第三章9話:報酬 - Buds of doubt -



「―――こちらへお掛けください」



 ワルキア第一皇女専用大型魔航艦「ペルセフォネー」の一室、皇女との会談用の来賓室。


 案内担当の騎士に連れられた一行は、その大きな椅子とテーブルにかける。


「間もなく団長がいらっしゃいますので、恐縮には存じますが今暫くお待ちいただければ幸いです」


 係の船員はそういって深くお辞儀をする。


「ありがとう、下がってよいですよ」


 ―――テミスの言葉を聞くとゆっくりとその面をあげ、そそくさと部屋を後とする。


「失礼致します」


 最大限礼節を弁えたその所作は、まさしく騎士、といったものである。

 二人がその態度から改めて、自分たちが旅を共にした少女が、如何に高い位の重要人物であるかを再認識したのは無理もなかった。


 ―――扉が閉まる。


 それと同時に、テミスは少しため息をつく


「……ふぅ、つかれた」


 その瞬間、テミスの顔が毅然としたものから、リアたちのよく知る年相応のものへと変化した。


 その切り替えの速さすらも、大物と感じさせるに十分すぎるほどの印象を二人に与える。


「こうして改めてやり取りをみると、お姫様って感じするなぁ……」


「そんなことないです!ただ昔馴染みの顔ぶれというだけの話ですから……」


 リアの言葉に、テミスは腕を振りながら否定する。

 顔は少し赤面し、如何にも恥ずかしそうだ。


「確かに彼等からすれば、私はワルキアの第一皇女、アルテミア・アルクス・ワルキリアです」


 少し浮わついた様子のリアに、テミスは静かに語りだす。


「―――でも、貴女達の前では、ただの外套の少女、テミスでいたいと……そう思っています」


「テミス……」


 テミスはそう言い、少し肩を竦める。

 その暖かい言葉に、リアは思わず感銘をうけた。

 目の前の少女はこれほどまでに、自分たちを良き友人だと認識してくれているのだ。


 こんなに、嬉しいことはそうはないだろう。


「だから、特段堅苦しくしないでほしいです。今まで通りの接し方をしてもらえれば、と」


「うん、言われなくてもそのつもりだよ、テミス!」


「そうだね、ボクも特には変わらないよう接するよ」


 当然二人もそれに倣い、普段と同じように話す。


「……ありがとうリア、フィアーさん」



 ―――その時、部屋にノックの音が響いた。


「失礼致します」


 その声は、以前に聞いたことのあるものだ。

 そして扉は開き、その声の主は遂に、姿を現した。


「あぁよかった……テミス、無事で!」


 ―――黒武こくむ騎士団きしだん団長、ブラン・クラレティア。

 ワルキア王国を守護する騎士団、その中でも最大規模の戦力をもつ『四騎士団』の一つを束ねる一等騎士。


 そして、彼はリアたちにテミス―――第一皇女、アルテミア・アルクス・アルテミアを秘密裏に護送するように依頼した、依頼主でもあった。


「久しぶり、ブラン。予定の日付より少し遅れた到着でごめんなさい、少し有事に遭ってしまって……」


「いいや、大丈夫だ。君が無事であっただけで、充分だよ」


 申し訳なさげなテミスに、ブランはよかった、と口にする。

 思えば、当初の予定よりも数日遅れての到着だ。

 砂漠での大蠍騒ぎに時間を取られた彼らは、砂航船に乗ってゆっくりと向かっていたが、ブランはその一週前には現地に到着していたのだ。


 ―――その間にもグリーズの侵攻が北部から進んでいた関係で、姫の所在が有耶無耶になったからこそバレなかった、謂わば綱渡り状態であったのは言うまでもない。


 当然、ブランの心中も穏やかではなかったに違いない。


 そう思い立ったリアは、思わず立ち上がり頭を下げた。


「ブランさん、この度は予定よりも大きくずれこんでしまい―――」


「いえ、リア・アーチェリーさん。この度はこれほどの大仕事を勤めあげて頂き、感謝の言葉もありません」


 謝罪の言葉を告げるよりも前に、ブランの感謝の言葉が響く。


「誠に、有り難う御座いました!」


 ブランはリアが謝罪する間も与えず、深々とその頭を下げる。


「い、いやぁ、そんな……」


 そこまで感謝されては、リアも悪い気はしない。

 それに、責任を追及されるようなことがないのから、それはそれで行幸だ。


「報酬は既にコンテナに格納して保管しておりますのでご入り用の際にはすぐ『運送屋デリバリーマン』に積載できるよう手配しておきます」


「ありがとうございます!こちらこそテミスとは随分仲良くさせて頂いて……」



 リア達がそう談笑する。

 道中での出来事や、これからのこと―――今後も仕事を依頼させてもらう、というようなことを話していく。


 だが、そんな中、



 ―――フィアーだけは、無表情で一点にブランを見つめていた。



「…………」



 ―――そうだ。


 フィアーはそう思い、頭に浮かんだその言葉を口にする。



「マキエル、さん?」


 ―――マキエル。

 砂賊団「ヘパイストス」の参謀にして、No.2。

 団長からも信頼の厚かった懐刀。


 そして、魔蠍の前に躍り出て謎めいた言葉を口にし、半ば自ら命を断った異常者でもある。


 そんな彼の名が、どうしてこんな無縁な場所で上がったのか。


