幕間
間話:缶詰 - Stuck in Study -
----ワルキア皇暦410年
19:14 :デリング大砂漠東方・渓谷付近
それは、グリーズ、砂賊、そして運送屋一向による三つ巴の乱戦が始まる前日の出来事だ。
テミス達運送屋一向は、焚き火の周りに置いた段ボールに座り、食事を始めようとしていた。
「缶詰……一体どんな食べ物なのか……!」
目をキラキラと輝かせているのは、ワルキア王国第二皇女アルテミア・アルクス・アルテミアこと、ベージュの外套を見にまとった少女、テミスだ。
彼女にとって、庶民の保存食のひとつである缶詰は最も縁遠い食べ物といっても過言ではない。
「テミスちゃんそんな気張らなくても大丈夫だよ……?」
その高揚っぷりをみて若干困惑しているのはテミスだ。
まさか、缶詰でここまでテンションが上がりまくるとは思わなかった。
今日持ってきた缶詰の内訳は詳しくは覚えていないが、果たして彼女の口に合う料理が入っているだろうか。
「缶詰か、久しぶりに食べるな……」
リアがそんなことを考えていると、フィアーが不意に口を開いた。
その言葉に、リアはふと違和感を覚える。
「あれ、フィアー缶詰食べたことあったっけ?うちで出してるのは普通に調理した料理だけど」
「ん、ああ……」
その言葉にフィアーは若干の動揺をする。
―――また、この世界の物とは何かが違う記憶が混入してきた。
確かに、自分はここに来て以来缶詰など一度も食べたことはない。
「……あれだよ、エンジさんに少し食べさせてもらったんだ」
咄嗟にそんな言い訳を返す。
エンジとの関わりを、リアは一部始終知っている訳ではない。彼女が見ていないときにその様なやりとりがあったとしても、彼女には知るよしもないだろう。
嘘をつくというのは正直気が引けるが、余計な混乱を招かない為にもこれくらいは許されるだろう。
「そっかそっか!魔龍騒ぎの前のときか!エンジさんに後でお礼しとかなきゃね」
幸いにもリアはその言葉をすぐに信じてくれたようで、その視線を手元の缶詰へと戻す。
よかった、とフィアーは胸を撫で下ろす。
だがそれと同時に、自分への嫌悪感が降って沸いてきた。
―――仲の良い人間相手でも嘘をつくという、行動に対する躊躇のなさが恐ろしい。
一体、記憶を失う前の自分は……
「わ、私、この缶詰という食べ物の開け方がわからず……!」
そんなフィアーの胸中を知ってか知らずか、テミスがSOSを飛ばしてきた。
どうやら開け方がわからないらしい。当然だ、今まで一度も缶の封を切ったことなどないのだから。
「あぁ、始めて食べるんだもんね」
そういうと、リアは手元の缶詰をテミスに見えやすい位置に出し、実演を始めた。
「えっと、ここのツマミの部分があるじゃない?ここに指をかけて……」
「はい、ツマミに指をかけました!」
それを見て、フィアーも缶詰のツマミを指にひっかけ、力を入れて引っ張った。
―――しかし、缶詰は一向に空く気配がない。
これはどうしたことか、フィアーは頭の中で不意に浮かんだ開け方を試したのだが、全く開く兆しすらない。
ええい、仕方ない。
フィアーは懐からナイフを取り出し、それを缶詰の上面に突き刺した。そして、ノコギリのような要領で縁を切り開いていく。
「そしたら……」
リアの実演を見るまでもない。そう思ってフィアーが開封作業を続けていると。
「指先に魔力を通す!」
全く知らない行程が唐突に出てきた。
「!?」
「こうですね、ふん!」
そう言いながらテミスが手に魔力を込めると、缶詰の側面が淡く発光し、「プシュッ」という音が縁から鳴る。
「そしたら術式で封が切られるからツマミを引っ張る!」
引っかけていた指をスッと上に上げると、蓋はまるで紙のように軽く持ち上がる。
「すごい、全然力を入れてなくても蓋が開きました!」
「これが缶詰の開け方!フィアーは大丈夫?
