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第三章8話:到達 - Work accomplishment -


 トール、そして砂賊一行との別れの後。

 瓦礫の積み重なる道の間を、『運送屋デリバリーマン』は歩いていた。


「しかし、トールさんのいってた通りすごい瓦礫の山だねこれ……」


 リアは辺りを見渡しながら、嘆息気味にそう口にする。

 どうやら、周辺には人は居ないらしい。


 ―――この不毛な崩壊地帯にあっては、当然とも言えるだろう。


「えぇ……何かが違えば、ワルキアだってこうなっていたかもしれない」


 そういい、テミスは神妙な面持ちでその光景を眺める。


 流れていく瓦礫の景色は、徐々にその凄惨なものから、平常の街のイメージに近いものへと移り変わっていく。


 眼前の城塞、その近郊の街は概ね復興が進んでいるらしい。

 辺りには臨時のキャンプのようなものが立ち並び、道端には小さな露店のようなものも伺えた。


 人々にもいくらか活気が見られ、辛い環境にあっても逞しく生きていることがフィアー達にも伝わってくる。


 見ると、街の中には不規則に看板が立てられている。

 この世界では珍しく、魔力で写し出されたプロジェクターのようなものではなく、木の板に手書きで描かれたものである。

 そのことから、この看板が魔物の襲撃以降に応急措置的に急遽立てられたものであることが分かった。


 <民間用マギアメイル臨時格納庫→>

 <市場↑>


 その内容はどれも、外部からフリュムへ来た事業者向けの道路標識のようなものだ。


「リア、民間マギアメイル用の格納庫はあっちだって」


「はいはーい」


 フィアーがその内容を伝えると、リアは慣れた手つきで『運送屋デリバリーマン』の方向転換をし真っ直ぐそちらへと向かう。


 比較的壊れていない町並みのなかを、ゆっくりも歩く。

 道端には大人達がたむろし、作業の合間の休憩なのか、酒を交わしながら談笑している。


(ん?)


 そこでフィアーが気付いた。

 ―――小さな子供の姿が、ほとんどない。


 先程からすれ違うのは大人たちばかりだ。

 店や、住宅街。そのどれを見ても、子供の遊ぶ姿どころか、一人も見つけることはできなかった。


(……あぁ)


 フィアーは納得がいく。

 ―――皆、自宅で塞ぎこんでいるのだろう、と。

 比較的復興の為されている中心部の光景に、一瞬感覚が麻痺していたのかもしれない。


 それはそうだろう。

 彼らの中には、身内や友人を喪ったものも数多いのだ。


 大人たちは前向きだ。

 喪った悲しみを背負いつつも、未来に向かって襷を渡すため、努めて明るく振る舞う。

 それは人生経験や復興に携わることのできる力、強さがあるからだ。


 だが、普通の子供達にその力はない。

 魔物が自分達の住む家へと襲い来る様など、トラウマにならないほうがおかしいだろう。

 そんな時に外で遊ぼうなどと、誰が思えるものか。


 ―――その結果が、これなのだ。


 そうフィアーが外を考え込みながら眺めていたその時。


 一人の少年が、球遊びをしているのが見えた。

 友達の家の前なのだろうか、何か外から声もかけつつ、ボールを蹴って遊んでいる。


 ―――彼は強い子だ。


 フィアーはその姿に、深い感銘を受けた。

 自分が例え深い悲しみに苛まれていたとしても、他者の気を遣い共に遊ぼうと誘えるその心意気。


 それは、他者を慈しむことのできる者にしか出来ない、尊い行為だ。


 その行動、そしてその感情に、フィアーは少し憧憬を抱く。


 ―――僕にはないものだ、と。




 ◇◇◇



 街のなかをひたすらに標識通りに進む『運送屋』の一行。

 その目的地である格納庫は、思いの外すぐに見つかった。


 周りの建物に比べて、小綺麗な立方体の建築物。

 そのなかでは、何機かのマギアメイルがドックに格納され、修理を受けている。


 おそらくは、ワルキアの軍が臨時で設置したものだろう。


(プレハブ小屋みたいだ)


