第三章18話:熟談 - Strange meeting -

 ◇◇◇



 遠い異国での、知人との久々の再会。

 これにはお互いに、にわかに高揚せざるを得なかった。

 ワルキア王国赤鳳せきほう騎士団きしだんの一員にして、エンジ・ヴォルフガングの一人娘である「エルザ・ヴォルフガング」。


 フィアー達が彼女に世話になったのは、魔龍戦役のときだ。避難誘導、そしてあの巨大な魔龍の率いる数多の軍勢との交戦。

 そしてフィアー自身は気付いてはいなかったが、エルザにとっては彼こそが命の恩人でもあった。


 ―――魔龍との決戦の際、彼女のマギアメイルは行動不能に陥った。

 敵前で行動不能になるというその絶体絶命の窮地、それを救ったのは二人。

 青龍騎士団の若き団長、フェルミ・カリブルヌス。そして、もう一人こそが自身の父の造った機体を駆り、魔龍のその暴虐に終止符を打った魔力を持たない少年、フィアーだったのだ。



「ところで二人とも、どうしてフリュムに……?」


 そんな彼女は、再会に喜びを感じていたが、それと同時に何故二人がこのフリュム帝国にいるのかも気になっていた。

 当然だ、なにせワルキアからフリュムまでは最短でも数日の旅路。

 そんな異郷の地に、王都で出会った民間人がいるというのは、少し違和感があった。


「あはは、ちょっと色々ありまして……エルザさんこそ、どうしてここに?」


 だがそんな彼女の質問に、リアははぐらかすように話を変える。

 まさか、騎士団からの依頼とはいえ、王国の第一皇女を秘密裏に護送したなど、そうほいほい話せるものでもない。


 特に、ブランとエルザは共に所属している騎士団が違う。


 ―――赤鳳せきほう騎士団きしだん黒武こくむ騎士団きしだん


 二つは共にワルキア王国の守護を是とする騎士団だが、その間の競争意識はかなり熾烈と聞く。一民間人である自身が悪戯にそれを掻き乱すのは悪手だ、とリアには思えたのだ。


 そしてその玉虫色の回答に対し、エルザも深く追及することはなかった。それは彼女なりに気を使った結果か、はたまた純粋にその質問の優先度が高くなかったのか。


「あぁ……私たち赤鳳せきほう騎士団きしだん第一部隊はこの帝都の応援にきたの。うちのバカ親父もここでマギアメイル生産の指揮を執ることになってたから、その護衛も兼ねてね」


 ともあれ、会話は進む。

 エルザがこの都市にやってきた理由は、父であるエンジ・ヴォルフガングの護衛が主だという。

 応援、というのは恐らく都の防衛のことだろう。

 先の話にもあった通り、帝都付近には未だ不穏分子が根を張り巣食っている。

 それに対する抑止力として勇名轟く彼女が派遣されたとすれば、納得のいく話だ。


「王都であった時も思ったけどエンジさん、すごい出世したなぁ」


「ねー!町工場で腐ってたのがまるでウソみたいで……娘としてはちょっと嬉しかったりして」


 フィアーの言葉に、エルザは明るい笑顔でそう語る。思えば彼女との初対面は、あの鉄塊と見紛うばかりの継ぎ接ぎのマギアメイル『無銘ネームレス』を前にした親子喧嘩の最中だった。


 あのときの口論も、今思えば彼女なりに父を心配しての言葉が火種になっていたように思う。

 そんな父思いの彼女からすれば、今の彼の躍進ぶりは嬉しく、これ以上なく誇らしいことなのだろう。


 ……だがフィアーのそんな予想に反し、彼女は表情は一瞬暗くすると、明後日の方へとその顔を向ける。


「……ま、あんまり変なものばっか作らないで欲しいけどねー……特にこないだのアレは、もはやマギアメイルじゃないっていうか」


 それは飽き飽きだ、とばかりの深いため息を伴った愚痴だ。

 そして彼女のいう「変なもの」には、アーチェリー姉弟にも覚えがある。


「アレ、って……あの、工場の地下にあった?」


「あ、あれ見たの?うんそれ……あれね……なにより動力がね……」


 やはり、と二人は反応する。

 エンジのパーソナルスペースであるところの地下格納庫。あそこに安置されていた黒銀のマギアメイルは、確かに一般的に流通してるマギアメイルとは各部の造形、体格共に大きく相違していた。

