第三章25話:炉心 - Over load -

 ◇◇◇




『なんだ、あのマギアメイル……?』


 戦闘の最中、一機の反乱軍側マギアメイルがある異変に気付いた。


 未だ遠くに見える市街地、そのなかの工業地帯から、なにかがその姿を表したのだ。


 町中の工場の床がせりあがるようにして、突如として下界へと現れたのは黒銀のマギアメイルだ。

 全身を大型の装甲で覆われた、不格好な見た目の鎧。

 それは胸中に一人の記憶喪失の少年を擁しながら、その異質な姿を世界へありありと顕示していた。


 まるで魔物を想わせるようなアンバランスなシルエットに、極端に巨大な装甲板に覆われたミノムシのような見た目。そしてなによりも、その機体の身に纏う異質な魔力の雰囲気。


 そのすべてが、水晶人類には異様に、異質に映った。理由は、言うまでもないだろう。


 ―――自分達の常識は通用しない。


 見るものにそう感じさせるのに、十分すぎるほどの存在感があったからである。




『……ッ、俺が落とします!』


 そしてそれを見て、即座に敵と認識したものもいた。反乱軍のマギアメイルのうちの一機だ。


『!、スカラよせ!』


 スカラと呼ばれた兵士の駆るマギアメイル―――反抗軍の三番機は、仲間の制止も聴かずに我先に先行。その機体の進路を、現れたマギアメイルの元へ向けた。

 機体の手には一振りの巨大斧剣型ユニット「ラグナロク」。旧帝都防衛大隊の切り札である。

 刀身には切断術式の陣が多重に刻まれており、膨大な魔力を通すことで相手の装甲を「概念レベルで」切断するという、対マギアメイル戦には少々オーバースペックな代物である。


『これで、死ねぇッ!』


 そんな誉れある剣を抜いた彼のマギアメイル―――『剣兵ゾルダード』は、大きく振りかぶり刃へと力を込める。


 これが激突すれば、如何なマギアメイルといえどもその装甲に甚大な損害が与えられる。ワルキアの白騎士ことフェルミ・カリブルヌスの駆る『龍騎士ドラグーン』の守護術式すらも破壊可能と謳われるほどの武装だ、このようなマギアメイル擬きに負ける通りはない。


 彼は当然のごとく、そう思っていた。


 だが、彼は知らなかった。

 ……否、知ってはいたが、理解が足らなかったのだ。

 目の前の異形のマギアメイルが、およそ既存の常識の通用するものではないということの意味を。


『―――ボクと共に駆けろ、『異訪者ストレンジャー』』


 ……フィアーの声に答えるように、機体の操縦席には鮮やかな紫の光が射し込む。

 動力源である魔物のコアを搭載した「魔創炉心マギア・リアクター」が動作した証である。


 ―――その刹那、機体を覆うような盾状の大型装甲のうち、背部側の二枚が大きく展開。機体後方にて広がると、そこから極めて高出力の魔力を爆発的な勢いで放出された。


 それと共に、機体はその圧倒的なまでの推進力に押されるように、凄まじい速度で前進を開始する。


 その速さはおよそ、他のマギアメイルの推進や加速術式の比ではない。相対する反抗軍のマギアメイルの視点からでは、まるで相手が自身の前へと瞬間移動してきたかのようにすら見えただろう。


『な、あ!?』


 その加速に、『剣兵ゾルダード』は「ラグナロク」を振るうより前に、その機体を押さえ込まれる。

 その圧倒的な膂力を前に、機体の手への魔力伝達が不安定になり、剣は地面へと落下、突き刺さる。


 ―――その機体性能は、完全にあらゆる点で『剣兵ゾルダード』を凌駕していた。

 謂わば、世界に産まれた不具合。そう類するのが当然とすら思われるほどに、この『異訪者ストレンジャー』という機体は既存の常識に囚われない、異常な性能を発揮したのである。



『ぐ、う…………ッ』


 だがそれゆえ、操縦者であるフィアーの身体にも通常の倍以上の負荷がかかる。

 瞬間的に視界がブラックアウトするほどの衝撃と、タイムラグと共に襲ってくる全身へと伝わる鮮烈な痛覚。そして、何か異様な、言い知れぬような今までにない感覚。


 それらはひとつひとつフィアーの命を脅かすに、十分すぎるほどの危険性を孕んでいた。


 ―――だが、彼は止まらない。


 否、止まれないのである。

 最愛のリア、そして知り合った様々な人々に恩を返すためには、その歩みを止めることはできなかった。

 それがこれから自分が死んでしまうかもしれないというのなら、尚更。

 なら僅かでも生きているうちに、彼等の障害となるものをなんとしても排除せねば―――!