 フィアーは頭のなかでそう呟く。

 それは記憶の中にあった、臨時で設置できる建築物のことだ。


『ワルキアからの搬入の方でしょうか!』


 格納庫に接近したところで、係りの者と思わしき人物が拡声術式器を使用して語りかけてくる。


「あ、はーい!管理番号は―――」


 それに対し、リアは正門でいったように、ブランから伝えられていた管理番号を口にする。


 それを聞いた係員は手元の魔術端末を操作し、番号の照会をテキパキと行った。


「確認しました、一番奥のドックが開いているので、そちらでの格納をお願いします!」


 その声を聞き届け、『運送屋デリバリーマン』は正面の一番奥にある空きドッグへと、その機体を進める。


 ドッグの真下には誘導員がおり、マギアメイルの格納手順を都度周知していた。


 リアはそれに習い、機体の脚をドッグの固定位置へとマウントする。


「よい、しょっと」


 正面から見ると、背を向けたように停車した『運送屋デリバリーマン』。


「二人とも先に降りてて、私は積み荷を下ろすから」


「うん、いこうかテミスさん」


「はい!」


 そこから二人は、リアの指示をうけて格納庫内の床へと降りる。


 二人が降り、ドッグの回りから離れたその瞬間、ドッグ毎、『運送屋デリバリーマン』がゆっくりと回転する。

 これで機体が出口側に向き、出撃の際に困らないと言う寸法だ。


 その構造に、フィアーがなにか既視感を覚えながら立っていると―――


「貴方がた、ワルキアからのご客人ですね!?」


 不意に隣から、大きな声が響いた。

 その方向を見る。


「……だれ?」


 そこにいたのは、如何にも軽薄そうな雰囲気を称えた、蒼髪の青年だった。


「申し遅れました、わたくしこういうものでして……」


 そういうとその男性は名刺を取り出し、フィアーに押し付けるように渡す。


 ―――テュケー商会会長、クレイマ・テュケー。


 それがこの蒼髪の男性の名前らしい。

 フィアーはそれを一瞥すると、すっと懐にしまった。


「実は!今掘り出し物がありまして、是非こちらをお買い上げ頂けないかと!」


 きょとんとするテミスやフィアーのその様子に、ここぞとばかりに宣伝文句を集中砲火してくるクレイマ。


「すいませんそういうの間に合ってるんで」


「まぁまぁまぁまぁ!見るだけでも……!」


 フィアーの断りにもゴリ押しで、怒濤の勢いで売り込みをかける彼は、その後ろにあった車両にかかっていた布を勢いよく剥がす。


 ―――そこに在った物体は、フィアーやテミスを驚愕させるに充分すぎるものだった。


「これは……!?」


 巨大な、宝石。

 紫色の光を称えたその黒き結晶体は、まるで水晶のように美しい球体だ。

 その光はまるで、生きてるかのように内部でうねりを上げ、その異質さを世界に顕示し続ける。


「何を隠そう、無傷の魔物の心臓部コアです!」


 商人、クレイマはいけしゃあしゃあと、営業スマイルでそう告げる。


 ―――魔物のコア。

 そんなものを街中で持ち歩くなど、あまりにも危険すぎるだろう。

 そもそも、魔物の弱点ともいえるコアを、よくも破壊せずに確保できたものだ、とフィアーは違和感を抱く。

 魔物が死ぬのを見たとき、いずれもコアは砕けちり、魔物と共にその姿を光と消していた。


 ―――だが、目前のものはどうだ。

 魔物の胸部に納められていたのと全く同じように、怪しげな光を称え続けている。


「あ、あの……これかなり危険なのでは?」


 当然、テミスも同じ疑問と困惑に囚われる。

 こんなものをましてや人様に売ろうとするなど、一体どのような了見なのか。


「ご安心を、魔物の肉体は既に消滅していますから!これはコアだけが奇跡的に残ったかなり希少なサンプルなのです!」


 そんな問いを受けても、クレイマの調子は一切変わることはない。

 「この商品が如何に素晴らしいか」、それだけをただひたすらに、小綺麗な売り文句と共に押し付けようとするのみだ。


「……そんな貴重なものなら、ワルキアの騎士団支部に提供なさるのがよろしいのでは?」


 そんな彼に、テミスは素直な疑問を口にする。

 それほどに貴重な品だというのなら、何故旅人などに売り付けようとするのか。