 その一般的なマギアメイルを仕事道具とする騎士団に属するエルザには、変なのと形容されても仕方がないだろう。


「あの、そのマギアメイルの動力ってなんですか?実はフィアーが乗るって言い出してて」


 その中でリアは、エルザの呟いた一言に反応した。

 変なマギアメイルの、動力。それはエンジが終ぞ教えることを渋った機密であり、ついに言おうとしたその時に見知らぬ女性―――アールヴが乱入してきたことで、聞きそびれたことでもある。


 その質問に対し、エルザは少し言い淀むような素振りを見せた。

 だが、「フィアーがその機体に乗ろうとしている」という言葉を思いだし、重い口を開く。


「……あれはね」


 周囲を気にしながら、彼女はぼそりと告げた。

 その門外不出の動力源の正体、周りを警戒してまでして言いよどむほどの、その機密事項を。




「―――魔物まものの、コアよ」




 ◇◇◇



「……はぁ!?」


 その言葉を聞いた瞬間、リアは眼を全開にして驚き惑った。


 ―――魔物の、コア?なんでそんなものをマギアメイルに!?


 リアのその驚きは当然のものだった。

 魔物―――この世界を蝕む、人喰いの純粋悪。

 奴等はこの世界に生きる人々すべてに忌み嫌われ、そして恐れられてきた。

 神出鬼没、かつ醜悪。

 そうして各地で人間を噛み殺し、咀嚼して悦に入る悪鬼羅刹こそが、まさしく魔物と呼ばれる存在だ。


 そしてその常識は、当然王都で生きてきたリアにもしかと刻み込まれている。

 だからこそ、拒否反応は凄まじかった。


 ―――そのコアを、マギアメイルに?しかもそれにフィアーは乗りたがってる?……ありえない!


 その反応は至極当然。

 なにせ最愛の義弟おとうとの、命にだって関わる問題だ。


「まぁ、そういう反応になるわよね……」


 エルザは「そりゃそうだ」とばかりに、ため息をつく。

 何を隠そう、その話を初めて知った時の彼女自身も全く同じ反応だったからだ。

 それだけ、魔物という存在についてのタブーは、最早この世界の常識となっている。


 それを破り、この短期間に奇想天外な発想でマギアメイル技術へ幾度も変革を促してきたのがエンジではあったのだが……今回は、事の重大さが違った。


「ちょっとちょっとフィアー!やっぱ絶対あれ乗らないほうがいいって!」


 リアは慌てるように、フィアーの肩を抱き懇願するかのように伝える。


「……」


 だが、それに対してフィアーはひどく冷静だった。

 瞬間の沈黙と、思考。


 それが終わった数秒後、抱きついてきているリアを軽く払うようにして、エルザへと言葉を告げた。


「でも、開発が許されてるってことはある程度安全なことは確認されてるんですよね」

「フィアー!?」


「まぁね……少なくとも、乗ったら死ぬとか、そういう類いの危険はないよ」


 リアの動揺を他所に、フィアーとエルザは会話を進める。

 フィアーの考えとしてはこうだ。


(だがそんな危険のある物を、無認可でエンジが作っている筈がない)


 彼は王都などでのやり取りの中で、エンジ・ヴォルフガングという人物の人となりを知っている。

 豪放磊落ごうほうらいらく、しかし変なところで常識があり、情の熱い人物。


 そんな彼が果たして、乗る人間に危害を加えかねないような機体を無断で造り出すような真似をするだろうか。


 ―――いや、例えそうであったとしても。


 ワルキアの騎士団の一つ、赤鳳騎士団の上位騎士であるところのエルザが認知してる開発だ。もしもそれが無認可であったならば、彼女は騎士としてその阻止に当たるはずだ。


 ……少なくとも、一時の情に流されて見逃すような人ではだろうし。


 そんな推理の中、告げた言葉。

 それに対し返ってきた返答は、概ね彼の予想通りのものだった。


「あぁうん、即座に死んじゃうとか、そういうものではないよ。それにあの開発自体は、国王陛下からの直々の依頼」


 だが一点。

 フィアーの中に引っ掛かりを覚えるような言葉が、そのなかには含まれていた。


 ―――国王からの、依頼?


 魔物のコアなんて物を積んだマギアメイルが?


