第三章23話:参上 - Pirates to compete -


 ◇◇◇



『ッ、速い!?』


剣兵ゾルダード』を駆る兵士たちは、完全に混乱と恐怖に呑まれていた。

 単騎で立ち塞がり、自分達を相手取る紅白のマギアメイル。

 当然数の有利はフリュム側にあり、たった一人がいくら強かろうがだがどうしたことか。戦略と戦術は違う。いくら単騎で突貫したところで、大局への影響など、あるはずがない……当然、反乱軍の誰もがそう認識していた。


 ―――だが、果たしてその性能、そして操縦者の技量は、そんな当たり前の常識すら書き換えかねないほどに圧倒的であった。


 そして事ここに至り、ようやく彼らは思い出す。

 ワルキアにはそもそも、一騎当千と名高い化け物のような男、フェルミ・カリブルヌスというイレギュラーが、既に存在していたことを。


 そして目の前の女騎士―――エルザ・ヴォルフガングすら、それと同等にも届こうという力を手に入れているという事実。

 それはワルキアという大陸一の大国の過剰戦力ぶりをありありと示し、その事実はフリュムの兵達の戦意を、加速度的に削ぎ落とすに十分な衝撃となった。


『八番機!……っ、くそ、なんなんだ!』


 四方より同時にかかった手勢が、一太刀で弾き飛ばされる。

 その攻撃はあくまでも軽い迎撃に止まり、致命傷にそならない。だがそれでも、機体に受けた損傷は徐々に蓄積していき、何機かの『剣兵ゾルダード』は既にその駆動を停止していた。


 ―――何よりも異常なのが、その継戦能力だ。

 あれほどの獅子奮迅の働きを見せれば、必ず魔力が枯渇するはず。だが、エルザの駆る『戦乙女バルキリエ』の動きには陰りは見えず、それどころか時間が経つごとにその動きが洗練されているようにすら見えた。


 それは事前に聞き及んでいたワルキアの新技術、『魔動機関マギア・エンジン』によるものとも思えたが、流されてきた情報のそれよりもあの機体の出力作戦は明らかに上。


『あんな柔軟な動き、どうしてマギアメイルが……!ワルキアの機体は、関節部が骨組みにななったのでは―――』


 しかも関節部が互い違いの金属による骨細工になったと聞いていたはずが、その柔軟さは以前よりも遥かに上。


『この機体のは特別製でね!骨組みでも、ちょっとした捻りが加えられる、の!』


 だがエルザはそう教示すると、お返しとばかりに相手の機体の頭部へと焔を纏った刀身を見舞う。


 内部を半円状にくり貫き、歯車状に噛み合わせた独自の骨組によって構成された『戦乙女バルキリエ』に、フリュムの兵士たちが認識していたような弱点は存在しなかった。

 それどころかその機動力、汎用性はがらんどうの金属を魔力で動かしていた頃の旧式マギアメイルよりも遥かに効率的で、高性能だ。


『隊長、八番機が……!』


 操縦席の天井から上を綺麗に溶断された『剣兵ゾルダード』が、無惨にも大地に横転する。

 それを見た反乱軍の頭目は、意を決したように眉に皺を寄せ、声を上げる。


『―――致し方あるまい』


『二番隊と三番隊は予定通りコロッセオに向かえ!それ以外の機体は私と来い、あの化け物を狩る……』


 それは、後方に待機していた交代用の戦力をも、すべて投入する命令だった。


 そして、彼は深く息を吸うと、ある言葉を口にする。


『―――我が『憤怒』に呼応せよ、せよ、同胞達よ。激情のまま、かの皇帝への恭順をその武功にて示すのだ』


『―――、あ、?』


 ―――それを聞き届けると、一瞬痙攣したような動きを見せた反乱軍の兵士たちは、反論もせずただその命令を素直に聞き届ける。


 彼らの瞳には、もはや恐怖の色はなかった。

 皆一様にその瞳を獣のごとくギラつかせ、歯を軋ませながら噛みしめ、叫ぶ。


『『『―――皇帝に栄光あれッ!!!!』 』』


「っ、何、急に動きが……!?」


 その唐突な戦意高揚は、エルザにとって予想外だった。先程まで防戦に終始していた反乱軍の兵達は、まるで人が変わったかのようにその戦意を剥き出しに、猪突猛進に襲い来る。


 ……決して捌けない量でない。だが、その連携精度の高さは先程までの比ではなく、一度に凪ぎ払えていたはずの敵にも、最新の注意を払うことが必要となってしまう。


 結果、物量の前に押し込まれ、抑え込まれてしまう『戦乙女バルキリエ』。

 押し負けずとも押し勝つことはできず、その場に固められてしまう。


「流石に、この数相手は無理があったか……?」


 ……そう呟きながらエルザは城壁側から向かい来る軍勢を、流し目で見据える。

 格納城壁からの出撃はまだ始まっていない。恐らく新人騎士達は最初に襲撃のあった正面側……バナム達が交戦している地点へと軒並み向かったのだろう。


 そして黒武騎士団のマギアメイルはコロッセオを離れることはできない。……当然だ、彼等の命令はあくまで皇女の死守。

 本来敵国の民であるフリュム市民は、防衛対象にすら入っていないのだ。


 ―――しかしそれは、アルテミア皇女殿下の御意志とは、大きく反するのでは?


