第二章11話:同舟 - Share Ship -





「おいおい……どういうことだよ……!」


 それは砂賊団の船の中、格納庫内部での出来事だ。

 黒い『騎士ナイト』から降りてきたフィアーの姿を見て、先刻まで対峙していたばかりの『蛮騎士ヤークトナイト』の操縦士、シュベアは困惑の表情を隠せなかった。

 自分はワルキアの騎士を相手にし復讐を果たそうとしていたのではなかったのか。あの死に物狂いの戦いを自身と演じていたのが、よもやこのような子供だったとは。


「……やっぱり誤解してたか」


 その様子を見て、フィアーは改めて納得をする。

 案の定、相手の操縦士は自分のことをワルキアの騎士だと誤解して、執拗に攻撃してきていたのだ。


 フィアーは昇降用のワイヤーでゆっくりと操縦席から降り、砂賊の母艦内部のガレージ、その鉄板のような床に足をつけた。


「俺はワルキアの騎士を相手にしてた筈……なんで、こんな子供が……」


 驚愕の表情を浮かべるシュベアに、フィアーは諭すように語りかけた。


「……この機体は知り合いの騎士に譲ってもらったものでして、僕は騎士でもなんでもないです」


 それを聞くと、シュベアは頭を抱える。


「……マジかぁ……」


 ―――こんな子供に、自分は大人気もなく本気を出し、あまつさえ殺意を剥き出しにしていたというのか。


 情けないやら恥ずかしいやら、言葉が出てこない。


「……あぁ……頭いてぇ」


 悔しさと恥ずかしさと、様々な感情が同時に頭に浮かんできていて頭痛がひどい。

 あまりのことについには壁に手を付き、項垂れてしまった。


「あら、随分可愛い子が操縦してたのねぇ?」


 そんな頭を抱えるシュベアの後ろからひょこっと顔を出したのは、もう一機のグリーズ公国の専用機、『妖術女ウィッチクラフト』に乗っていたエメラダだ。


「はぁ……、貴女は、あの紫のマギアメイルの人ですよね」


「えぇそうよ、あたしの名前はエメラダ。お見知りおきを、ね」


 先程まで見ていた戦い方からは想像できないほどの落ち着き払いと美貌を持つ女性だ、とフィアーは思った。

 数多の砂賊の機体を貫き、瓦礫と帰したあの修羅の如き紫紺のマギアメイル。その操縦士がこんな―――


「にしても驚いちゃったわぁ、シュベア相手にあそこまで食い下がった騎士が、こんなに可愛い男の子だったなんてぇ!」


 ―――目の前の女性、エメラダの目が怪しげに光る。

 そのことに気を取られていると、不意に、視界からエメラダが消えた。


「……へ?」


 その瞬間、後ろから急に肩を抱き寄せられる。

 振り替えるとそこには、何故か既に服をはだけさせたエメラダの姿がある。


「ねぇ?良かったら今夜……」


 ―――やばい、なんかされる。


 フィアーが貞操の危機を感じたその瞬間、エメラダの後頭部に強い衝撃が走り、彼女は小さく悲鳴をあげた。


「あいたっ!」


 それはシュベアの拳骨だ。

 あまりにもひどいこの状況に、頭を抱えるのもやめて助けに入ったのだ。


「……エメラダ、今はそんな場合じゃあねぇだろうが」


「ちぇー」


 後頭部を抑えながら、エメラダが不服そうな声をあげる。


「あー……」


 多分このエメラダという人は、ヤバい人だ。フィアーは直感で理解した。