「国王陛下って……化け物の心臓を積んだマギアメイルが!?」


 全く同じ疑問を、リアが投げ掛ける。

 国からの許可は当然出ているかとは思ったが、流石に最高権力者からの要請とは些か予想外だった。

 一体、どういう理由からの依頼なのか。

 単に軍備増強、などと単純な話ではないとは思うが。


「まぁ……理由は私も知らないからなんともなんだけど、普通に技術研究の範疇なのかなぁ……って」


 そういうエルザの表情もまた、釈然としないものだった。

 技術研究。

 確かに魔物のコアから力を引き出し扱えるようになれば、それは正しく新機軸の技術と言えるだろうが……何故、このタイミングでそんなものを指示したのやら。


 しかし、この疑問をここで話し合ったところで解決することは恐らくないだろう。

 それは確かだ。


 だからフィアーもエルザ、そしてリアも、判然としないながらも一旦、この話は隅に置くことにした。


「……で、話を戻すんだけど、あれに乗ると操縦適正のある人間でも軒並み気分悪くなるんだよね……なんていうか、酔う?感じで」


「……え、それだけ?」


「うん、まぁ……それくらいかな」


 ようやく入った本題。

 しかし、思った以上にあっさりとしたその帰結に、リアもフィアーも思わず面食らう。


「……リア、やっぱ乗って大丈夫そうだよ」


 そして、作戦決行。

 フィアーは気は熟した、とばかりに一転攻勢、説得にかかった。製造者本人からの許可、国からの認可、実際に一度乗った人物からの安全宣言。


 ここまで材料が揃えば、流石に反対できまい。

 そんな浅はかな考えが、フィアーのなかには渦巻いていた為だ。


 事実フィアーはエルザの返答によって、僅かながらに心に抱いていたような恐怖は払拭されたのだ。なにせ実際にアレに乗った生き証人がそういうのだから。


 ……しかし、二人の間には致命的なまでに、ある一点に対する認識の相違があった。


「いやいや、だって魔物のコアだよ、聞いてた!?あんな化物の力使ってて、危険がないわけないでしょ!」


 それは「魔物」という存在に対する認識だ。


 フィアーからすれば、それは記憶の奥にこびりつく虚像であり、この世界に蔓延っている生物の一つ。因縁など、記憶している限りでは……というよりもフィアー・アーチェリーとなってからは一つもない。

 それ故にそれが「世界共通の仇敵である」という認識すら希薄であったし、特段忌避感を抱いているということもなかった。


 だが、それに対してワルキア王国の民にとって魔物は、水晶を御神体とするその創世神話にすら記述されているほどの古からの存在、謂わば世界にとっての絶対悪だ。


 エンジには信心といったものはあまりなかったし、エルザは騎士という職業上「狩る物」と認識していたから、それを利用するという発想にもそこまでの忌避感がなかっただろう。


 だが、リアは違う。

 彼女はごく一般的かつ模範的なワルキア国民だった。人並みに信心があるし、非武装の運送屋という都合上、魔物の脅威を知る機会は人一倍多かった。

 特に、フィアーが戦いに巻き込まれるようになってからは「彼を喪う危険」と同義の存在となっていたのだから、それとフィアー自身を同居させるなんてとんでもない話だ、としか思えなかったのだ。


