宴話Ⅱ:憧憬 - revered Person -



 格納庫を後にしたフィアーがやってきたのは、艦橋だった。


 砂航船「ヘパイストス」の艦橋はかなり広々とした作りで、方々にコンソールや計器類が点在している。

 そしてその中には十人ほどの管制官、そして船長であるガルドスの姿があった。


「ガルドスさん」


「ん、おお!どうしたフィアー、こんな所に来るなんて珍しい」


 ―――病室でのやりとり以降、気に入ってもらえたのかガルドスはフィアーのことを名前で呼ぶようになっていた。


 豪快な笑顔で出迎えてくれたガルドスに続くように、団員たちも口々に声をかける。


「客人、体調大丈夫か?」


「客人、腹減ってないっすか、俺の食べかけのおやついるっすか!?」


「……客人、生きててよかったっすね」


 一斉に話し出す団員達の勢いに、思わずフィアーは気圧される。


 ―――しかも皆が皆一斉に喋り出すものだから、正直半分しか聞き取れなかった。


「おめぇらいつも言ってんだろ!一斉に喋んな、譲り合え!!!」


 それに対するガルドスの怒号。


 この数日、「ヘパイストス」で過ごしたフィアーにとっても、もはやこのやりとりはお約束のようになっていた。


「大体お前らはいっつもなぁ―――」


 そしていつも通り、ガルドスのお説教が始まる。

 叱られている船員たちは皆シュンとして、粛々と団長からの言葉を重く受け止めている。


 だが、恐らく数十分もすればそのことも忘れ、いつも通りの調子に戻るだろう。


 そしてまた怒られ、また繰り返しのループだ。

 だがそんなお約束めいたやりとりこそが、この船の暖かい雰囲気を形作る要因のひとつなのかもしれない。



「……で、どうした?」


 ひとしきりお説教が終わり落ち着いたガルドスが、話を本題に戻す。


 こういった切り替えの早さは、ガルドスの美徳だ。

 彼のカリスマ性は正直、砂賊などというものに留まらないもののように感じる。


 それもきっと、砂賊団「ヘパイストス」の団員達が彼に付き従う理由の一つでもあるのだろう。



「実は―――」



 ◇◇◇




「ほう、宴会か!」


 ―――正直、宴会の話に一番乗ってくれるかが不安だったのはガルドスだった。


 大切な副官が背信行為と取られてもおかしくない奇行に走り、しかもその最期には船員達への、そして団長であるガルドスへの忠誠を口にしながら魔物に捕食されていった。


 そんな衝撃的な死を目の当たりにした後だ、こような祭事にはあまり乗り気ではないのではないか、という不安がフィアーにはあった。


「よし!俺のコレクションの酒を何本か持っていこう!エリンには俺らが呑みまくるから覚悟しとけ、って伝えとけ!」


 だが、目前のガルドスは非常にやる気を出している。


 なにせ「船内の酒を全部呑み尽くすぞ!」などといい、艦橋にいる船員たちを煽りに煽って早飲み選手権を開催しようなどと吹聴しているほどだ。


「うん、分かった」


「最大限に騒いでやっからな!……あぁそうだ、フィアー」


 ガルドス達の参加を伝えにいこうと、フィアーが部屋を出ようとしたその時。

 ガルドスが不意にフィアーを呼び止めた。


「これからグレアにも声をかけるんだろう?」


「……うん、そのつもり」


 ガルドスが気にしているのは、マキエルの友人であったグレアだ。

 戦闘中、マキエルが死んだ後の彼の様子はおよそ平静を失っていた。

 恐らくは今でも、その死を引きずっているに違いない。


「そしたらよ、無理に来いとは言わねぇから、夜俺の自室にでも酒飲みにこいって伝えといてくれ」


 ガルドスは、そんな彼のことを特に気にかけたのだろう。


「……マキエルへの、追悼も兼ねて呑もうってな」


「―――分かった」



 ―――あぁ、責任重大だ。



 そんなことを思いながら、この大切な言伝てを必ずや伝えようという強い決心を胸に、フィアーは艦橋を去ったのだった。




 ◇◇◇




