第二章12話:異常 - failure World -
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「―――あまりにも、
光のラインが走る不気味な漆黒の空間の中で、フードを被った男が呟いた。
その表情からは焦燥感のようなものが伺える。何かの目的が達成できないことに、ひどく苛ついているような顔だ。
「落ち着きなさいよヘリオ、うろちょろとみっともない」
彼に向けてそう言い放ったのは、フィアーの夢の中にも現れた黒紫の少女、ヴィオレだ。
忙しなく焦燥感を露にしているフードの男性―――ヘリオとは対照的に、優雅にティーカップを傾けながら目を瞑っている。
「焦りもするだろう!まだ水晶は汚染されていない、今ならばあれを
ヘリオは叫ぶ。その声色と形相は必死そのものだ。
「それをする為の
だがヴィオレはあくまでも現実を突きつける。
ヘリオの言うことは最もであったが、それを実現する手段を現状保持していない段階では夢物語でしかない。
「……お前は、どうしてそんなに落ち着き払っていられる!?」
だが、その言動と態度はヘリオの苛つきと不満を爆発させるに十分すぎるものだった。
彼は眉間に強くシワを寄せながら、激しい口調で捲し立てた。
「今もなお、外の皆は魔物との戦いにその身を投じているんだぞ!?……俺たちの為にあんなことになっちまったが、アイツだって……」
「―――
ヘリオが激情に任せて引き合いに出した一人の人間の話に、それまで掴み所のないような態度を崩さなかったヴィオレが、不意に怒りを露にする。
その鋭い視線は、まるで一瞥しただけで人を殺すことすら容易そうな程に、禍々しい覇気を孕んでいた。
「……お願い」
その厳しい目が一瞬寂しげなものに変わった瞬間、ヴィオレはヘリオから顔を背ける。
「 ……すまん」
―――自身の失言に、ヘリオは素直に謝罪の言葉を口にする。
それほどまでに、ヴィオレにとってその人物の存在は重かった。そのことを誰よりも知っていたのはヘリオだ。
「……だがな、俺は間違ったことをいったつもりはないぞ」
だがそれでも、ヘリオの意見は変わることはない。
「外で魔物の脅威に苦しんでいる人たちの為にも、一早くワルキアの正水晶を確保する」
そう言うと、ヘリオは拳を強く握りしながら、自分達の仲間へと思いを馳せる。
「俺らはその為に、
「……分かってるわ、その為にも、早く
―――そういうと、ヴィオレは一枚の地図を取り出した。それはワルキア王国のある巨大な大陸の地図だった。
「貴方が早とちりしてたから言いそびれていたのだけれど、管理者権限の秘匿エリアには既に幾つか目星を着けたわ」
そういうと、ヘリオに地図を見るように手招きで促す。
「本当か!?それは一体……」
「―――トゥルース遺跡」
「それは……」
「そ、あの頭のおかしな科学者の遺した負の遺産よ」
◇◇◇
----ワルキア皇暦410年
火之月:86日
11:42 :デリング大砂漠東方・断絶区域
「まず最初に現在俺たちが直面している問題について話そうか」
そう言って、ガルドスが話を仕切る。
手に持っていた地図を、全員が見れるように机へと広げ、砂漠のある一ヶ所に指を置く。
「まず一つ、俺たちがいる近辺、その正方形に区切られたエリアよりも外側が一切観測できない状態になっている」
「それはボクも『
フィアーはそう言い、先ほどの出来事を脳内で反芻する。
突如空を覆った黒雲。マップに表示されない区域。
視認でその区域を確認しようとしても、左右は激しい砂塵が吹き荒れていてその視界を大きく妨げていた。
「俺たちも信じたかないが、どうやら俺たちは巨大な箱のようなものに閉じ込められちまってる状態らしい」
ガルドスは話ながら手元の書類を弄ぶ。
それはマギアメイルに表示されていたマップを紙に転写したものだ。
「……あの、その観測できないっていう場所の先にはいけないんですか?確かに砂嵐はあるけれど、マギアメイルならその先に歩いていくことくらいはできるんじゃ?」
そう、リアが疑問を口にする。
その通り、マギアメイルの耐久力、防塵性能であれば砂嵐程度ものともしない。
それはマギアメイルを用いて運送屋を営んでいたリアであれば、すぐに思うであろうことであった。
「ああ、確かにな」
ガルドスは当然だ、とばかりにリアの言葉に同調する言葉を口にした。
「ああ、マギアメイルや砂航船であれば、砂嵐なんかガン無視して突っ切ることも可能だろうさ」
「それなら……」
そのガルドスの言葉に、リアは疑問を投げ掛けようとする。
だが、その疑問の言葉はガルドスの次の言葉に掻き消されてしまった。
「―――だが駄目だった、もう試したんだよ」
そう、重々しい声で告げる。
「一機のマギアメイル……うちの若いのが、お嬢ちゃんと同じ事を考えて砂漠の先に行こうとしたんだ」
―――こんな状況になれば、真っ先にそれを試そうとするのは当然だろう、とフィアーは思った。
動きが悪くなったとしても強化された装甲に身を包んだマギアメイルに乗っているのならば、真っ先に試すことだ。
フィアー自身も、あの時に砂賊からの迎えがなければ試していただろう。
「それで、その結果は?」
テミスがガルドスに事の顛末を聞こうとする。
その声に、ガルドスは頭を抑えながらもゆっくりと返答した。
「―――逆側から現れた」
「……え?」
その衝撃的な言葉に、部屋はしんと静まり返る。
逆側から、とは一体どういうことなのか。
