第二章8話:混戦 - Confusion -






「……あのマギアメイル達、一体?」


 目の前で繰り広げられるマギアメイル達の乱戦に、二人の少女は圧倒されていた。

 十数機対十数機。二色の機体が入り乱れて戦う様は、もはや戦争だ。


「どうやら、私達には気付いていないようですが……」


「―――あの機体、もしかしてこの間の砂賊!」


 リアが注目したのは紅いマギアメイルだ。その手には巨大な錨が握られている。

 それは確かに、あの砂漠での騒ぎで魔物を打ち倒したマギアメイルだ。その後の「龍騎士」との別次元の戦いを見ていたのはフィアーだけだったが、その前の魔物との戦いだけでも尋常ではない力を持つことは想像に難くない。


「あちらの機体のたくさん居る方、見覚えがあります!」


 テミスが指差したのは緑のマギアメイル、その背後で戦闘を繰り広げる量産型のマギアメイルだ。

 その体格はワルキア製の物とは少し違い、脚部がやや短く、腕部が長いような印象を受ける。


「あれは……グリーズ公国の……!」





 ◇◇◇





 フィアー達の前方、1km程先の地点では、二陣営のマギアメイルが激突していた。

片方は砂賊、そしてもう片方はグリーズ公国の傭兵部隊だ。


 その戦乱の中心部で、戦っていたのは双方の隊長機だ。

紅いマギアメイル、「海賊ゼーロイバー」の大振りかつ苛烈な攻撃を、緑の装甲を持つ「蛮騎士ヤークトナイト」が受け流す。


「まさか、こんなに面倒なことになるとはな」


 機体腕部の小盾で攻撃を弾きながら、「蛮騎士ヤークトナイト」の操縦者、シュベアがぼやく。攻撃が掠った箇所からは激しい火花が散り、その威力が尋常なものではないことが見て取れた。


