第三章7話:別道 - After the massacre -



 一行が会話をしながらマギアメイルを走らせていると、目前に旧フリュム帝都のものらしき巨大な城壁が姿を表す。


 その外観はワルキアの城壁と同じく、内部にはマギアメイルが格納されていることを表すパネルラインが刻まれている「格納城壁かくのうじょうへき」だ。

 だがその分割は少なく、一部がせりあがるだけで変形を完了しそうだ、とフィアーは感じた。

 ワルキア王国の何層にも分割された城壁と比べると、技術的にはかなり劣って見える。


 そしてその城壁の下部には、ワルキアの城壁ではかの『魔龍戦役』ですらついぞ出来なかった、あるものが見える。


「壁に、穴が……」


 それは、何かが食い破ったと思しき大穴だった。

 大きさから察するに、中型の魔物でも通り抜けが可能だろう。

 ここから魔物が流れ込んだことで、帝都は―――


「想像していたよりも、かなりひどい状況だったみたいね……」


 フィアーが内心で抱いたのと全く同じ感想を、リアも呟く。


 それを聞き取ったトールは重い口調でぽつり、ぽつりと話し始める。


「……あの日、魔龍戦役とワルキアで呼ばれた厄災で現れた魔物達は、マギアメイル部隊の居た防衛線の内側に出現しました」


「しかも丁度その前日、「ワルキアとの戦争に終止符を打つ」と宣言した皇帝は、戦力の8割を国土の北部国境線、戦闘の最前線へと派遣していたのです」


 ―――その時の皇帝の顔は、正しく勝利を確信した満面の笑みだったという。

 それほどまでの戦力を、フリュムは戦争状態のなかで溜め込み、決戦の期を伺っていたのだ。


「しかも残された2割は僅かな近衛軍と、実戦経験に乏しい防衛軍のみ。そこに無数の魔物達が大挙して……」


 ―――だが、ついにやってきた勝機。

 そのタイミングは最悪だった。


 自国の戦力を総動員したその作戦は、必然的に首都の防衛を手薄にした。

 そんな中、首都近郊に突如として出現を果たした魔物達の攻勢に、僅かな戦力しかないフリュム軍が打ち勝てる道理はなかった。


 結果、帝都付近に突如大挙した魔物達の攻撃を防ぐ為のマギアメイルは十数機しかおらずに、防衛線は瓦解。


 ―――当然だ、数百以上の魔物の群れにたった十機ほどのマギアメイルが向かっていったとて、多勢に無勢。


 帝都に待機していた近衛軍は当然、精鋭であった。

 だが、雪崩のように押し寄せる魔物の波に流され、潰され、民と同じく無慈悲に屠殺とさつされていった。


「―――まさに一方的な殺戮でした。防衛に失敗した城壁は魔物に破壊され、居住区に魔物が雪崩れ込んだ」


 その情景は、想像しただけで吐き気を催すほどだ。

 男も女も子供も老人も。

 全てが等しく、そして無価値にその命を擂り潰されゆく。

 残るものなどありはしない、精々魔物の食べ残しの白骨と、そこにこびりつく生肉くらいなものだろう。


「―――だけれど、侵入した魔物たちによる殺戮は数時間ほど後に鎮圧されました」


「前線にいたフリュムの兵士達が帰還したのです。それも―――」


 ―――多くのワルキア軍のマギアメイルを連れ立って。


 異変を察知したフリュムの前線指揮官が、恥も外聞も、皇帝への忠誠すら捨ててワルキアに降伏をし、その上で頼み込んだのだ。

 ―――我々の祖国をどうか救ってくれ、と。


「フリュム、ワルキアの連合軍による殲滅作戦によって、魔物はどうにか撲滅することができました。ですが……」


「……皇帝を始めとするフリュム皇族が、一人残らず魔物によって喰い殺されていたことが判明します。行政もそれを管轄していた者達が軒並み死んだことで完全に麻痺してしまい―――」


