第二章14話:決意 - Determination -


 ----ワルキア皇暦410年


 火之月:86日




   12:14 :デリング大砂漠東方・渓谷付近




 閉じられた砂漠の中で、会議は踊る。

 砂航船「ヘパイストス」の中では依然、フィアー達運送屋への事情聴取が続いていた。


 砂賊の頭目、ガルドスに質問―――否、詰問を突きつけられ、フィアー達は頭を悩ませていた。


「―――とにかくまず始めに言いたいことは、ボクらは砂賊の皆さんやグリーズ公国の皆さんに危害を及ぼすような目的を持っていない、ということ」


 そう言い、フィアーは自身らに彼らへの敵意がないことを伝える。

 これは紛うことなき事実だ。自分達は一切砂賊たちの存在は知らなかったし、戦闘にも偶然巻き込まれてしまったにすぎない。


「ほう?」


 その言葉に、ガルドスは顎をいじりながらフィアー達を注視し始める。

 その瞳は依然、橙色の光を称えており、依然なんらかの術式を展開していることはフィアーにも分かっていた。


「ボクたちは貴方たちが砂漠で戦闘していることすら知らなかったし、偶然巻き込まれたにすぎない」


 嘘は一言も言っていない。もちろん、目的については意図的に伏せているが。


「だが、残念ながら、それを証明する根拠は存在しないな?」


 ガルドスはそう言って、手元のカップをいじる。


「あんたらが俺たちにとって無害だって確信が持てない以上、それを鵜呑みにしてあんたらを信じるわけにはいかないな」


 その言葉に、「それはそうだろう」、とフィアーは思った。

 向こうからすれば、疑ってる相手が「自分達は無害だ!信じてくれ!」と言ってきている状態なのだ。

 逆の立場なら到底、それを信じることなど出来ないだろう。


 ―――だがこれで一つ確信が持てた。


 それはガルドスが使っている術式は、嘘を見破る、ないし心を読む類いのものではないという確信だ。

 ここまでフィアーは一切嘘を言っていないし、心の中では自分達の潔白を証明するために必死で思考を巡らせていた。


 その段階で信用が勝ち取れないということは、ガルドスの使っている術式にそのような効果が存在しない可能性が極めて高い。


 ―――それかもしくは、フィアー達の潔白は理解した上で、なんらかの情報を引き出そうとしているか、だ。


「え、でもさっきはそこの……」


 フィアーが思考している最中、リアが疑問を口にする。

 それは先程のガルドスの言葉に対しての疑問だ。

 そしてその目線の先は手錠をされたグリーズ公国の傭兵、シュベアだ。

 おそらくリアはこう言いたいのだろう、「彼らグリーズ公国のことは無関係だと認めたのに、なぜ自分達のことは信じないのか」、と。


「グリーズ公国の兄ちゃんのことだって、俺らは手放しに信じた訳じゃない。その為の魔力拘束具だ」


 だがその疑問の言葉を先回りするかのように、ガルドスが言葉を遮る。


 確かにその通りだ。仮に手放しに彼らの関与を否定しているのならば、牢屋にいれたり、手錠をしたりするはずがない。

 彼ら砂賊はきっと、今でも自分達以外の全てを疑っている。そんな印象をフィアーは受けた。


 しかしこのまま犯人だと決めつけられるのも億劫だ。リア、そしてテミスの安全の為にも、多少無理にでも無実を証明しなければならない。


「―――確かに、証明する証拠もなにも、ボクらには存在していない」


「だけれどもそれは、逆説的にボクらの潔白を意味するものでは?初めから有りもしないものを証明するなんて、悪魔の証明だ」


 若干悪手とも思われる言い回しで、フィアーは自身らの関与を否定する。

 言い分は苦しいには苦しいが、これもまた一つの真実ではある。やってもいない罪、その潔白の証明などそうそう容易に出来るものではない。


「ほう……」


「確かに、お前さんらが関与してない、と仮定するならその言い分も最もだなぁ」


 一瞬、納得したような言葉をガルドスは発する。

 その言葉にリアが嬉しげな顔を浮かべようとする。


「だとしても一つ、お前さんらを疑う材料がある」


 が、その期待は瞬く間に打ち砕かれる。

 ガルドスは即座に、次の話題へと話を転換する。


「―――それは?」


 そういうと、テーブルに置かれた道具をガルドスは徐に触る。


 ―――それは魔道具だ。その球体の本体から、空中に一枚の平面が表示される。

 さながら立体映像のようなそれは、ある一つの風景を写し出す。


 それは格納庫だ。先程までフィアー達が居たマギアメイルの格納庫。

 それが意味するところは、つまり。


「あんたらの、マギアメイルだ」


「……」


 心の中で「しまった」、とフィアーは悔やむ。

 確かにあれは疑われるには十分に足る物だ。

 このマギアメイルのポテンシャルが低下し、十全の活動ができない混沌の状況下で、唯一正常な出力で稼働し続ける、ワルキア王国のマギアメイル。


「あれ、ここに囚われてからも普通に動くらしいじゃねえか。―――俺達の機体は軒並み不調だってのに、だ」


 そう言い鋭い目付きで、ガルドスは三人を見つめる。


「さっきグリーズの兄ちゃんもいったが、自身にまで影響を及ぼすような切り札は切らない。それは当然だろう、自分達に実害がある兵器なんて恐ろしくてそうそう使えたものじゃあない」


