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第二章9話:双戦 - Dual Duel -



 熱い砂塵を撒き散らし、二機のマギアメイルが真っ向から激突する。

 迫り来る『蛮騎士ヤークトナイト』に、フィアーの『騎士ナイト』は牽制の銃撃を見舞う。


 発射されたのは実弾。


 しかし『蛮騎士ヤークトナイト』は、それを避けようともせずにその身体で受け、大きく揺れた機体は一瞬その速度を弱める。


 ―――だがそれは本当に一瞬だけだ。着弾で崩れた体勢を、『蛮騎士ヤークトナイト』は強引な魔力放出で無理やり姿勢制御、補正して、尚も追撃をやめない。


『そんな豆鉄砲が利くかよォッ!!!』


 その言葉は事実だ。そもそも装甲に強化術式が施されている頑強なマギアメイルに、実弾はほとんど通用しない。通用するとすれば貫通術式、あるいは切断術式を持った実体剣、槍の類いくらいだろう。


「……!」


 フィアーは何発か実体弾を射ち終えると、近接戦闘に備え武装を持ち変える。


 手にした武装はマギアメイル用の短刀だ。刀身には切断術式が内蔵されており、斬りつける寸前にて魔動機関から魔力を供給、起動することによって絶大な威力を誇る。


 唯一にして最大の弱点はリーチの短さだ。相手の蛮刀は中々の長さの刀身を持っており、近接戦においてのアドバンテージは相手が握っているといっても過言ではない。


『フィアー、大丈夫!?』


『フィアーさん!』


 リアとテミスの心配する声が、操縦席に響き渡る。

 彼女たちの乗る『運送屋デリバリーマン』は、戦闘の行われている地点よりも少し後方に陣取り、様子を伺っていた。

 自分を心配してくれているその声に一瞬の安堵をすると共に、フィアーは返事を返した。


「ああ、大丈夫。……リア達には、指一本触れさせない」


 口にした言葉は宣戦布告であり、自身への奮起の言葉だ。

 そう、フィアーの背中には、二人の少女の大切な命がある。

 ここで自身が敗北するようなことがあれば、当然二人に危険が及ぶ。そんなことは絶対に許されない。

 なんとしてでも、目の前の敵から二人を守りきらねば。


『リア……?誰だ、そいつはァ!』


 だがその決意の言葉を、シュベアは瞬時に切って捨てる。


『俺の狙いはてめぇだよ、ワルキアの騎士団員!』


 彼の目的はワルキアの騎士を打ち倒すこと、その一点だ。

 当然、目の前の騎士の後ろにいる民間用のマギアメイルの中に、テミスことワルキアの皇女、アルテミア・アルクス・ワルキリアが居ることなどは知る由もない。


「……まさか、この機体を……?」


『フィアー、もしかしてその人、なんか勘違いしてるんじゃ……?』


 確かに、とフィアーはお互いの見解の相違と、相手の自身への誤認に気付く。

 彼は先ほど自身のことを「ワルキアの騎士」と呼んだ。恐らくは、ワルキアのいずれかの騎士団になにかしらの恨みを持つ者なのだろう。

 そんな者の目の前に、ワルキアのすべての騎士団で使われている機体、「騎士」が現れたのだから、誤解をして当然と言えば当然だ。


 そんなことを考えている間にも、『蛮騎士ヤークトナイト』はフィアーの目前へと迫り、手にした蛮刀による斬撃を振るう。

 それを短刀によって受け流そうとするフィアーだったが、武装の刃渡りが違いすぎる。

 長い蛮刀による攻撃は受け流しきれず、『騎士ナイト』の肩傷に小さな、しかし深い切り傷が刻まれる。


「……誤解を解いてる余裕もッ!……無さそうだけどね……!」


 なんとか攻撃を受け流し、直撃を避けながらも、フィアーは徐々に後ろへと押し込まれていく。

 その気迫に、技量に、執念に、機体は押しきられていく。


「片腕で、こんな……!」


 満身創痍の機体の物とは思えないほどに俊敏、そして重い一撃だ。

 最初こそ若干の余裕を見せていたフィアーだったが、それは徐々に目の前の隻腕のマギアメイルから発される執念の前に徐々に押しきられていく。


『止めだ……ッ!』


 その瞬間、『騎士ナイト』が銃を構える。


『バカが!実体弾が効かないことくらい……』


 シュベアはそう一蹴し、避けることもせずに斬撃を振るおうと考えた。


 ―――しかし何か、目の前の敵の行動に違和感を覚えた。


 その予感を瞬時に信じ、一点回避行動に移ろうとする、その瞬間。


「―――喰らえッ!」


騎士ナイト』から銃撃が放たれる。

 しかしそれは、シュベアが想像していた無力な実弾とは、一線を画す物だった。

 実弾ではない。煌々と輝く紫紺の光。

 そう、それは、フィアーの切り札。


「―――魔力弾だと!?」


 如何に実弾を物ともしないマギアメイルが相手であろうとも、その高圧縮された魔力の塊を受ければただではすまない。


 咄嗟に回避行動を取ろうとしていた『蛮騎士ヤークトナイト』の脇腹を、魔力の奔流が深く抉る。

 その威力は操縦席にこそ届かなかったものの、機体と操縦士には大きなダメージが加わった。


『ぐぅ……ッ!まだだァ!』


 しかし、それでも『蛮騎士ヤークトナイト』は歩みを止めない。

 機体は依然満身創痍。しかしシュベアの心の中、復讐の炎は一切陰りを見せていなかった。


「これでもダメなのか……!」


 最後の隠し種まで明かしてしまったフィアーには、有効な対抗手段といったものはないといっていい。

 もはや、自身の力量のみで相手を倒す他に勝機はなし。


 ―――戦いの終わりは、刻一刻と迫っていた。





 ◇◇◇





『へぇ……面白ェじゃんか、あいつ』


 そう口にしたのはエメラダと対峙していた砂賊の少年、グレアだ。

 俯瞰で戦闘を見ていた彼には、フィアーの戦法が手に取るように見えていた。


 マギアメイルには無力である、実体弾による応酬。

 恐らくあれは、切り札である魔力弾を秘匿するためのブラフだ。

 自身に対抗する手段が近接兵装しかないと誤認させ、油断をさせるための策。


『あら、貴方の相手は私よぉ?あんまりよそ見しないで欲しいのだけど?』


 そうグレアが感心していると、紫のマギアメイルの操縦士、エメラダが不満を口にしながら、「妖術女ウィッチクラフト」のその尻尾による伸縮自在の鋭い攻撃を放った。

 しかしグレアはそれを軽く避け、再び視線を山あいで対峙する二機のマギアメイルと向ける。


『わりぃわりぃ、お宅の頭とあそこの黒騎士の戦闘が面白かったもんでな!』


 エメラダは、操縦席越しに不服そうな目でその様子を見ていた。

 せっかく戦ってあげている自分に興味を示さない目の前の砂賊にも腹が立つが、一番はあの騎士にご執心のシュベアだ。


『……全くシュベアったら、私にいっつも口うるさいくせに、頭に血が登るとなんにも見えなくなっちゃうんだからぁ……』


 そう言い放つエメラダの表情は、少し嫉妬を伺わせるようなものだった。


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