「どうにか復興の兆しが産まれたのは、ワルキアの全面支援によって実質的な植民地となってからのことです」


 そういうと、トールは操縦席の天井を仰ぐ。


 ―――聞けば、トールの住む農村の付近は魔龍戦役時にも魔物の襲撃が一切なかったという。

 そしてそれは、ワルキア王国の被害状況とも完璧に合致するような状況だ。


 首都近郊のみが夥しい数の魔物に襲われ、そこから離れた場所にある街や村落には一切の被害がない。


 それはまるで、人為的な攻撃作戦のように目標をピンポイントに絞ったかのようだと、専門家達は口々に語っていたことをテミスは記憶している。


 だが、その後に誰もが同じ事を口にした。

 ―――果たして魔物に、そのような知恵があるのか、と。


 ―――閑話休題。


「それだけの人が……」


 リアも、テミスも、その場にいた者全員が仮面の男の語る話に聞き入っている。


「……魔龍戦役で一番の被害を受けたのは、このフリュムなのでしょうね」


 その中でもテミスは特に、話を冷静に、そして深く聞き込んでいた。

 ワルキアの皇女である彼女には、その体験談はとても深く、心に突き刺さっていたのだ。


「ですから!フリュムの人々は皆、ワルキアの方々に感謝をしています。皆さんからの支援がなければ、今頃は全員が死んでいた可能性だってある」


 仮面を被ったままのトールは、そういって深々と頭を下げる。


「民に変わって、お礼申し上げます。……フリュムを救ってくれて、本当にありがとう」


 それはまるで、国を代表した権力者の如き礼節を伴ったものだと、フィアーは感じた。


「あはは……私たちが何かした訳じゃないけどね」


 リアは少し申し訳ない、といった様子でそう言う。

 あくまでもフリュムを助けたのはワルキアの騎士団だ、ワルキアの国民が何かをしたわけではない。

 むしろ、ワルキアの人々はフリュムからの食糧に助けられたのだ。感謝どころか、謝罪すら必要なほどに恩がある。


 ―――話しの最中、フリュム首都を護る外壁が目前へと迫る。


 一行は話を取り止め、目前の門へと目を向けた。

 門前には数機のマギアメイル―――それもワルキア軍の『騎士』が立っていた。


『止まって下さい』


『騎士』の肩のラインの色は白。その色は騎士団所属ではない、ワルキア正規軍所属のマギアメイルであることを意味していた。


『そのマギアメイル……ワルキアからの輸送ですか?』


 ワルキア製の民間マギアメイルである『運送屋』を見て、騎士はそう問いかける。


「はい、許可ももうとってます!管理番号は―――」


 それに対し、リアは慣れた調子でやり取りをし管理番号を告げる。

 それはワルキアを出発する前に依頼主である黒武騎士団団長、ブランから伝達されていたものだ。


『番号確認しました、そちらの紅いマギアメイルは?』


 その言葉に対し、『海賊』はおどけたようなポーズを取る。


『こいつらの連れだよ、一緒に申請してある』


『なるほど、承知しました。どうぞお通りください』


 そうして2体のマギアメイルの前から、『騎士』は横に並ぶ。


 通過する二機のマギアメイル。


 ―――その視線の先には、瓦礫の山が築かれていた。


 煙や火こそ上がっていないが、その情景は辺り一面で起きた大惨事を彷彿とさせる。

 この場で、一体何人もの人々が命を落としたというのか。


 フィアーがそう考え辺りを見渡していると、不意にリアが口を開く。


「―――あ、そうだ!トールさんどこまで乗っていく?目的地があるならそこまで送るよ」


 ―――思えば、トールが具体的にどこへと向かっているのか何一つ聞いてはいなかった。

 目的地があるのならそこまで送り届けたいというのもあることから、リアが気になったのも無理ないことだ。


「……あぁ、私はここで降ろして頂いて大丈夫です」


 だがリアが告げた瞬間、トールはその場で下ろしてくれ、と告げる。


「え、いいのここで?」


「はい、大丈夫です。……この度は、本当にお世話になりました」


 そうはいっても、辺りは瓦礫しかない荒れ果てた街の残骸だ。

