第三章22話:緋穹 - scarlet Knights -

◇◇◇




 時は、外にて戦乱が巻き起こる数分前まで遡る。


 ―――そこはフリュム帝都中心部にある、巨大なコロセウムだった。

 魔龍戦役以前は御前試合や式典など、様々な用途で頻繁に用いられていた施設だが、戦後の復興の最中では、一度も使用されることはなかった。


 ……だが、今日だけは違う。

 数千人をも収容できるその座席はほぼ満席。

 そしてその人々の視線は、ある一点に注目していたのだ。


 コロセウム中心部の壇上。

 そこには、一人の金色の髪を揺らす少女が立っていた。



『―――魔龍が産み出した尖兵による襲撃で、大陸全土の各国で大勢の死者が出ました』


 コロセウムの中心部、臨時で敷設された壇上で、アルテミア・アルクス・ワルキリアが胸に手をあて、演説をしていたのだ。

 その姿は堂々たるもので、彼女がつい昨日まで海賊の船に居たなどとは、誰も思わなかったことだろう。


『ワルキア王国、フリュム帝国……私達は共にあの強大な災厄を乗り越えた、仲間だと考えています。だからその復興の助けとなれるよう、私と共にワルキアの騎士団の一部がこの国へとやってきました』


 アルテミア―――テミスは、静かに目を閉じて歩いた街中の情景を脳裏に呼び起こす。

 そこにあったのは、ワルキア人である自身らに向けられた、二つの視線だ。

 一つは、この国を助けた騎士団のイメージによる、ワルキア人への好感の視線。

 そしてもう一つは先祖代々から戦ってきた敵国の民に向けての敵意に満ちた視線だ。


 ……どちらが正しいか、なんてことはない。

 そんな者は、個々人が胸に抱くことなのだから他者が、それも当事者であるワルキアの皇女にどうにかできるはずもない。


『……勿論、そのことに反感を抱いている人もいるでしょう。祖国の土を、我々のような部外者に踏みしめれられたくはない、と』


 アルテミアがそう言うと、会場のフリュム人達はにわかにざわつく。

 そんなことを思うはずがない、と周りを見渡す者と、後ろめたげに視線を反らす者。

 この会場のなかですら、それは分かれていたのだ。

 それに対して、アルテミアは一時の沈黙と共に、市民達のざわつきが収まるのを待った。


 ―――丁度、そのときである。


 壇上より遥か後方、コロセウムの内部に、一つの知らせが入った。

 アルテミア皇女を護衛する騎士団、黒武騎士団の団長であるブラン・クラレティアは、それを聞いて、少し、おどろいたような顔をする。


「―――なに?」


 その報は、外での出来事についてのもの。


「元フリュム軍の侵攻……予想よりも、早く事が起こったな」


 フリュムの元首都防衛大隊が、反乱軍と化して襲い来たという、紛れもない事実。

 それは当然、ブランも


 そんな彼の周りにいた騎士達は、心配げな顔で手をあげ、ブランに進言をする。


「なんだ」


「……騎士団長、式典の中止を進言致します。このままでは、アルテミア様の身に危険が」


 その意見は、皇女の身の安全を第一と考える氣志團の一員として、当然のものだった。


「いや」


 だが、ブランはそれを否定する。


「式典はこのまま続ける。ただ……そうだな」


「防音術式をコロセウム全体に展開しておけ。外の騒動を、中にいるフリュムの民とアルテミア様に


 その判断に、誰もが口を挟もうとした。

 ……だができなかった。

 なにせあまりにも、ブランの表情が平常通りすぎたからだ。焦りは一欠片も窺えず、それどころかこの状況すらも「想定の範囲内」とばかりに眉一つ動かないその威圧感に、誰もが気圧されたのだ。


「……承知しました」


 騎士は命令通り、術式の展開命令を術士の部隊へと伝達する。

 元々、このコロセウムは守護術式にて防護されている。それに合わせて防音術式さえ張れば、外部の騒ぎは一切シャットアウトされ内部には伝わらない。


 ―――だが、それでは万が一にも防衛線が突破された際に、彼女が危険に晒されるのでは?


