第二章10話:異変 - Outage -
―――倒れた機体を、もう一機のマギアメイルが、今にもその剣で引き裂こうとする。
放たれた魔弾は空へと消え、対峙する機体は致命傷を受けながらも尚、こちらへの殺意を緩めはしない。
戦局は、再び大きく『
最後の切り札を避けられたフィアーにはもはや打つ手はなく、目前の隻腕のマギアメイルは魔力で脇腹を抉られたにも関わらず、お構い無しにこちらを付け狙ってくる。
―――このままではやられる。
相手が片腕で剣を振り上げた瞬間、そうフィアーは咄嗟に判断し、後退しようとする。
卑怯と罵られようが今は非常時だ、仕方がない。自分は「
全ては一旦リア達から敵を引き離し、安全に戦う為だ。この敵への対処法など引き付けている間に考えればいい。
フィアーの『
『ッ!逃げ切れるつもりかぁ?この俺から!』
紙一重で振るう一閃を避けられたシュベアは、額に青筋を浮かべながら逃げた『
「騎士ってんなら、正々堂々向かってこいってんだよ!それとも、卑怯がお家芸のワルキアの騎士なんて、所詮はそんなもんってか!?」
そんな怒号を背に受けながら、フィアーはリア達とは正反対の地点、岩山が点在する方角へと向かう。
言いたいように言わせておけ、と心の中で繰り返す。エンジの娘の騎士であるエルザや、自身を助けてくれた白いマギアメイルの操縦士達ワルキアの高潔な騎士たちへの風評被害に申し訳ない気持ちは尽きないが、正直今はそれどころではない。
今はある程度、引き離せればそれでいい。あまり離れすぎると、リア達が他の脅威に曝された際に助けに行くのが遅れてしまう。
そんなことを考えながら、フィアーは『
―――フィアーがその異変が気付いたのは、その瞬間だった。
「……あれは……!」
フィアーが驚いたような表情をしたのを見て、リアとテミスは怪訝に思う。
基本的に無表情なフィアーが、顔に出るほどの驚愕を示したからだ。二人は、それがただ事ではないことにすぐに気付いた。
『どうしたの、フィアー!?なにかあったの!?』
「空の、あれ……!」
フィアーの言葉の「空」という単語を聞き、二人は『
『あれって……!?』
そこに写っていたのは、どす黒く染まった空だ。
雲の中では不規則に紫の光が発され、それはまるで稲光の如く不穏な雰囲気を称えている。
―――その様子に、ワルキアから来た者たちは見覚えがあった。そう、それはまさしく。
「魔龍戦役の時の……!」
そう、魔龍戦役時、あの巨大な魔龍が顕現した際の黒雲。
砂漠に現れた暗い空は、まさしくその時と瓜二つであった。
そんなフィアー一向の驚愕を知るよしもないシュベアは、目の前の敵がこちらから視線を外していることに気付くと怒りを露にする。
『何を余所見をして……!』
そう戦闘行動を再開しようとした瞬間、エメラダから通信が入った。
『ちょっとシュベア、今それどころじゃあないかも?少しやばそうな状況よぉこれ』
その声に、シュベアは一瞬平静さを取り戻した。
冷静になり、辺りを見渡してみるとシュベアも空の異変に気付く。
『あぁ……?なんだ、あれは?』
『おいおい、なんだァ?』
一方グレアは空のことなどには一切気付かず、それとはまた違った異変に気を取られていた。
『まぁたいつも不調か?『
そう、なぜかマギアメイルの動きが悪いのだ。たちどころに動けなくなる、というほどではないものの、自身の魔力が何故か目減りしていくのを感じる。
『いーや?いつもの貴方の動きは知らないけど、あたし達のマギアメイルもなんだか動きが悪いみたいよぉ?』
エメラダも自身の機体の不調を口にする。
どうやら尻尾の制御が上手くいっていないらしく、先程までマギアメイルを瞬時に貫いていた武装だとは思えないほどに、その動きは緩慢なものとなっていた
『魔力が上手く圧縮できねぇ、どうなってやがる、『
各々の陣営の戦士が、口々に自身の乗機の不調を訴える。
だがその中で、二機のマギアメイルだけは、その影響を一切受けていなかった。
「……他の機体は動けないのかな?」
『動けないってわけじゃないみたいだけど……なんだか不調みたいね』
二人がそう言葉を交わしていると、拡声術式で増幅された、大音量の声が砂漠に響き渡った。
『あーあー、テステス!』
それと同時に、マギアメイル達の足元が大きく揺れる。
すると少し離れた地点の砂丘の中から、巨大な船が浮上してきた。
それは真紅の船体を持つ大型砂航船だ。それは砂賊団「ヘパイストス」の旗艦であり、その団名、「ヘパイストス」の名を冠する船でもあった。