『なんだ、この馬力……ガァッ!?』


『リア、達を、護るんだ……ッ!』


 そんなフィアーの気迫に答えるように、『異訪者』はその出力をどんどんと引き上げていく。


 加速を維持したまま敵の眼前へと迫った『異訪者ストレンジャー』は、その腕で相手の鎧の両肩を、ガッチリと固定していた。

 そしてそのまま、瓦礫が転がるばかりの廃墟、その中心部にまで、大地に敵を押し付けながら滑走。

 地面へと押し込まれた『剣兵ゾルダード』の関節は、ギリギリと軋み始めた。それに伴い内部に搭乗するスカラのなかで、思わず恐怖の感情が芽生えてしまった。


『この機体なら、いける……!』


 それを感じ、フィアーは確信した。

 この機体なら、目の前の相手に必ずや勝利できる。

 皆を守ることができる―――確かに、そう思ったのだ。




『――――え』


 だが、物事というのはそう都合よくは出来ていなかった。これだけの活躍だ、当然それに見合うデメリットというものが、確かに存在していた。


『……ぐ、ァ…………ッ!?』


 ―――フィアーの視界が、再び赤く染まる。

 だがそれは、流れてきた血によるものではない。

 むしろ別。血などとは全く違う謎の力が、自身の中へと流れこんで―――



『お、おいなんだ、急に動きが―――』


 そんなコックピット内の様子を、『剣兵ゾルダード』の操縦士は知るよしもなかった。

 ただ自身を掴んだまま、微動だにしない『異訪者ストレンジャー』の拘束をどうにか振りほどこうとする、が。




「――――――あ」


 ―――操縦席で、フィアーがうわごとのようにそう呟いた。

 そのとき彼の中に渦巻いていたのは、なにか、異常な感覚。

 それはまるで自分の中からなにか、自分に今までなかった物が溢れだしてくるような、そんな―――、




 <魔力供給:認識>


 <禁忌機構リミッター完全解放オールリリース



 <魔創炉心マギア・リアクター臨界突破オーバーロード




『なんだ、眩し―――!?』




 ―――その次の瞬間に、帝都は閃光に呑みこまれた。





 ◇◇◇




 ―――時は、数分遡る。


「―――どういうことですか、ブラン!」


 フリュムに古くから存在し続けた、コロセウムの内部。

 そこには演説を終え、控え室へと戻ってきたテミスが、心底からの怒りと共に叫んでいた。


「……報告した通り、現在我が方は旧フリュム軍……その生き残りが結集したという反乱軍の攻撃を受けております」


 それに対し、彼女を護衛する任を請けもつ騎士団「黒武騎士団こくむきしだん」の団長、ブラン・クラレティアは、まるでいつもと何事も変わらないかのように、平然と報告を行う。


「ですが、既にエルザ二等騎士ら赤鳳の第一部隊が出撃しており、鎮圧も時間の―――」


「そうじゃない!なんでそんなことを隠して……早く、フリュムの皆さんに避難をしてもらわなければならないでしょう!?」



「……いえ、ご心配には及びません。先にお伝えした通り鎮圧は滞りなく進んでおりますし、ここは守護術式に護られている。ここより安全な場所など、この国にはございません」


 ブランの言葉は、テミスを諌めるには至らない。

 会場にきたフリュム市民に避難を促すこともなく、守護術式と防音術式による隔離で混乱を避けるという強引なやり方を、常日頃誠実にあろうと心がけている彼女に受け入れられる訳がないのである。


 しかも事前の相談等も一切ないことだ、ブランのその独断行動は、到底彼女に容認されることはない。


「なら、一時的に術式を解除して避難民の受け入れを!式典に入れず外にいた方々の身の安全が―――」


「なりません姫様、それでは御身に危険が及ぶ可能性が……」


 テミスは外部に残っていた人々のため、このコロセウムの解放を命じた。

 ……だが、ブランどころか、取り巻きの騎士達ですらもそれを諌め、反対をする。


 侃々諤々、双方譲らぬその対論は決着はつかない。


「……ならば、第一皇女の名において命じます。避難民の方々を―――」


 それに痺れを切らしテミスが皇女―――アルテミア・アルクス・ワルキリアとしての権限をもって命じようとした、その時。


「ッ!?姫様、外を!」


 周りの騎士たちが、なにかに衝撃を受けたかのような顔で窓の外を指差した。

 最初はそれに怪訝な顔をしたテミスであったが、その指先を追ってそれを見た瞬間、その顔色は大きく変わった。


「―――え?」




 ―――それはおよそ、現実の光景とは思えない、幻想的な光景だった。

 雲を貫き噴き上げる、光の柱。

 それはまるで大樹のように、地面を砕きながら天へと聳え、そして広がっていた。


 ほどけた光は帯のようになり、辺りへと拡散。

 風に流されるようにして放射状に広がり、空を覆わんとしている。


「なんです、あれ……?」


「光の……帯……!?」



 ―――その情景はまるで、伝承にのみ伝えられる神や、天使の降臨にすら見える、圧倒的な非現実の権化であった。


 見る者全てに、衝撃と畏怖を刻み込むその異常な光景。その光は留まることを知らず、徐々に肥大化し、広がっていく。


 ……だが、この時テミスは思いもしなかった。

 この光の渦中、その中心部でこの異様な力を行使しているのが、


(……リア、フィアーさん……どうか、無事で……!)



 ―――王都からここまで、自身を護衛し守り抜いてくれた恩人、フィアー・アーチェリーであることを。

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