第一章8.5話:談義 - love the Machinery -






 ―――技術者、エンジ・ヴォルフガングにとって、目前の自作マギアメイルは正しく愛息子のようなものだった。


 そしてその愛と信頼は、実の娘に一笑に付されようとも決して揺らぐことのないもの。


 ……だが、一向に現れない賛同者とひたすらこき下ろされる機体。


 正直、僅かばかりに心が折れそうになっていたのも事実だった。

 愛用の工具をも手放そうと考えた日もあったということは、娘すらも知らない。


 そんな葛藤を胸に秘めた職人は日々、平静を装いながらも徐々に自信を失っていっていたのだった。



 ―――そう、あの一人の少年のこぼした言葉を耳にするまでは。




 ◇◇◇




「かっこ、いい……!」



 ―――思わず、頬が綻んだ。


 目の前の鉄を継ぎ合わせたような容姿の巨人。

 その露出した内部機構や、間に合わせ感が全開となっている増加装甲。


 その全てが、フィアーの内にある何かの琴線に触れた。


「ぼ、坊主……この、コイツの良さが分かるか!」


 その様子に、エンジは思わず詰め寄る。


 この機体を見て、今まで誰もが「ガラクタ」「瓦礫のようだ」などと腐してきたのだ。


 それに対して言い返しても、機体のよさを相手に理解して貰えなかったエンジにとって、唐突に現れたフィアーの存在は正しく救世主のように写った。


「あぁ……なんか、好き」


「こういう……内部機構とか全開なゴツい機体っていうのはこう、惹かれるものが……」


 しかも、話を合わせている訳ではない。


 ―――フィアーは特に、内部機構に心を牽かれた。


 正直、あの海賊やワルキアの騎士達のマギアメイルを見た時にも『かっこいい』という感想は抱いていた。


 だが、フィアーの一番好みとする趣向からは若干外れていたのだ。

 スタイリッシュな細身の機体も確かにいい。


 だが、それ以上に目の前の機体のような鉄を継ぎ合わせたようなロボットに、フィアーは強く感銘を覚えた。


 ―――フィアーは本心から、目前の機体に強く牽かれていたのだ。


 そしてその本気さは、エンジにも痛いほどに伝わっていたのだった。


「話が分かるやつだなぁ、坊主ゥ!!!!」



 エンジはフィアーの肩を抱き、がっしりと掴む。

 それに対し、フィアーは曖昧な表情、無抵抗だった。


 そんな様子が、エルザにはフィアーが困っているように写った。


 ―――フィアーはただ感情が表情に出ないだけで、内心は満面の笑みでエンジと抱き合いたい気持ちで一杯なのだが。


「父さん……名も知らない初対面の人にそうやってグイグイいくの、どうかと思うよ……」


 そんなエルザの言葉を受け、エンジはなにかを思い出したように肩をパッと離す。


「あぁそうだ、自己紹介がまだだったなァ!」


「ワシの名はエンジ・ヴォルフガング!この都市一番の天才技術者じゃ!!!そしてコイツが―――」


「この耄碌親父の娘の、エルザ・ヴォルフガングよ。……めんどくさい父でごめんね」


「……ボクは、フィアー。フィアー・アーチェリー」


「いい名前だなァ、坊主!」


「……アーチェリー?どっかで聞いたような……」



「―――どうだ、坊主……乗ってみるか?」


「あぁ、でも……ボク、魔力がなくて」


「なぁに問題ない、なにせこいつは―――」




 ◇◇◇




「はぁ……」


 ―――皇女、アルテミア・アルクス・ワルキアの足取りは重かった。


 アレスとフェルミという、二人の騎士。

 彼らが一体何を企んでいるのかは分からない。


 だが少なくとも確実であるのは、二人が結託して父を封殺し傀儡としようとしていることだ。


 ―――これまでもそうだった。


 近年のフリュムへの積極的な攻撃作戦の実施や、他国との交渉事に内政まで。


 その多くが、主に二人の意見によるものだ。

 彼ら二人の巧みな口車に、父は疑問を持つことすらせずにそれを採用する。


 ―――もちろん、彼らの提案は誤ったものでは決してない。


 やり方自体は強硬にすぎるものの、結果だけを見ればワルキア王国に多大なる利益をもたらしていることは確かなのだ。


 父だってそうだ。

 部下の忌憚のない意見を真摯に受け止め、実行に移せる器量。

 しかもそれが民にとっての成功に終わったとなれば、正しく名君と謳われるに足る実績だろう。



 ―――だが、いつからだろう。


 我が父君が『愚王』などと貴族達に陰口を叩かれることとなったのは。


「……はぁ」


 そんなことを思いながら、アルテミアはもう何度目かも分からないため息をつく。


 確かにワルキアの為になるのかもしれない。

 だが、周辺国との軋轢を産みかねない提案ばかりを出すフェルミ達への疑念は、当然募っていく。


 特に片割れ、黒騎士「アレス・グラムハイト」に至っては、王だけでなく賢人会までをもその手中に納めようとしているのだ。

 王の娘として、そんなことは断じて容認するこもはできない。

 例え、渦中の王がそれを流されるままに容認していたとしても、だ。


 だってそうだろう。


 ―――これでは誰がワルキアの王なのか、分からないではないか。


「……部屋に、戻ろう」


 アルテミアは失意の内に、自室へと帰ろうとする。



 そんなときだった。


「アルテミア様!」


「緊急事態です、急ぎ避難を―――!」


 ―――王城、ひいてはワルキア王都に、ある異変が発生し、避難を促す声が響いたのは。


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