 そんなリアによる全力の否定。

 ……そこでついに、フィアーは核心に至る。


「……あー、もしかして操縦士がいないのって」


 認識と感性にズレのある彼にも、ようやく理解できた。

 この世界の人々が如何に魔物を忌み嫌っているか、そして……何故あのマギアメイルに乗り手が現れないか。



「そ、皆リアちゃんと同じ感想で操縦を拒否して、逃げちゃったってわけ」


 ―――確かに、変な生き物の臓物入ってる機体って言われたら若干面喰らうよなぁ。


 フィアーはそんなことを、ぼーっと考えた。

 勿論、彼にも忌避感がないわけではない。


「まぁ、そりゃなぁ」


 何かの悪影響を恐れ、登場することに気乗りがしないというのも当然、理解できる。

 だがフィアーにとってそれは最早、決意は押し留めるには到底足りない要因でしかなかったのだ。


「……その調子だとこれを聞いても尚、貴方は乗りたいと思ってるの、あれに?」


 そしてその様子に、エルザも気付く。

 目の前のフィアーの様子が、真実を告げる前と告げた後で、欠片も表情を変えていないことに。


 それは勿論、彼の感情を出力する能力の無さに起因するものではあった。

 欠片も変わらない表情とは裏腹に、内心では人並みに驚き、動揺はしている。


「はい」


「ちょ、フィアー……!」



 だがそれはイコールで「乗りたくない」、に直結するものでは有りはしなかった。

 現に事実を聞いてもなお、フィアーはあのマギアメイルに乗りたいと、心から思っていたのだから。



「―――おすすめは、できないよ」


 彼の返答に、エルザは一点表情を曇らせそう告げた。その言葉には、実際に乗った者にしか持たせることのできない、説得力のようなものがあった。


「……それは、どうして?」


 だからフィアーはあえて、その質問をした。

 勿論、彼自身も理解していた。乗ることが推奨されない理由は、ここに至るまで散々に告げられたし、理解している。


 なのにも関わらず、あえてその質問をしたのは理由があった。

 ―――フィアーは、彼女自身から搭乗した経験を元にした意見を聞きたかったのだ。


「少なくともあれは、私達の常識の外にある機体だから。乗れば何が起きるか分からない、今でこそ私も無事だけど、この先どうなるかは分からない」


 エルザはつらつらと、理由を口にする。


「……でも」


「私は、父さんの力になりたいと思って、あれに乗った。そこに、後悔はひとつだってない」


「貴方は、何の為にあれに乗りたいの?」


 逆に、問いを返される。


「……ボク、は」


 フィアーはゆっくりと、重い口を開く。


「……」


 その様子を、リアは暗い表情で固唾を飲んで、見守っていた。


「正直、記憶を取り戻す為の糸口を掴む、その為だけの力だとも考えてた」


「……でも、やっぱり」


 最初に話したのは、紛れもなく本音だった。

 遺跡に危険があるというなら、それに対処する為には戦う力―――魔動鎧マギアメイルがいる。最初の理由はそれだけだった。

 そして実際にエンジのマギアメイルを見せられた時―――フィアーはなにか、その機体にシンパシーのようなものを覚えたのも確か。


 言葉では説明できない、なにか運命的な直感。

 あの鎧は自分と同じで、この世界に馴染めない異邦人である。そんな感覚が、彼の心を掴んで離さなかったのだ。


 結局、フィアーがどうしてもとあの機体に固執する理由はそれだけだ。

 だがその曖昧な感覚とは別に、フィアーのなかには「マギアメイルを手に入れなければならない」という、謂わば強迫観念めいた強い想いもあったのだ。


 だから彼は、そこに「やっぱり」と言葉を繋ぐ。


 そして、口から続けざまに放たれた言葉がある。それはきっと、彼自身の心からの願い、信念だ。



「―――一番は、知り合いを、この世界に来てからボクを助けてくれた皆の、助けになりたいからだと思う」


 そう、そうなのだ。

 フィアーはこの世界にやってきて数ヶ月、リアの仕事の手伝いと、魔物との戦い以外にやるべきこと、目標を持たなかった。


 そんな中で彼が自身の心に指標として刻み付けたのは二つ。

 一つは「自身の記憶の手がかりを掴むこと」。


 そしてもう一つは―――「大切な家族を護ること」。


 そのなかには当然リアやテミス、それにエンジやエルザにグレア達砂賊、果てはつい出会ったばかりの宿屋の家族までだって含まれている。