 とんだ誤算だ。悠々とワルキア領に踏み入り王都を制圧にかかるはずが、こんな些末事に時間を取られてしまうとは。


『なぁにごちゃごちゃ言ってやがる、オッサンよぉ!!!』


 そんなことはお構いなしと言わんばかりに「海賊ゼーロイバー」は攻撃を途切れず加え続ける。振るう錨からは、斬撃を伴う魔力の嵐が辺りに散らばっていく。


「ワルキアの騎士よりも先に、お前らのような薄汚いコソ泥連中と戦わなきゃあならないのが苦痛って話だ」


 重々しい攻撃を紙一重で捌きながら、シュベアは普段と変わらぬ様子で言葉を交わす。

 その的確な回避行動と冷静な様子からは、熟練の傭兵特有の圧倒的な余裕が伺える。


『そいつは結構!俺らも騎士は嫌ぇだ、気持ちは分かるぜ』


 同意の言葉を口にしながらも、怒涛の攻勢を一切止めない。

 それは決定的な対立と反目の姿勢を暗に示していた。


『でもよ、魔物に襲われてこれから復興ってとこを狙うなんて、そんなこっすい手を使うアンタらに下に見られるってのは納得いかねぇなぁ!!!』




 その言葉に、シュベアの表情が一変する。


「―――うるせぇなぁ、あの国さえ滅ぼせりゃ……」


「どうでもいいんだよ、俺はァ!!」


 先程までの平静さとは対極に、感情を露にする。

 そのシュベアの言葉と共に、「蛮騎士ヤークトナイト」が徐々に攻勢を強めていく。手にした蛮刀を神速の斬撃とし、自身の琴線を犯した外敵へと突き立てる。


『いいねぇ、ようやく攻撃に気持ちが乗ってきたじゃねえか、そうでなくっちゃあなぁ!!!!!!』


 しかし、今度はその斬撃が「海賊ゼーロイバー」によって避けられ、躱され、いなされる。


「……クソッ、一対一じゃあ分が悪い、エメラダ!」


 攻撃を全て凌がれたことで、シュベアは平静を取り戻す。

 そうだ、こんなヤツに構っている場合ではないのだ。二人がかりででもさっさと仕留めなければ。


「ごめんなさい、ちょっと援護できそうにはないわぁ」


 しかしその援護要請は却下される。

 エメラダは紫の装甲を持つマギアメイルの操縦席の中で、退屈そうに辺りを見渡した。


「余所見してんなよ、姉さん方の相手は俺らだ」


 そう勧告をしたのはジャイブだ。


 エメラダとその部下たちのマギアメイルの周りには、砂賊のマギアメイル、「悪党ローグ」が陣形を組み包囲している。

 身動きを少しでも取れば、全方位からの射撃に晒されてしまうだろう。


「くそ、こんな包囲!」


 その包囲から逃れようと1機のマギアメイルが抜け出そうとする。

 しかしマギアメイルの包囲の隙間をすり抜けた瞬間に、その更に後衛に控えていた別の機体の射撃により撃墜、哀れにも爆散してしまった。


「雑魚風情が……あたしの邪魔をするなんて、いい度胸じゃないのぉ」


 だがそんな劣勢な状況とは裏腹に、エメラダの口角はにわかに上がる。

 その表情は、まさしく愉悦に染まったものだ。


「ならぁ、こっちも少し本気を出さなくっちゃ」


 その言葉と共に、一つの表示枠がエメラダの手元に表示される。

 それを顔の近くへと手で運び、口づけをする。


「さぁ行くわよ、「妖術女ウィッチクラフト」」


 < 背部ユニット:展開 >


 その言葉と共に、機体の背部、臀部のスカートから何かが展開される。

 それは関節が無数に接続されたような長いユニットだ。先端部は鋭利な造りとなっており、なんらかの武装であることが伺える。


「なんだ、こいつの機体!?」


 ―――エメラダの機体、「妖術女ウィッチクラフト」の5つの目が輝く。


「―――貫け」


 その言葉と共に、「妖術女ウィッチクラフト」から展開されたユニットの先端部が勢い良く射出される。

 魔力がアンカー状に接続されている先端部は、指向性を持ちながら超高速で辺りの敵へと一直線に撃ち放たれている。


「なッ……尻尾!?」


 それを認識した瞬間、彼の機体の腹には大きな穴が空いていた。

 貫かれた友軍機を見て事態を認識した味方も、それを避けようとする暇もなく無残に貫かれていく。


「がっ―――」


 その攻撃をなんとか躱した数機のマギアメイルですら、再び来るかもしれない攻撃を想像し、戦意が下降してきているのが伺える。

 このままでは総崩れだ。事実上の指揮官であるジャイブは、これ以上の戦闘続行は不可能だと悟り、辺りの機体に指示を出した。


「くそっ、二番隊は後退しろ!あの紫のマギアメイルはヤバい!」


「グレア、俺たちは一旦後退する、お前も……」


 しかし、その言葉を言い終わる前にグレアからの通信が入る。


『そいつァ無理な相談だッ!』


 その間にも、二機のマギアメイルは依然熾烈な闘争を繰り広げ続けていた。


「こちらとしちゃあ、帰ってくれたほうが楽なんだがなぁ」


 一進一退の攻防に辟易としながら、シュベアが言い放つ。

 その声色と表情は、面倒事を早く終わらせようという倦怠感で一杯だ。


『だったらさっさと俺に倒されろォ!!!』


 その叫びと共に、機体の魔力を武装へと全力で回す。

 巨大な錨の尖端部から、おびただしい量の魔力が放出され、その余波だけで一瞬、「蛮騎士ヤークトナイト」が吹き飛ばされそうになる。


『引き裂け、オケアノス!!!』


 その瞬間、「海賊ゼーロイバー」は「蛮騎士ヤークトナイト」の懐へと急接近、オケアノスを振り抜いていた。


「蛮騎士」の片腕、右腕部が勢い良く切断され、彼方へと弾き飛ばされた。


「ぐっ……!」


 流石にこの機体状況では戦闘の続行は困難。それどころか、これ以上損害を被れば本来の目的である王都襲撃すら達成が困難になってしまう。


 そう考えたシュベアは、不承不承の後退をしようとした。

 当然、それは的確な判断だ。味方の損害も甚大、これ以上マギアメイルを失えば、襲撃どころか生還も危うい。

 彼は、理性に身を任せて理知的な行動を行おうとしていた。


「仕方ない、こちらも撤退を―――」


 ―――視界に、一機のマギアメイルが映し出されるまでは。



「―――見付けた」


 その機体、黒いマギアメイル。


「見付けた……見つけた見つけたみつけたみつけたァ!!!


 あの、機種は。


「―――見付けたぞ、ワルキアの騎士ィ!!!!」



 そんな怒号と共に、手負いの「蛮騎士ヤークトナイト」は目の前の敵を無視し別の敵の元へと向かっていく。


『おい、俺を無視すんじゃ……』


 当然、「海賊ゼーロイバー」はそれを止めようとする。手の錨を構え直し、去ってゆく「蛮騎士ヤークトナイト」の背中に向けて振りかぶった。

 しかし振るった錨は、「蛮騎士ヤークトナイト」とは全く別の機体によって弾かれてしまい、グレアが仕方なく一歩後退した。

 ムチのようにしなった攻撃だ。こんな武装を使いこなすとなると、よほどな手練と見える。


『誰だ!?』


 そこに居たのは紫色の装甲のマギアメイルだ。先程まで「悪党ローグ」部隊が足止めをしていたはずだが、そのことによる損耗は一切見られない。あの包囲網を抜けるのに、一切攻撃を喰らわなかったというのか。


『あら、暴走しちゃったか……なら、坊やの相手は私ね?』





 ◇◇◇




「こっちに向かってくる!?フィアー!」


 目の前の機体の敵意の矛先が、唐突にこちらに変わった。

 リアはそのことに恐怖を隠せず、咄嗟にフィアーに声をかけた。


「―――迎え撃つ……!」


 見ると「騎士ナイト」は既に戦闘態勢に入っていた。専用にエンジが開発していた回転式魔弾銃リボルバーを携え、腰に搭載されたマギアメイル用の短刀に手を当てる。


 もはや敵のマギアメイルは目前。

 フィアーは感情を露わにし、機体のフットペダルを踏み込んだ。

 その表情は、大切な人を守り抜くという決意に満ちた物だ。


「リア達は……絶対にやらせない!」


『滅びろ……ワルキアァ!!!』


 ―――正に一触即発。

 双方の叫びが、広大な砂漠へと響き渡った。

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