 それこそフリュム軍、もしくは今ここに駐留しているワルキアの騎士たちにでも提供すればいいのだ。


 ―――だが、クレイマから帰って来た言葉は、テミスの予想に大きく反したものだった。


「はぁ!?とんでもない!絶対タダで持ってかれるでしょそんなん!」


 クレイマは心底驚いた顔でそう叫ぶ。


 ―――テミスにとって、それは大きなカルチャーショックだ。


 ワルキアの皇女として王宮で生まれ育った彼女に、金銭への執着はほとんどない。

 認識としては「国営の為に必要なもの」、その程度のものだ。


 だが、目前のこの男はどうだ。

 金銭への強い執着。

 それは崩壊した街の再建に必要、などと高尚なものでは決してない。


 彼が元来、性質としてもつ商人としての性なのだ。


 ―――ちなみにリアも大概守銭奴ではあるのだが、テミスは未だその一面を見たことがない。


「私はなんとしてもお金を手に入れなくちゃならないんです!……だから、是非―――」


 わざとらしく目に手を当て、涙ぐむような素振りをするクレイマ。


 フィアーはそれを冷ややかな目線で見つめていたが、テミスは違った。


「……ちなみに、おいくら?」


 テミスは彼に同情をしてしまった。

 ―――その瞬間、クレイマの瞳がテミスを狙い撃ちするように照準を合わせる。


「ざっと1000000ワルクほどでいかがでしょうか!是非、お買い上げを!」


 畳み掛けるように値段を告げ、間髪いれずに訴求する。


「あら、以外と安―――」


 その勢いに、テミスが呑まれようとしたその時、


「たっか!!!?」


 リアの驚愕と怒りのこもった叫びが、格納庫内に木霊した。


「あっ、リア」


 フィアーが呼ぶのも構わず、ずかずかとクレイマの眼前へと迫るリア。

 その表情は今までにないほどに怒ったものだ。


「ちょっとあんた!私の弟と親友をぼったくろうとするのはやめてよね!」


「大体、1000000ワルクなんて、ちょっとしたマギアメイルが買える額じゃない!」


 彼女は怒る。

 大切な家族と友人が、見ず知らずの人物に騙されようとしていたことに。


 その怒りのなか、

「……そうなんだ」


 テミスが呟いたのは誰にも聞こえなかった。


「チッ……いい感じに世間知らずそうだからいけるかと思ったのに……」


 クレイマは舌打ちしながら、ばつの悪い顔をする。

 その表情はまさしく獲物を逃した狩人のものだ。

 ともすれば大金が手にはいったかも、という心の声が透けて見える。


「だいたいそんな貴重なものなら、軍とか騎士じゃなくても、学者にでも売ったらいいじゃない、それなら良い値段出してくれるかもよ?」


 それに対してリアは正論をぶつける。そもそもこんな貴重物を一般人に売り付けようとしたところで、使い道なんかないのだから誰も買いはしないだろう。


 ならば学者などのほうが、遥かに良い値をつけてくれるにちがいない。


 それは、リアが商売をしていたからこそ出てきた提案だった。


「……」


 だが、クレイマはその言葉に、深く黙り混む。

 歯を食い縛り、唇を噛む。

 それはこれまでのやり取りでは見せなかった、彼の裏側。


「……学者なんて、皆軒並み魔物に喰われたよ」


 そう、彼もフリュムの魔物襲撃に遇った、被害者の一人なのだ。


「あっ……」


 その事に気付いたリアは、自分がどれだけ残酷なことを言ってしまったかを、ようやく理解した。


「それに生き残ってたとしても、今の状況じゃ研究どころじゃないし、今さらフリュムの金なんか渡されたところで……」


 恨み節は止まらない。

 フリュムの金銭にはもう価値がない。

 ワルキアの外貨獲得、それだけが今のフリュムで、生活再建のただ一つの糸口だと。


「ご、ごめんなさい……無神経なことを」


 そんなクレイマの姿に、思わずリアは詫びの言葉をいれ、頭を下げる。

起因が向こうにあるとはいえ、あまりにも相手のことを考えない言葉であった、と。


 だが、それに対し返答はなかった。


 十秒ほどの沈黙。


「……リア」


 フィアーの声に、ゆっくりとリアが頭をあげると、そこには―――




