第三章12話:異鎧 - Rootless mail -
「ここは……」
フィアーとリアは、暗い階段を降りきると辺りを見渡し声を上げる。
そう、二人がエンジに招かれたのは、さきほどまで話していたフリュムの工蔽、その地下区画だった。
「ワシ専用の地下工場だ、外でフリュムの市民やワルキアの騎士に見られたくないもんを作るようのな」
そういって、ニヤリと笑うエンジ。
だがその口ぶりに、リアは大きな違和感を覚えた。
「見られたくないものって……」
ワルキアの騎士にすら、見られたくないもの。
リアはそんな機密兵器の存在に、言い様のない違和感を覚えたのだ。
そんなリアの疑念を秘めた視線を他所に、エンジ・ヴォルフガングは地下区画の最深へと歩む。
そこには、巨大な布を被せられた巨大な影。
それはまるでマギアメイルのような大きさだったが、よく見知ったそれよりも一回り巨大なように思えた。
「それは、こいつじゃ」
エンジはそういいながら、布を力の限り引っ張る。
宙を舞い払われた布の中から現れたのは―――、
「これは―――」
―――現れたのは、当然の如くマギアメイルだった。
だが、その見た目は一般的なそれとは大きく異なる。
全部に大きく張り出した胸部装甲と、肥大化した腕部。
各部の関節には通常のマギアメイルのような蛇腹状のものではなく、金属と金属の組み合わせ―――エンジが産み出した技術、「
装甲の形状もまた特徴的で、銀色の鎧は鋭利かつ精細な構造をしている。
―――それを見たフィアーには一目見て分かった。
この機体の用いられている技術は、この世界の一般的なものとは大きくかけ離れているものであると。
「マギア、メイル……?でも、これ……」
これではまるで、自分の記憶の中に断片的に存在する、現実の世界の機体すらも―――、
「そう、こいつはあの散っていった我が子――『
エンジは胸を張り、誇らしげにそう語る。
「名はまだない、だが―――」
「こいつは恐らく、ワシが今まで作ったどの発明品をも凌駕する、究極の芸術品になる!」
その瞳に嘘はない。
フィアーはそう直感する。
この機体は本当に彼自身の発明により産み出した機体で、原型となったものは存在しない。
……つまりはエンジはこの世界の中で、現実すらをも超越するような機体を作り出してしまったのだ。
そしてその事実に気付いてしまったのは、きっとこの世界でフィアーだけ。
「―――これ」
「フィアー?」
だからこそ。
「エンジさん、これ―――」
―――だからこそ、欲しくなってしまった。
絶対的な「力」。
それさえあれば、きっと隣に居る大切な義姉を、どんな脅威からも守ることが出来る。
魔物だろうと敵対する者であろうと、全てをはね除けることのできる力が、今何よりも欲しい。
そうすればきっと、あの本に書いてあったアレからだって―――!
「『乗りたい』、そういうと思ったとも」
エンジのその言葉に、フィアーの胸は高鳴る。
表情にこそ出せないが、その高揚感たるや。
「―――だが、まだ渡せん。……少なくとも今はな」
だが、フィアーのその期待はゆるやかに断ち切られる。
まだ渡せない?何故。
そうフィアーが聞こうとする前に、エンジは自ら話し出す。
「何分こいつは未完成なんだ、というのも動力源が安定していない。そしてその動力がなんなのか、現時点では教えることもできない!」
「つまりはまだ実験段階……正直、命の保証もできないレベルの欠陥品かもしれない、だから完成したら改めて―――」
動力源が不安定で、未完成。
それだけならば、理由として全うなものだと思えた。
だがそれ以上におかしく感じたのは、その肝心な動力に関する言葉。
「なにそれ……」
そして、それに真っ先に気づいたのはリアだった。
当然だ、彼女からすれば「大事な弟が欲しがっている物が危険物だった」という状態。
「そんなの、危険すぎるでしょ!?一体何が入って……」
大切な家族が欲しがっているのもの、その危険性がどれほどなのかを知りたくなるのは当然のことだ。
「言ったじゃろ、答えられんってな」
だがそんな彼女の心配に対し、エンジはぴしゃりと言い放つ。
たとえ見知った間柄だろうが、そう易々と機密を話すことはできないと。
それは兵器開発者である彼の当然の判断であり、矜持だ。
今こうしてこの機体を見せたのだって、ちょっとの思惑と、ワルキアでの一件に対する恩返しのようなものに過ぎない。
「―――正規操縦者の候補は何人か居たんで、そいつらには全員にちゃんと説明をしたんだが……そしたら逃げられちまってな……」
そう言うエンジは少し悲しげだ。
だがリアにとってはそれは笑い事ではなく危険性を感じるに十分すぎるものだ。
「ほんとにどんなんなのよこれ……」
聞いただけで、逃げ出すような物を積んだマギアメイル?
そんなものが積まれている物に、大切な弟を間違っても乗せるわけにはいかないだろう。
エンジの気軽にいった言は、リアがそう判断にするに、十分すぎるほどの言葉だった。
「残念だった……みんな乗ってくれると思ったんだが……」
そんな二人のやりとり。
それを聞いてか聞かずか、フィアーは歩み出す。
膝立ち状態で保管されているマギアメイル、その麓へと。
―――手を差し出し、装甲に触れる。
驚くほどに冷たい、その鉄の鎧。
感情を一切感じさせない無機質な頭部に、彩度のない銀色の装甲。
フィアーはそこに、自分自身の面影を見る。
感情を失い、姿も変わり、何一つ自分だったはずのものが残っていない、無力な自分。
今頭に常にこびりつく過去だって、本当に自分自身のものかすら判断がつかない。
何一つ、何一つこの身には自身を証明する材料が残っていないのだ。
―――この世界からはみ出した異邦者、それが
「おじさん、このマギアメイルは―――強い?」
だから問う。
この鎧が何で動いてるか、危険かどうかなんて知らない。
ただ、誰かを守るために使える力か、それだけを。
「あぁ、それはもう!何せ、ワシの最高傑作だからな!」
エンジは胸を張り豪語する。
この機体こそが、この世界でもっとも優れた自信作だと。
―――それだけで、決意には十分だった。
「―――乗せて、ボクをこれに」
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