 なにもできない、この世界になにも持たないこんな自分を、支え助けてくれた。

 その一つ一つは小さな行為だったかもしれない、だがそれだけで、彼にとっては感謝の念に堪えない程の福音だったのだ。


 そんな数多の人の暖かな心に、フィアーは生かされた。

 なら、何をもってその恩を返せるか。


「ボクには何もできない、でもマギアメイルは動かせる。だから……ボクの出来ることをやるために、あのマギアメイルに乗りたい」


 ―――そうなるとやはり、自分にできることはマギアメイルに乗って、戦うことくらいなのだ。


 そんな決意と共に、フィアーは隣を一瞥する。


「……リアを、護るためにも」


「フィアー……」


 ……リアは最初、フィアーは「マギアメイル」になんて乗らなくていい、と考えていた。

 だって、おかしな話だからだ。

 記憶を喪って世界に投げ出されて、それからたった数ヶ月としないうちに命のやり取りをさせられるなんて、そんな酷いことはないだろう。


 ただそう、考えていた。巻き込まれて戦うなんて、金輪際なくていい。

 それどころか、それを読んで先にリスクのあるマギアメイルを駆るなんて到底納得できるはずもない、と。


 ……だが、違ったのだ。

 戦いたいと思ったのは、紛れもなく彼自身の意思だった。

 なにせ、この世界で自分が役立てるのは、化け物との命のやり取りだけだ、と本人に豪語されてしまったのだから。


 ―――違う、と、そう言いたかった。


 けれど本人がそう思い込んでいる以上、いくら言っても聞いてはくれまい。

 だから、どうすればいいのか。


 そう考えたときに思い付いたのはただ一つ。


「……すごく、嬉しい。でも―――」




「―――ならいつか、誰とも戦わなくていい世界になったなら」





「私と、ずっと一緒にいてね」



 そう、告げること。

 ただそれだけが、リアに出来ること。


 結局のところ二人は、お互いに無力を痛感しつつも、差さえあっていくことしかできない人間だった。


 だからいつか。

 その欠落がパチリと埋まったその時にはきっと、平和な未来を。



「―――うん」




 ただそう願って、二人の姉弟喧嘩―――もとい、話し合いは決着に至った。




 ◇◇◇




「―――うん、なるほど!惚気ありがとう!」


 その会話を間近で見せられていたエルザは、満面の笑みでそう告げる。


「のろっ!????」


 今までの神妙な表情が一点、爆発したように顔の紅潮するリア。

 エルザはその様子に、噴き出したように笑いだした。そしてひとしきり笑い、お腹を抑えつつこう告げた。


「はー、なら、私から止められることはないかなー……後は貴方自身と、リアちゃん次第の話」


 判断材料は十分に用意した、とばかりにそう言うエルザ。そしてそれは、フィアー自身が考えた結論とも当然合致していた。


「それは絶対、説得するから大丈夫」


「な!ぜったい説得されたりしないもん!」

「いや絶対するから」


「あはは、やっぱ仲良いね!」


 二人の最早恒例となりかけた応酬を、エルザは微笑ましげに見つめる。


 斯くして、異形のマギアメイルに関しての話は再び、取り置く形となった。

 ……だが、フィアーにはエルザにまだ聞きたいことがあったのだ。


「……ところで、実は聞きたいことがもう一つあって」


「ん、何?」


 もう話が終わったと思ったエルザは、その質問に予想外とばかりに目を見開く。

 呼び止めた用件は当然、ひとつだ。

 そもそもここに着たのは、マギアメイルの話を聞くためではないのだ。それは偶然にもエルザと再会することができた為に、棚ぼた的に聞くことのできた話でしかない。



「宿屋で聞いたんですけど、大陸の南、トゥルース遺跡の近くに元フリュム軍がいるって」


 そこでフィアーは真の用件―――大陸南端に鎮座する遺跡、「トゥルース遺跡」と、その近傍にて拠点を築いているという反徒へと身を堕したという元フリュム帝国首都防衛大隊のことを聞くことにした。


「あー、例の反乱勢力ね……」


 その言葉を聞いたエルザは、渋い顔と共に手で頭を抑える。


「うん、確かにいるよ。しかもそれが結構な量」


「騎士団としても対処はしてる……んだけど、なにぶん土地勘が向こうにめっちゃあるもんで、苦戦してるらしくってね」


 ―――らしい?