 どうやらガルドス達の思考は、フィアーの思った通りの事態を想定しているらしい。


 状況が悪すぎる、と言わざるを得ないのが正直なところだ。


「―――だがここに、一切影響を受けずに稼働する二機のマギアメイルが存在する」


「それだけでも、有罪判決下すにゃあ充分じゃあねえかな?」


 だが、その決めつけるようなガルドスの物言いに、思わず反論する者がいた。


「それは、ワルキアが魔龍に襲われたときに……」


 その声の主はリアだ。

 彼女の言うことは最も、というよりそう言うより他にないものだ。

 魔龍戦役の前に破損し、修理を行った「運送屋」と、対魔力消滅耐性機構と魔力変換炉を併せ持つ機体であるフィアーの「騎士」。


 非常に便利でありがたいことだが、それが偶然タイミングが合ってしまったが為に、疑われてしまう材料となってしまったことは皮肉という他ない。


「それは知ってる。魔龍に襲われたときに魔力が消えて?その為にわざわざ機体を改修したってんだろ?」


「だが、それとこれとは話が別だ」


「例えそうだったとしても、だ。お前さんらが自分達だけが安全な状態で今回の騒動の渦中にいる、そのことに代わりはねぇ」


 フィアー達だけが安全な状況にいる、というガルドスの主張。


「安全……!?この状況で安全だなんて!これなら、魔龍戦役のときのほうがまだマシです!」


 そのガルドスの主張に、リアが激情を露にする。


「みんな見えない敵相手に戦って……なんでみんな、自分達の中に敵が居る前提で話すんですか!?」


「そらそうだろう、こんな大仕掛け、魔物に出来るはずが……」


「でもそもそもそんな大規模な術式なんて使えるような設備、私たちは持ってません!それどころかグリーズ公国の人だって、そんな物は持ってなかったんでしょう?」


「―――だとしても、俺たちは自分達以外を疑うしかないさ。自分たちが巻き込まれている側である以上、疑うのは当然赤の他人に限られる」


「だとしてもです!こういう時だからこそ、みんなで協力して事態を解決しなきゃ!もしこの中に裏でなにかしている人がいたとしても、そもそも私達が疑心暗鬼になっていたら見つかるものも見つけられないでしょう!」


