-
第三章11話:久々 - After a long time -
―――フリュム帝国の広場で、突如として響いた聞き覚えのある声。
それは確かについ数週間前にワルキア王国で二人が聞いたことのある、エンジ・ヴォルフガングのものだった。
「エンジさん、フリュムに居たんだ!」
「行ってみようか」
二人はその声の元に、視線を動かす。
そこに見えるのは大きな倉庫と、その前に立つ大柄な壮年の男性。
「おうお前ら!フリュムに着いてたか!」
そう、正しくエンジ・ヴォルフガングその人だ。
服装こそ違うが、その大きな肉体と蓄えられた髭を、二人は見紛うはずもなかった。
その久々に見る姿を視界に認めると、フィアー達は少し笑顔をこぼしながら駆け寄っていく。
「お久しぶりです、エンジさん!」
「ようリア、フィアー!久々だなぁ!」
―――リアの挨拶にエンジは満面の笑みで答える。
フィアーがふとエンジの後ろを見ると、工場には修理中のマギアメイルが何騎も並び、
「おじさん、なんでフリュムに?」
そこでフィアーは当然の疑問を口にした。
そもそもエンジはワルキアで復興の手伝いをしていたはずだ。
しかもその勅命は「王都中の人型マギアメイルの近代化改修」なのだから余計にだ。
あれほど膨大な数のマギアメイルの修理と改修が、この数週間で終わったとはとても思えなかった。
「あぁ、復興支援の一環でな。ワルキア側がある程度落ち着いてきたから、今度はこっちを立て直せとのお達しがあってな、向こうは馴染みの連中に任せて騎士にここに運ばれてきたってとこだ」
エンジはそう言うと、背後のマギアメイルを指差す。
―――そうか、とフィアーはこぼす。
今やフリュムは国家としての体裁を保てない状態となっていて、実質的なワルキアの植民地と化している。
つまりはワルキアは自国の首都だけでなく、偶然手に入ったこのフリュムの防衛も固めなければならないのだ。
だが当然、技術者の数多くは先の襲撃で命を失っているのだから現地の民だけでのマギアメイルの修理の速度などたかが知れている。
それでエンジを応急措置的に投入した、ということか。
フィアーはそう一人納得すると、エンジに目を向ける。
その瞬間、エンジはなにかを思い出したかのように手を叩き
「……あぁそうだ忘れてた、坊主どうだった!『騎士』に持たせた
フィアーに質問した。
―――そう、エンジは気になってしょうがなかったのだ。
自分の発明品が、如何に活躍していたか、が。
「うん、すごく使いやすかった。状況に応じて銃弾の効果変えられるところとか」
「そうだろう、そうだろう!やはりワシの技術は通用しただろう!」
フィアーの言葉に、満足げにエンジは高笑いする。
自身の製作物が活躍したという事実は、長年辛酸を舐めてきた立場である彼にとっては格別の賛辞だ。
とはいえその彼もいまや、王都中のマギアメイルの近代化改修を統括する立場となっているわけだが。
「ただ、実は『騎士』が―――」
だがその時、いつにも増して浮かない顔でフィアーが切り出す。
話は『騎士』の辿った顛末。
―――砂賊たちや傭兵達との正面対決。
―――破損した機体を、砂賊が予備パーツで修復し『
そしてその『
「―――」
その話を、エンジはただ頷きながら聞いていた。
「ごめんなさい、せっかく改造してもらったマギアメイルを……」
「―――それで」
「……?」
「その蠍みたいな魔物の魔力吸収で、動かなくなるようなことはなかったんだな?」
エンジはただ確かめるように、二人の顔をぐいと覗きこむ。
その様子にリアは若干気圧され気味になったが、フィアーは毅然と返答する。
「うん、ボクとリアのマギアメイルだけは問題なく」
―――その言葉を聞き届けると共に。
「―――つまり、
エンジは大きくガッツポーズを取り、感動の言葉を叫んだ。
