第二章13話:追及 - adverse Investigation -



「……それで?お前さんらの目的はなんだ?」


 長い話の末、ついにガルドスの鋭い質問が、三人に向けて発された。


「……」


 ―――単刀直入なその言葉に、フィアーはどう答えたものかと思案する。

 当然テミスの身の上などを馬鹿正直に話すつもりなどない。だが、その事を隠した上で自分達の目的を話すことは不可能だ。


「皇女の護衛」、それこそが自分達の目的である以上、そのことについて語るにはテミスについての話が不可欠だ。


 しかしそれを他人―――特に砂賊、そしてグリーズ公国の傭兵の前で話すことなど愚策中の愚策に他ならない。


「あんたらの機体の貨物を確認したが、食料や使用した形跡のある日用品以外のものは確認できなかった。……そんなわけで、まさか積み荷を輸送中だった、なんてすぐバレるような嘘は言わねぇだろう?」


 そういうと、ガルドスの瞳が橙色の光を称える。

 フィアーはそれに気付きはしたものの、その光が一体どのようなものなのか、すぐには分からなかった。


(フィアーさん、多分あれ、何かの術式を起動させています……!)


 そこに、術式の展開に気付いたテミスが向こうに聞こえないボリュームでフィアーに語りかける。


 ―――そうだ、この世界の人々は当然のように魔法を使えるのだ。その事を失念していた。

 であればこれから質問というところで術式を展開したということ、それにはなんらかの強い意味があることが予想される。

 例えば、相手の心を読むだとか、嘘か本当かを判断できる、だとか。

 もしそれが嘘を感知するようなものであるならば、この先の会話にフィアーはひどく慎重にならなければいけないだろう。


 ―――加えて言うならば、心を読む類の術式であったならば既にアウトだ。

 テミスの正体についても―――もしくは、自分の砂漠に落ちてきたという来歴ですら既にバレてしまっているかもしれない。


 それでなくとも、ただでさえ目の前の砂賊団団長、ガルドスは慧眼であろうことが想像できる。

 仮に術式が先ほど予想したようなものではなかったとしても、生半可な嘘では彼には通用しないだろう。そのような直感が、フィアーの中に強く生まれていた。


「―――さぁ、あんたらの目的はなんだ?」


「ボクらの、目的……」


 そして、彼らの駆け引きが始まった。



 ◇◇◇




 その頃ワルキア王都では、王都北方に現れたという所属不明のマギアメイルへの対処の為、着々と作戦会議が行われていた。


 魔龍戦役での傷が癒えていない段階での防衛作戦ということもあり、会議の場にはピリピリと張り詰めた空気が蔓延している。


「では、これより作戦会議を開始する」


 今回の作戦会議には国の重鎮はほとんど参加しておらず二等以上の階級の騎士のみが参加している。

 当然、会議の中心は騎士団長の四人だ。


 それはワルキアにとってのグリーズ公国が、いつでも難なく対処できる格下の国家である、という認識が強いことに起因する。

 騎士に任せていれば何とかなるだろう、という考えが、この国の貴族、王族の中には深く根付いてしまっていた。


 四人の騎士団長が席につき、作戦会議が始まる。

 各々が現在の状況や敵の情報、対策について語り始める。

 だがその中で一人、皆の関心の向いている北方ではなく東方、デリング大砂漠のことを危惧している人物がいた。


(私の手の者からの情報では、砂漠にも敵が出現したという話だったが……)


 それは当然、黒武騎士団長であるブランだ。

 他の者達が国の危機について考えを巡らせている最中、彼だけは大事な姫君である友人、アルテミアのことを考えていた。


(―――アルテミア、もし、君に危害が及んでいたら……!)