そう言って、リアは気付いた。
「……ってそうだ!フィアーは魔力が……」
「え?」
リアが見ると、そこには正規の開け方を無視し、刃物で抉じ開けられた缶詰が握られていた。
「刃物で無理くり開けたの!?」
「……缶詰の開け方ってこうじゃ?」
「聞いたことないよそんなワイルドな開け方!?」
◇◇◇
「じゃあ、頂きます!」
「「頂きます!」」
様々一悶着ありつつも、彼女達の晩餐は始まった。
箱から持ってきた缶詰の側面には料理の名前が入っており、開ける前でも中身が分かるようになっている。
「では……一口……!」
テミスが、缶詰の中身を木のスプーンで掬い、口に運ぶ。
それは肉のようだ。タレがかかっており、その照りはまるで琥珀を思わせる輝きを称えていた。
「……お…………」
「―――美味しい!!!!!!」
その顔は一瞬驚愕の表情となり、そこから満面の笑みへと変遷する。
王城で食べていた一流料理人のものとは一切趣の違った、下町ならではの味付け。
少し濃いめに煮詰められたタレの甘味と塩味が食欲を増進させてゆく。
「あ、それ焼き鳥の缶詰だね」
「焼き鳥というのですね、この料理……!」
肉は王城で振る舞われるようなとろける柔らかさではなく少し硬めだが、それがまたよい。ほどよい歯ごたえと焼き目の香ばしさは、ともすれば
「これが……缶詰の、焼き鳥の素晴らしさ……!」
テミスは感動のあまり、二口目、三口目とヒョイヒョイと口へ運ぶ。
「あはは、気に入ってくれたみたいでよかった!肉以外の缶詰もあるから、まだ食べられるなら持ってきなよ!」
「はい!」
返事と共に、テミスは走ってコンテナへと缶詰を取りに行く。
缶詰がよほど気に入ったらしい。次に持ってくる物も彼女の口に合う物であるとよいが。
「ごちそうさま、美味しかったよ」
そう言うと、フィアーは自身のマギアメイルである「
「あれフィアー、テントじゃなくてマギアメイルで寝るの?」
それを見て、リアが声をかけた。
そんなに狭いテントでもなし、一緒に寝たらいいのに。声色からはそんな疑問がうかがえる。
「リアだけならともかく、テミスさんだって居るんだから一瞬に寝るわけにはいかないでしょ」
戸籍上実質姉弟であるリアとは違い、テミス―――アルテミアは異性であり他人だ。そんな彼女が、自分と同じ屋根の下で共に寝ることには抵抗を持つことは容易に想像できる。
「あー……」
それを聞いてリアが納得したような声をあげる。その様子を背に、フィアーは「
「ボクは持ってきた本で少し勉強してるから、なにかあったら起こしてね」
そう言い残し、操縦席の入り口を閉じた。
◇◇◇
「ふぅ」
操縦席に腰を落ち着けたフィアーは、ひとまずため息をつく。
とりあえずは現状、テミスの護衛という仕事に問題は発生していない。このまま安全に送り届けることができるとよいのだが。
そんなことを思いながら、フィアーは操縦席の後ろに山のように積まれた本を何冊か手に取る。リアに言い残した通り、勉強をしなければ。
それから数時間、フィアーはひたすらに持ってきた本を読み続けた。歴史書、伝承、学術書、その他エトセトラ。
ただひたすらに、操縦席からも出ずに作業に没頭する姿はさながら缶詰め状態だ。
多種多様なジャンルの本を一通り読んだフィアーは、ある事実に行き当たる。
「―――あの夢で見た本と、内容が一致してる?」
そう、あの白昼夢。霧の煙る図書館の夢で見た本の内容と、ほぼほぼ相違のない内容なのだ。
持ってきた本は、あの夢を見た後に本物の図書館にいって借りてきたもので、その図書館の間取りは夢で見たものとはだいぶ違うものだった。
「……あの謎の本といい、やっぱりただの夢じゃない」
そう思い、何かを疑う。
もしかしたら、誰かに見せられた夢なのかもしれない。
なにせこの世界は魔法のある世界だ。相手に思い通りの夢を見せるような術があってもなんらおかしくはないだろう。
「やっぱり、真相は謎だ」
だが、糸口は掴めた。
それが正しいとすれば、何者かが意図してフィアーを狙ってきたということだ。
それはつまり自身の過去を知る何者かが、なんらかの思惑を持って行動をしていることを意味する。
「やっぱり、何はなくともまずは遺跡にたどり着くことだ」
そう、気持ちを一層強固にする。
「それにしても……」
そういうと、フィアーは視界の右上を凝視する。
----ワルキア皇暦410年
22:54 :デリング大砂漠東方・渓谷付近
「この表示、ほんとなんなんだろ」
それは目覚めて以来、フィアーの視界に常に映し出されているものだ。
現在地と現在の年数、現在時刻が表示されているのだと思われるが、何故それが視界に写っているのかは全く分からない。
「……まさか、ボクって人造人間か何かだったり?」
そんな妄想を思い、瞬時に否定する。
まさか、そんなことがあるわけがない。例えそうだったとしたら、度々起こる記憶のフラッシュバックの説明がつかなくなる。
自分には絶対に、記憶を失う前の自分が存在しているのだという実感があるのだ。
「……まさか」
そんな考えを、まさかと切って捨てる。
モヤモヤとした気持ちを吹き飛ばすためにも、他の本でも読もう。
そう思い、ひとつの本を手に取り読み始める。それはこの世界の暦についての本だ。
どうやら、この世界の1年は4ヶ月しかないらしい。
といっても、1年が120日ほどしかないという話ではない。なんと、1月が90日弱あるというのだ。
「へー……面白いな、こ……」
―――そう言い終わる瞬間、フィアーの視界が輝きに包まれる。
< データ・アップデート完了 >
そんな音声が、脳裏に響いた気がした。
その光がなくなり、おっかなびっくり目を開くと、またあの年数と時間の文字が視界に表示されていた。
そしてフィアーは気付く。
----ワルキア皇暦410年
火之月:85日
23:01 :デリング大砂漠東方・渓谷付近
「なんか……増えてる?」
視界の表示に、日付の項目が増えている。
一体、これはなんなのか。フィアーは困惑の姿勢を強める。
「ボク、どうなっちゃってるんだ……?」
考えども考えども答えは出ない。
散々悩んだ末、フィアーは一つの結論に達した。
「―――うん、もう寝よう」
考えても分からないことは分からない。
ならば、今は諦めて寝よう。
「おやすみなさい」
一人の操縦席の中で、誰にともなく挨拶をした。
―――願わくば、明日は何もない平和な一日でありますように。
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