 そう考えた騎士もいたが、その意見も口にするまでもなく、封殺。

 何故かは、分からない。だがブランのその決定に口を挟むことは、黒武騎士団の騎士たちには憚られた。



 そんな裏での秘密裏なやり取りを他所に、アルテミア皇女殿下の演説は滞りなく進行していく。


『―――ですが、私達はここを当面去るつもりはありません。それは、なんとしてでもフリュムを復興し、再びかの列強たる帝国へと戻っていただきたいからです』


『そしてそれが為されたその時にこそ改めて、国と国として話し合いのテーブルに共につき、外交を結ばせて戴きたい。フリュムとワルキア、古来から言い争ってきたこの二つの国の未来は、きっと、その先にある!』


『―――わたしは、そう信じています』


テミスはそう最後に締め括ると、再び小さく、お辞儀をする。


 ―――それと同時に沸き起こる、割れんばかりの大量の拍手。

 そこにはこの先のフリュムの未来に光があると、そう手放しに信じられるほどの感動が詰まっていた。

 テミスはそれを受け、柔らかな笑顔を浮かべ壇上を去った。


 するとそれと入れ替わるように、今度はフリュム側の代表者によるスピーチが始まる。


 こうして式典は、更に続いていった。

 内部に集まった、数千人の人々の視線は依然として外ではなく、内部の壇上へと集中していた。

 式典中の入退場は認められていなかったことから、彼らはなにも知らず、疑問を持たずにそのまま、有識者たちの言葉に耳を傾けることだろう。


 ―――外でマギアメイル同士の激戦が巻き起こっているなど、知る由もなく、である。






 ◇◇◇




 うって変わって、そこは戦闘の最中の廃墟街。

 進行を進める反乱軍のマギアメイル隊の前には、数騎の紅白に身を染めた騎士団のマギアメイルが武器を構え、それを制止している。


『隊長、ワルキアの騎士が!』


『……作戦が知られていた、か』


 通信を受けた隊長―――エーギルはその場にはいなかった。

 彼を含めた主力部隊は、先に侵入した部隊とは別ルートより進軍を進めていたのだ。

 指示がないまま、『剣兵ゾルダード』と他の応急措置をされた機体による混成部隊に乗る者たちは、にわかに浮き足立ち混乱している。


『昨日の曲者の仕業か……、くそっ!』



『よくわかんないがその通りィ!』


 そして騎士団の機体のうち一機―――『弩騎士改ナイト・クォレルⅡ』は拡声術式を全開にして、反乱軍へと吐き捨てる。


『お前ら愚連隊どもの計画は、当の昔にお見通しってぇわけだ!』


『愚連隊?愚連隊だと、我々が!?』


『ふざけるな!貴様らのような他国を我が物顔で蹂躙する連中に、そんな謗りを受けるなど!』


 挑発を真に受けた反乱軍のメンバー達は、口々に怒りを露にする。

 それに対して『弩騎士改ナイト・クォレルⅡ』を駆るバナムは、更に挑発の言葉を口にしながら、腕部ユニットを再展開。

 肩部装甲が展開して手先のアタッチメントに連結、巨大な弩の形を為して差し向けた。


『それこそお互い様だろ、自国の防衛もほっぽりだして反体制気取ってるような奴らが!』


『ほざけッ!』


 フリュム側の機体も、剣を構え臨戦態勢。

 それを認めるとバナムは、後方に横転したマギアメイルからなんとか降りたフィアーを視認し、声をかけた。


『おい少年、大丈夫か!?』


「なん……とか……」


 フィアーの頭からは出血があったが、そこまで大きい怪我ではないようだった。

 だが、後遺症の恐れがあるのは確か。


『ここは俺ら赤鳳騎士団が引き受ける、お前は早く下がれ!』