 もし彼女の身に危険が及んでいたら、、と思うと不安で仕方がない。

 元はといえば、彼女を刺客がいつ襲い来るたもしれない状況から解放するために今回の極秘裏の移動を考案したのだ。


 だが、それによって別の危機に襲われてしまっては本末転倒だ。

 それだけではない。もしもアルテミアが奴らの手に渡ったりなどしていたら……


「―――ラン」


「え、あ……」


 考え事をしていたせいで、ブランは呼ばれた自分の名前に気付くのが遅れてしまった。


「どうしたブラン、会議中に呆けて」


 そう聞いてきたのは赤鳳騎士団長、ブレイ・アルタキアラだ。


 ブランと彼は幼少期から仲良くしてきた盟友である。先代赤鳳騎士団長であるレイスを含め、よく三人で野原にて剣術の訓練などをしていたものだ。


「……いや、すまない。考え事をしていてね」


「おいおい、しっかりしてくれよ?黒武騎士団長さんよ!」


 そういって茶化してくるのは白牙騎士団の団長、ダイル・スプマドールだ。

 豪放磊落という言葉を形にしたような人物で、四人の団長の中では最年長でもある。


 魔物が跋扈する巨大森林、エルスト大森林。

 そこから定期的に涌き出る魔物を相手にし続ける、王都西方の守りの要である白牙騎士団。

 そのトップともなれば、当然それ相応の技量と器量、そして度量が備わっている者でなくては務まらない。


「北方はあんたらの管轄だろ?だってのにその余裕っぷり、流石だと言わせてもらうよ」


 気楽さと苛烈さを兼ね備えたその人間性に、ブランは素直に尊敬の念を抱いていた。

 幼少期にはブレイ、そしてその弟と共によく遊んでもらっていたのを覚えている。


「……えぇ、当然です」


 ―――だが、今はそんな思い出に浸っている場合ではない。


「我々黒武騎士団が、蛮賊風情に遅れをとることなどあるはずもありません」


 余裕のなさを悟られないよう、極力言葉を選んで返答を返す。

 計画をフェルミ達に気付かれない為にも、あくまでも黒武騎士団の力を顕示し続け、弱味を見せないようにしなければならない。


「―――僕から、少しいいかい?」


 その時、不意にフェルミが立ち上がり言葉を発する。


「なんです?フェルミ団長」


「北方のマギアメイルの動きに関してなのだが、少し妙なものを感じるんだ」


 フェルミのその、千里眼の域に達せんばかりの慧眼さに、ブランは恐怖する。

 敵の動き、といってもあくまで方々で観測された情報を総合した予測進路にすぎない。

 まさかそこから、陽動の可能性に即座に行き当たることなど―――


「まるで、わざと囮を演じているような動き方じゃないかい?それにこの進軍速度、あえてこちらに発見させるための牛歩戦術、という見方もできる」


「確かに、言われてみれば……そう見えなくもないが」


 まずい。


 危惧していた中で、一番まずい状況だ。

 フェルミ達に変に怪しまれないよう、あえて東側のデリング大砂漠を選んだのが失敗だった。

 東方といえば、青龍騎士団の管轄範囲ではないか。当然そこで異常が起きたとなれば、そこに出動するのは青龍騎士団に他ならない。


「この疑問を解消するため、白牙と青龍の残存部隊にて西方と東方、大森林と砂漠周辺の警戒と調査を密にすることが急務かと思われるのだが、どうかな?」


「確かに、フェルちゃんの言うとおりだな……警戒するに越したことはないだろう」


 フェルミのその言葉に、白牙騎士団長のダイルは愛称を入れ混ぜながら同意する。


「決まりだな、では青龍はデリング大砂漠へ―――」


「……待った」


 方針の決まりかけた会議の場に、ブランが異議を唱える。


「?、どうしたブラン」


「……いや何、白牙が警戒にあたることには異論はないが、青龍の戦力を割くのは得策ではないと思いまして」


「―――いいよ、聞こうかブラン団長」


 フェルミは愉しげな表情でブランを見る。

 ―――あの目が、私は嫌いだ。人を人と思わず、愛玩動物のように扱うあの邪悪な目。


「……まず前提として、先日の王城でのアルテミア襲撃事件があったことを忘れてはいないでしょうか?」


 フェルミへの苦手意識を抱えながらも、ブランは自身の思惑通りになるように言葉を選ぶ。


「忘れるわけがないだろう、あのようなこと、今後一切許しては……」


