉に妄信的な忠誠心を覚え、戦意を新たなに眼前を見据える。

 旧き我らが故郷、「フリュム帝都」。そこにようやく、前を向いて凱旋することができるのだ。


 巣食う害虫―――ワルキア騎士団さえ排除すれば、国の威信も守られる。

 彼等はそんな真っ直ぐな想いと共に、誰もが高揚し、怨敵であるワルキア、そしてその皇女であるアルテミア・アルクス・ワルキリアへの殺意を再確認していた。


『諸君、これは大義の戦いである!今は亡き皇帝陛下の無念を―――』



 だがそんな通信の最中。

 一機のマギアメイルは、外郭部に残っていた食料配給庫にて、足を止めた。


『……おい、なんだこんなところに餓鬼か?』


 荷車に調理用の食材を詰め込み、ゆっくりと帝都へと向かう一人の少女に気付いたのだ。

 ……その男は、その少女を害する気は今のところはなかった。

 荷物が重いのなら、掌にでも乗っけて運んでやろう。そんな親切心さえ、どこかに持っていた。


「ここは危ねぇぞ?なんなら、俺が帝都まで」


 だが。


「ひっ……?!たすけて、きしさま……!」


『あ―――?』


 そんな僅かな善心は、少女のか細い声を聞き取った瞬間に立ち消えた。

 男の目には、紅い怒りの炎……と見紛うばかりの怪しげな光が灯る。


 ―――頭が、視界が、真っ赤に染まる。


 そして差し伸べた手は引かれ、腰に設置された短剣へと手が伸び。


『……お前も、ワルキアに迎合する悪い子なのかぁ?だったら―――』


 その抜き身の刀身が、確かな殺意と共に大きく振りかぶられる。


『死ね』


『―――っ!!!』


 それを目の前にした幼い少女は、本能的に死を察知し固まるしかなかった。

 なにせ、彼女にはなにひとつ抵抗する力がないからだ。使える術式も軽度の筋力強化である彼女には、マギアメイルに対して有効な手だてなどない。


 もしくは脚力を強化して逃げる手はあったかもしれない。だが彼女の足はすくみ、恐怖に染まった彼女の脳は既に思考を放棄している。


 走馬灯のように浮かぶのは、大切な家族。そして大切なおきゃくさま達が向けてくれた、温かく優しい笑顔ばかり。


 そして震え、涙を目に浮かべた、その瞬間。



「―――うおおぉぉぉぉォッ!!!!!!!」


『なっ、ガァッ!?』



 ―――何者かの咆哮と共に、目前のマギアメイルが横転した。


 飛来したのは、小型の民間用魔動鎧マギアメイル

 手にした長槍は『剣兵ゾルダード』の間接部の魔導金属の内側を捉え、内部の術式紋に傷を与える。


 その結果、右手を動かす力を失った鎧はバランスを崩し、後方に大きく倒れ込んだのである。


「ふぇ……?」


 そんな様子に、レイナが目をぱちくりすることしか出来なかった。

 だがそんな彼女に、小型マギアメイルの開いた運転席から声が掛けられる。


『逃げて、早くッ!』


「お、おきゃくさま……!?」


 そのマギアメイルに乗っていたのは、フィアー・アーチェリーだった。

 槍を引き抜き機体を後退させた彼は、敵マギアメイルのゆっくりと起き上がる様を警戒しつつ、レイナへと避難を促す。


 ……だが、それはできなかった。


「で、でも、あ、あしがふるえて……」


『……ッ!』


 彼女の身体は、もはや自分の意思でも動かせないほどに恐怖に縛られていた。

 そのことを理解すると、フィアーは槍を構え直し、眼前のマギアメイルの鼻先へと突きつける。


『こんのぉ……急になんだってんだぁ!?テメェ!』


 マギアメイルのなかの操縦士は、怒りに呑まれたように盲目的に、フィアーだけを狙う。


『……くそっ、ちょこまかと動きやがって!』


 フィアーの駆る小型マギアメイルは、形を残した廃墟の上を走り跳びながら、レイナから敵の距離を離すようにして翻弄する。

 リアの得意な跳躍術式の見よう見まねではあるが、この小回りの利く上に見合わないほどに高い膂力をもうマギアメイルにはそれが特に有効だったらしい。


 そしてその俊敏な機体による回避に痺れを切らした『剣兵ゾルダード』は、剣を振り回す。


 だが、そんなものがそう当たるはずもなく。

 その大振りな攻撃が不発に終わったその刹那、フィアーはここしかない、と攻勢に打って出た。


「ッ、そこだ!」


 機体の首元、操縦席に通じる空洞部分へと、手にした長槍をフィアーは突き立てたのだ。


『―――ぐわぁッ!?機体の制御が、なんっ……』


 その刺突攻撃は、操縦席を器用に避けてその外郭、操縦術式の刻まれた紋様の聚合部へと刻まれた。

 それによって、機体内部に構築、伝播されていた術式が、急激にほどけていく。


 その結果、『剣兵ゾルダード』はその駆動を停止。文字通りただの巨鎧へとその身を落とした。

 魔力をいくら流そうと、それを伝達する術式が死んでしまっては意味がない。これがワルキアで開発された魔動機関エンジン搭載機であったならば内部骨格フレームの駆動によって戦闘を続けられたかもしれないが、フリュム製のマギアメイルにそれはほとんど取り付けられてはいないのだ。


 ―――果たして、がらんどうとなった空洞だらけの鉄鎧はその場にへたりこみ、微動だにしなくなる。


 そしてフィアーは、機体の操縦席からそれを見届けると、深いため息と共に安堵の声をあげたのであった。





「なんとか、なったな……」


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