第三章17話:再逅 - crimson girl Knight -
◇◇◇
始めて、かつ小規模な喧嘩を終えた二人は、
復興の進むフリュム帝都の、街中にある道路を歩いていた。
……だから辺りの光景は昨日も通った場所のはず。
だがその様子は昨日とはまた、少し変わっているようだった。
「復興、か」
ぼそり、とフィアーは呟く。記憶を辿ると、確かここに建っていたのはまだ外壁の崩された空き家だったはずだ。
だが、今はどうだろう。
そこに立っているのは、簡素ながらも小綺麗な住宅だ。
内装こそ現在も工事中のようだが、それさえ整えばすぐに人が住めそうな、そんな見た目の。
「……すごいな」
フィアーは心から、そう呟く。
魔龍戦役からの、復興。
それはワルキア王国も当然に味わった辛苦であったが、ここフリュムのそれは王都の比ではないだろう。
だが、それでも人々は建物を築くことをやめない。何故なら諦めていないからだ、自分たちが平穏に暮らせる未来を。
安寧なる生活への憧憬と、それに至るための努力。
そんな命の営み、その積み重ねを、フィアーは何より尊いものだと感じる。
きっとそれはどの世界でも……自分が元居たはずの世界でも、きっと変わることはなくて。
(なら、ボクの居た世界は、一体どうなっているんだろう)
そんな想いを、彼は悶々と抱き続ける。
本人すらも気付かなかったが、それこそが「記憶を取り戻す」という目的への、一番の原動力なのかも知れない。
―――涌き出る魔物に押し潰される、数多の人々。
フィアーの脳裏に断片的に浮かぶ記憶は、どれも荒廃していて、凄惨に富んでいた。
だが、フリュムのこの現状と照らし合わせれば、きっとあの街も少しばかりは復興しているはず。
―――ならば、ボクはそれが見たい。
フィアーはそんな決意を、胸の内で新たにする。
……傍らのリアが聞いたら、また驚かせてしまうだろう、とも想いながら。
だから、なんとしても「トゥルース遺跡」へ到達してみせる。
そのフィアーの信念は、あまりにも頑なだった。
◇◇◇
暫く歩くと、二人の目的地が姿を表す。
―――第一皇女であるテミスの御座艦であるところの、魔航艦「ペルセフォネー」。
そしてその停泊地に居を構える、ワルキア騎士団の臨時拠点だ。
「ペルセフォネー」の昇降口付近には複数人の警護兵がおり、銃を手に厳重な警備を行っているようだ。
それだけではない。近くには騎士団のマギアメイルである「
その完璧な布陣からは、威圧めいた物をひしひしと感じる。そんな厳重警備の元へとマギアメイルもなく、手ぶらで近付くのはあまりにも気が引けた。
対する臨時拠点の正面玄関に居るのは
その手には銃などは握られておらず、欠伸まじりに暇そうに、警備に当たっているようだった。
……どちらの方が話しかけやすいか、などいうまでもない。
「リア」
「うん……一度あっちの騎士さんに話しかけよっか」
二人は瞬時に意志疎通をすると、並んで騎士団の拠点へと歩みを進めた。
すると警備に当たっていた騎士は、迫ってくる二人に気づくと、まるで子供をあやすように告げる。
「んー?どうした少年少女達、ここは君らの来るような場所じゃあ……」
酷く舐めたような態度を取る騎士。
なるほど、確かに彼からすれば見た目の年齢としても、年下と侮られるのも当然だ。
おおかた、近所の子供が遊びにきたのだろうと考えたのだろう。
……だが、その態度が続いたのは、たった数秒だ。
「―――あ!昨日の!?」
そう気付いたのだ。彼等二人が、ワルキア王国第一皇女、アルテミア・アルクス・ワルキリアを戦乱の最中極秘裏に護送してきた、謂わばVIP待遇の存在であると。
「ブランさんにお話があってきたんですが……いらっしゃいますか?」
リアはそれを裏付けるように、
それに対して、騎士は慌てながらもなんとか、返答を返した。
「し、失礼しましたぁ!あ、でもブラン団長は今不在でして……」
「……あ、そうか今日って」
そこで、フィアーは思い当たる。
そうだ、昨日テミス達と別れたときに彼女自身がいっていたじゃないか。
「えぇ、テミス様の演説がコロセウムで行われますので、そちらの警護に」
昨日の今日で演説とは、等と驚いた記憶もある。
記憶……そう、記憶だ。
「そうだった、そりゃ居ないか……」
リアもまた、同じ会話内容に記憶が至ったようでガックリと、肩を落とす。
お互いに流れる一瞬の沈黙。
そんな中で、ならば、とフィアーは口を挟む。
「……それ以外にも少し聞きたいことがあって、トゥルース遺跡付近にいるっていう反乱軍について詳しく話を聞ける人はいますか?」
ブランの不在により、マギアメイルを貸し出して貰えるか打診する、という算段は崩れた。
だからフィアーとしては、次に優先して聞き出したい事柄の話に移りたかった。
トゥルース遺跡を拠点とする、フリュムの反乱軍とやら。
彼等のことを知らないままでは、無理筋の強行突破すらも為し得ることはできないだろう。
「あーっと……誰かいたかなぁ……」
フィアーの問いに、騎士はウンウンと唸りながら頭を抑える。
その対応は、あからさまに慣れていない。
その事にはリアも気付いたようで、フィアーの服の袖を引っ張って屈ませ、彼に耳打ちをする。