「趣味を追い求めるのは結構だが、時と場合ってもんを……」


 そうシュベアが説教を始めようとした瞬間、格納庫の中程の場所で、砂賊の団員と思わしき男性が声をあげる。


「投降したグリーズの連中はこっちに集まれ!」


 どうやら、投降したグリーズの傭兵を集めてどこかに連行するらしい。


「あら、呼ばれちゃったみたい」


「……仕方ない、いくか」


 グリーズ組の二人は、不承不承といった様子でゆっくりと声の方向へと歩き始める。


「じゃあね男の子、今度あたしと遊びましょ?」


 そんなエメラダの不穏な言葉にフィアーが無表情で固まっていると、シュベアも気を使うように別れの言葉を発した。


「じゃあな……その、色々悪かったな」


 そうして二人の傭兵は、徐々にフィアーから離れていき、砂賊と合流してどこかへ行ってしまった。

 去っていく二人の背中を見つめながら、フィアーは誰にもともない独り言を呟く。


「……あのシュベアって人、騎士が絡まなければ、あんま悪い人じゃないのかな」


 そんなことを思いながら二人の連れていかれた方角を見つめていると、背後から二人の少女の声が声が響いた。

 その声はよく見知った人の声だ。自分が命を懸けてでも、守りたいと思った者達の声。


「大丈夫?フィアー!」


「フィアーさん、お怪我はありませんか!?」


 その二人―――リアとテミスは、心配そうな目でこちらを見つめている。その様子に、フィアーは心配の気持ちを込めながら言葉を返した。


「二人共、そっちも無事みたいでよかった」


 フィアーとしては感慨を込めて言った言葉だったが、周囲にはあまり感情の抑揚のない、機械的なものとして聞き取られる。


 ―――こんな時、満面の笑みででも迎えられればよいのだが。

 表情がない、というわけではないのは自分でも最近理解したのだが、それでも自分の思ったタイミングで相手に感情を示せないというのは非常に不便だ。


 だがフィアーの喜びは、表情に出ていなくても強く伝わっていたようで、リアは感極まってフィアーに抱き付いた。


「もう、すごく心配したんだから!……あんまり、無茶しないでね?」


 上目遣いで目に仄かに涙を浮かべながら懇願してくるリアを、フィアーはやさしく抱き返す。

とてもあたたかい。これが、家族というものなのだろうか。そんな思いがフィアーの頭の中を駆け巡り、急激に心配をかけたことへの罪悪感が吹き出す。


「……うん、ごめん」


 そんな様子を、テミスは微笑ましげに見つめていた。


 ―――それから10分近くが経過した。ようやく涙が収まったリアを、フィアーは優しく撫でた。


「もう、私のほうがお姉ちゃんなのに……」


 そんな不満を口にするが、その表情はまんざらでもないものだ。


 一通りの団欒が落ち着くと、テミスは真面目な表情で、フィアーに声をかける。


「でも、熾烈な戦いでしたね……最後のフィアーさんのあの銃撃、あれを受けても向かってくるなんて」


 その言葉に、フィアーはあの戦いのことを思い返す。

 確かに、一歩間違えれば死んでしまっていも可笑しくないほどにギリギリの戦いだった。

 最後の切り札、リボルバーの魔力弾が防がれた時の絶望感は忘れられない。戦いの後、対峙していたシュベアと普通に会話を交わすことになるなど、あの瞬間には全く想像できなかった。