「言葉通りさ。奴は向かった方向の反対側、逆の方向の砂嵐の中から走ってきて、この船に帰ってきた」
「それって……正方形のエリアの端と端が……」
「繋がってるってこと!?」
そのあまりにも衝撃的な事実に、フィアーとリアは驚愕を隠しきれない。
空間と空間を繋ぐなど、そのような術式は聞いたことがない。
「にわかには信じがたいことだが、どうやらそういうことらしい」
ガルドスはそういうと、机に置かれていたカップを口元に運び、飲み物を啜る。
そして数秒と経たずにそれを飲みきると、改めてフィアー達に向かい直り、話を続ける。
「そしてもう一つの問題だ……この閉ざされている空間の中にあるマギアメイルのポテンシャルが、徐々に下がってきている」
その言葉に、グレアがオーバーリアクション気味に反応する。
「それは俺も体感したぜ、明らかに『
「グレア、君のは自身の操縦の荒さも大きく関与していると思うがな……だが、我が「ヘパイストス」保有のマギアメイルのコンディションが安定していないのは事実だ、」
「……」
だがそのグレア達の言葉に、フィアー達三人は共感することはできなかった。
なぜなら自分達の機体に、不調は一切起こっていないからだ。
―――恐らくは魔龍戦役後のマギアメイルの大改修、そしてマギアエンジンを搭載したことによる恩恵なのだろう。
『
エンジ・ヴォルフガングのその天才的な才能には感謝する他ない。帰ったら改めて礼を言わなければ。
そんなことを思いながら、フィアーは続けてガルドスの話に耳を傾ける。
「それで、うちの若い衆は真っ先にあいつら……グリーズ公国の連中を疑った」
グリーズ公国の傭兵達が仕掛けた策、ということも有り得る話ではあるのかもしれない。
ワルキアが弱っているタイミングで仕掛けてきた強襲部隊。そんな彼らが、王都への侵攻用にそのような大仕掛けを用意していたとしても不思議はない。
「俺たちの財宝やらが目当ての、野盗もどきの術式によるものだろうってな。だが……」
だが、それはないだろうとフィアーは思った。
仮にそのような特殊な術式を用意していたとして、こんなタイミングでそれを使うだろうか。
ワルキアにも着いていないこの状況で、砂賊相手に大切な切り札を使い、無駄にすることなどあまり考えられない。
「―――あんたらの目的は俺らなんかじゃない。そうだよな?傭兵部隊の隊長さん?」
その言葉と共に、フィアー達の背中側、背後の扉が開く。
「……あぁ、俺らの目的は、あくまでもワルキアの襲撃と陥落、本隊との二面作戦だ」
そこに居たのは先程砂賊達に連行されていった傭兵部隊の隊長、シュベアだ。
手には自身が先ほどまで着ていたコートがかけられており、その手元の様子は伺えなくなっていた。
「あれ、グリーズの人、連れていかれたんじゃ?」
「俺も他の連中と同じように牢屋に突っ込まれると思ったんだがな……そこの団長に話がしたい、なんて言われて強制連行さ」
そういうと、シュベアは両手を上に掲げる。
「わざわざ魔力を使えないようにしてまで、な」
上に掲げた両手には、大きな石の枷のようなものが嵌められていた。
シュベアの口ぶりから察するに、恐らくは魔力を封じる用途の魔道具なのだろう。
「なるほど」
「……そもそも俺らがやったなら、自分達のマギアメイルにも作用するような仕組みにはしないさ」
「……とまぁ、戦闘中にも薄々分かってはいたが、改めて確認を取って納得ってわけさ」
腕を組ながら、ガルドスはため息をつく。
それは、話の本題がこれからだということを暗に示しているようにフィアーには思えた。
―――あぁ、なるほど。
「じゃあ一体……」
「―――つまり、現状一番疑わしいのはボクらっていうこと?」
「えっ!?」
フィアーのその言葉に、リアは驚いたような声をあげる。
薄々感づいてたはいたのだろうが、それをわざわざフィアーが自分から口にしたことに驚愕を隠せなかったのだろう。
「……確かに、砂賊と傭兵部隊の正面衝突の場に、唐突に現れた運送屋とワルキア騎士団のマギアメイル、怪しまれないほうがおかしいというもの、ですね」
それに続くように、テミスも持論を口にする。
「あぁその通りだ、坊主にお嬢ちゃん。現状お前さんらの素性が一切解らないもんだから、こちらも疑わざるを得ないってわけだ」
そういうと、ガルドスは不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど」
フィアーは当然だ、と言わんばかりにガルドスの言葉に同意する。
―――当たり前な話だ。二陣営で争っていた所に不意に現れた不審な一団。
自分が逆の立場であれば、真っ先に疑うのは当然だろう。
「だから、この際真っ向から腰を据えて話をしようと、この席を設けたってわけだな。」
そういうとガルドスはフィアー達を値踏みするような表情で見つめる。
リアはその刺すような視線と場の緊張感に耐えきれず、思わずたじろいでしまう。
テミスはそれとは対照的に、その視線を物ともせず、毅然とした態度を一切崩さずに、あくまでも平静に振る舞おうとしていた。
そしてフィアーは、表情にこそ一切現れていないものの、この局面をどう切り抜けようかと無言で頭をフル回転させていた。
そんな三者の様子を見終わると、ガルドスはついに質問を始めた。
「―――それで?お前さんらの目的はなんだ?」
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