 バナムは先程とはうって変わって真面目な口調で告げると、機体の眼を敵へと定める。

 つまりは、戦いの始まり。



「……わかった」


 そんな戦場にいては、ただ迷惑となるだけ。

 そう理解したフィアーは潔く、後退する。


 戦場を去っていく彼の姿。それをみたバナムは安心したように操縦席でため息をつき、そして。


『……そんじゃあ、援護頼むぜお前らァ!』


 全力で後退し、敵との距離をとった。

 その姿はまさしくガン逃げ、彼の―――否、彼等のそんな姿を見て、赤鳳騎士団第一部隊の三番機から声が上がる。


『あのさぁ、バルム……散々かっこつけてそれはねぇと思うぞぉ?』


「うっせ、機体の都合上しゃあないだろ!?」


 バナムはそういうと、機体を固定。

 そして、もう一人の操縦士である相棒へと、大声を上げる。


「魔力充填完了!アイナ、照準!」


 ―――そう、本機『弩騎士改ナイト・クォレルⅡ』は、ワルキアどこら大陸でも数少ない、複座式の戦闘用マギアメイルだったのだ。

 機体への魔力供給と各部の操作は、ワルキア貴族の御曹司でもある三等上級騎士バナム・ウォーレスが。そして、火器管制と精密射撃時の操作を、特例で赤鳳騎士団に招聘された三等下級騎士、アイナが行うという、分業によって運用されていた。


 なぜこのような奇異な運用をされているかといえば、弩騎士の武装、すなわち『弓』が原因であった。

魔法、そして銃というものがここでは、物理的な遠距離武器としての弓は、最早伝説上の存在として語られていた。


 それに対し『弩騎士改ナイト・クォレルⅡ』のユニット『一式高圧充填魔力投射砲「フェイルノート」』は、その『弓』という伝説上の武器を概念化し、そこに神秘性を付与することで魔力の圧縮機構にブーストをかけるという仕組みによって機能している。


「射軸、補正。標的、固定……」


 だからそれを扱うには、「弓」というものをよく知っている者が必要だったのだ。

対してその銃の腕を買われて軍で防衛をしていたアイナは、何故かその『弓』を実際に扱った記憶を朧気ながら持つ極めて希少な存在。


 その前提条件を達成した適性の前には、ワルキアの遺跡で発見されたアイナが持っていた『記憶と魔力を持っていない』というデメリットなど、さしたる問題とはならなかったことだろう。


 <一式高圧充填魔力投射砲:解放>


「―――投射」


 斯くして、バナムが圧縮し、アイナが概念を付与した魔力は臨界へと達し、ついには宙へと一直線に放たれた。

 それは一筋の閃光となって風を、空を切り、大気を貫きつつ一点へと向かう。



『な……』


 ―――反乱軍の回避は、当然間に合わなかった。

 一機の『剣兵ゾルダード』の装甲はまたしても、まるで蝋細工のように易々とその表面を液状化させ、ドロドロと赤熱化し溶け落ちる。


 内部にいた操縦士は、割れた装甲の裂け目から魔力の光を浴び、その肉体を消滅させたのだろう。

 機体への魔力供給は途切れ、崩れ落ちるように『剣兵ゾルダード』は膝をついた。



『対魔力装甲を―――こんなにも、易々と?』


 そんな光景に恐怖を覚える反乱軍兵。

 だがそんな彼等の畏怖を他所に、バナムは勢いづいた声で高らかに叫ぶ。


『うっし、一騎撃墜ィ!』


『当てたのワタシだけどね』


『うるせ!俺らバディなんだから二人の成果だろ?』


 それは二人が相棒となってから、幾度となく交わされたやり取りだ。 元々エルザに憧れて騎士になった貴族の息子であるバナムと、遺跡で記憶を無くしたままに拾われたアイナ。