「そう、今後一切、です。あのような事件を二度と繰り返してはならない」


「そもそもあの事件は、王都の青龍騎士団の人員が過分に復興、周辺の警戒などに取られ、城の警戒が疎かになっていたことに起因するものだと私は思います」


 その言葉は、事前に用意していた物だ。

 万が一フェルミが砂漠の異変に勘づいたタイミングで切る予定だった切り札。


 ―――まさか、部隊の予測進路と進軍速度だけでそこに着目するとは思わなかったが。


「フェルミ団長の言うその部隊の不自然な動き、それ自体がなんらかのブラフであり、我々の戦力の分断を狙ったものかもしれない」


「……まぁ、ない話ではないな」


「青龍騎士団には、王都の防衛と警戒を厳重に固めることを私からはお願いしたいところであります」


 その言葉を、フェルミは無言で聞いていた。


「……」


 ブランにとってその沈黙は地獄だ。

 一体この男は腹の中でどのような事を考えているのか、と気が気ではない。


「―――うん、分かった。ブランくんの言う通りにしてもいいよ」


「けど、防衛戦前に不安を抱えるのは、少々悪手じゃないかと思うけどね。―――それとも、何か他に思惑があるのかな?」


「いや、そんなことは……」


 安心したところに思わぬ探りを入れられ、ブランは困惑と動揺を隠しきれない。


「だがよブラ公、その場合東方の警戒は一切なしか?それはそれでリスクがでかいと思うがな」


「それは……」


 そこに更に飛ばされたダイルの疑問の言葉にも、思わず言い淀んでしまう。

 普段のブランであれば、簡単に理由を列挙し自身の正当さを即座に唱えられたであろう。

 だが今の彼は、焦りから平静さを少し失っていたのだ。


「……」


 思わず、言葉を発せずに頭を抱えてしまう。

 どうする。どうする。どうする。


 本来、そこらの騎士や貴族相手にブランが気圧されることなど一度もない。全ての疑問や反論に、理論や事実をぶつけて対論する。

 それが彼の普段の姿だ。


 ―――だが相手がフェルミ・カリブルヌスである場合でだけは、その普段の平静さは失われてしまう。

 それは彼がブランに対して、絶対的な優位性を持っていることが起因しているのだが。


 フェルミに心を掻き乱され、ダイルに正論を突きつけられたブランが頭を悩ましていたその時、思わぬ助け船が飛ばされた。


「―――なら、南方、赤鳳騎士団から代わりに数部隊を警戒に向かわせるのはどうだろうか?」


 そう意見を口にしたのはブレイだ。

 そして彼の提案は彼にしか出来ないもの。主戦力である第一部隊を、独自に貸し出そうというものだった。


「フリュム帝国の亡き今、南方には魔物くらいしか警戒するものがない、魔龍戦役程のものがゴロゴロ出てくる訳もなし、小物程度であれば少数部隊で対応できる」


 その友の思わぬ言葉に、ブランは飛び付かんばかりに同意した。


「―――!ではそれでお願いしたい!」


 赤鳳、ブレイの部下であればいくらか安心が出来るというものだ。

 少なくとも、フェルミの小飼であるところの青龍騎士団に任せるよりは遥かに良い。


「では、うちからは第一部隊を出させてもらおう。あれは独立遊撃部隊だからね、正直防衛にはあまり向かなくて持て余していたところだ」


 赤鳳騎士団第一部隊。

 その勇名はよく聞き及んでいる。確か先の魔龍戦役にて、東門の防衛に向かったのもその部隊だ。

 特に隊長、エルザ・ヴォルフガングの活躍や逸話は数多い。エルスト大森林の英雄、リリアナ・ヴォルフガングと、対魔龍マギアエンジンの開発者であるエンジ・ヴォルフガングの娘。

 彼女が活躍した大事件は数知れない。

 数年前に起きた騎士大学校での反乱騒動での活躍や、先代赤鳳騎士団長、レイス・アルタキアラの――――、


「聞いたなエルザ!出撃準備を頼む」


 ブランの黙思を遮るように、現赤鳳騎士団長ブレイ・アルタキアラは、件の部隊長、二等騎士であるエルザへと指令を飛ばす。


「承知しました!赤鳳騎士団第一部隊、直ちに出撃準備に取り掛かります!」


 その声に、赤髪の少女騎士が立ち上がり胸に手を当てる。

 そしてそれに習うように後ろに並んでいた騎士たちも立ち上がり、赤鳳騎士団第一部隊の面々は急ぎ会議場を後にしていった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る