「―――ったく、頭の硬いエリート連中が!」


 疑問を胸にしながらそう叫び、エルザはすべての魔力を手にした斧槍へと集中。魔宝石で作られた穂先から強大な炎の刃を放出、形成してそれを放射状に撃ち出す。

 ただ妄信的に進み来て掴みかかる「剣兵ゾルダード」たちは、それを回避すらできずにその膝を折った。


 そして切り開かれた残骸の山の間を通過した『戦乙女バルキリエ』は、その先に立ち尽くすこの作戦の指揮官であろう改造マギアメイル―――『剣闘士グラディエタ』の眼前へと迫り、声をあげた。


『……貴方が指揮官?私は赤鳳の二等騎士、エルザ!名乗りぐらいは、上げてくれるかしら?』


『あぁ、いいとも』


 エルザのその打診を肯定するように、『剣闘士グラディエタ』は一歩前へと進み、その手にした剣を地面へと突き立てた。


『―――我が名は、エーギル。帝都防衛大隊「エルディル」の指揮官にして、今のこの国の趨勢を憂う者だ』


『憂う、ねぇ』


『街で聞いた話では、国をほっぽりだして何処かにいったってことだったけど?』


 エルザの仕掛けた舌戦。

 それは、およそ理性的とは取れない選択肢を取り続ける反乱軍への挑発を兼ねたものであった。

 そんな感情によってのみ運営されている組織の頭目であれば、さぞ容易に乗せられるだろう、と。

 だが渦中の首魁―――エーギルはそんな言葉の前でも冷静に、至って理性的に告げる。


『……そう取られても、詮なきことだ』


『なら、なんで―――くっ!?』


 名乗りあいと対話の最中、倒されていた『剣兵』のうちの一機が「戦乙女バルキリエ」へと這い寄り、掴みかかる。


『だが……混乱に乗じて国を簒奪した貴様等に、話す舌など持たん』


 その言葉と共に、倒されていたはずのマギアメイルはそのどれもが、不審な挙動と共にその身を起こす。

 腕のない機体も、足のない機体も。

 四肢が切断された機体すらも、その背部からの貧弱な魔力放出だけで地面を削りつつ、近付いてくる。


 それに対し斧槍を振るっていたエルザだったが、流石の『戦乙女バルキリエ』でもこの数は、捌き切れなくなってくる。そして地面を這っていた機体のうち、一機が斧槍の柄を掴み、その抵抗すらも妨害にかかったところで、エルザの肝は冷えきった。


『こ、れは流石に、しんどい、か……!?』


 もはや機体は動くことすら困難なほどに拘束され、周りには十数機の半壊したマギアメイルたち。

 エルザはそんな困難な状況を切り開くため、なんとか知恵を振り絞る。


(でも、禁忌機構リミッターを切るわけには……)


 真っ先に浮かんだのは、この『戦乙女バルキリエ』の真の力を解放すること。

 しかしそんなことをすれば、最悪市街地に被害を与えかねない。それほど、この機体がもつマギアメイルの限界を超えた力は強大だ。


 だが、しかしこのままでは―――。



『……ぐぁッ!?』


『へ……?』


 ―――その時だった。

 数機の半壊した『剣兵ゾルダード』が、宙を待ったのは。

 そして響く、重い金属音。

 それに驚く間も無く、その音は断続的に鳴り渡り、虫の如く寄り集まっていた『剣兵ゾルダード』は、少しづつその機体を空へと吹き飛ばされた。



『―――よう、騎士サン!人手が必要かァ?』


『貴方、いったい……?』


 知らない声に、エルザは息を荒くしながら視線を向ける。

 ……そこにいたのは、見たことのないマギアメイルだった。

 その見た目はフリュム製の機体にも似ているが、ワルキア製の機体にも見える異形の物。

 そして各部にはシンプルな造形の増加装甲は取り付けられているようで、真紅の機体にグレーの入った、歪なデザインとなっていた。


 そして、そのマギアメイルの搭乗者は、いつもの調子で名乗りをあげた。


『―――俺の名はグレア・ツヴァイヘンダー!そしてこの最高のマギアメイルは海ぞゼーロイ……じゃなかった』


『―――『海賊偽装式フェルシュング』、だぁッ!』



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