「ああ、確かに……」


 ―――フィアーが同意の言葉を発した瞬間、背後から男の声が響き渡った。



「そう!あの戦いは確かに凄かったッ!」


 フィアー、そしてリアにとって、その声は幾度か聞き覚えのあるものだ。


「えっ、誰です!?」


 テミスは唐突に話に介入してきた大声に驚き、咄嗟に飛び退く。


「よぉ、初めまして……じゃあないよな?そこの二人は」


 そうしてその男、砂賊団の操縦士、グレアは運送屋の二人を見つめる。


「お二人共、お知り合いですか?」


 一瞬、誰だろうと素で思ったフィアーであったが、グレアの言葉、そして声の調子と彼の背後にあるマギアメイル、『海賊ゼーロイバー』を見て答えに行き着く。


「……もしかして、あの紅いマギアメイルの操縦士?」


 フィアーの頭の中に浮かんだのはあの砂漠での魔物との遭遇だ。

 謎のポッドのような物の中からリアに見つけられた直後の出来事ということもあり、彼の頭にはその情景が強く焼き付いている。


 あの一転突破、全ての力を一撃に込めて戦うスタイルは、目の前の茶髪の少年の印象と強く合致する。


「おうよッ!トカゲ戦以来だなぁ、運送屋!」


「あっ!あの時トカゲを倒してくれた……」


 リアもその事を思い出したようで、驚いたように声を上げる。

 その様子に満足したような素振りを見せながら、グレアはおもむろにその辺に転がっていた木箱の上に登り、ポーズを決める。


「その通りッ!」


「何故ポーズを!?」


 そんなテミスの疑問を完全に無視して、グレアは自己紹介を続ける。


「そう!俺こそが、この砂賊団、そしてこの大陸で最も強い男ッ!!!」


「グレア・ツヴァイヘンダーだ!!!!!」


 名乗りのポーズは三年前、彼が砂賊団に入った時からずっと使い続けているものだ。

 毎晩鏡の前で練習を繰り返し、その考案、完成には実に3ヶ月を要した。


「おいグレア!お前まぁたオケアノス壊したなぁ!」


 そんな血と涙の結晶の自己紹介を遮るように、傷ついた機体にお冠な整備長から大声の叱責が飛ばされる。


「……あーごめんごめん!今ちょっと決めポーズしてるところだからお説教は後にしてな!」


「なんだとぉ!?てめぇそれが怒られてる人間の態度かこらぁ!!!!」


 その様子を見て、三人は悟る。


「……なんかこの人、あれね」


「うん、あれだ」


 ―――多分この人はアホだ。


 やり取りから察するにもう普段からこのような性格の人間なのだろう。

 悪い人ではなさそうだが、なにか唐突に大きなことを起こしてしまいそうな危うさをフィアーは感じ取った。


「それで……その、私たちは一体どうしたらよいんでしょうか……?」


 そんな整備長との漫才のような漫才のようなやりとりを見ながらも、テミスはあまりにも心配で口を挟んだ。


 その言葉に二人も不安を思い出す。

 目の前のグレアの雰囲気に流されて忘れかけていたが、自分たちは砂賊団に捕らえられたも同然の身であったのだ。

 一体何を要求されるのか、わかったものではない。


「ん、ああそうだった!」


 本人もその事を忘れていたようで、ゆっくりと木箱から降りて改めて向き直る。


「うちの頭が呼んでるから、とりあえず艦橋に行こうぜ!」


「砂賊の頭……」


 その言葉に、リアとテミスは不安を覚える。

 砂賊の頭目といえば、悪の親玉といっても過言ではない。


「なぁに安心しろって!うちの頭は強者に厳しく、弱者に優しい男だからよ、悪いことにはなんねぇさ」


 グレアはそう言うが、その不安を払拭するのは中々に難しい。

 なにせそう言っているグレアは砂賊側の人間なのだ。その言葉を鵜呑みにしろというのが無理な相談である。


「それに……どうせこの船を出たところで、逃げ道なんてないんだからよ」


 二人の心配を知ってか知らずか、グレアは船の外、砂塵の向こうを見据える。

 その言葉の意図に、フィアーはいち早く気付いた。


「……やっぱり、こっちでも確認してるんだね、あのマップに起きた現象」


 それはフィアーが『騎士ナイト』の中で見た現象だ。その機体でだけなら、なんらかの不具合ということで片付けられたのだが。


「あぁ、この近辺のエリア以外は全部、観測できてなくてマップにすら写らないんだと!」


 そう能天気な声で、グレアは他者が不安を抱きそうな事象の話を大声で話す。

 その声色からは恐怖のようなものは感じられない。


「まぁ、その辺の話も後で頭に聞きな、俺は頭悪いからわかんねぇや。さっさと行こうぜ!」






 ◇◇◇






 船の3階、船の艦橋にあたる部分へと階段で一行は登っていく。

 階段を登りきると、そこには廊下があった。いくつかの扉が並び、その上部にはその部屋がなんの用途の部屋なのか、表示がされている。

 その廊下、その突き当りには他の扉とは色の違う大きな扉があり、その先に団長がいるということは、フィアー達にも容易に想像ができた。


「入るぜおっさん!」


 そう言うとグレアはノックもせずに物凄い勢いで扉を開け放つ。

 その扉の向こうには大きな机に向い、頭を抱えながらこちらを見つめている壮年の男性と、その傍らに立つ眼鏡をかけた文官然とした青年の姿があった。


「だぁから、おっさんって呼ぶんじゃねぇ!お頭って呼びやがれ!」


「グレア……いい加減ノックをすることくらい覚えてくれないか……」


 二人の男性は思い思いの不満をグレアに伝えるが、それを彼は意に介する様子は一切ない。


「あー悪い悪いマキエル!それより!」


 形だけの謝罪をして、グレアは強引に会話を続行しようとする。が、文官―――マキエルはその言葉にも引っかかりを覚える。


「それよりってお前……」


 ―――それより、と言ったのが気に食わなかったのか?

 そう思ったグレアは言い方を変えて、再び会話を進める。


「そんなことより!呼べって言ってた三人組、連れてきたぜ!」


「はぁ……ついでに乗ってもらった二機の操縦士か」


 その様子に諦めたのか、壮年の男性―――ガルドスは来客である三人に向い、言葉をかけた。

 その顔に先程までの気のいい仲間と話すような表情はない。至って真剣な、仕事をする時の顔だ。


「―――俺の名はガルドス・ローダン。……さっそくだが、これからの俺達と、あんたらの命運に関わる話をしようじゃないか」


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