「―――あっ、新しいワルキア人発見!貴方方ー!実は掘り出し物がありましてー、」


「えぇ……」


 ―――新しいカモに飛び付く、元気な商人の姿があった。


「―――いこ、リア」


 もはやここに用はない。

 困惑するリアの肩を抱き、フィアーとテミスはその場を後にした。


「金銭感覚をしっかり学ばなきゃ……」


 ―――そんなテミスの呟きが誰かに聞こえたかは、分からない。




 ◇◇◇



「……ここらは結構復興が進んでるんだ」


 格納庫から出たフィアーは、辺りを見渡す。

 建物も応急措置ではあるものの補修されており、気持ち活気があるように見受けられる。


「市場みたいなものもあるし、栄えている感じはするね」


 リアの言うとおり、道端に設置された臨時の市場には、大人達が談笑をしながら買い物をしている姿が伺える。

 見ると遠くには、工教会や工場も見える。

 どうやらマギアメイルの製造設備も、一応の回復はしているらしい。


「騎士団の支部はその道をずっと進んだ先だそうです、参りましょう」


 テミスはそういうと広場から西方を指す。

 一行はそれに習い、道を歩いていくことにした。


 道中、道端を覗く。

 見ると宿屋らしき建物の前で、洗濯物を畳む人の姿が映る。


 驚くべくは、その作業をしているのが小さな女の子だということだ。

 見たところ、5、6歳ほどにみえるその少女は馴れた手つきで布団を広げ、物干し竿へとかける。


「あんな小さな子も働いているんだ」


「宿屋かな?忙しそうだなぁ……」


 そんなことを話しながら、一行は道を進んでゆく。


 ―――そのまま、数分ほど歩いた先。


「そこ、ですね」


 元々あった屋敷を再利用したような建物。

 そこにはワルキアの国旗が掲げられ、正面の門には数人の騎士が立っている。


 そしてなにより目立つのは、その更に横。


 瓦礫が全て撤去された、広大な更地。


 ―――そこには、巨大な船舶が停泊していた。


「魔航船……黒武騎士団のかな」


 フィアーはそういいながら、つい今日まで乗っていた船を思い出す。

 その大きさは砂賊の船「ヘパイストス」よりも一回り巨大に見受けられる。


 先に来ているという情報もあったことから、フィアーはこれが黒武騎士団の団長、今回のテミス護送の依頼主でもあるブランの船かと考えた。


「いえ、あれは皇族専用の船です、皇女の護衛専用の魔航船、「ペルセフォネー」」


 だが、テミスがそれを否定する。

 それもそのはず、この船はブランの物ではなく、


「……私の、船だったりします」


 彼女―――、ワルキア王国第一皇女であるアルテミア・アルクス・ワルキリア姫の、専用船舶であったのだから。




 ◇◇◇




「止まれ!」


「ペルセフォネー」の船底近く、人用の出入り口が併設されている地点。

 フィアー達は騎士団詰所ではなく、此方―――停泊している船舶側にやってきていた。


 というのも、テミスの言葉があったからだ。


『私は船のほうの居ることになっているでしょうから、護衛であるブランもあちらにいるに違いありません、船に真っ直ぐ向かいましょう』


 その言葉は正しかった。

 船の警備は詰所よりも遥かに厳しく、マギアメイルまで配備されているほどだ。


「お前たち、こちらはアルテミア皇女の御座す船と知っての―――」


 警備にあたっていた黒武騎士団の騎士たちは、厳しい口調で向かってきたフィアー達を糾弾する。


 ―――それに対し、テミスは、


「えぇ、存じておりますよ」


 ゆっくりとフードを外し、騎士たちにその面貌を露にする。


「えっ……な!?皇女殿下!?」


 主君の姿を、見紛うはずがない。

 騎士達は式典などで、幾度となく姫君の姿を目にしてきたのだから。



 そんな困惑する彼等に、テミス―――アルテミア姫は、毅然とした態度で指示をする。



「ブランの元まで、案内をお願いします。彼女たちも連れ立って、です」



 ―――その姿はまさしく、一国の姫君然とした、堂々たるものであった。











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