 全く境遇の違う二人は、他人とは思えないほどに息のあったコンビネーションをみせる。


 そして、『弩騎士改ナイト・クォレルⅡ』は腕部の弓を格納。魔力充填用の通常形態となり、またも後退する。


『―――じゃ、皆あと150秒任せた!』


 ……そう、これが『弩騎士改ナイト・クォレルⅡ』の弱点。

 バナムの魔力をリソースとして投射する一撃の光矢、しかしその必要魔力量は他の機体の比ではないのである。


『強力なのは結構だがいちいち充填おっそいんだよ、さっさと魔力放り出しやがれ!』


 仲間の騎士―――スカーレット3は、そう叫ぶと自らが駆る『貴騎士ロードナイト』が手にした槍を構える。

 それに習ったように、他の機体も武装を構え全面抗争の構えを取り、ついに、火蓋が切って落とされる。


「でねーもんはでねーの!もし使いすぎて無くなったらどうしてくれるんだよ!」


「……バルム、魔力無くてもそんなに生きるのに困んないよ、ソースは私」


「あーもうややこしくなった!」


 後退しながら漫才をする二人を他所に、戦闘は激化する。

 最早、市街地にまで戦闘の余波が届くのも、時間の問題であった。



 ◇◇◇



『別動隊からの通信が途絶えた!』


 赤鳳騎士団の第一部隊と、反乱軍の別動隊の交戦が始まってから数分。

 今なお金属のぶつかり合う重い音と、爆発音が国中へと小刻みに響き渡る。


 その最中、別動隊とは真逆の方角から本隊のマギアメイル達は、進行のタイミングを図っていた。

 ―――城壁は、彼等が事前に仕込んでいた間者によって開かれていた。

 表向きの騒動を煙とし、本隊による電撃的侵攻にてアルテミア姫の殺害を目的とした作戦であったが、赤鳳の予想外に早いその出動のせいで、プランは徐々に崩れつつあった。


『どうします、隊長?』


『……変わらないさ、我々はこのまま侵攻を―――』


 エーギルは極めて冷静に、そう告げた。



『おっと、そう簡単には行かないと思うわよ?』


 ……だが、その言葉に口を挟む者がいたのだ。


『ワルキアの、騎士団か!』


 反乱軍のマギアメイル達は、その声に目を向き、辺りを見渡す。

 ―――すると、一機のマギアメイルが、その姿を廃墟の影より表した。


『なんだ、あのマギアメイル……?』


 それを見た兵士たちは、誰もが同じ感想を抱いただろう。

 巨大なスカートパーツに、他のマギアメイルに比べ極端に細身なそのフォルム。ワルキアの本流技術とは明らかに別系統の技術で作られたと思しきその機体は、手にした槍斧とそのスカートから、赤い燐光を噴出しつつ、静かに語った。


『―――この子は『戦乙女バルキリエ』。ワルキア王国最新にして、最高のマギアメイル』



 そんな騎士団の魔動鎧―――『戦乙女バルキリエ』の出で立ちは、ワルキア王国から伝い聴こえてきたある勇名に、あまりにも酷似したものだった。


 彼らは知っている。


 炎を纏った槍斧を手に、無数のマギアメイルや魔物を薙ぎ倒したという、一人の騎士の名を。


『な、そんな……』


『あの槍斧に、紅い機体……まさか!?』


『―――「紅き隻翼」……!?どうして、フリュムにお前が!』


「紅き隻翼」……先代赤鳳騎士団団長とバディを組み、一対の翼の如く戦場を羽ばたき数多の敵を切り裂いたと言われる、武勇名高い女騎士。


 ―――目の前に立ちはだかるのがエルザ・ヴォルフガング、その人であると気付いた時、反乱軍の戦意は圧倒的なまでに、削がれた。


 そして一度厭戦的な雰囲気に呑まれてしまえば、そう簡単に高揚などできない。

 そうなってしまったら最後。反乱軍の兵士たちは最早、じりじりと後退を始めることしか、できなかったのである。


『お、臆するな!そんな虚仮脅しに屈するほど、我らは浅い決意で剣を抜いた訳ではないだろう!』


 反乱軍の副指揮官が、吃りながらもそう声をあげる。

 だがそれに、一体どれほどの効果があろうか。目の前に現れた化け物は、依然として反乱軍のマギアメイル達を確かに捉え続けている。

 謂わば、蛇に睨まれた蛙だ。


『―――へぇ、なら、試してみる?』


 エルザは地面に突き立てていた槍斧を、紅き焔と共に引き抜き、構える。

 それはまさしく、宣戦布告の合図であった。「この槍で屠る」という、征伐の開始を意味する、徹底的な戦意の顕示に他ならなかった。


 ―――そして、エルザは名乗りを上げ、魔力を全開。


『さすらばこの赤鳳騎士団第一特務「エルザ・ヴォルフガング」の炎の如き戦舞、とくと目に焼き付けて―――、』


 そして次に放たれた言葉と共に、機体は圧倒的な速度で推進。文字通り、戦いの火蓋が切って、焼き捨てられたのである。


『―――逝きなさい!』




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