第三章24話:覚醒 - the Fool hardiness -


 


◇◇◇



「くそ……マジ無理……これ以上なんも出ねぇ……」


 バナムは精魂尽き果てた顔で、へたりと操縦席に倒れこむ。

 それを見た同じ操縦席に座るアイナは、そんなバナムを後ろの席から見下ろし、声をかけた。


「ほらほら、もうひとこえー」


「出ねぇもんは出ねぇ!俺の魔力は売り切れ!」


 ……そもそも何発も撃てる俺を誉めてほしい!


 バナムが言いたいのは、まさしくそれだった。

弩騎士改ナイト・クォレルⅡ』の砲撃は、撃つだけで魔動機関マギア・エンジンどころか、バナム自身の魔力まで瞬間的に全消費するほどの圧倒的な燃費の悪さを誇る。


 だからこそ、対魔力塗装のなされた魔導金属の装甲を易々と貫通するほどの破壊力を誇るわけだが、如何せん操縦者への負担が多すぎた。


 特に、これほど長く戦闘が続くのは『弩騎士改ナイト・クォレルⅡ』の実戦運用後でははじめてのこと。

 これにはバナムが堪らず弱音を吐いてしまうのも、致し方ないことであった。


『くそ、まだ敵がこんなに―――!』


 だが、敵はそんなことはお構い無しに侵攻を少しずつ進めていた。

 始めの方こそ『弩騎士改ナイト・クォレルⅡ』の砲撃と赤鳳第一部隊の連携に劣勢を強いられていた反乱軍だったが、時間の経過と共にそれに見事に対応、対抗し始めたのである。


『俺らも大概魔力は使ってるってのに、アイツらいつまで攻めてくんだよ!?』


 特に巧妙であったのは、その継戦能力の高さ。

 魔力を消耗したマギアメイルは一旦後退、後方で予め待機していた友軍機と交代して戦線を維持するその作戦は、少数での防衛戦を余儀なくされていた赤鳳の面々へと確かに突き刺さった。


『最初から二段構えの作戦だった、ってことだろうさ……本来は、フリュムの防衛に当たってるマギアメイルすべてを相手取る為の策だったのだろうが』


 剣戟と共に、隊員の一人がそう呟く。

 彼の駆る『貴騎士ロードナイト』の振るうその剣筋は正確に、敵マギアメイルの胴を一刀両断する。


 そして続けて背後から飛びかかってきたマギアメイルに蹴りを見舞った『貴騎士ロードナイト』は、ドミノ倒しのように崩れ落ちる反乱軍のマギアメイルを見下ろした。


 そしてそれらの残骸がしばらくは動かないことを確認すると、彼は辺りを見渡した。


『そら、今さら一般兵団のお出ましだ』


 仲間の声にバナムも遠方を見ると、ようやく格納城壁が展開し始め、そこから十数騎の『騎士ナイト』、および『兵士ポーン』が出撃しているのが確認できた。


 それを見ると、バナムは機体の通信術式の帯域を変更、駐屯軍との共有回線に切り替えると檄を飛ばした。


『おせぇぞお前ら!でも助かる、間違っても死ぬなよ!』


『は、はい!』


 漸くの増援の登場。


 城壁に到着してから出撃するまでの時間が、あまりにも遅すぎる。

 実戦経験のない新人だらけの駐屯騎士団にしては、これでも早かったとは言えなくもないのだろうが。


『まずいな……だいぶ押し込まれてやがる』


 だがしかし状況が状況だ。最早戦線は大分押し上げられ、復興を終えた区域は目と鼻の先。


 そこにやってきた駐屯騎士たちも、なんとか対抗しようと槍や剣を振るうのだが―――、


『うわぁ!?』


『くそ、落ち着け!定石通りにやれば!』


 彼等のその戦いぶりは目に見えて不慣れで、たどたどしい。

 振るった剣は敵に手際よく捌かれ、がら空きとなった腹部に向け返しの打撃が加えられる。吹き飛ばされたマギアメイルは数機のマギアメイルが受け止められたが、そこには即座に追撃が加えられていく。


