第三章21話:救援 - Rescuer struggle -
◇◇◇
『……ッ!?五番機、機能停止!』
そんな驚愕と困惑に塗れた声を響かせたのは、反乱軍の構成員の一人だった。
彼が見ているのは、宙に映し出された術式コンソールに映し出された敵味方の識別情報だ。
その中で、一機のマギアメイル反応が暗くグレーアウトされ、赤字でそのアイコンの上に文字が踊る。
<信号途絶>
『なんだ、なにが起きている!』
その共有情報を確認し、こちらも困惑の声を響かせたのは反乱軍が保有するマギアメイル、『剣兵』の一番機―――副隊長のものだ。
『そんな、民間機!?民間のマギアメイルが、あいつを!?』
口々に、そんな声が響く。
動揺は彼等のなかで無為に広がり、いたずらに戦意を削いでゆく。
『―――四番機、その機体を排除しろ。我々一番隊は予定通り、別方向からの攻撃を仕掛ける』
だがそんなムードをぴしゃりと打ち切るように、冷たく冷静な指示の声が響く。
『二番隊の作戦は続行だ、四番機以外は予定通り城下町へと侵攻せよ』
その声の主は『剣兵』達に囲まれた布陣の中にいた。
フリュム製マギアメイル『剣兵』を増加装甲等で強化した、現地改修機にしてレジスタンス組織「エルディル」のフラッグシップ。
―――『
彼の冷たい声を聞いたその瞬間、構成員達は皆一様にその思考がクリアになる。
―――そうだ、このようなことで狼狽えているわけにはいかない。
祖国を、悪逆の徒であるワルキア騎士団より何としてでも奪還するのだ。
祖国のために、敵を殺せ。
殺せ。
殺せ。
殺せ殺せ殺せ殺せ、くびり殺せ。
その中でも皇女の首は、なにより優先すべき取得対象だ。
切り落とせ、切り落とせ。
その四肢を、五臓六腑を、悉くを。
そうでなければ、貶められ、陥れられた祖国と、その為に喪われた命に申し訳が立たない―――!
誰もが、そう感じた。
そして皆がそれを感じたのも、自分は感じた。
だからそんな奇妙な共感覚に心を躍らせ、彼等はその熱い連帯感をもって天に座す偉大なる皇帝陛下へと宣言する。
忌まわしき皇女の首を、必ずや我が手に―――と。
◇◇◇
所変わり、そこは食糧保管庫近くの廃墟。
倒れた巨大マギアメイルの傍らで、フィアーは額の汗を拭う。
見ると、レイナは既に避難したらしい。事前に母親から聞いていた通り、彼女の脚力強化は荷物さえなければ、容易に戦場からも逃げ切れるもののようだ。
願わくば街に着けるまで護衛したかったところだが―――状況が状況だ、致し方あるまい。
フィアーはそう考え、再び安堵のため息をつく。
「とにかく、助けられた……なっ!?」
だが、その時だった。
突如として聴こえてきた巨大な足音と、苛烈な風圧。
それがフィアーの安心を瞬く間に吹き飛ばし、再び戦乱の渦へと巻き込んでいく。
『テメェか、俺の戦友をやったのはァ!?』
「ぐ、ああぁ―――!?」
突然現れたのは、先程と同じ、フリュムのマギアメイル『
それがビルを長剣で荒々しく殴り起こした衝撃は、小型のマギアメイルを駆るフィアーの元へ、ダイレクトに襲いかかった。
「な、にが……っ!」
吹き飛ばされたマギアメイルの体勢を、フィアーは正位置へとセット。
どうにか頭上から地面へと落下することは避け、無事とは到底いえない損傷を受けつつも地面へと着陸する。
……小型マギアメイルの骨組機構は、その接合部が最早悲鳴を上げている。これは既存のマギアメイルではない、エンジ製のマギアメイル固有の損害だ。
本来がらんどうの鉄枠を柔軟に曲げているマギアメイルと違い、骨組機構をもつ機体は予想外の方向への可動にあまりにも弱い。
