宴話:辿道 - destination -





「―――みんなで、宴会がしたいの!」




「ヘパイストス」の食堂に、少女の声が響き渡る。

 その声の主は、この砂航船「ヘパイストス」の食堂を一手にきりもみする少女、エリンだ。


「ど、どうしたの、藪から棒に……」


 突然のエリンの宣言に、その場にいたアーチェリー姉弟は少し困惑したような様子でいる。


 その姿をみて、エリンはゆっくりと事情を話始めた。


「みんな、あの蠍との戦闘からずっとギクシャクしてるじゃない……?」



「……まぁ、ね」



 ―――当然だ。

 ただでさえ大規模な戦闘。

 しかも、この船において大きな役割を果たしていた副団長のマキエルは、数人の船員達の前で魔物、彼が『怠惰』の魔蠍と呼んだ怪物に喰われてしまった。


 そんなシャッキングな出来事を、数日で割り切れというのは非常に酷な話だ。


「あの元気が取り柄だったグレアだって、ずっと怖い顔ばっかりしてて……」


「……でも、ずっとそれを引き摺っていたらきっとこの先ダメになっちゃうと思うの」


 エリンは心配していた。

 このままで進んでいったら、いつか団はバラバラになってしまうかもしれない。


 ―――それは嫌だった。

 家族同然のこの団を、無くしてしまうことなんて、想像しただけで胸が張り裂けそうだった。


 だからこそ、エリンは考えたのだ。

 少しでも、楽しいことをしようと。


「だから、少しでも気分転換させることが出来たらな、なんて思って……」


 犠牲を払ってでも、未来へと生き残れたのだから、幸せになれなければ嘘だ。

 死してしまったマキエルだって大変仲間思いな男性だった、いつまでも自分たちが落ち込み、腐っていくのを望んでいるはずがない。


 エリンはそう信じ、皆の気持ちを少しでも上向きにしようと、今回の話を企画したのだった。


「なるほど」


 そのことを理解したフィアーは、うん、うんと頷きながらリアを見る。


 リアは、感動したような表情でその場に立ち尽くしており、なにかを決心したようにエリンへと返答していた。


 ―――どうやら、考えていることはひとつらしい。



「……そういうことなら、私協力する!」


「リアちゃん……!」


「ボクも、協力するよ。皆には乗せて貰っている恩もあるしね」


「フィアーくん……!ありがと!」



 二人が協力してくれることに、エリンは喜びを隠しきれない様子で礼を口にする。



「じゃあ私、料理とか手伝う!」


「じゃあ、ボクは皆に声を掛けてこようかな」


 二人は、思い思いに自分の仕事を表明する。

 それを聞くとエリンは満足げに頷き。


 ―――リアの肩をがっつりと掴んだ。


「うん!それじゃあリアちゃん、お着替えの時間だ!」


「え?へ?」


 何が起きたか分からずに、呆然とするリア。


「それじゃあリアちゃんお借りするから、フィアーくんよろしく!」


「―――うん、お姉ちゃんをよろしくね」


 それを見て、一瞬微笑んだフィアー。

 彼は義姉を優しい目で見つめてから、宴会の参加者の募集に出掛けていったのだった。


「ちょ、ちょっと!?」


「さぁ、さぁさぁ」




「え、えぇ―――」




 ◇◇◇





 フィアーがまずやってきたのは砂航船「ヘパイストス」、その格納庫だ。

 そこでは、何人もの作業者達が先の戦闘で損傷したマギアメイルの修復、点検を行っていた。


 格納庫に並べられた機体の中には、もはや原型を留めていない鉄塊と化した『蛮騎士ヤークトナイト』や、所々内部機構が露出するほどに損傷した『騎士急造式メイクシフト』の姿もある。