 およそ善戦とは言いがたいその状況に、赤鳳の騎士達は思わず嘆息する。


『たぁく、後で訓練でもつけてやらねぇと……』


『……だが苦戦してるのは、新兵だからというだけではない』


 バナムはその戦いぶりを酷評するが、それに仲間達が口を挟む。


『確、かに!この手際と個々の戦闘力、そこらの輩とは比較にならない!』


 ―――『貴騎士ロードナイト』を駆る赤鳳の面々すらも、反乱軍のマギアメイルの必死の猛攻に、苦戦を強いられていたからだ。

弩騎士改ナイト・クォレルⅡ』の砲撃により敵の数は少しずつ、だが着実に減り、もはや数の優位はワルキア側にあったはずだった。


 しかし、どうしたことか。


 その個人戦闘能力は開戦時とはうって変わり、フリュムの兵士達の練度は飛躍的に上昇しているようにすら見える。

 初期は単騎で複数を相手取れた『貴騎士ロードナイト』達も、今では一対一でしか有利が取れず、ともすれば二機がかりでようやく対抗している始末。


『腐っても元首都防衛大隊ってか……?それが自分らの都を襲ってるってんだから、笑えねぇ話だが!』


 そのことに疑問を覚えつつも、バナムは主砲を格納して腰部に備え付けられていた小銃で射撃を行う。

 しかし、その弾数にも限りがある。


「通常弾頭、残弾ゼロ。後退して補給を」


 アイナはそう冷静に告げ、バナムへと振り向く。


「分かってる!……くそ、これじゃあじり貧だぞ」


 ……そんな調子で、更に戦線は後退。

 徐々に押し込まれるように街中へと下がらざるを得ない騎士達の胸のうちの焦燥感は、加速度的に増していったのであった。




 ◇◇◇


 所変わって、城下町の一角。

 工業区域であるそこに立つ一戸の工場の、その地下。

 ……そこでは、工場の主―――エンジ・ヴォルフガングが、通信を介して赤鳳騎士団が行う戦闘の観測を行っていた。新型機の情報取りも兼ねたこの日課は、国公認の技術者となった彼にとっては今や日常のものだ。


(都で腐っていたときは、こんなことになるなんて思いもしなかったが……)


 そんなことを不意に考え、一瞬想いを馳せる。

 ……リリアナが、エルザの母親が死んでからもう8年。『味方の殿となり、巨大な魔物と相対して戦死した』との報告を受けてからというもの、エンジは工教会から抜け、独自のマギアメイル製作を信条としてつい最近まで意固地を張ってきた。


 それは全て、亡き妻と、そして今なお騎士として戦い続ける娘のためだ。


 ―――現行のマギアメイルでは不足がある、巨大な魔物たちと対峙するには、革新的な何かが必要だ!


 そう考え、たった一人で試行錯誤を繰り広げてきたエンジの研究。

 そしてそれは、一人の少年が成した活躍のお陰で日の目を浴び、ついにはこうしてワルキアの技術の最先端となって。


 そんな感慨と共に、彼は戦闘を観測し続けていた。背後に控える最高傑作にして最高の欠陥品と共に。


「うぅむ……」


 だが、そんな彼の感傷とは裏腹に、戦局は徐々に、しかし確実にワルキアにとって不利な方へと傾き始めていた。

 騎士団のマギアメイル達は、動く屍のごとく戦い続ける反乱軍の前に決め手に欠け、押されていた。

 唯一一撃でマギアメイルの対魔力合金を貫ける火力を持つ『弩騎士改ナイト・クォレルⅡ』も、その魔力消費の激しさを前に主砲を射つ力を失っていた。

 ……あれは魔動機関マギア・エンジンを通常駆動に当てることで、操縦士からの魔力を増幅、全てを主砲に割り当て実現した超火力。

 だがそれは結局、今まで機体全体に分散、運用されていた魔力を一つに束ねただけのもの。魔動機関を搭載したことによる継戦能力の向上も、この武装に関してだけは意味をなさないのだ。