(なんかこの騎士さん、すごく新人っぽいね……)
(……この人だけじゃないよ)
リアの言葉に、辺りにいる騎士や、開かれた玄関から見える位置にいる騎士たちへと視線を向ける。
世間話をしてこっちに気付かない者達や、面倒ごとに巻き込まれまいと、話している自分たちを避けて外へと出掛けていく者。
その対応の全てが、素人にもわかるほどの彼等のやる気のなさや未熟さを表している。
(たぶん、フリュムに来てる騎士のほとんどは経験の浅い人らなんじゃないかな、グリーズから侵攻があったってブランさん言ってたし)
そう言いながら、二人はブランの言葉を思い起こす。
魔龍戦役による甚大な被害により産まれた隙を狙った、グリーズ公国の大規模侵攻。
その実態は大軍を囮にシュベア率いる襲撃部隊ががら空きとなった王都を破壊、殲滅する手筈であったわけだが、それはあの「デリング大砂海」で起こったあの奇妙な事件によって頓挫したことをフィアー達は知っている。
とはいえ、表向きには正面切っての大規模武力衝突だ。
ワルキアよりも生産性を重視するグリーズのマギアメイルは、その総数をワルキアの機体群の倍近く揃えていたという。
それに対抗するに至るにはきっと、選りすぐりの精鋭達が集ったに違いない。
でなければ物量に押し負け、ともすればワルキア本土への侵入を許してしまう可能性だって当然ある訳で。
……ここまでフィアーが考えたところで、脳裏に浮かんだのは魔龍戦役時に共闘した白いマギアメイル―――確か、『
あの圧倒的な実力と性能、そして一騎当千の戦いぶりを見る限り、まず負けることはないだろう。
それどころか、例え100対1だろうと戦局をひっくり返しかねないほどの異質さを感じたのを覚えている。
(もしもあの人が戦場にいたのなら、普通にひとりでも勝てちゃいそうだな)
そんなことをフィアーは一瞬思ったが、流石にワルキアを守る騎士団が、個人の力に頼りきったような戦いかたはしないだろう、とその考えは破却した。
―――話を戻そう。
敵国からの大規模侵攻を前に、ワルキアは急遽各地に散らばる機体と人員をかき集めたはずだ。
当然そこには、フリュムとの戦争の最前線に立ち活躍し、戦乱の終結と共に帝都の復興にも寄与した生え抜きの精鋭騎士たちも含まれるだろう。
思えば、フリュム帝国とグリーズ公国はワルキアから見て正反対の位置。
もしも対グリーズの布陣に現場慣れした熟練の騎士達が駆り出されていたのなら、比較的平定されたこの地にそういった者達が未だ滞在している可能性は低い。
居たとしても数人、それだって、テミスが出るという重要な式典の警護などに駆り出されていることだろう。
となれば、残されている人員の質など、たかが知れている。
「えーと、誰に言ったら……」
―――詰まるところ、今のこの拠点はお留守番状態。
どうせ何事も起こらないだろうと、新人のみが置かれている状態なのだ、きっと。
「えっと……少々、お待ちいただいても―――」
そうして新人と思しき警護の騎士は、どうにか取り次ぎ先を探そうと一旦中へと入っていこうとする。
その態度から明らかに、「面倒ごとは別の人に押し付けよう」という考えが透けて見える。
……別に、誰でもいいが話のわかる人が出てきてほしい。
だがフィアーがそう考えた、丁度そのとき。
「―――お、どうしたんだ新人!」
「……お客さん?」
背後から、二人の男女の声がした。
するとフィアー達の後ろを見ている警護の騎士は、やる気のなさげだった姿勢を、背筋をピンッと立てて正した。
「バナム四等騎士、アイナ五等騎士!実は…」
フィアー達は話の流れで、背後へと振り替える。
すると、そこに居たのはどこかで見覚えのある二人だった。
着ている服も、明らかに見覚えがある。
ワルキア騎士団の、それもエンジ・ヴォルフガングの娘であるエルザと同じ、
「その制服……というか、貴方たち宿屋にいた―――」
リアがそういった途端に、フィアーも二人の顔と出会った場所が、一致した。
宿屋「そよ風亭」の食堂。朝そこでロセと話したときに近くに座っていた、二人だったのだ。
金髪の男性はともかく、灰色の髪の少女には特に、覚えがある。
妙なシンパシーを感じ、相手もそうだったのか手を振ってくれた。……そうだ間違いない、あのときの。
思えばロセは騎士の話の最中に彼女らに視線を向けていた。それはきっと彼女らがワルキア騎士だったから、と、そういうことだったのか。
フィアーがそう確信し、納得してる最中、もう一人の声が騎士団の拠点、その正面玄関から響く。
「―――あら?」
その声は、明らかに聞き覚えがある。
そう、正しく今記憶の引き合いに出されたばかりの、よく見知った少女騎士。
「もしかして、フィアーくんにリアちゃん?」
「貴女は―――」
そう、エンジ・ヴォルフガングの一人娘にして
紅髪を後ろに結わえたポニーテールが特徴の彼女を、二人が見紛うはずはない。
「エルザさん!」
「二人とも、久しぶり!一月ぶり、くらい?」
手を振る彼女は、満面の笑みで二人を見つめる。
―――その笑顔は間違いなく、エルザ・ヴォルフガングその人であった。
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