 そう、リアは必死で皆の団結を叫ぶ。

 王都に魔龍が現れた際には、人々はお互い助け合い生き延びることが出来た。

 王都で出来たことが、ここで出来ないはずはない、と。


「―――魔物には……?」


 だがその中で、フィアーは一つの考えに至っていた。

 自分達の中には、大規模な魔術を行使できるような設備をもった者はいなかった。

 それ


「はぁ……ん?フィアーどうしたの?」


「―――そもそも、今回の騒動の根幹をボクたちは履き違えていたのでは?」


「どういうことだ?」


「もしも今回起きた現象が、人と魔物、その双方の力によって起こされたものだとしたら……」


「人と魔物が……協力!?」


 その言葉を、一同は馬鹿な、と一蹴する。


「……あり得ん、あり得ないだろう」


 皆の心は一つだ。「あんな化物と協力なんて出来るわけがないだろう」、と。


「件の魔龍だって、やったことといえば魔力を食うことと光の帯をぶっぱなすくらいだろう、そんな知性のない奴らに、人と手を組むなんて思考ができるわけが……」


「……そう、恐らく魔物に知性はほとんどない、それは正しいと思う」


「だから、発想を変えるんだよ」


「知性のない魔物を、操ってる何者かがいる。……それが人かどうかは分からないけど」


 その考えは、その場に衝撃を与えるには十分すぎるものだった。

 魔物とは古来よりも人を脅かすだけの存在。それを人の力で御するなどという発想は、この世界の人々の中には皆無と言って差し支えないのだろう。


 しかし、それが出来るのならば、疑いの目は自身達だけでなくこの場の全員に及ぶだろう。

 もしその魔物を操る術式が先天術式せんてんじゅつしき―――生まれ付き使えるものであるのならば、大規模な設備の用意など必要ない。

 それこそグリーズ公国の人々、もしくは砂賊団の団員でさえも容疑の候補者として成立する。


「はぁ!?」


「魔物を操るって……本気でいってんのか」


「そんな術式って、この世界に存在するかな、リア、テミスさん」


 だがこれは突拍子もない仮説に過ぎない。術式というものに、そんな効果を発揮するものが存在するのならば初めて、説として説得力を得る。


「何言ってんのフィアー、そんなのあるわけ……」



「おいマキエル、そんな術式、聞いたことあるか?」


「いえ団長、少なくとも私の知る限りでは……」


「俺はなんの話してっか分かんねぇけど、あんたは分かるか?グリーズの隊長さん」


「……さぁな、少なくとも俺らの隊の中にはそんな先天術式せんてんじゅつしき持っているヤツはいないはずだ、もちろん本人が隠していたのなら知りようもないことだが」


「……馬鹿げてる、そんな存在するかも分からない術式の話を、信用できるわけが……」


 会議の参加者面々は一様に、そんなものがあるわけない、と口を揃える。


 だがその中で一人、他の面々とは全く違う言葉を発した者がいた。


「―――あります」


「えっ!?」


 テミスの言葉に、皆信じられないといった表情を隠せない。

 魔物とは古来よりも現れ、未だにその生態が解明されていない未知の生命体だ。

 そんな魔物を、人の力で操るなどとは、夢物語にも等しい。


「―――三年前、魔物を率いて王都を襲撃しようとした人間が一人居ました」


 だがそんな皆の常識を打ち壊すような言葉をテミスは口にする。


「テミス、それ本当!?」


「ええ、王城外には一切持ち出されていない情報ですが、彼の使っていた術式―――「魔操術式パペティアー」なら、あるいは……」


 そういいかけたところで、ガルドスが言葉を遮る。


「―――おい、待て嬢ちゃん」


「え?」


「……」


「なんで、そんな情報を嬢ちゃんが知ってるんだ?」


 その言葉に、フィアーは焦る。

 非常事態とはいえ、テミスの正体がバレてしまっては彼女の身を危険に晒してしまう。


「それは……」


 なにか誤魔化して彼女の素性を隠さなければ、と咄嗟に言葉を発しようとする。

 だがそれを遮るように、テミスの声が響く。


「……いえ、構いません、フィアーさん」


 強さを讃えた冷静な口調で、テミスはフィアーの静止を振り切る。


「テミスさん……」


「良いのです」


 その声色には、強い決意のようなものが伺えた。


 ―――だが、果たして本当にそれで良いのだろうか。

 あの黒武騎士団のブラン。彼にはテミスのことを頼まれた。

 だというのに、その正体をここで明かしてしまっては……


「この状況下でこれ以上、痛くもない腹を探られ続けて疑われるのは双方にとって損失でしかありません」


「テミスちゃん、でも!」


 テミスのその決意を、リアは止めようとする。

 しかし彼女の強い意思は、他の人間に制止された程度で止まることはなかった。


 例えそれが自身を案じる言葉であったとしても、その行動が義に悖らないものであるならば、その固い意思は揺らぐことはない。


「―――この選択がどのような結果を起こすのか、正直私にも分かりません。……でも、私はお二人をこれ以上巻き込みたくも、ありません」


 悲しげな瞳と、嬉しげな笑顔。

 その情景は、フィアーとリアの中に強く焼き付けられた。

 それは、二度と忘れられない表情。


「たった1日しか経ってないとは思えないほど、楽しい濃密な時間でした。……城の中の暮らししか知らない私に、外の世界を見せてくれて、ありがとう」


 その瞳には、郷愁を称えた悲しげな涙が輝いているような、そんな雰囲気をフィアーは感じた。


 だがその顔は一瞬で強かさを伺わせる為政者の物へと一瞬で変転する。


「……で?お嬢ちゃんの告白を聞こうじゃねえか」


 ガルドスの言葉を、テミスは真っ向から受け止め言葉を返す。


「えぇ、私が王城内の事情を知っていた理由、それはシンプルです」


 そういうと、毅然とした態度で、テミスはフィアー達の前へと躍り出る。


「テミスさん……」


 そこに居たのはもはや、新鮮な物事に常に瞳を輝かせる少女ではない。


「―――私が、ワルキア王国第二皇女、アルテミア・アルクス・ワルキリアだからです……!」


 ―――ただ二人の友人の潔白の証明が為に身をも投げ出す、一人の心優しき皇女の姿がそこにはあった。




 ◇◇◇




「……そろそろ、お片付けの準備を始めるか」


「気付かれては面倒だ」


 誰もいない場所でそんなことを呟く一人の人間が居たことに、誰も気付くことはなかった。


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