 そんなこんなで、帝都正面側の騎士達は苦戦を強いられていた。そしてエンジは、次に正反対側……愛娘のエルザが戦っている地点も観測する。


「エルザの方はあの坊主の活躍もあって多少押してるが、こりゃあ赤鳳でも少し分が悪いな……」


 見るとこちらは、逆に反乱軍マギアメイルを数機づつではあるが、確実に減らしはじめていた。

 それにはエルザ自身の技量、そして『戦乙女バルキリエ』の性能だけでなく、突如現れた増援である赤いマギアメイル……グレアの『海賊偽装式フェルシュング』の力添えが大きかっただろう

 どんな超高性能なマギアメイルでも、単機でやれることには限界がある。だが苦戦していた理由がそれのみであったのなら、増援が来次第押し返せるのは自明の理だった。


 ……しかし、如何せん正面側の旗色が悪すぎる。

 エルザ達も逆転を始めたとはいえ、即座に相手を全滅させられるようなことはありえない。最悪正面が抜かれ、コロセウムへの攻撃を許してしまう可能性も十分にある。


 そんな最悪の状況を夢想しながらも、エンジは背後に鎮座する一機のマギアメイルへと視線を向けた。


「ようやく、一応の完成を見たってのに……」


 それは彼が今ひとりだったからこそ出た、エンジの本音だ。

 調整こそまだ検討の余地があるが、十二分に戦えるほどの準備は既に整っている。

 もしもこれに一流の騎士が乗ったなら、エルザと同等、もしくはそれ以上の戦闘力にすらなりうると、エンジは確信していた。

 ……しかし、その動力源の不安定さと関節部の調整不足を前に、これを実戦運用するなど夢物語でしかなかった。

 だからエンジはそれを諦め、愛娘を含む赤鳳の

 騎士達、そして『戦乙女バルキリエ』を始めとする自身の作品らの勝利を願った。


 ただ、ひたすらに。


 ……だが、そのときだ。


「―――出来て、るんだね」


 地下室に、エンジがつい昨日聞いた声が響いた。

 ―――その方角をエンジが見るとそこにいたのは、頭から血を流しながらも手すりに捕まり階段を降りてくる、銀髪の少年だった。



「お前……!?」



「フィアー、なんでここにおるんだ!?しかもその怪我、お前一体……」


「……乗りに来たんだ、それに」


 彼―――フィアー・アーチェリーは、当然とばかりにそういうと、期待へと駆け寄る。

 それに一瞬面食らってしまったエンジであったが、彼の行動を理解すると咄嗟に、静止にかかった。


「乗りに来たっていうがな、あいつはまだ―――」


「一応完成してる、そうでしょ?」



 フィアーは真っ直ぐエンジの目を見てそういい放つ。

 階段から降りていた彼の耳に、エンジの独り言は聴こえていたのだ。

 だからこそ彼は今、「この機体なら勝てる」という確信のなかでマギアメイルへの搭乗を望んでいる。


「……確かにそうだ、だが最終調整もまだ済んでない!それに動力源だって、適性のあるものが見付からずに仮のものを取り付けてるだけなんじゃ!」


「魔物のコアなんてどれも同じだろうし充分だ、最低限動きさえしてくれればいい」



 エンジの必死の説得にも、フィアーは取り合わない。ただそれを受け流し、機体の昇降用ロープを機体から下ろし、乗り込む。


「お前さんはなんだって、そこまで自分を省みないんだ……あの子だって心配してるだろうに」


 エンジは心から、そう告げる。

 ……大切な人を失う気持ちは、十二分にわかっていた。

 死にゆく妻を止めることすらできなかった自分。その絶望、そして無力感がいかほどのものかを、エンジ・ヴォルフガングは誰よりも知っていた。

 そして目の前のフィアーが死ねば、きっと彼の家族であるリアも同じ後悔に身をやつすことになる―――


「そんなの、分かってる」


 だがフィアーは、変わらない調子でただ、そう告げた。



「……でも僕は、それ以上に心配なんだ」

「もしもまた、ボクから家族がいなくなってしまったら……」