『あー、こちらはおたくらグリーズ公国が喧嘩売りやがった砂賊団、「ヘパイストス」の頭、ガルドス・ローダンだ』
その声に、戦場に集う強者たちは皆、一様に張り詰めた表情となる。
マギアメイルが全力で動かせない現状で、あの巨大な船を相手にするのは無謀だ、と。
『おたくらのマギアメイルは不調らしいが、この船の武装と航行に現状一切の不調は生じていない。……この意味が、分からない奴はいるか?』
しかも、船が健在であるとなれば尚更だ。勝ち目の薄い戦いを続けようとするほど、グリーズに雇われた傭兵たちも馬鹿ではない。
一機、また一機と、武装の放棄を始める。
『ちっ……降伏勧告ってぇわけかよ』
『どうする?シュベア』
苦虫を噛み潰したような表情をするシュベアに、エメラダからの通信が入る。
『仕方ないだろうさ、このまま戦い続けてもろくなことにならねぇ』
『あら、随分と冷静ねぇ?さっきまでの狂犬とは別物みたい』
その言葉に、シュベアはバツが悪そうに返答する。
『……あれは、隻腕でも余裕で勝てると踏んだからこその行動だ」
そういいながら『
当然武装といっても、満身創痍の機体には剣の一本しか残存はしていなかったが。
『どうだかぁ?大人しく、「頭に血が上っちゃいました!ごめんなさい!」とでも言えばいいのにぃ』
エメラダもそれに続き、『
『賢い選択に感謝する。……そっちの二機も、一旦俺らの船に乗ってもらえるか?』
その声が自身らへの投降を呼び掛けていることに気付くと、リアとテミスはにわかに怯えているような姿を見せる。
『ど、どうしようフィアー!?』
「もし、私の身の上がバレてしまったら、お二人が……」
「大丈夫だよリア、テミスさん。……多分」
そう励ましの言葉を送りながら、フィアーは近付いてくる砂賊のマギアメイル、『
その動きに、自分たちを優先的に連行しようという意思は感じられない。彼らはグリーズ軍組の連行のついでに、自分たちを連れていこうとしているのだろう。
ついで扱いであるならば、よほどおかしなことでもしない限りは目をつけられることもあるまい。
「テミスさんの身の上はどうやらバレてないみたいだし、よっぽど怪しまれるような行動をしなければ問題はない、はずだよ」
「はずって!?」
そして、砂漠の「端」を見ながら、フィアーは続ける。
「―――それに、どうやら逃げるって訳にはいかないみたいだし」
そう言いながら『
『これ……!』
―――そこに写し出されていたマップを見て、二人は驚愕した。
自分たちがいる地点から半径3kmほどの場所までの地形には、一見異常は見られない。
問題はその先、4kmほどの地点からの描画だ。
―――その先には、何も写し出されていない。本来地形が表示されているであろう場所は、黒く塗りつぶされたように何も表示されていなかったのだ。
それはまるで、この近辺の地形だけが、正四角形に切り出されたかのようだった。
「これって、四隅が巨大な結界のようなもので、塞がれてるってことですか……?」
「うん、多分」
それを受けて、リアが遠くを見渡す。
だが、先ほどから漂う霧のような、砂塵のような靄に阻まれ、そのマップで消えてしまっている地点を観測することは出来なかった。
『そこの二機、大人しく俺らの機体に着いてきてくれよ!』
「……わかった」
そうして、テミス達一行は不安を抱えながらも、ゆっくりと「ヘパイストス」へと歩みを進めていった。
『グレア、お前もさっさと戻ってこい!……ったく、まぁた『
そう団長が言うと、グレアはここぞとばかりに反論する。
『あのなぁおっさん、マギアメイルを壊したくなけりゃ、俺を出撃させなきゃいいんだぜ?
まぁその場合は負けちまってただろうけど』
その物言いに、団長は深いため息をつく。
グレアの言うことは屁理屈ではあるが真実だ。砂賊団の中でもっとも操縦技能が優れているのはグレアであるし、今回の戦いで『
それが真実なだけに頭がいたい、と団長は頭を抱える。
『はぁ……最大戦力がお前な現状がほんとに頭いてぇよ!さっさと戻って、整備屋組に頭下げとけよ』
『へーい……』
グレアはぶーたれた様子で、操縦席のシートに大きくもたれ掛かる。
『……あの黒い『
そう言いながら、グレアは収容されていく黒いマギアメイル、『
その目は、新しい玩具を与えられた子供のようにキラキラと輝いていた。
『操縦者に後でちょっかいかけにいかねぇとな!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます