悔話:爪痕 - truth Unknown -
大陸東部に広がる広大な砂漠、「デリング大砂漠」を、紅に染められた船体が進んで行く。
――砂航船「ヘパイストス」。
砂賊団が保有する、砂の海を漕ぐ船舶だ。
船体下部のオール状のパーツから航行術式を展開することで砂を水状の流動物質へと変換し、疑似航海を行うのがこの世界の一般的な船舶の姿だった。
そんな船が砂海を渡る様を、小高い丘に潜む一匹の小さな魔物が、じっと見つめていた。
彼らが大きな船を襲うことは稀だ。
なぜなら大きな船には必ず、護衛用のマギアメイルが載っている。
そのことを魔物達は知っていた。
ただ一方的に駆除されるしかないほどの戦力差があることを、魔物は理解しているのだ。
だから小型の魔物はただひたすら、大きな音を立てながら砂漠を横断してゆく船を見つめていた。
その時だ。
小さな魔物の背後に、巨大な影が現れる。
<―――――!???>
それは大型の魔物だ。
その姿は頭部が肥大化した鰐のような容姿が特徴的で、大きな口を開き、小型魔物にかじりつこうとする。
<!!!!>
当然、小型の魔物に、為す術はない。
ただ自身が食べられるのを待つ、それだけが彼に残された全てだった。
―――だが次の瞬間、魔物を強い衝撃が襲う。
目の前の魔物によるものではない。爆発したかのような衝撃波。
巻き上がる粉塵と風圧によって、身体の小さい魔物は少し飛ばされて砂丘の上をコロコロと転がってしまう。
彼がその目を開くと、そこには。
<――――――>
―――爆発に巻き込まれ、身体の一部を欠損した大型魔物の姿があった。
大きく損傷しているのは後ろ足だ。根本から焦げ落ちたその様子から、既に歩けないであろうことは一見すれば誰にでも分かるほどだった。
小型の魔物は、「ヘパイストス」を仰ぎ見る。
すると船の甲板には、先程まではいなかったはずの、一機のマギアメイルが鎮座していた。
その手には巨大な銃が握られている。おそらくはそれが大型魔物を狙い撃った凶器であろう。
するとマギアメイルは、ひらひらと魔物に向かい手を降った。
「大丈夫か」とでも言うように。
<………>
小型魔物はなにも言わず、大型魔物の下半身を齧り始める。
大型の魔物はそれに気付き、なんとか自らに食らいつく物を振り払おうとするが、後の祭りだ。
不完全な四肢では、格下相手にすら善戦することは厳しい。
結局、大きな面をした魔物はゆっくりと、その肉の一片に至るまで、小さな賢い魔物に食らわれることとなったのであった。
◇◇◇
「ふう……」
船の甲板上に俯せる砂賊の主力マギアメイル『
巨砲を使用しての、船に危害を及ぼしかねない大型魔物の駆除。
それが彼の普段の仕事だった。
―――小さな魔物を撃たなかったのはわざとだ。
魔物には、少しながら知性がある。
小さなうちに人間への恐怖心を刻み込んでおけば、頭の良い個体であれば軽率に船舶を襲ったりはしなくなる。
その為には、あらかじめ生かす個体を選別し、それ以外のものを攻撃してその散り様と戦力差を見せつけることでわざと恐怖心を植え付けて群れに帰らせる。
群れに帰った魔物はその情報を家族達へと伝播させ、賢い群れであればそれ全体が迂闊に人に危害を及ぼす危険性は大きく低減する。
これはこの世界での狩人達の、ひとつの生活の知恵のようなものだ。
―――そんな仕事を終え、一息ついた彼の背後に一機のマギアメイルが現れる。
『よう、ジャイブ』
現れたのは『
だが、そのことがジャイブにとっては少し意外だった。
「どうした、グレア?お前がこの時間にここに来るなんて珍しいな」
普段彼はこの時間、寝ているか船内を散策している。
一日中仕事をサボりながら世間話を船員達としては、馬鹿笑いをして船の雰囲気を明るく保つ。
彼はそんなムードメイカーだった。
『……今日はあんま、はしゃいでる気分でもなくてな』
だが今日のグレアの様子はひときわ落ち込んでいる様子だった。
その様子から、ジャイブの脳裏にその原因がふと、浮かんだ。
それはジャイブが発見した事実だ。団長にのみ話した物のはずだったが、誰に聞かれていたのか。
「聞いたのか?副団長のこと」
『……あぁ』
―――「ヘパイストス」の自室に残されていた、奇怪な魔方陣。
それは、マキエルが先の事態に対し何らかの形で関わっていたことを如実に表しているものだった。
その事実を、彼のことを信頼しきっていたグレアが知ってしまったのならば、このように落ち込むのも当然だろう。
彼は特にマキエルと仲が良かった。
正反対の気質の二人だったが、それが逆に噛み合っていたのかもしれない。
二人がくだらないことで言い争いしているのを見て、よく皆で和やかに見守っていたものだ。
『―――最期の、マキエルの言葉』
グレアが呟く。
『あいつが俺らに対して何かをしようとしてたのは事実だと思うけどさ、あれだけは絶対に嘘じゃなかったと思うんだよ、俺』
その言葉には、「そう信じたい」というグレアの強い思いが込められている。
そしてそれは、「ヘパイストス」の面々全員が胸に抱いていたものだ。
「……あぁ、俺もそう思うよ」
『……だよな!』
ジャイブの返事に、グレアの表情がパッと明るくなる。
重い肩の荷が、少し降りたかのような感覚。
グレアはそれを、骨身で感じていた。
『なんからしくねェことしちまったし、食堂で仕事サボってくるか!』
そうして彼は、いつも通りの姿を見せる。
なにも考えていないようで、その実周りのことを誰よりも大切に思っている普段通りのグレアの姿だ。
「ハハ、程々にな」
『おう、じゃあな!』
そうして『
ジャイブはそんな普段通りのグレアを見送り終わると、再び周辺の警戒へと移ったのだった。
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