逆に先程フィアーがやったような術式敷設箇所を狙ったような攻撃は通用しないため、一概にもそれは既存のマギアメイルに劣るようなものではないのだが、今回はそれが大きく祟ってしまった。
だがそんなことはお構いなしに、反乱軍のマギアメイルは攻撃を仕掛けてくる。
フィアーは当然、回避運動に務めた。だが―――、
「ッ、動きが悪い……!」
『咄嗟の襲撃で不意を突いたんだろうが、なぁ!』
機体が、フィアーの運転に思うようについてこない。全身の損傷は決して、先程のマギアメイルの攻撃だけによるものではなかったのだ。
最初に襲ってきた機体への攻撃時にフィアーが行った、無茶な立体起動。
それこそが、機体にダメージを与えた最大の要因だ。
『動き回るのを予期できてりゃあ、苦戦することなんざねぇんだよ、民間機風情が!』
「―――ぐ、あ……!」
そしてそうなれば当然、攻撃は見事に突き刺さる。
「く、そ……まだ、やられるわけには……」
頭から血が流れ、フィアーの右片側の視界を紅く染める。
―――だが、戦意を折るわけにはいかない。
そんな意思だけがフィアーの胸中に燻り、彼の身体を「それでも」、と動かす。
衝動のままに、無理矢理に動き出すマギアメイル。だがその足取りはおぼつかず、部品が次々と足元へと落下してゆく。
そんな彼を見下ろすのは、『
『さぁて、なら止めを―――』
舌嘗めずりと共に、剣をゆっくりと突き出す。
そしてその剣先が、吹き抜けの操縦席に乗るフィアーの眼前へと、みるみる近づいていく。
剣がフィアーに近付くにつれ、『
「―――っ」
フィアーは思わず眼を瞑る。
自身の肉体が、あの剣で抉られるという恐怖に、耐えきれなかったのだ。
感情がいくら表情に出ずとも、内面は違う。
リアやテミス、そしてフリュムの人達を守りたいと願ったのは確かに自分の決断だ。
だがだからといって、命を喪うことへの恐怖を振り払ったわけでは、決してない。
暗闇に染まる視界。
―――そのなかを、突如、閃光が、走る。
『……な』
フィアーは何事か、と一瞬驚愕する。
もしくは、死の瞬間というのはこういうものなのだろうか。
痛みすら感じず、眩しいなにかに包まれて、ただ消え行くのか。
……そんな述懐を胸に眼を瞑るフィアー。
だがそんな彼の耳に、声が響く。
『―――全く、なんて様だ、少年!』
聞き覚えのある声。
そうだ、騎士団の宿舎で聞いた声。エルザの部下の二人組の騎士、その男性の方の声だ。
―――耳、まだ耳がある。
そう気付いた瞬間、フィアーの胸中にようやく、生の実感が点る。
そしてフィアーが恐る恐る、その眼を開くと。
『俺が『
そこには倒れ付す、『
その胸部、操縦席のある辺りは円形に綺麗に抉られており、その断面はドロドロと溶け、赤熱化している。
―――マギアメイルの魔力装甲を貫き、溶かすような一撃……!?
フィアーはそんな衝撃的な光景から、声のした方角へと顔を向ける。
―――するとそこに立っていたのは、ワルキアのマギアメイル。
紅い意匠が施された、赤鳳騎士団の鎧。しかしその片腕は、あまりにも異形だった。
それはまるで、超巨大な弩。その砲塔らしきものの先端部に取り付けられた矢じりのような四角錐の魔宝石からは、光の粒子となった魔力がにわかに吹き上がる。
マギアメイルはその腕を変形、弩の形態から通常の手へと戻すと、高らかに声をあげる。
それはまるで勝利を確信した、勝鬨のような雄々しさと、頼もしさを伴ったもので。
『さぁ―――、名乗りを上げろお前らァ!』
フィアーはそれを見て、聞いて。
先程まで抱いていた恐怖を、片時忘れることができたのであった。
『『―――我ら赤鳳騎士団一番隊、参上!』』
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