 もう少し中央までいけばある程度は復興が始まっていることが窺えるが、本当にこの場でよいのか、と誰もが思う。


 だが、ここで下ろしてくれと本人に言われてはどうようもない。

『運送屋』はある程度は開けた場所で脚をたたみ、降鎧姿勢を取る。

 そしてリアが操縦席の扉を開くと、トールはそこから外へと出て、別れの言葉を告げた。


「またお会いする機会があるかは分かりませんが、今度会ったならば必ずお礼をいたします!ありがとうございました!」


「こちらこそ!お話を聞かせてくれてありがとう!」


 お互いに手を振り、別れる。


 トールは機体から離れると、首都とは別の方角へと歩いていく。

 リア達もその後ろ姿から、首都の方へと視線を変え歩きだそうとする。


 だが、『海賊』はその場に留まり、共に歩いてくることはなかった。


『―――あぁそうだ、俺らもそろそろ別れるかね』


『流石に砂賊が、あんたらに着いてくわけにもいかねぇし!』


 グレアはそう言うと、『海賊』の視線をトールが向かった方角とは正反対へと向ける。


『そうね……じゃあね、リアちゃん、また会おうね!』


「エリンさんもお元気で!」


 女性陣も各々、別れの挨拶を交わす。

 ―――そんな中、グレアはフィアーへと声をかけた。


『フィアー』


「……なに?」


 思えば、グレアが自分の名前を普通に呼ぶなど珍しいとフィアーは思った。

 だからこそ、それに続くグレアの言葉が本気の物であることを、フィアーは深く理解した。


『―――二人のこと、しっかり守ってやれよ?お前が何に悩んでて、何を考えてんのかは分かんねぇけど、お前にとって大切な子達だろ?ちゃんと見ててやれよな』


『俺が言うような筋合いじゃねえかもだけどよ……あーあ、柄でもないこと言っちまった』


 それは普段のグレアからは考えられない言葉。

 グレアはなにも考えていないようで、辺りをしっかりと見ている人物なのかもしれない、とフィアーは思った。

 きっと、自分の今日の様子から異変を察したのだろう。

 ―――事実、あの本を読んだその時から、フィアーの意識は散漫になっていて、リア達のことも目に入っていない場面もあっただろう。


 彼は別れ際、そのことに警鐘を鳴らしてくれたのだ。


「―――うん、分かってる」


 フィアーはその言葉を噛みしめ、深く頷く。

 依然として表情には何も浮かばないが、その行動からは決意が感じ取れる。


「何があっても、この娘たちを守るよ。それは、……うん」


 その瞬間、脳裏に誰かの言葉が響く。



 <絶対に生きて帰れよ、一矢!漢同士の―――>


 いつ、聞いたのだろうか。

 それはもしかしたら、この世界に来る前に誰かがいった言葉かもしれない。


 でもそれが、深く心に焼き付いていたものだったから。


 ―――だからフィアーはその言葉を借り、告げる。


「―――漢同士の、約束だ」


『……へぇ』


 グレアはその言葉に、笑みを溢す。

 それはまるで、目の前の無気力だった少年が実は中々に熱い男だったことに喜んでいるかのようで。


『やっぱお前、気に入った!』


『海賊』の手で、『運送屋』をバシバシと叩く。


 ―――しかし、その度に振動と金属音が響き渡っている。


「ちょっとー!?別れ際にわたしの大事な『運送屋』ちゃんが!?」


 そんなリアの言葉は完全無視で、グレアは更に言葉を続け―――


『今度会ったときまでにマギアメイル用意しておけよ、一回ガチで……』


『別れの時までバカなこと言ってんじゃないの!』


 怒られた。


『いって!あぁもう、行くぞ!』


 それで気が張れたのか、『海賊』はリア達一行に背を向ける。


『じゃあな、お前ら!』


「うん、またね」


 そうして、二機のマギアメイルはまた、別々の方角へと別れて進んでいった。



 二つの道は分かたれ、彼らはただひたすらに進んでゆく。



 ―――いずれまた合わさる、その時まで。

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