「リア!ちょっと湯煎の温度が高いかも!」


「えぇー!?あ、分離してきちゃった」


「もー、お菓子作りとかはじめてで難しいよー!」


 厨房からなにやら悲鳴が聞こえてくる。

 廊下を歩いていたテミスは、それを偶然聞いてしまい何事かと食堂へと駆け込んだ。



「!?、どうかしたのですか、リア!?」



 テミスがカウンター越しに厨房を除くと、そこには可愛らしいメイド服に身を包んだリアと、食堂の主であるエリンの姿があった。


 見ると何かを湯煎したものをヘラで混ぜているらしく、周りにはその失敗版のような物体が点在している。


「あぁ、テミス……」


「今ね、リアに手作りチョコレートを作らせていたの!」


「チョコ……あぁ!」


 リア達のその言葉に、テミスは何かを思い出したかのように大きく相づちをうつ。


「確か、輸出大国であるロアーの有名なお菓子、でしたっけ?」


 チョコレート。

 それはロアーという大陸西部の国にて広く親しまれている菓子のことだ。

 熱帯林に群生している「クァクァオ」という樹木の果実を発酵、精練して生成する嗜好品で、その舌触りと甘味は正しく天にも上る味とまで言われている。


「さっすがお姫様!詳しいねぇ!」


 テミスは以前、それを味わったことがあった。

 ―――確か5年ほど前にロアーと和平を結んだ際、献上品として贈られてきたのだったか。


「そのロアーでこのチョコレートを前に買っててさ、折角だからこれを機に自作してみようかと思って!」


「なるほど……それで……」


 テミスは辺りを見渡す。

 ―――岩石のような物から、逆に芸術的とすら思えるオブジェめいた物まで、異形の茶色の塊が辺り一面に点在している。


 恐らくはリアが頑張って作ったものなのだろう。

 見た目こそ不恰好だが、そこに渡す相手への愛情が込められていることはテミスにもすぐに見てとれた。


「この有り様だよ……難しくて難しくて……」


「あはは……フィアーさんの為の、ですよね」



 テミスがそう口にした瞬間、


「―――な!????」


 リアの顔色が、一瞬で真っ赤になった。


「ちちちちち違、違うってば!フィアーはだって……」


「弟……ってことになってるんだし……」


 言葉を濁しながら、リアはそう呟く。


 それを見て、事情を知らないテミスはこう思った。

 ―――姉弟だからこそ、普段は秘めていた思いを手作りチョコのプレゼントと共にぶつけるに違いない、と。


「うん、私そういうのとても良いと思います!」


「だ、だからそう言うんじゃ……!」


 あわてふためいた様子のリアを、暖かい目をしながらからかうテミス。


 テミスがフィアーのことを口にする度に、リアの顔は紅潮していく。


 ―――そのことに集中していたテミスには、背後に既にエリンが回り込んでいることに気付くことができなかった。


「―――そういうわけで!」


「へ?」


「―――さぁ、アルテミア姫改めテミスちゃん!お着替えの時間だ」


 エリンが、肩をしっかりと掴む。



「え、ま、え?へ?」


 エリンに肩をがっちりと捕まれながら、食堂奥の更衣室へと輸送されていくテミス。


 その様子を、リアは優しい瞳でただ見送っていた。


「……観念した方がいいよ、無理やり脱がされるより遥かに良い」


「ちょっと、リアまで―――」


 ―――まさか、からかいの復讐!?


 そんなことを考え、後悔したのも後の祭り。

 テミスの目前には更衣室の中の光景が徐々に映し出されていく。


 ―――何着も置かれたメイド服。


 まさか、彼女はこの船の女子全員に―――



「さぁさぁ!さぁさぁさぁ!!!」



「あーれー……―――」



 慣れた手際で、すべての服を脱がせにかかるエリン。


 ―――宙を舞う服の雨の中、テミスの意識は徐々に途切れていったのだった。

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