「その時ボクは多分耐えられなくて死を選ぶと思う。だから、最悪の場合でも結果は同じ」



「―――なら、せめて足掻かないと」


 ―――ここにきて、エンジは気づく。


 自分が体感し、リアがこれから歩むかもしれない絶望の人生。

 大切な者を失い、そのせいで心に開いた穴を別のなにかで埋め合わそうとする、虚無に満ちた拷問のような年月。


 ……だがそれを、目の前のこの「フィアー・アーチェリー」という男は既に、歩んでいるのではないかと。



 もしそうだとしたら、どんな説得も無力だ。


 だって誰よりも意固地に貪欲に、過去の精算に躍起になる男の姿を自分は知っている。

 娘に叱責されても、町で後ろ指を刺されても、ただひたすらに自身の夢に、義務に囚われ続けていた、ひとりの男の姿を。


「……あーもう、くそ!」



 結局のところ、鏡に向けての説教などなんの意味もなかったのだ。

 だからエンジは諦めと共に彼の意思を許容し、しかし納得はせず。



 ―――ただ、言葉を伝えたのであった。


 ◇◇◇




「お前さんの覚悟はわかった。だが、先にいっておくぞ」


「―――お前の身体がどうなるか、保証はできない」


 そんなエンジの言葉が、操縦席内に響く。


「うん、大丈夫」


 だがその忠告をしかと聞き届けながらも、フィアーはそこを降りることはしなかった。

 副作用、デメリット、危険性。

 その全てが、フィアーにとってはさしたる障害にはなり得なかったのだ。


「……もうボクの身体は、どうしようもなく手遅れなんだから」


 そう自嘲的に呟いた言葉は、誰にも届かない。

 記憶もなく、この世界で生きるための知識も―――誰もが持っているという魔力もない。

 ただ一つ持っているとすれば、それはリアやテミス、そしてワルキアや砂賊の人々と紡いだ信頼や絆だけだ。


 なら、その唯一手元にあるものを、死んでも守らなければ。

 失うものがあるとすれば、自分の命だが……それは、些事だ。

 そんな決意と共に、フィアーはその機体……未だに名すらないその巨鎧の操機を強く握る。


「その機体には禁忌機構リミッターがかけてある、その解除には操縦者自身の魔力を流して操作が―――」


『ボクには魔力ないし、問題ないよ』


 <操縦者:認識>


 <魔創炉心マギア・リアクター:限定起動>


 <動力伝達:完了>


 <操縦術式:代替起動>


 <骨組機構インナーフレーム:起動>


 それと共に、ディスプレイには文字が浮かび、機体内部の動力炉が起動、操縦用の機構が全て作動していることを知らせ、フィアーはそれを理解する。

 操機……操縦捍が、やけに手に馴染む。

無銘ネームレス』にもよく似た操作感だが、きっとそれだけではない。なにか、フィアーの記憶に残る他のなにかと、操縦系が酷似していた。


 それが何なのか、フィアーは理解しようとするが……すぐにはわからなかった。

 だからその問題は一旦捨て置き、直近の目標―――フリュムを護りきることに、全神経を向ける。


「―――さぁ、立ち上がれ」


 そう口にした瞬間。

 機体はゆっくりと起き上がり、各部の金属を軋ませながらも面を上げる。

 その機体の相貌は紅く輝き、そして鋭く前方を見据えた。


 その起動と共に、エンジの操作は昇降機を稼働。彼の長年の研究の成果が今、つい地上へとその姿を表すこととなったのである。


 そして、機体が陽の目を浴び、眼前に敵を見据えたその瞬間に。

 フィアーの脳裏に、ある名前が浮かんだ。

 これ以上なく自分に、そしてこの機体に似合いの名だ。

 だから彼はそれを認識した瞬間に、その言葉を―――この機体の真の名を、心の底から叫んだのである。


 ……空虚な自身を、この世界に改めて定義するかのように。



『―――『異邦者ストレンジャー』!』



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