 フィアーはエルザのその言葉に疑問を抱く。

 それがまるで、自身の体験からのものではなく、又聞きであるかのような反応だったからだ。


「らしいっていうのは?」


「あぁ、実は私らはついここ数日に来たばかりなんだ、フリュム。他の任務があってね」


 そういうエルザは髪を触りながら、天を仰ぐ。

 どうやら彼女のいう他の任務というのは、よほど大変なものであったらしい。


「……というのも、ここの新人組があまりにも苦戦しているようだから、お目付け役で呼ばれたようなもんだけどねー」


「なるほど」


 やはり、ここの騎士達が皆新参だというフィアーの予測は当たっていたようだ。

 二人はそう考え、ただ頷く。


 先程の玄関での応対の段階であれだったのだ、戦場でどのようになっているかなど、考えたくもないことだろう。

 もちろん訓練を潜り抜けた精鋭たる騎士なのだから、当然技量はあるのだろうが……きっと、絵に描いたようなマニュアル人間だ。


 そこにエルザ達が呼ばれたのも、ある種必然とすらいえる。


「物資には乏しいはずだから、そろそろある程度活動は収まってくるはずではあるんだけど……しばらくは、散発的に戦わざるを得ないって状況かな」


「成る程……」


 出された紅茶を飲みながら、一同は一息つく。


「……あぁそうか、トゥルース遺跡に行きたいんだっけ」


 そんな中、エルザは話の流れからフィアーの目的を思い出した。

 先程のマギアメイル周りの会話にも、「遺跡」という単語は登場していたからだ。


「うん、でもマギアメイルもなしに行くのは自殺行為だろうか、って話をしていたところで」


「うーん……仕事がなければ、それこそ警護とかもしてあげられたんだけどなぁ……王都ではお世話になったし」


 フィアーの言葉に、エルザはまた頭を悩ますようなそぶりを見せる。

 なにせ着任したばかりの身だ、そう妄りに帝都を離れる訳にもいかないのだろう。


「もし行けるとすれば、トゥルース遺跡付近で彼等の討伐任務があるときに同行してもらう、とかしかないと思うけど絶対危ないし……」


 討伐任務。

 それは勿論魔物ではなく、件の反乱軍に対してのものだろう。

 確かに、それであれば遺跡には近付ける。

 それどころかあわよくば、遺跡本体にまで騎士たちが接近することもあるかもしれない。


「……」


 ……フィアーもまた、考える。

 やはり、どの話が進んでも、マギアメイルが無ければ始まらないという結論に至ってしまう。

 しかしあのエンジの機体に乗ろうとしても、リアからの反対がすごい。説得しようにも、一昼夜で聞いてくれるほど聞き分けがいいわけもないし。


 ―――なにせ、ボクの義姉だ。


 その脳裏に浮かんだ言葉はやけに重く、説得力があった。


 ブランも居ないからマギアメイルの貸与を要請することもできないし、少なくとも本日中の出発は現実的ではないことは確定した。


 なら一体、どうするべきか。

 リアの仕事も、王都には沢山あるのだろうし、このままフリュムに滞在し続ける訳にもいかない。だが単独行動をしようとすれば、またリアを泣かせてしまうかもしれない。


 それは駄目だ、それだけは絶対に……、



 ―――一同、思案の時。



「さて、どうし―――」


 そんななか、エルザが痺れを切らせて口を開いた。


 丁度、その時だった。


 ―――廊下の方から、先程の新参騎士のすっとんきょうな声が上がったのは。



『な、なんだ、こいつ!どこから……!?』



 ◇◇◇




 聞こえてきたのは間違いなく騎士の声だった。

 それもひどく慌てたもの。

 平静をかいたその声に、辺りはにわかに騒然となる。



「……?、なんか外が騒がしいな?」


 その声を聞き取り、エルザは中座する。


「リア、ボクたちも行こう」


「う、うん!」


 それに興味を惹かれたのはフィアーだった。

 リアも連れ立って席を後にした彼等は、部屋の扉を開けて廊下へと出る。


 そこに広がっていたのは、衝撃的な光景だった。




「え」



 ―――まるで虫のように、地面に倒れ込んだ人影。

 その人物は苦しみながら、うわ言のようにぼそりと呟いた。



「お腹、空い……た……」



 間抜けな言葉。

 だがその様子から、その人物が本気で飢え死にしなけていることは、その場にいる誰もに伝わった。


「行き、倒れ?」


「え、な、なんで騎士団駐屯地で!?誰かパンとか水とかを、なんでもいいから持ってきて!?」


 エルザも騎士たちも、これにはあわてふためいた。

 流石に浮浪者と放置しておくわけにもいかずエルザは飢え死に寸前の人物に肩を貸して医務室まで運ぶ。


 そして起き上がった人物の、外套のなかが露になった瞬間に、二人は気づいた。


「あれ、あの人……!?」



 ―――外套のなかの暗闇に浮かんだのは、だった。

 それもつい最近……フリュムにくる、その少し前に初めてみた、怪しげな面。




「―――トール、さん?」




 ―――そう、その人物は間違いなく、

 魔物に襲われていたところを一行が保護し、共にここへとやってきた仮面のフリュム人、「トール」その人であった。

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