その答えは簡単だ。



「?、どうしたのフィアー?」


「どうなさいました、フィアーさん?」




 ―――似ているのだ、ブランの顔が。



 髪色も少し似ているが、それだけではない。

 顔つき、表情、所作。

 そのいちいちが、マキエルに酷似して見えた。


「……いや、なんでもない」


 他人の空似だろう、と思おうとした。

 だが胸のうちに生まれた疑問は、消そうとしても易々と消え去るものではなかった。


「ブランさん」


 だから、問う。

 知りたいことをそのままにしておくのは、ポリシーに反するのだ。

 ただでさえ記憶が不確かな身の上なのだから、せめて今手にしているこの生でだけは知れることを全て知って、理解しておきたい。


 そんな当初は影も形もなかった我欲のようなものが、フィアーの中で生まれ始めていた。


「はい、なんでしょう?」


「実はフリュムに生き別れの兄弟が、なんてことがあったりする?」


 我ながら、おかしな質問だとも思った。


「ちょっとフィアー、なにその質問……?」


 当然リアも同様に怪訝な反応する。

 無理もない、これから報酬をくれる依頼主相手に、身内がおかしな質問を始めたのだから。


 だが、フィアーの視線はブランから外されることはなかった。



「……いや」



「ありませんね、なにぶん自分は一人っ子のものでして」


 数秒の間を置き、ブランがそう返す。

 その表情は特に硬く、先程までの朗らかな笑顔は絶ち消えている。


「誰かと僕が、よく似ていましたか?」


「いや……それなら、多分他人の空似かな」


 フィアーはこのまま問いを続けても答えはでないと判断し、質問を取り下げる。


「えぇ、そうだと思いますよ!というより、それしか考えられない。だって―――」


 それと同時にブランにも笑顔が戻り、話を続ける。


 だが―――



「私に家族はいないのだから」



「……うん、ありがとう。それだけ」




 その目だけは、笑ってはいなかったのだ。




 ◇◇◇




 それからも話は続けられた。

 今までの話や、これからの話。様々広がったが、そんな一時は時計を見たブランの言葉で、一応の終着を見せた。


「―――お二方、もうこんな時間ですし、今からデリング大砂漠を横断してワルキアに帰るようなこともないでしょう?」


「そうね……流石に夜にあそこを通るのは避けたいかな、魔物に襲われたことだってあるし」


 リアはそういい、砂漠での件を思い出す。


 思えば、フィアーを拾った際にも魔物が出現していた。

 あの時は偶然通りかかった砂賊に助けられたことで九死に一生を得たが、そんな奇跡はそう起こることではあるまい。


 そんな折、ブランは切り出す。


「宿のご予定は?もしよろしければ―――」


 その後に続く言葉は、容易に想像が出来た。

 宿を用意した、そこで止まらないか。もしくは、この船で休んでいかないか、か。



 ―――だが、直感がそれを拒絶した。


「―――いや」


「宿はボクらで探すよ、貰った報酬も沢山あることだし」


 フィアーはそう言い、ブランの言葉を遮った。

 理由などない。強いていうならば、なんとなく。

 なんとなく、彼の言うことに従うべきではないと、脳内で何かが警鐘を鳴らしている。


「ね、リア?」


「へ?あ、うん……確かに、町もまだ見て回りたいしねー」


 突然のフィアーの主張に少し驚いたようだったが、リアもそれに同意する。

 確かに資金には余裕もあるし、当初の予定より遅れて到着となった上に好意に甘えるのも気が引ける。



「そうですか」


 ブランはそれに対して特に意見などせず、その選択を受け入れる。

 その表情には特筆するような感情は見受けられない。困惑すらも、だ。


「ではそのように、それでは私とアルテミア姫は視察の打ち合わせ等々もございますので、そろそろ」


「明日は視察ののち、アルテミア姫が式典を開く予定もあるので、予定さえ問題なければそちらもご観覧頂ければ、と思います」


「明日……結構急なスケジュールだね」


 リアはそう言い、少し申し訳なさそうにテミスを見る。

 そんな詰まったスケジュールになってしまったのも、到着が遅れたことに起因しているからだ。


「フリュムの人々からは、一昨日ほどに到着していることになっているはずなので……二人とも、来てくれますか?」


 だがテミスはそれを特に苦にも思っていないらしく、いつも通りの笑顔でフィアー達に微笑みかけた。


「うん、是非!」


「それと、なのですが……」


「視察のあとに少し時間があるので、もしよろしければお話しませんか?式典前の緊張も、少しはほぐしたいので」


「……少々、わがままが過ぎるでしょうか?」


 少し恥ずかしそうにするテミス。

 そんな彼女に、リア達は当たり前の言葉を告げた。



「ううん!いいよね、フィアー?」


「是非」



「ありがとう……!それではまた明日も、ここで!」


 満面の笑顔に、リアとフィアーも思わず心が癒される。



 ―――そうして、二人はテミスとの一時の別れを果たしたのであった。

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