「……それに比べて」


 だが、一機だけ全くダメージもなく、今すぐにでも戦闘を行えるコンディションの機体があった。


 ―――エメラダが駆るマギアメイル、『妖術女ウィッチクラフト』だ。

 その装甲にはかすり傷レベルのダメージは微弱にあるものの、ほとんど損傷なしといっても差し支えない状態だ。

 一体彼女の力量はどこまで底が知れないのだろうか、ちょっとした恐怖すら覚える。


 そんなことをフィアーが考えていると、整備班の頭目であるバンカーの怒号が聞こえる。


 どうやら、整備班の部下を叱っているらしい。


「おら新人、さっさと働け!」


「は、はい!」


 しかし、叱られている人々のその半数以上はあまり見覚えのない顔だ。



「たるんでるんじゃないかお前ら、キビキビ働け!」


「はい!」


 ―――否、見覚えがないわけではない。


 ただ、この場で見ることが異質で、意外だったのだ。


 バンカーに厳しくしごかれている彼らは、フィアーが確かに、顔を合わせたことのある人物だ。


「あれって……グリーズの?」


 ―――グリーズ公国の傭兵。

 シュベア、エメラダの二人に率いられてワルキア王国を襲撃しようとしていた荒くれものたち。


 フィアーは彼らの顔を、数度しか見たことはなかった。

 連行される前の格納庫、そして地下牢。


 ごく僅かな接触だったが、戦場や牢獄で感じた雰囲気から、彼らが危険な人物であることをフィアーは肌身で感じていた。

 そんな彼らが、何故こんなところで仕事を―――


「よぉ、坊主!」


 そんなことを考えつつ立ち尽くすフィアーのもとへ、バンカーが近寄ってくる。


 それに対しフィアーは本来の目的よりも先に、思わず目の前の光景について質問をしてしまった。


「整備長さん、これは?」


「あぁ、傭兵連中な!あいつらにゃあ報酬を出す代わりに、ここで働かせてんのさ」


 ―――驚いた。


 バンカーは随分と簡単に言うが、彼らは砂賊団に一度ならず敵対した者達だ。

 それを味方に率いれるなど、一体どんな手品を使ったというのか。


「……反発とかなかったんですか?」


 真っ先にフィアーが浮かんだ疑問はこれに尽きる。

 一度は拿捕され、それでも暴動という形で抵抗をしていた傭兵たち。


 それが一体、どんな心変わりをすれば砂賊の下っ端として働くようなことになるのか。


「いや?」


 だがそんなフィアーの疑問を、バンカーはあっさりと否定する。


「あいつらのほとんどは生きる為に傭兵をやってただけだからなぁ、衣食住さえ賄えれば一先ず、って様子だったな」


「……まぁ流石に、気性が荒いのは何人かこの船を降りてったが」


 そう言ってバンカーは働いている傭兵たちを見る。


「じゃあ、ここに居る人たちは……」


「ま、飯に釣られた砂賊見習いってとこだな」


 バンカーが見つめる先の傭兵たちの働きぶりは至って真面目だ。

 慣れない作業故の至らなさはあるが、生きるために必死で働いているのは見てとれる。


 だが、フィアーにはまだ疑問、というより腑に落ちないことがあった。


「でも、一度反乱まで起こした人たちを、よく仲間にできるな……」


 ―――それは当然の疑問だった。

 つい先日、殺し合いを繰り広げた傭兵たちを、何故簡単に受け入れることができるのか。


「なぁに、俺らだって皆似たようなもんだったからな」


 それに対して、バンカーはこれもまた、平然に言い放つ。


「俺だって元はフリュムの製鎧職人だったし、グレアなんてまだチビの頃に一人で野盗やってたしよ」


「でも皆、団長に説得されて、受け入れてもらってこの「ヘパイストス」に入ったんだ」


 バンカーは語る。

 ここにいる誰もが、最初は敵だったと。


「だから、今回も特別おかしなことをした訳じゃねぇよ、いつも通りだ」


 そんな自分たちを受け入れてくれた団長、ガルドスがいたからこそ、今の団がある。

 だから今回は、同じ事を自分達もする番なのだと。


「―――そうなんですね」


 その話を聞き、フィアーは深く思案する。


 ―――正直、凄いと思った。


 敵同士であってもお互いを認めあって、より強い絆を培っていく。

 そんな関係を、これから自分も築いていくことができるだろうか。


 そう思案していると、バンカーは思い出したかのように話を戻した。


「ん、あぁそうだ!お前、なんか用が有ってきたのか?」


「あ、そうです、実は―――」


 バンカーに聞かれたフィアーは事情を説明する。

 エリンが皆のために、宴を催そうとしていること、そして自分たちがそれに協力していることも。


「宴?そいつぁいい!なんならあいつら新人の歓迎会も兼ねて盛大にやんねぇとな!」


 バンカーはそれを聞くと、大きく頷き参加を表明した。


「じゃあ今夜、食堂に」


「おう!……あ、そういや物を取りに来たんだった」


 同意と共に、本来の用事も思い出したバンカーは、おもむろに。


 そうしてバンカーが少し荷物を取りに行ったその時。


 一人の若い男性が、フィアーの元へと駆け寄ってきた。


「あ、あの、ワルキアの……」


「貴方は……」


 見ると、彼の顔にもフィアーは見覚えがあった。


「自分、傭兵をやってた者なんだ、ですけれども……」


 元傭兵の男は、慣れない敬語を使いながら恐る恐ると、フィアーに話を切り出す。


「その、かしらは無事だ、でしょうか……?」


「カシラ?……あぁ、シュベアさんか」


 彼らはシュベアの指揮下で戦っていた傭兵たちなのだから、その安否が気掛かりなのも当然だろう。


「うん、まだ眠っているけど、命に別状はないって」


「……良かったぁ!皆にも伝えてやんねぇと!」


「―――それより、仕事が先だがな?」


「ひっ、整備長!?すぐ戻ります!失礼します!」


「―――おーい皆!頭は無事だってよ!!」


 嬉しそうに走って戻っていく男性をみて、フィアーは少し微笑む。


「……じゃあ、また夜に」


 ―――いろんな人の、いろんな関係を垣間見た。


 そのことに様々な感慨を覚えたフィアーは、自分のなかにまた、新たななにかが産まれたのを感じる。


 いつか自分も彼らのように、感情豊かに生きて行くことはできるだろうか。


 ―――いいや、きっと出来る。

 だからこそ、もっと色んな人と関わって、色んな物を見なければ。


 そんな決意と共に、彼は歩みだす。

 次の場所へと、辿り着くために。


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