自分の理論が問題なく証明され、自分の子らといっても過言ではないマギアメイルが無事活躍したというのだから、そうなるのも当然であろう。
「ありがとう二人とも、お前らのお陰で、良い記録がとれた!」
だが、その喜びようはそんなものではとどまるレベルではなく。
それから数十分間、フィアーとリアはエンジの質問攻めにあったのであった。
◇◇◇
「ははは……」
もはや愛想笑いを浮かべる気力をも失いかけるリア。
エンジの追求はついには一時間近くに及び、辺りはにわかに暗くなり始める。
フィアーはロボット全般の話題が好きな方だからまだいい。
だがリアは、自らの愛機である『
そんな中暗くなる空模様を見て、ようやっと話が落ち着きかけてきたところでエンジが不意に切り出す。
「あぁ、でも……そうか、そうなると坊主は今マギアメイルがないのか」
エンジが気付いたのは、リアやフィアーにとっても当面の大きな問題のひとつでもあった。
「あ、うん、今はリアの『
―――人型マギアメイルの喪失。
それはこの世界ではちょっとした大事だ。
なにせ大型の人型鎧なんて、ワルキア近郊の国の軍など、極一部の組織しか運用を出来ていない貴重品。
ワルキアの遥か遠方に位置する大国家「ユグノス共和国」では四足獣の姿をしたマギアメイルが戦場を跋扈し活躍しているというが、そんなものは極々稀な例だ。
この超大陸にあって、マギアメイルの大軍を組織できるような技術力を持つような大国家は「ワルキア王国」と「グリーズ公国」、そして先に挙げた「ユグノス共和国」。
そしてつい先日にその兵力を喪失したばかりの「フリュム帝国」くらいのものだったのだから。
「そいつは難儀だったな……そうだ、今度王都で作業用のマギアメイルでも作ってやろう!流石に『騎士』には劣るかもしれんが、一流のものを拵えてやる」
「いいんですか!?」
―――そんななかで唐突にされた、エンジからのあまりにも太っ腹な申し出。
リアからすればそれは願ってもないことで、思わず声も大きく質問を返す。
「あぁ、戻ってからなら構わねぇぞ!」
「ありがとう、エンジさん」
「ありがとうございます!……あ、ちゃんとお代は払わせて頂くので!」
「当たり前よ!しっかり報酬を貰ってやるのがプロの仕事ってもんだからな!期待しててくれよ坊主!」
エンジの目には以前王都で始めて出会ったときよりも、熱い炎が灯っているように見える。
それだけ魔龍戦役後の評価と環境の大きな変遷が、彼自身の内面にも大きな変化を与えたのだろう。
胸の内に燻っていた熱が、全て目前の仕事に向けられるというのだから。
―――そんなもの、職人冥利に尽きるというものだ。
「あ、そうだ、この後暇か?」
話も纏まり、一同も一段落といったところでエンジは再び話を始める。
「?、まぁ宿を探してる途中だけど、まだ時間はあるかな」
「宿か……あぁ!それならワシの馴染みのところでよけりゃあ、連絡しておくぞ」
そう言うと、エンジは二人の返事を聞く前に通信器を手に取りどこかに連絡をしようとする。
「そんな、ありがとうございます!なにからなにまで……」
フィアー達からすればただただ感謝しかない。
なにせブラン達騎士団以外にはツテもなにも異邦の地。
そんななかで、比較的現地に明るい知人に出会えたのはとんでもない僥幸といえた。
そこでエンジは通信を始めるその直前に、こう言い放った。
「良い良い、それよりその代わりといっちゃあなんだが、ワシの発明品を見ていくといい!実は騎士団に頼まれた新型機の合間に作ってたワシの芸術品があってだな……」
その時のフィアー達には知る由もなかった。
―――その時一瞬引き合いにでただけの『新型機』の存在が、後の二人の運命を決定付けてしまうほどに、危険な代物であることには。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます